第七話 ブラッドレイン
紅魔館上空
何度も何度も押し寄せる青白い弾幕。
冷静に見切って回避し続ける。
発射元は上空の妖精メイド達だ。
紅魔館の真上に向かおうとしたらこのお出迎えだ。
やはり吸血鬼は屋上にいるのだろう。
両側に携えたファランクスを妖精メイドに向ける。
緑の火筋が彼女たちへと殺到した。
断続的に響く炸裂音。
妖精メイドは魔力爆発を起こして消え去った。
横を見る。
相棒の霊夢もまた、妖精メイドの一団を吹き飛ばしたところだった。
「ナイス」
「雑魚よ、こんなの」
俺の賞賛をいなす霊夢。
どことなく嬉しそうな顔をしているあたりが愛嬌だ。
余裕の笑みか、もしくは楽しんでいるだけかもしれないが。
「止まりなさい」
突然鋭く響く女声。
俺と霊夢は上昇を中止する。
行く先を塞ぐように現れたのは、咲夜だ。
「またやられに来たのかしら、メイド」
「まだやられてないわ、巫女」
薄ら笑いで挑発する霊夢。
対する咲夜は、明らかに取り繕った平静で返す。
銀髪はくすみ、メイド服は破れ汚れている。
それでも気丈にナイフを構えていた。
「やめとけよ。仮にも人間なんだから、無理したら死ぬぞ」
「お嬢様を守る為なら死も厭わないわ」
「聞き捨てならねえな。それはスペルカードルールの理念に反する」
「逆よ。スペルカードルールが私の信念に反しているの」
「ああそうかよ」
説得を試みるが、どうやら無駄なようだ。
俺は脇差を抜いた。
咲夜が手のナイフを放ったのは同時だった。
「『鎌鼬』!」
それを斬撃波で弾き飛ばす。
直後、咲夜は弾幕を放っていた。
縦に連なって押し寄せる銀のナイフと、横に連なって撒き散らされる赤い飛刃。
戦術的で美しい弾幕だ。
出し惜しみしてやがったか。
回避するか、鎌鼬で弾くか、判断しつつ弾幕を攻略していく。
少しづつ咲夜への距離を詰める。
詰めれば詰めるほど、ファランクスの命中率が上がっていく。
「っ……っ……! 奇術、『エターナルミーク』!!」
耐えきれなくなったのか、咲夜がスペルカードを切った。
膨大な魔力が彼女の元に集まる。
彼女が青白い光に消える。
根こそぎ掻き集めたような魔力の使い方だ。
これがラストスペルだろう。
青白い光が弾幕となって放射され始める。
全方位に高密度で高速放射、しかも規則性がない。
完全な力押しだ。
急いで反転し、咲夜から距離をとる。
ファランクスの射程ギリギリまで離れると、ようやく回避可能なレベルまで弾幕密度が下がった。
「衛」
「なんだ」
「生きてるならいいわ」
「おい」
弾幕の最中、聞こえた霊夢の声に応える。
良かねえだろ俺の戦力評価どうなってんだこら。
「時間は掛けたくない。援護して」
「あいよ」
霊夢が陰陽玉と共に突撃をかける。
俺はその後ろに続いた。
ファランクスを起動したまま、脇差を握る右手に妖術ガトリングを生成する。
回避が多少疎かになるが火力は上がる。
俺は覚悟を決め、射撃を開始した。
霊夢を追い越し、咲夜のいるあたりに撃ち込まれ続ける緑の火筋。
命中によって僅かに弾幕が薄くなる。
霊夢はその隙に急速接近をかける。
「っ……!」
右のファランクスが被弾した。
反動で身体がぶれた瞬間、左腕に被弾してしまう。
自動発動した障壁を纏い、俺は後方へと吹っ飛ばされた。
だが、無理な支援射撃をした甲斐はあったようだ。
接近した霊夢が近距離から咲夜に御札を浴びせる。
響く連爆の音。
弾幕が大きく揺らぐ。
「━━━━!?」
青白い弾幕が明滅する。
次の瞬間、それは爆発して消えた。
「無事か」
霊夢に近づき声をかける。
彼女は済ました顔で俺を見た。
「他人を心配できる状態かしら」
「俺は無事だ」
「肘に裂傷と火傷負ってるのを“無事”とは言わないでしょ」
肩を竦める。
右手のガトリングをしまい、握っていた脇差を鞘に戻す。
指先に妖力を集め、それを傷口に添え、念じる。
具現化した緑の妖力は瞬く間に傷を塞いでいく。
生命妖術。
拒絶妖術と双璧を成す、俺固有の特殊能力だ。
十秒とかからず、傷は完全に消滅した。
「ほら、“無事”だ」
「……傷は無かったことにできても、“事”を無かったことにはできないわ。もう少し回避をしなさい。防御や相殺には限界があるのよ」
「ああ、ごもっともで」
反論の余地はない。
俺は片手を挙げて頷いた。
拒絶能力を付与した障壁妖術や、迎撃能力特化の射撃妖術、即回復ができる生命妖術などに長けている俺は、回避行動をあまり重視していない。
そもそも俺のポテンシャルだと、回避を重視したところで大して戦えないのだ。
反射神経の秀でた霊夢や明ならいざ知らず。
人間には生まれ持ったセンスというものがどうしてもある。
勘とセンスで活躍する紙一重の人間と、工夫と努力でのし上がる愚直な人間の違いだ。
明や霊夢は前者で、俺や魔理沙は後者だ。
前者は高い能力を持ち、なんでもそつなくこなす天才肌である。
だがなんでもできる反面努力を軽視し、持続性が無かったり伸びしろがなかったりする。
天才と呼ばれることが多いが、脳筋や変人とも紙一重である。
後者は能力こそ低かれど、知恵と工夫で地道に力をつけるタイプだ。
だが多くは前者の天才肌タイプに届かず、努力の見返りを受けられなかったりする。
頭脳派と呼ばれることもあるが、多くは前者の影に隠れた地味な存在である。
「まあ無理にとは言わないわ。できる範囲でいいから」
霊夢にこの話をした時、彼女は驚き、興味深そうに聞き入っていた。
それからだ。
彼女が俺や魔理沙のポテンシャルにこうして理解を示すようになったのは。
「頑張ってみるよ」
どちらのタイプが優れているという話ではない。
相互理解、相互補助が最良だという話だ。
上昇を再開する。
紅霧に霞む夜空。
屋上はすぐそこだ。
* * *
「やっぱり、人間って使えないわね」
幼い声。
相反する大きなシルエット。
広げられた蝙蝠の翼が、少女の輪郭を黒く強大に映す。
「なんで吸血鬼ともあろうあんたが、人間なんて護衛に雇ったのかしら」
霊夢が油断なく少女を睨む。
少女は眉ひとつ動かさず、俺達に相対していた。
白と赤を基調としたドレス。
青髪の奥から覗く妖しい赤眼。
「咲夜は優秀な掃除係。おかげで首ひとつ落ちてないわ」
「そりゃ生きたまま突破されれば首なんて落ちないでしょうに」
「私が作った首の掃除も咲夜の仕事なの」
上がった口角に鋭い犬歯が光った。
こいつは吸血鬼。
強大な力と数多の眷属を持つ大妖怪。
こんな幼く見えても最強クラスの人外だ。
「いいからこの紅霧を消せ、レミリア・スカーレット。迷惑なんだよこれ」
幻想郷中に満ちた赤い霧を指さし、彼女を睨む。
レミリアと呼ばれた少女は面白そうに俺を見た。
「あら。私の名前を知っているのね」
「吸血鬼異変でお前の配下だった妖怪から聞いた。よくも彼女たちを暴走させてくれたな」
「暴走だなんて人聞きの悪い。解放させてあげたのよ。限界という名の鉄格子から」
飄々と躱すレミリア。
思わず舌打ちした俺に、彼女は首を傾げた。
「ねえ、シノノメマモル」
「……どこで俺の名前を」
「貴方、私の下に付かない? 強くなりたいんでしょ?」
「……」
見透かすような赤眼。
睨み返してみるが、彼女は全く動じない。
「妖術師として強くなりたい、でも人間は辞めたくない……ふふ、貴方にぴったりじゃない。運命を操る私にかかれば、そのくらいわけないわ。丁度護衛に向いた執事が欲しかったところなの。どうかしら」
そう言って、レミリアは無邪気な笑みを浮かべた。
吸血鬼の配下、ね。
つまりは咲夜のようになれと。
運命を差し出せばリターンは絶大、ということか。
「なるほど、悪くないな」
「ま、衛!?」
慌てて振り向く霊夢と、嬉しそうに笑うレミリア。
「だがその話は後だ。……この霧を消せ。俺達はそのために来た」
「霧を消せば私に付いてくれるのかしら」
「笑わせるな。俺はそんなに安くない」
鼻で笑い飛ばす。
腰の脇差を握り、引き抜き、その幼い面に向けた。
「一回お前をぶっ飛ばさないと気が済まねえんだよ、レミリア」
脇差が妖力を帯びる。
ファランクスが彼女を捕捉する。
「霧を消せ。吸血鬼異変を償え。話はそれからだ」
レミリアは無感情に俺を見た。
が、すぐに妖しい微笑に戻る。
「ああ、残念ね。本当に残念……」
その手に魔力が集まっていく。
鳥肌が立つほどの魔力量。
「……それじゃあ永久に私には付けないわ」
閃光。
鮮やかで美しい赤弾が一斉に放たれた。
しょっぱなから凄まじい密度だ。
先が思いやられる。
「これは……長い夜になりそうね」
「違いない」
霊夢と共にため息をつく。
刹那、互いに空を蹴った。
「楽しい夜になりそうね」
弾幕の中心で、悪魔は笑っていた。
名前:レミリア・スカーレット
初登場:三章第六話 紅魔 ~ Scarlet Aggressor
種族:吸血鬼
性別:女
年齢:500歳程度
身長:やや低
髪の長さ:肩
髪の色:水色
瞳の色:紅
能力:運命を操る程度の能力
紅魔館の主。
西洋で猛威を振るった吸血鬼スカーレット家、その当主である。
運命を見通し運命を操る能力を持つ。
眷属を多数従え、圧倒的物量を以て敵対するモノを征服する。
館ごと世界転移を行って幻想郷にたどり着いたのだという。
姿は、蝙蝠の羽が生えた幼い少女。
白いスカートの洋服に帽をかぶる。
武器としてグングニルという魔力槍を生み出し扱う。
第三章では、悪魔やゾンビを用いて里に総攻撃を仕掛け、幻想郷征服を目論む。
彼女の能力により、一時幻想郷中のほとんどの弱小妖怪が自我を奪われ暴走した。
止めにきた幻想郷の妖怪軍と激しい戦闘を繰り広げた末敗北。
現在は停戦契約によって行動を制限されている。
今章では、新たに制定されたスペルカードルールを利用して異変を起こす。
内容は、幻想郷全体を紅い霧で覆い、陽の光を遮ってしまうというもの。
スペルカードルールが公布されてからは初の大きな異変である。




