乙女、ドラゴンと出会う。②
ドラゴンの里編です。遅くなりました。
風を切るようにして飛ぶイアルさんの上は、空船とは全く違い、とても楽しかった。
思わずはしゃいで身を乗り出した私をジークフリード様が抱きすくめる。
一応イアルさんが魔法で風を調節してくれているらしいのだけれど、範囲から外れると危ないらしい。
『ここがドラゴンの里だ。』
イアルさんが降り立った場所は、ドラゴンの里の空船の船着場だった。
周囲は岩山で囲まれているが、ここだけは観光地らしく、綺麗に整備されている。
数人かのドラゴン族が目を丸くしこちらを見ているのが見えた。
やっぱり、イアルさんが背に人を乗せるということは余程珍しいことなのだろう。
ジークフリード様が飛び降りると、私も続けとばかりに腕を広げて待っている。
…ちょっと怖いけど、下でキャッチしてくれるし、大丈夫だよね?
『ジーク、オトメが怖がっているではないか。』
楽しそうにイアルさんがそう言うと、光が辺りを包む。
体に感じる浮遊感。
…あれ?落ちてる?イアルさん落とした!?たしか、ドラゴンの体高ってそれなりにあるよね!?
「なあ?オトメ。ジークはひどい男だな。お主に飛び降りてこいなどと、その細い足が折れてしまう。」
「…いや、そんなに柔ではないですが…。」
たくましい腕にキャッチされる。
私は人型となったイアルさんにお姫様抱っこで抱えられていた。
顔が近くないですか…?イアルさん。
「オトメを離せ。イアル。」
「嫌だな。我も可愛いオトメに触らせろ。」
ジークフリード様とイアルさんが無言で睨み合っている。
私のおろして欲しいと言う意見はことごとく却下されるし…酷いよね?一番恥ずかしいのは私ですからね?
結局そのまま連れていかれ、ドラゴン族の皆様方に物凄い歓迎された。
「イアル様が遂に、番をお迎えになられたぞ!」
「まあ、なんて可愛らしいのかしら!もしかして聖女さまでは?」
「皆の者、イアル様が番をお連れになられたぞ!祝宴の準備を!!」
え…?つがい?番って…。私がイアルさんの奥さんになっちゃうってこと!?
私にはジークフリード様が…!!っていうか、イアルさん、笑ってないで否定してよ!!
イアルさんは、したり顔で笑っている。
たくさんの人に囲まれてしまい、私はもうパニックだ。思わず助けを求めて、ジークフリード様を見れば…
「あら!なんて素敵なお方なのかしら!」
「きっと聖女様のお付きの方ね?今晩はドラゴン族一同で聖女様をお守りしますから、貴方様は私達と楽しみましょ?」
「いや、俺は…」
綺麗なドラゴン族のお姉さんに、囲まれているジークフリード様がいた。
見るからにセクシーなお姉さん達は、突然現れたいい男に惜しげも無く豊満なお胸を擦りつけている。
ジークフリード様も戸惑っているが、あまり抵抗をしていない。
…やっぱり胸なの!?ナイスバディーなお姉さん方が良いの!?昨日あんなに揉んだくせに…!!やっぱり綺麗なお姉さんと一夜のランデブーでもしたいっていうのかな!?
暴れ馬のようなオーラを発してジークフリード様を見ていると、その視線のせいか、ジークフリード様がこちらを向く。
明らかに慌てているジークフリード様。
乙女は知りませんからね!ふん!!
そんな私達の様子を見ていたのか、にやにやしながら、イアルさんが私の肩を抱く。
「まぁ、オトメも慣れぬ空旅で、疲れただろう。祝宴はさておき、美味いものでも食べて休むがよい。良い酒も用意させよう。オトメは酒は飲むのか?」
「少しなら。」
「そうか、なら口当たりの良いものを用意してやろうな。」
私は綺麗なお姉さんにちやほやされているジークフリード様を放置して、宴会の席へ向かった。
▲
時刻は夕方。
日が落ちれば、周りに何もないドラゴンの里はすぐに闇に包まれる。
観光向けの施設はもう閉まり、この日最後の便の空船も出航をした。
ドラゴン族が住まう地域も普段は静まり返っているが、今夜は次期族長の大きな屋敷で盛大な宴が開かれている。
「どうして!しょうにゃるんれすかね!」
頭がふわふわする。顔が熱いし、視界は時々くらくら揺れる。
気分が良いのに、ジークフリード様がお姉さん達に囲まれてるのをみるとイライラして、ついお酒を煽ってしまう。
「そうかそうか。酷いなあ、ジークは。」
「そうにゃんですよ!イアルさん!」
ぐいっとグラスの中を空にすれば、隣に座るイアルさんが綺麗な琥珀色のお酒を注いでくれる。
もう、宴が始まって一時間以上は経っただろうか?
私は上座でイアルさんの隣に座り、お酌をされていた。空になればすぐにグラスが満たされ、もう何杯飲んだのかわからない。
あまりお酒を飲んだことがない私でも飲みやすく、上等なお酒だった。
ついつい饒舌になり、口を開けばジークフリード様への愚痴ばかりが漏れる。
「私は、ひんにゅーですけど!やっぱり男の人は、おおきくてふわふわしたお胸が好きなんですか!?イアルひゃん!!」
「ん?我はオトメのような手のひらサイズも好きだ。」
「嘘だ!!男の人はみんなきょにゅーが好きなんれすよぉ!!」
突っ伏して私がおいおい泣いていると、イアルさんが頭を撫でてくれる。
酷いからみ酒だ。イアルさんは面白いものを見るように私に付き合ってくれている。
「聞いて下さいよぉ。イアルひゃん。ジークフリード様ってば、たくさんちゅうしてくるのに、私のこと最初妹っていってたんれすよ?」
「…妹?…なんだそれは?」
「ジークお兄ちゃんなんれすよ。でも今はよくわかんないんれす。妹じゃないし、恋人でもないれす。ちゅうはいっぱいするのに…。私は…こんなに…こんなに…っ!」
そうなんだよ!私がこんなに大好きなのに。
キスはするし、昨日みたいにしたりもするし、嫌じゃないけど…だって好きな人だもん。でも、ちゃんと言って欲しいのに…『オトメが好きだ。』って言って欲しいのに…!!
イアルさんに指で涙を拭われる。
腰に手が回されると、金色の目がまっすぐに私を見つめる。
「オトメ…。ジークなど止めて、我と番にならぬか?我なら、オトメを女として愛してやる。一生幸せにしてやるぞ?」
いつのまにかイアルさんの顔が近かった。
周りからきゃあ、おお!だとか、声が聞こえる。なんだか唇が触れてしまいそうだ。
でも…これじゃない。イケメンだけど、違うの!!
「やだ!ジークフリード様がいいの!」
ゴッ!!!
私は勢いよく身を反らし、目の前にあるイアルさんの顔面に頭突きした。イアルさんが倒れていくのが見える。
私の頭突きは、額と額ではない。立派な護身術である。
そしてヒットしたのは、イアルさんの綺麗な鼻。
…折れたかな。まあ大丈夫だよね。治癒魔法あるし。
「オトメ…。」
「ジークフリードさま…」
いつのまにか、ジークフリード様が、お姉さんの包囲網を擦り抜けて来ていた。
感極まったように、ぎゅうっと抱きしめられる。もう慣れてしまった包み込まれる感覚に安心する。
ん?何かが違う…?匂いだ。
ジークフリード様の素敵な匂いに女の香水の匂いが混じっていた。
思わず鼻を摘む。
「…くしゃい。」
「なっ…!?」
ジークフリード様が顔を真っ青にして、自分の匂いを確かめている。
ああ、まずい。香水の匂いが気持ち悪くて…。
うぇっ!
「きっ気持ち悪い…!」
色々せり上がって来た私はそれだけ言うと、その場を抜け出した。
近くにいたお姉さんに、決死の思いでお手洗いの場所を教えてもらい、一通り吐き出す。
ちょっとはスッキリしたけど、気持ち悪い。まだ酔いは覚めない。
お姉さんが気を使って持ってきてくれた、ミントの香りのする水で、口をゆすいで鏡を覗き込めば酷い顔をした私が見えた。
…ジークフリード様、心配して下さっているよね?このまま寝てしまいたい気もするけど、ホテルにも戻らなきゃいけないし…。
宴会場へ戻れば、イアルさんはもうどこかに運ばれたのか、姿がなかった。特に変わらず宴は続いているし、そんなに重症ではないのだろう。
ジークフリード様はなぜか落ち込み、その横には色気むんむんなお姉さんが寄り添っている。
ジークフリード様は隣の存在にも気がついていないのか、床にののじを書いてどんよりしている。
…キノコでも生えそう。…ジークフリード様から生えたキノコは私が保管しよう。うん。育てて増殖させよう。
私がジークフリード様に近づこうとした時、お姉さんが言った言葉が聞こえてしまった。
「ねえ、騎士様?聖女様の護衛もお疲れでしょう?お勤めはお忘れになって、今夜は私のお相手をしてくださらないかしら…?ふふ…少女のような聖女様より、私の女としての身体で満足させて差し上げますわ?」
ジークフリード様の頬を指でなぞるお姉さん。
私の頭の中で何かが音を立てて切れた。
ジークフリード様とお姉さんの真後ろに立って言い放つ。
「それは、聖女に対する侮辱と捉えても?それをとも、私個人に対する侮辱ですか?」
私が戻ったことに気がついていなかったのだろう、
お姉さんの顔が青褪めていく。
「…せっ聖女様…そんなつもりではっ…!」
私は今だけ立場を全面的に利用する。そして私の乳を乏したやつは何人でも許しません!!
「お姉さんの身体で、誰を満足させるんですか?」
私は未だ落ち込んでいるジークフリード様に抱き着く。
「…俺は、お前の嫌いな匂いになってしまったのか?」
ジークフリード様が捨てられた子犬のような瞳で私を見てくる。可愛いけど…ジークフリード様、結構お酒飲んでますね?
「ジークお兄ちゃんの匂いに女の人の香水の匂いが臭くって気持ち悪くなっちゃって…。」
「…おっお兄ちゃん…?」
突然のお兄ちゃん呼びに、ジークフリード様の顔が赤くなる。
お姉さんは私の発言に目を白黒させている。状況が飲み込めないのだろう。
「ジークお兄ちゃん。抱っこ。」
「…っ!!オトメ!!」
ジークフリード様の顔が輝いた。
…そんなに嬉しいの?お兄ちゃん呼び。
大変嬉しそうで何よりだけど、乙女は複雑です。
ジークフリード様の膝の上に乗せられた私は、顔中にキスを落とされる。
「……私にはついていけな…失礼いたしますわ…。」
お姉さんがフラフラしながら出て行く。
やーい。私の乳を貶すからだい。
「オトメ…。今日は俺も嫉妬したんだぞ?」
「え?」
「…イアルが番にするっていうから……。」
ジークフリード様が、私の胸に顔を埋めた。
…拗ねてる、可愛いって…え?ジークフリード様?ちょっとなにやってるの!?
「…俺のことが好き…なんだよな?」
私の胸元に、ジークフリード様の舌が這う。
ぞわぞわと、くすぐったい様な感覚に身を捩れば、一瞬、チリっと痛みが走った。
ジークフリード様がゆっくりと顔を上げ、満足げに笑う。
襟ぐりと素肌の境目についた、真っ赤な花弁のようについた痕。
「…ふふ。俺のだ。」
ジークフリード様は再び私の胸に顔を埋めると、そのまま寝息を立て始める。
こ…これって、キスマーク…。
私はジークフリード様に抱き着かれたまま、意識を飛ばしていた。
展開に悩んでしまって更新が遅くなりました。
最後まで読んでいただきありがとうございました。