第八話 運命重奏 ~ Scarlet Septet
紅い夜空に描かれた紋章。
ただの紋章ならどれほど良かったか。
巨大な光線でできた悪魔の紋章に、美しいなどと口にする余裕は無かった。
これが吸血鬼の力か。
レミリアめ、初っ端から調子に乗りやがって。
背筋を光線が掠める。
眼前を光弾が通過する。
回避成功。
瞬間、俺は素早く脇差を抜いた。
「『鎌鼬』!」
刀身が空を斬り、軌跡が緑の斬撃波を生む。
斬撃波とは凝縮された鋭い妖術。
レミリアのこの弾幕が飲み込んだとしても、そう簡単に迎撃できるものではない。
そして今のレミリアは、大技ゆえに全く移動ができていない。
当たる。
「!」
レミリアが僅かに声を上げた。
鎌鼬が彼女の魔力壁を斬り付けたのだ。
飛び散る紅い火花。
彼女のスペルカードが乱れる。
瞬間、霊夢がレミリアに集中砲火を叩き込む。
陰陽玉から放たれた紅白の御札が魔力壁に殺到していた。
彼女は一瞬の隙も見逃さないのだ。
対するレミリアは軽くため息ひとつ。
スペルカードを終了し、腕を一振した。
現れた紅い魔力が粗雑な弾幕となって霊夢へと雪崩る。
近付こうとした俺にも同じものが放たれた。
美しさもへったくれもない力技だ。
この化け物魔力悪魔め。
紅弾の雪崩を大きく迂回するように飛行する。
密な不規則弾幕だが、それは局所的な話。
周囲全方向に同じことはできないらしい。
レミリアの背後に回り込んだ。
素早く脇差を二回振る。
十字の斬撃波が彼女の背中めがけて切りかかる。
「獄符『千本の針の山』」
だが、命中する直前で弾き返された。
とんでもない数のナイフと飛刃が彼女を包んだからだ。
慌てて反転し距離をとる。
刃物の弾幕が押し寄せてきたのはその直後だった。
両脇を連なった飛刃が通過し、左右からはナイフが飛んでくる。
本物だったら嫌だなぁ、等とぼんやり考えながらそれらの隙間に体を滑らせた。
耳障りな風切り音がいくつも通過する。
それなりの質量を感じた。
刃が本物でなくとも材質は本物の金属だ。
当たり所が悪ければ死にかねない。
無論、刃も本物なら間違いなく死ぬが。
ひとしきり避けきった。
だがレミリアのほうを見上げると、既に第二波が放たれていた。
意外とインターバルが短い。
反撃する隙が見当たらない。
これでは攻撃が疎かになり、いつまで経っても破れないだろう。
回避の苦手な俺にとっては尚更だ。
ならば仕方ない。
即時発動のスペルカードで一気に片付けてやる。
懐から木札を取り出す。
妖力の解放と同時にそれを放り投げ、宣言する。
「盾符『イージス』」
八角形の巨大な妖術陣が俺の背後に現れる。
それを取り囲み守るように配置された四基の妖術機関砲。
「撃て!」
叫び、脇差の刃先を弾幕へと向けた。
一斉に射撃を開始するファランクス。
八角形から放たれる大量のミサイル。
緑の火筋と緑の誘導弾が、ナイフの弾幕に真っ向から撃ち合いを始めた。
ファランクスは、俺が通常攻撃手段として左右に携えているものと同じものだ。
ただしこいつらはいつもと違い、各個がそれぞれ別の目標を捕捉して迎撃できる。
純粋な捕捉性能もいつもとは桁違いだ。
飛んでくる飛刃を正確に撃ち落としていた。
八角形のほうは、自動で飛来物を捕捉してミサイルを放つ対空兵器だ。
俺が指示しなくとも多数の目標を同時攻撃できる。
ファランクスが近距離を担当し、ミサイルが中遠距離を担当する。
近づいてくる脅威は全て撃ち落とす。
まさに高性能防空装置だ。
俺への命中コースとなりうる飛刃とナイフが次々に破壊されていく。
第二波を完全に防いだ。
レミリアは第三波を撃ってきたが、こちらに到達するよりはるか前にミサイルが破壊してしまった。
俺はミサイルシステムに、レミリア本人を攻撃せよと指示を出す。
迎撃を果たし手持ち無沙汰となっていたミサイルシステムは、待ってましたとばかりに緑の誘導弾を吐き出した。
ぎょっとした顔をみせるレミリア。
純粋な火力で追い詰められたのだ、致し方ない。
彼女はスペルカードをしまい、迫るミサイルの群れに右手を向ける。
その手が開いた瞬間、こちらに向かって大量のナイフが放射された。
巻き込まれたミサイル群はそのほとんどが破壊されてしまった。
「っ、迎撃!」
ミサイルの攻撃対象を、レミリアから飛来物に設定し直す。
イージスは再び対空迎撃を開始した。
さっきのスペルカード攻撃が全方位に分散しており、正面迎撃は容易だった。
だが今は俺めがけて全火力が集中されている。
案の定、迎撃できる位置は次第にこちらに迫ってきた。
忌々しくレミリアを見上げる。
目が合った彼女はニヤリと笑った。
かかったな馬鹿め。
「『封魔針』!」
「っ!?」
レミリアの左半身に巨大な針が次々と突き刺さった。
霊夢の攻撃だ。
俺にだけ意識を向けていたのだから当然の隙である。
レミリアは慌てて身を翻すと、俺と霊夢から距離を取った。
魔力を再集結させている。
切り返して攻撃してくるようだ。
あれは人間であれば痛みで悶絶し、ややもすれば失血死しかねない傷。
だが流石は吸血鬼、全く痛がる素振りがない。
まだまだ余裕か。
「……神術『吸血鬼幻想』」
次のスペルカードが切られた。
巨大な紅い光弾が一斉に発射される。
まるで壁だ。
俺は自分のスペルカードを放ったらかしにして回避する。
イージスで迎撃できるのは、実体が確かな物理攻撃のみ。
魔法弾等の迎撃には不向きだ。
案の定、高威力の大型魔法弾を防げずに食らったイージスは、妖力爆発を起こして霧散してしまった。
意識をレミリアのスペルカードに戻す。
大型魔法弾の壁は回避した。
だがそれらの軌跡上に多数の光弾が浮かんだまま静止している。
この穢れた紅い弾は……血か?
あの大型光弾は血を置き土産にしていったのか。
もしくはあの大型光弾自体が血の塊か。
困惑していると、レミリアから魔力の波動を放った。
同時にうねるように動き出す光弾たち。
合図で起動する仕組みのようだ。
厄介極まりないし、血液が動く様は非常に気持ち悪い。
そして普通に避けにくい。
レミリアは同じ攻撃を二度、三度と繰り返してくる。
その度に血の光弾が撒き散らされ、うねり、動き、こちらを圧迫してくる。
俺は必死に回避を試みるが、次第にレミリアから引き離されるのを感じた。
案の定霊夢は俺よりも食らいつけているが、肝心の反撃が当たっていない。
レミリアはこの厄介な弾幕を放ちながら移動を繰り返していたのだ。
霊夢が連射する御札は時々しか命中していなかった。
俺は懐から木札を取り出す。
こいつも温存していたスペルカードだ。
イージスも使ってしまったことだし、ここまできたら出し惜しみはしない。
新技大技妙技、なんでもありの総力戦だ。
「生命『木精の呪文』」
宣言する。
木札が緑光となって肥大化し、分裂し、俺の周囲に別れて浮かぶ。
俺はそいつらに命じる。
「吸血鬼を喰い散らかせ」
瞬間、緑の光のいくつかが意気揚々と前方へ飛び出した。
その軌跡は奇妙そのもの。
三次元的に細かく不規則に蛇行しながら進んでいくのだ。
その動きでもって向かってくる光弾を回避もしている。
「良い子だ。さあ行け」
出遅れ残っていた緑光も飛び出していく。
彼らもまた、複雑不規則な軌跡を描きながらレミリアに向かう。
その動きは俺ですら読めない。
俺が逐一操作している訳では無いからだ。
神社で材木屋をやるようになって、俺は樹木のことがいろいろとわかってきている。
その中にひとつ、面白い発見があった。
“キクイムシ”と呼ばれる現象だ。
響きから想像する通り、木を食って小さな穴を開けてしまう虫害のことを言う。
当然、木材としての価値を下げかねないので、俺や木こりにとっては天敵である。
面白いというのはその食い跡だ。
虫たちは木の幹と皮の間の薄い形成層を平行に喰い進んでいく。
そのため、皮を剥がすとその喰い進んだルートが一目瞭然となる。
ルートの形は実に奇妙で、横一方に進む一筆書きでありながらも丸まったり折れ曲がったりと、まるで何かの言語の走り書きのようにも見えるのだ。
木こりはそれを、“森の神が書いた呪文”等と形容する。
生命妖術によって妖精との関わりが深い俺は、それを“木に宿った妖精が書いた呪文”と形容した。
それを再現したのがこの技、木精の呪文。
生命妖術と妖術誘導を組み合わせ、キクイムシと似たような動きをしながら目標を追うようにした、特殊な誘導攻撃だ。
言わば“意思を持ったミサイル”。
衛式誘導弾なんかと比べると低速ではあるが、その機動によって敵弾を避けながら進むし、ダメージを受けても備え付けの生命妖術で自動修復するし、命中率も高いし、各個自己判断であるため俺が誘導し続ける必要も無い。
高コストでも十分に元が取れる技なのである。
なおあまりの変態機動なうえ元ネタが害虫であるため、他人からの評価は「気持ち悪い」ばかりである。
畜生。
蛇行する緑のミサイルがレミリアに迫る。
彼女はスペルカードの対象をミサイルに変えて迎撃を試みているが、ここまで一発も落とせていない。
それほどまでにこのミサイルの生存性は高いのだ。
「……!!」
レミリアが酷く不快そうな声をあげた。
ミサイルが彼女の魔力壁に突き刺さったのだ。
また一発、また一発と。
しかも彼らは即起爆をせず、魔力壁を食い破ろうと蠢いている。
気持ち悪いったらありゃしない。
悲鳴を上げたくなるのもわかる。
遂にレミリアはスペルカードを終了して逃走を始めた。
魔力壁を破ったミサイルが後を追う。
遅れて飛来した霊夢の誘導御札が、さらにその後ろから追う。
「劣等生物が……」
そんな台詞を吐いたかと思うと、唐突に彼女の姿が散った。
コウモリの群れとなってしまったのだ。
そうか、吸血鬼の特性だっけか。
厄介だ。
緑のミサイル達が迷走する。
レミリアを見失い、何を追えばいいのか分からなくなったようだ。
飛び交うコウモリに目標を変更するものもいるが、そんな素早く小さな相手に追いつけるわけもない。
霊夢の誘導御札は、魔力が集結している方へと進み続ける。
力の出処を見失わないという特性が生きたようだ。
だが突然、魔力の中心から光弾が放たれた。
回避行動などプログラムされていない誘導御札たちは、そのまま撃ち落とされてしまう。
緑のミサイルがその騒ぎに気付いた。
一斉に進路を変更してそちらに向かう。
レミリアの姿は相変わらず見えないが、光弾の発射源を高脅威目標だと認識したらしい。
俺が流れ弾の回避に気を取られている間に、彼らはちゃんと自分で考えて動いてくれたのだ。
“木精の呪文”を遠隔操作誘導方式ではなく自律思考誘導方式としておいたのは、この場合正解だった。
霊夢と一瞬アイコンタクトを交わす。
彼女が札弾の連射を始めたのと、俺が妖術機関砲を再起動したのはその直後だった。
あのミサイルを援護するのだ。
「…………」
不意に再出現するレミリア。
執拗に追ってくるミサイルを冷たく睨んでいる。
俺と霊夢はすぐさま弾を撃ち込んだ。
だが、またしてもその姿がコウモリとなって散る。
直後。
「っ!? 避けろ!!」
レミリアがいたあたりから大型光弾が高速で放たれた。
しかも壁のような密度を連射している。
ミサイルは一瞬で全滅し、俺と霊夢は回避行動しかできなくなる。
放射が止み、再びレミリアが現れた。
したり顔で薄ら笑いを浮かべている。
何も出来ない俺達を嘲笑っているかのようだ。
手出しできない状態で好き放題撃ちやがって。
勝負にならねえぞこんなの。
「撃て!」
ファランクスを再起動させる。
だが既にレミリアは霧散していた。
緑光弾と札弾が殺到しても、ただ通過するだけ。
また一方的に攻撃されるのか。
面倒だ……面倒すぎる。
いつまでこの形勢が続く。
早く止めなければ。
でもどうやって……。
レミリアが光弾をばら撒き始める。
悔しさに奥歯を噛み締めながら、回避行動に移った。
「魔妖『スコール』!」
瞬間、高らかなスペルカード宣言。
上空に水色の巨大な魔法陣が現れる。
そこから生まれ、高速で落下してくる大粒の雨。
レミリアのいたあたりが豪雨に包まれた。
「っ!?」
レミリアらしき悲鳴があがる。
彼女は慌てて身体を再構築するが、結界でも食らったかのように豪雨の只中で固まっている。
「恋符……『マスタースパーク』!!」
直後、動けない彼女を正確に撃ち抜く極太光線。
重低音の魔力音と熱量に呑まれ、レミリアの姿は掻き消えた。
「ないす魔理ちゃん!」
「ありがとよ明」
新たに現れた二人は、そう言って互いを讃えた。
……なんだ、やっと来たのか。
「遅かったな。明、魔理沙」
二人に声をかける。
振り返る黒髪高校生と金髪魔女。
美鈴戦のあと別行動となっていた魔法少女組だ。
「魔法少女アカリン参上!」
「吸血鬼が流水を越えられないって本当なんだな」
「お兄ちゃんちょっとは反応してよぅ」
「ああうん、ごめん。いつも通りダサいよ」
「キレそー」
いつも通り明と軽口を叩き合う。
魔理沙と霊夢も、やいのやいの言い合いながら互いの無事を確認していた。
「魔理沙、妹の面倒ありがとな」
「礼はこっちからだ。明がいなけりゃ奴は倒せなかったぜ」
魔理沙は邪気無く笑ってみせた。
ようやく明も、彼女を手助けできるくらいには強くなっているようだ。
「いつまで駄弁ってんのよ」
霊夢が呆れ声で注意する。
彼女の視線の先には、ボロボロの身体を再構築するレミリアの姿があった。
「トドメといきましょ」
「よっしゃ!」
「あいよ」
「おっけー!」
霊夢の言葉に各自返答する。
幻想郷の人間有力者は、ここに再び揃ったのだ。
あれだけやられたにもかかわらず、まだレミリアの魔力は衰えない。
だがこれだけの頭数が揃えば押し切れるはずだ。
各々が自分の得物を吸血鬼に向ける。
さあ、総力戦だ。
終わらせてやる。




