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東方無明録 〜 The Unrealistic Utopia.  作者: やみぃ。
第四章 紅霧異変
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外伝3 無法




 同時刻 地底




(わたくし)の傍を離れないことです。死にますよ」

「うるさい。分かってるわよ」


 もう何度目かのレイの警告。

 ディエナはうんざりした様子で返事をする。


「狐、貴女もです」

「キツネって呼ばないでくれよ。ボクの名前は天祈志歩だ」


 ボクもそこまで大差ない態度で返した。


 正義と月光の妖怪、照月零(テルヅキレイ)

 敬語で話してくる丁寧さの一方、その内容はどこか真っ直ぐすぎてキツく感じる。

 機嫌を損ねると面倒なタイプだろう。


 行けども行けども延々と続く暗闇。

 この景色にもそろそろ飽きてきた頃である。




 レイに連れてこられた場所。

 それは地底へと続く巨大な縦穴だった。

 飛び込んだ先にある地底都市へと赴き、そこの支配者と話をしてこいという仕事らしい。


 それのどこが“命を落としかねないほど危険”なのか。

 当然の疑問である。

 だがその答えは、この洞窟に入ってみれば一目瞭然だった。


 怨霊(おんりょう)だ。

 穴に深く潜れば潜るほどその数は増えていく。

 おそらく最深部には凄まじい数の怨霊が住んでいるのだろう。


 怨霊とは、強い怨みを持ったまま彷徨う霊のことだ。

 その負のエネルギーは凄まじい。

 人や妖怪が取り憑かれたら最期、精神を乗っ取られて自我を失ってしまう。


 人間の場合であれば取り憑かれても正気に戻れる可能性があるが、妖怪はそうはいかない。

 妖怪の根幹は肉体ではなく精神だからだ。

 精神を乗っ取られることは、即ちその妖怪としての死を意味する。

 だから妖怪は怨霊を恐れ忌み嫌う。

 怨霊は妖怪を乗っ取って復活しようと狙ってくる。

 そりゃあ危険なわけだ。


 じゃあなんで妖怪であるはずのボクらが今平気なのか。

 それはレイのお陰だ。

 彼女は物事をあるべき姿に戻す“正す”特殊能力を持っている。

 ボクの吉凶増幅能力や、ディエナの炎熱操作能力と同じ、彼女が妖怪として生まれ持った力だ。

 ボクの幻術を容易に破ったのも、ボクが天狐であることを即座に見抜いたのも、その能力ゆえなのだという。


 今はこの正す能力を常時発動してもらっている状態だ。

 怨霊がボクらに取り憑いて精神を蝕もうとしても、精神は即座に正され、正常に戻る。

 取り憑き自体を止めることはできないものの、乗っ取られることは無い。

 その状態を保ったまま進撃を続けているのだ。




「新手です」

「ち……」


 レイの指示に従い、右手に妖力を集める。

 ディエナは両手を前方へ向けていた。


 延々と続く薄暗い巨大洞窟。

 闇の向こうから不意に人影が飛び出してきた。

 異形の妖怪たちだ。

 怨霊に精神を乗っ取られた成れの果てか、もしくは耐性のある荒くれ者か。

 いずれにせよ邪魔だ。


「先制攻撃は禁止です」


 レイが釘を刺す。

 ボクは集めた妖力を撃たずに維持し続ける。


「どう見たって敵でしょ!? やらなきゃやられるわよ!」

「その短絡な感情論が全てを壊すと知りなさい。攻撃禁止」

「っ……」


 ディエナが焦れるが、レイは譲らない。

 残念ながらレイの言う通りだ。


 ここに来る途中で聞いた。

 地底と地上との間には昔から深い因縁があるという。

 それにひとまずの終止符を打つため結ばれたのが、地底に対する不可侵条約だ。


 地底の妖怪は地底で好きに暮らせ。

 地上の妖怪はそれを黙認し、干渉も侵攻もしない。

 だから地底の妖怪も地上には出てくるな。

 ……という取り決めなのだそうだ。


 つなりボクらのしていることは、限りなく黒に近いグレー。

 だから名目は“地上からの使者”だ。

 先制攻撃をして侵攻と取られることだけは避けねばならない。


「━━━!!」


 聞き取れない雄叫びを上げつつ接近してきた異形。

 振りかぶったその手には、怨念が込められた岩塊が。


 振り抜かれる異形の腕。

 黒い炎を纏った岩塊が轟速で迫り。


「……」


 眼前で砕け散った。

 金色の妖力シールドが岩塊を防いだのだ。


「“正当防衛”です」


 レイが呟く。

 瞬間、ボクは右手から流星群を放った。

 一瞬で穴だらけになり墜落する異形。


 ディエナも攻撃を開始した。

 両手から炎弾が放射され、後続の異形たちを焼き始める。

 一瞬にして仲間がやられたことに、彼らは狼狽しているようだった。


「突破します」


 それを見たレイはすかさず空を蹴る。

 混乱の隙をついて突っ切るつもりらしい。


 金髪のなびくその白ドレスの背中を追う。

 離れすぎると怨霊の餌食だ。

 地底にいる間は彼女から離れられない運命のようだ。


 両手を広げ、背後に銀弾と青光線の弾幕をばら撒きつつ飛行する。

 傍から見ればまさに彗星といったところだ。

 まさにというかボクは彗星の妖怪でもあるんだから当たり前だけど。


「━━!?」


 不快な音と悲鳴が通り過ぎて行った。

 異形の一体が炎をぶちまけて破裂したのだ。

 続けてもう一体、さらにもう一体。

 近い順から爆散していく。


「……」


 ディエナの仕業だ。

 異形の体内を蒸発させているのだろう。


「……ディエナ、遅れないでね」

「解ってるわよ」


 視線を合わせずに彼女は応えた。

 長い赤髪を揺らし、冷たくあたりを見回している。

 その赤眼はいつもより数段強い妖光を帯びていた。


 炎熱操作能力ってやっぱり洒落にならないな。

 この子とだけは敵対しないようにしよう。

 うん。


 三人で異形の群れを強引に突破していく。

 こちらも寄せ集めだが、向こうだって烏合の衆。

 まともな戦術も何も見られない。

 追い縋ってくる者すら皆無だった。


「そろそろ着きますよ」


 レイが前方を指さす。

 見ると、明らかにさっきまでとは違う景色があった。

 突如として空間が開け、暖かな光に満ちた街が現れたのだ。

 古くさいが華やかな街並み。

 どこか懐かしくも感じる。


「ここが地底都市、か」

「ええ。正しくは“旧地獄都市”、通称は“旧都”と言います。その昔に地獄から切り捨てられたものの、鬼による自治で繁栄している無法都市です」

「詳しいね。それも賢者から聞いたのかい?」

()()の知る情報の殆どがそうですよ」


 レイは淡々と語る。

 やはり賢者の名前が付いて回るのか。

 肩身が狭そうだ。


 しかし、なぜ賢者はレイや黒服(強者)をここまで重用するのだろう。

 ボクやマモルたちも含め、関係する全員が幻想郷にとっては未知の新入りだ。

 さらにレイムの推察も結びつけるならば、全員が“時間逆行の禁忌を犯した大罪人”でもあるはずなのに。

 昔から幻想郷を管理してきた賢者が、そんなぽっと出の罪人たちを信用するだろうか。

 ボクには想像できない。


 まさか……賢者が自ら連れてきたのか?

 あの現世から、この幻想郷に。

 黒服たちに吸血鬼異変を制圧させるために。

 マモルたちに紅霧異変を解決させるために。

 ボクらを地底(危険地帯)への使者とするために。


「その想像は正しいと思いますよ」


 不意にレイがこちらを見た。

 内心を見透かすかのような言葉。

 ボクは平静を取り繕ってそれを見返す。


「なんのことだい」

「憶測でも巡らせていたのでしょうが、正しくない気質は終始感じられませんでした。その結論は正解に近いのでしょう」


 彼女はその端正な顔をニヤリと歪ませた。

 思わず目を見開いてしまったボクは、すぐに視線を切った。


「……心を読む妖怪ってのは嫌いだよ」

「正しさの気質が見えるだけです。サトリの類いと一緒にしないでください」

「される側からすりゃ同類さ」


 反論をかわしてため息をつく。

 サトリってのは、人間の心を読んで言い当て反応を楽しむという低俗妖怪だ。

 今のレイはまさにそれだと思うんだけど。


 ちょっと有利な能力を使えるからってコケにしやがって。

 ボクは天狐だぞ、ゆうに千年生きた大妖怪だぞ、って喉元まで出かかってる。

 まあそんな幼稚なことは言わないけどさ……。

 くっそう、地底を出たら覚えとけよ。




 飛行を解除し、着地する。

 本来ならば地表になるはずのない、硬く重い岩盤。

 下駄越しに足裏を触る怨念。

 空間のみならず、岩盤にも怨霊が封じられているようだ。


「ほう、見ない顔だね。どっから来た?」


 降り立った理由はひとつ。

 素通り出来なさそうな妖怪が立ちはだかったからだ。

 レイよりも高い身長と長い金髪。

 ボクより豪華な着物、ディエナより遥かに力強い赤眼。

 その額にそそり立つは、真っ赤な一本角。

 右手には巨大な杯を持っている。


「照月零と申します。賢者の使者として地上より参りました」

「地上の妖怪とは珍しい。あの頭でっかちの指示でこんなところまで、ご苦労なこった」


 レイが歩み出て名乗る。

 一本角の大女は、愉快そうに表情を歪ませた。


 この体躯、豪胆さ、そして角。

 間違いない。


「私は星熊勇儀(ほしぐまゆうぎ)だ。そいつらは取り巻きか、零とやら」


 “鬼”だ。

 日本において最も強力な妖怪。

 ボクが大陸からこの列島に渡ってきた時、一番警戒した存在だ。

 中国大陸でも聞くほど、その名は有名だった。


「ええ、そんなところです。……星熊さんと言いましたね。貴女が旧都の責任者ですか?」

「ハッハッ、ここに責任者なんていないさ。皆が皆、自分の責任は自分で負ってるんだ。だがまあここらで一番喧嘩に強いのは私だから、代表だと思ってくれても構わないよ」


 ユウギと名乗った鬼は嫌味なく笑う。

 こちらを疑るような気配も、億すような態度も無い。

 話は通じそうだ。

 レイもそう感じたのか、少し安心した様子で話を続ける。


「賢者から伝言を預かっています。……先日、幻想郷における戦闘規則が制定されました。命名決闘法、スペルカードルールというものです。今後人妖の戦闘はこのルールに乗っ取って行ってください」

「なるほどね。断る」


 が、流れるような拒否。

 ユウギはそのまま杯を傾けて一口呑む。

 レイは一旦固まった後、目を据えた。


「……人間妖怪双方の命を保証しつつ、妖怪の存在意義も保証できる画期的な規則です」

「旧都は鬼の好きにしろと言ったのは他ならぬ賢者だ。なぜ約束を違える」

「貴女方の自治権を侵害するものではありません。対象は幻想郷全域です。そもそもこれはあくまで人死にや妖怪の弱体化を防ぐためのもので」

「ここに生きた人間はいないし、弱い者が死ぬのは世の理だ。そんなに私らを従わせたいんなら拳で語りな」


 必死に説得を試みるレイ。

 だがユウギは首を縦に振ろうとはしない。

 どころか、首や肩を回しては鳴らしている。

 ……不味い、機嫌を損ねたか。


「そういった終着点なき実力主義を否定するための規則です。狭い幻想郷内で潰しあっていては何もかもが破滅します」

「実力主義の何が悪い。力が全てだ。地上の者達(あんたら)がそうしたようにな!!」


 ユウギが言葉を荒らげた。

 その声は衝撃波となり、辺り一面の岩盤を揺らす。

 凄まじい気迫。

 レイですら足が竦んでいた。


「私らの住処に土足で踏み込んでおいて、鬼との約束を違えておいて、」


 増幅していく地響き。

 ユウギがただ踏みしめているだけで、岩盤にヒビが入っていく。


「無事で帰れると思うなよ」


 轟音。

 ユウギが右脚を地に叩きつけた。

 一面の岩盤が割れ、一瞬にして宙に舞い上がる。

 当然、その上に乗っていたボクらも空中に放り出された。


 回転する視界の中、どうにかユウギの姿を捉える。

 彼女は接近してきていた。

 右手に杯を持ったまま、左手を拳として振り上げて。


 鬼の拳なんて食らったら塵も残らない。

 どうする、防御か?

 いいや無理だ、そんな生易しいパワーじゃない。

 回避だ。

 でももう時間が無い。


「━━!!」


 迫るユウギを前にボクができたこと。

 それは、己の(吉凶増幅)能力を使い、ボクら三人の“吉”を上げることだけだった。










(あらが)え」


 冷徹な男声。

 眼前に人影がいた。

 ユウギの拳を軽く受け止める、長身の男。


 次の瞬間、ユウギの姿は無かった。

 男に押し飛ばされたのだ。

 ユウギは地面にめり込みながら通りを転がり、彼方の岩盤壁に激突してようやく止まった。


 騒ぎを聞きつけた鬼や異形が、呆然とその男を見上げている。

 旧都で最も強き者を片手で弾き返したのだ、無理もない。


「その眼に刻め、井の中の蛙共よ」


 男の体躯は黒い霧のようなものに包まれていた。

 野次馬は次第に明瞭になるその姿を見つめ、戦々恐々とその声を聞く。


「これが実力主義だ」


 男は払った手を戻し、極めて冷徹な声でそう喧伝した。


 闇霧が晴れる。

 男の姿が露わになる。

 黒髪に黒い服、黒い外套。

 所々に走る赤いラインが、闇色の外観によく映える。


 その姿、忘れてなどいない。

 現世の大騒動でずっと中心にいた謎の人物。

 人間が“東京スカイタワー”と呼ぶ巨塔の頂に浮かんでいた人影。

 ボクらは全部見ていたんだ。

 “スマホ”と“ネット”を介して。


「……遅刻です、アヤクラ」


 レイが彼を見て安堵のため息を吐く。

 瞬間、全てが繋がった。


 ……そうか、彼が。

 目の前の彼こそが。

 現世を破壊した大妖怪。

 現世の妖怪を復活させた遠因。

 東雲衛が探し続けている復讐相手。

 吸血鬼異変を制した強者。

 ボクらが幻想郷(こんなとこ)にいるそもそもの原因。


「名乗ろう、地底の民よ。我こそは地上で最も強き者━━」


 彼はあたりを見下す。

 その底なしに深い闇色の瞳で。


 ボクはようやく目の当たりにした。

 やっと会うことが出来たのだ。


 今までの運命の元凶に。




「━━暗鬼の大妖怪、无月綾蔵(むつきあやくら)である」




 この筋書の、首謀者に。








 名前:星熊(ほしぐま) 勇儀(ゆうぎ)

 初登場:四章外伝3 無法

 種族:鬼

 性別:女

 年齢:不明

 身長:高

 髪の長さ:腰

 髪の色:金

 瞳の色:赤

 能力:怪力乱神を持つ程度の能力


 旧地獄に住む鬼。

 かつては妖怪の山に住んでいたが、地上に飽きて地底に移り住んだという。

 地獄から切り捨てられた旧都に荒くれ者達と共に街を築き、好き勝手に暮らしている。


 派手な着物を着崩している。

 額にある赤い一本角がトレードマークである。

 片手に星熊杯と呼ばれる赤い杯を持っている。


 性格は鬼らしく豪胆で、嘘を吐いたりはしない。

 相手にもそれを求める傾向があり、強き者や正直な者を好み、逆に虚弱な者や卑怯な者を嫌う。

 とんでもない馬鹿力の持ち主であり、鬼でも彼女に勝てる者はいない。


 彼女らはかつて旧都の自治を巡って地上、つまり賢者といざこざを起こしたことがある。

 結局融和は成らず、鬼による旧地獄の自治を賢者が認める代わりに、鬼は旧地獄にいる怨霊が地上に出ないよう封印する、という契約を結んでいる。

 同時に、地上の妖怪と地底の妖怪はお互いの領域を侵さないという約束も結ばれた。


 今章では、スペルカードルールの公布をしに来た照月零たちと対峙する。

 相互不可侵の約束を地上側が破ったと感じた彼女は、零たちに対して攻撃を仕掛ける。

 地底においては力でねじ伏せることが許されており、そのローカルルールを侵されることへの抵抗感も攻撃の理由のようだ。




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