後話8 Moonlight Goddess
目の前に突然現れた金髪碧眼の女性。
私は臆しないよう気を張りつつ、どうにか口を開いた。
「聞きたいのは私のほう。こんな所でこそこそと何してんの?」
呆けている隙はないのだ。
感じる妖力からして、こいつは間違いなく妖怪。
まして待ち伏せされていた。
油断などできるはずもない。
「昨日、暗鬼の哨戒線が人間に発見されたと聞きましてね。強行突破でもされたら困ると言うことで、私が単機で代役を勤めているのです」
胸に手を当て話す、零と名乗った女性。
立ち振舞い、容姿共にハイレベルだ。
完璧美女とはこういう存在のことを言うのかもしれない。
人外だが。
彼女の言葉を信じるならば、零と暗鬼は仲間同士ということになる。
暗鬼の仲間ということはつまり。
「へえ、“強者”と友達なんだ」
黒服の仲間だということ。
「その解釈は正しくありません。彼は“休戦中の敵”に過ぎません」
女性はきっぱりと訂正した。
顔を僅かに逸らし、半目で私を軽く睨む。
その表情に見覚えがあり、ようやく思い出せた。
この容姿、かつ黒服の元敵。
一致する存在がひとつだけいた。
「…………ゴッデス……?」
「はい?」
口からこぼれた英単語。
彼女は首をかしげたが……。
「なーんだ、あんたも幻想入りしてたの。ニューヨークの守護者さん?」
幻想入りの前、スマホで見たワールドニュースに映っていたのだ。
ニューヨーク上空で暗鬼やナイトメアを撃墜する女性の姿を。
米軍いわく、コードネーム「Goddess」。
「……逆抗者の兄妹妖術師、やはり貴女でしたか」
零は少し驚いた様子を見せたが、すぐ微笑を浮かべた。
「ええ仰る通り。ニューヨークを守り、ミラージュを撃退したのはこの私です」
彼女ははっきりと告げた。
手にはいつの間にか握られていた純白の槍。
それを構えて宙に浮かび、彼女は笑顔を見せた。
「女神、それが人間からの呼び名ですか。なるほど、あの海辺の女神像に重ねて……。ふふ、なかなか粋なことをしますね」
それはまさにワールドニュースの画像で見た姿そのものだった。
彼女はすぐに地表へ降り、槍を霧散させる。
再現するためだけにわざわざポーズを取ってくれたようだ。
「ミラージュたんと戦ったってことは、黒服……強者とも敵同士だったはずでしょ? どうして肩入れするような真似するわけ」
「肩入れではなく休戦です。現世を去った今、私が彼と敵対する理由はありません」
少し踏み込んでみるが、返事は期待外れだった。
私の知る限り、彼女は黒服に一矢報いた唯一の存在だ。
一発で都市を完全占領できる遠隔攻撃を何度となく撃ち落とし。
黒服の従者を名乗る少女、ミラージュ・ナイトメアを撤退に追い込んだ。
そんな彼女を味方につければ、黒服に報復できると思ったのだ。
お兄ちゃんは黒服を恨んでいる。
その度合いはゾッとするほど高い。
恐らく私より何倍も、何十倍も、強者を名乗るあの男を恨んでいる。
少しでもその恨みを晴らす力になってあげたかったのだ。
「何故そんなことを気にするのです」
「あれだけやりあっておきながら、すぐに矛を納めて仲良くしてるのが不思議だっただけ」
「形勢優位だったはずの彼からどうしてもと言われたものでして。仕方なく“休戦”した次第です」
「はいはい“休戦”ね」
だが、こいつは使えそうにない。
何が休戦だ。
その神々しい姿に人類の希望が託されようとさえしていたというのに。
よくもまあ平然と馴れ合っていられるものだ。
信じて賭けようとした人々の気持ちを知りもしないで。
お兄ちゃんがこの場にいなくてよかった。
彼の火に油を注ぐことになりかねない。
「猛っていますね、東雲明」
「っ!?」
突然響く冷徹な声。
図星を突かれ、思わず態度に出てしまった。
というか私の名前、いったい誰から……。
「現世での私を知るあなたたちは、私のことを酷く恨むでしょう。人類を裏切ったなどと言って。ですが見当違いだと言っておきます。私はあくまで自分の正義に沿って行動したまで。人類を救おうなどとは最初から考えていません。私だって“妖怪”ですから」
彼女はそう言って冷たく嗤った。
黒服退治に利用しようとした私の内心を見透かし、睨んでいるかのようだった。
「所詮人間と妖怪は水と油です。例え利害が一致しようと、その原則は変わりません」
「か、勝手なこと言わないで。妖怪とでも仲良くなれる。私たちが身をもって知ってる」
癪に触った。
勝手な物差しで語らないでほしい。
みすちーや志歩たん、ディエナたん、リリーたんとも友達だ。
勝手な尺度で計るな。
そう言おうとしたが。
「それは勘違いです」
彼女は真っ向から否定した。
「貴女に妖怪の友達が複数いるとするならば、その理由は貴女が妖怪じみているからに他なりません」
零がつかつかと歩み寄ってくる。
170センチ前後はあろうかというその体躯に、比較的小柄な私は思わず半歩引いた。
「よ、妖怪じみてる?」
「ええ」
彼女が私を見下ろす。
近くで見るバトルドレスは、非現実的な美しさで白く輝いていた。
丁寧に留められた長い金髪も、覗き込んでくる碧眼も綺麗。
スタイルも抜群だ。
「貴女は妖怪じみています」
同じく金髪碧眼のリリーホワイトは“お人形さん”、同じく金髪で若干西洋人じみた魔理沙は“魔女っ娘”。
そのパターンの例えならば、零はまさしく“女神”だ。
「妖怪のそれに近い術を自在に操り、妖怪が近くにおり、それでいて妖怪に抵抗がない。さらにはまだまだ力量的な伸び代が大きい。このままいけば貴女もお兄さんも、近い将来妖怪となるでしょう」
見とれていて本題を忘れかけた私に、彼女は淡々と告げる。
私とお兄ちゃんが……妖怪に?
ついこの間まで普通の人間だった私たちが、人間でなくなってしまう?
「そんなこと……」
「有り得ます。そもそもなぜ歴史に妖術師が残っていないか、考えたことがありますか? 全員が後にただの妖怪と成り果てたからです。人間のまま天寿を全うした妖術師は一人もいません」
魔理沙や霊夢、志歩、そしてアリスも口を揃えて言っていた。
“妖術師が実在したなんて”と。
つまり零の言葉は真実だろう。
嘘を吐く理由もない。
警告か。
「純粋な人間でないから妖怪が寄ってくる。妖怪と近しい仲になればなるほど身が妖怪に近づく。貴女たちはこの連鎖に飲まれているのです」
ただ暗鬼の動向が気になって偵察に来ただけなのに、とんでもない情報を手にしてしまった。
私とお兄ちゃんの妖怪化。
黒服云々よりも遥かに重大なことである。
━━生半可な人間は、術に飲まれて死ぬ……いや、死ぬより酷い目に遭う。周りに凶をばら蒔くことにもなる。力には、相応の覚悟と責任が伴うんだ━━
初めて志歩たんと出会ったあの夜。
妖術の素質を呼び覚ましたいと願った私に、あの子はそう忠告した。
その真意は、今の零の言葉と同じだったのかもしれない。
「……妖怪化を止める方法ってあるの?」
「あら、妖怪化は望みませんか」
思わず尋ねてみる。
零は意外だといった顔をした。
「望まないって。そんなミイラ盗りがミイラになる的な話……」
肩を竦める。
私たち兄妹は人間の妖術師だ。
その力は妖怪退治に活用する。
退治される側なんてまっぴら御免だ。
それに、生まれ持ったこの種族で生きていきたい。
「知る限り、止める方法がひとつだけあります」
零が人差し指を立てる。
私が見つめると、彼女はその手を開き胸に当てた。
「私の能力“正す力”の影響を受けることです。妖怪の属性は一瞬で排除され、人間としてあるべき姿に戻るでしょう」
正す力、だと?
随分と概念的で抽象的な力だ。
まあでも、その手の能力が幻想郷にありふれていることは身をもって知っている。
ゴッデスも……いや、零も同じだったというわけか。
「ただし、覚悟することです」
「?」
軽く承諾しそうになった私を、零は止める。
「人間としてあるべき姿に戻るということは、則ち妖術の力を失うということです。妖怪退治などは出来なくなるでしょう。それでも構わないのなら行いますが」
「…………」
至極純粋な質問であった。
彼女にとっては、私たち兄妹が妖怪化しようが力を失おうがどうでもいいらしい。
「……現状維持はできないの?」
「貴女たちの余命によります。早死にすれば妖怪にならずに済みます」
え、そういう問題?
さすが妖怪……人間の価値観は持ち合わせていないようだ。
妖怪と比べ元々寿命の短い人間が、早死にを望んで生きるなど有り得ないだろうに。
まして十代の子供が。
「……考えさせて」
私は頭を振り、視線を足元に落とした。
お兄ちゃんはどう判断するだろう。
というかそもそも伝えて良いものか。
黒服に協力するゴッデスから聞いたと知れば、いろんな意味で怒るだろう。
挙げ句そのゴッデスに頼み込まねばならないとなれば、お兄ちゃんは拒むに違いない。
最悪、黒服さえ倒せれば妖怪でもなんでもいい、とか言いそうだ。
今のお兄ちゃんならやりかねない。
……中学の時の“例”もあるし。
「別に急かしませんよ。どう転ぼうと私には関係の無いことです」
彼女は興味無さそうに背を向ける。
長い金髪がふわりと広がった。
「ああすみません、目的を聞き忘れていましたね。何のご用でしたか」
が、卒然立ち止まって振り返る。
暗い思考から抜け出せない私を余所に、随分と軽い態度だった。
「……賢者から託された命名決闘法が完成したよって伝えに来たの。暗鬼やゴッデスが必死に監視してるくらいだから、ここに強者とか賢者とかいう大物がいるって踏んだわけ」
“暗鬼を偵察しに来た”とは言いにくかったので、いつか伝えるつもりでいた第二の目的を話す。
スペルカードルールの完成。
それをどうにかして賢者に伝えなければと思っていたのだ。
ゴッデスのお出ましや妖怪化の話に気を取られ、危うく忘れるところだった。
「そうですか、ご丁寧にありがとうございます。しかし、その件でしたら既に彼らは把握しているでしょう。独自に貴女方の動向を探っているようでしたので」
えぇ……。
さらっと監視していたらしい。
暗鬼たちに捕捉されていたのだろうか。
それとも、賢者とやらに何らかの方法で見られていたのか。
幻想的の賢者というのは複数いるらしいが、その確認すらできないくらい表に出てこない。
監視社会だ。
「うっわ無駄足じゃん。最初に言ってよそういうの」
「使者が言いそびれたようで。失礼しました。……ミラージュもまだまだですね」
零は軽くため息をついた。
ニューヨークで一戦交えたミラージュとも停戦しているようだ。
黒服の軍門に取り込まれたと見るべきか、一時的に協力しているだけと見るか。
どちらにせよ、零を黒服退治に使うことは不可能だろう。
それが分かっただけ、“無駄足”ではなかったのかもしれないが。
「それで? 命名決闘法は強者が“守らせる”って話だったっけ」
「ええ、従わない者は力でねじ伏せるつもりのようです。彼は実働部隊のリーダーですから、それが仕事です。ルールはすぐに賢者によって公布され、後日強者によって釘が刺されるでしょう。人間がルールに従って決闘を実演することにより、その効力はより磐石となります」
実効性については問題なさそうだ。
ミラージュはあの時、ルールは強者という執行機関を以て幻想郷の妖怪に守らせる、と言っていた。
手間は賢者が、荒事は強者が、それぞれ引き受けてくれるらしい。
その代わり人間はルールの裏付けとして、実際に決闘を行わねばならないという。
まあ知り合い含め、戦いに飢えた妖怪は沢山いる。
そう難しい話ではない。
「じゃあそういうことで。黒服……じゃなかった、強者によろしくね」
「こちらこそ、巫女によろしくお伝えください。それでは、帰路お気をつけて」
用は済んだのでさっさと背を向ける。
強い妖力を浴び続けていて気分が悪い。
日も宵闇に暮れ、もはや人間の時間ではない。
早く帰ろう。
しかし巫女に、か。
ゴッデスと会ったことがお兄ちゃんに漏れるのなら、霊夢にも言わないほうが良い。
そもそも霊夢ならば、賢者に常時監視されていることくらい既に知ってるかもしれない。
零には悪いが、この件のことは黙っておこう。
「失礼、言い忘れたことが」
そんなことを考えていると、唐突に呼び止められた。
「今度は何よ」
一息間をおいてから振り向く。
彼女は少し申し訳なさそうな顔をしたが、すぐに真顔に戻る。
そして私を指差し、口を開いた。
「嘘はほどほどにしなさい。正直に生きなさい。さもなくば、いずれ貴女自身を追い詰めるでしょう」
「は……」
咄嗟には何も返せず、固まってしまった。
いきなり何を言い出すのかと思えば。
「指図される筋合いなんて無いんだけど。つーか私あんたに何の嘘を吐いたわけ」
「各件の話ではありません。性格について忠告しているのです。先程までも、今も、貴女からは時々正しくない気質が見え隠れします」
「はぁ? テキトーなこと言わな……」
「私には解るのですよ。正しさの具現たる私には」
彼女は言葉に妖力を乗せ、強めに被せてきた。
普段ならスルーする小言。
だが相手が悪い。
こいつは自称、正義と月光の妖怪。
「…………」
お見通しか。
そうだ、私はよく嘘を吐く。
名誉のために言っておくが、他人に不利益をもたらすための嘘ではない。
保身のためであることがほとんどだ。
森で人形使いの妖怪に出会ったことを未だに黙っているのもそう。
志歩の頭に狐耳を見つけても黙っていたのもそう。
あのあと、ディエナに本当の種族のことを聞きそびれたのもそうだ。
馬鹿正直なほど素直なお兄ちゃんと比べれば、私は嘘つきの部類に入るだろう。
それに、私が素顔で人と話すことはほとんど無い。
私は“明るくて冗談の多い女の子”ってことで通してる。
演じているというか、猫を被っているというか、とにかく本音を晒さないようにしている。
理由はいろいろあるが……。
どちらにしろ別に好きでやってるから良いんだけど、本当の本音で話していないのが“嘘つき”だとするならば、私は外ではずっと嘘つきということになってしまう。
零との会話中にも、本心と異なる発言を多く行っていた。
彼女はそれを能力で感じ取ったのだろう。
「じゃあ、正しさの具現っていうあんたに聞くけどさ」
睨み返して口を開く。
零はただ飄々と立っている。
面白くない。
上から目線で言いくるめたつもりか。
ただでは帰ってやらない。
「強者に“協力”してるってことは、暗鬼によるあの世界テロを許したってことだよね。あのテロは正しかったとでもいうわけ?」
「もう済んだ話です。正しいも何もありませんよ」
「済んでない。テロはまだ終わってないだろうし、終わってたとしても復興に時間がかかる。なのにあんたはそれに目をつぶり、あろうことか首謀者に“協力”してる。そんなの筋が通んない。正しくない」
「ですから協力ではなく停……」
「嘘つき」
零の言葉を遮る。
その面を指差し、追撃をかける。
「強者とミラージュと一緒に紅い館に向かったの見てたからね。どう考えたって“停戦”の域を超えてる。なんでそんなつまんない嘘吐くの?」
「…………」
押し黙る零。
すぐさま反論は来なかった。
「あんたは正しさの具現を自称しながら、筋の通らない行動を繰り返してる。嘘を吐くなと言いながら、自分に嘘を吐いてる。概念具現の妖怪としては三流以下。人間相手だからって思い上がんな」
思い切り吐き捨て、その碧眼を睨み付けた。
私は他人との摩擦を好まない。
だから努めて明るく振る舞い、対立の可能性を最初から排除している。
だが、向こうがこちらの領域を侵そうというのなら話は別だ。
私の心に踏み込むのは、お兄ちゃんだけにしか許していない。
零はひとつため息をつく。
「私の言葉の真意、貴女もいずれ理解するでしょう。それでは」
「は、ちょっと待…………っ!?」
刹那、目に強光が差し込んだ。
思わず目を瞑り、そして即座に開ける。
零の姿は既に無い。
月光を収めゆく月があるだけだった。
「…………もう、なんなの」
一気に脱力し、地面にへたりこむ。
お尻で鈴蘭をさらに潰してしまったが、気に留める余裕もなければ立ち上がる力もない。
あんな強い妖力と真っ向から対峙したのは初めてだ。
強がったふりをしていたが、かなりいっぱいいっぱいだった。
もう二度と御免である。
強者はこれ以上なのだろうと考えると目眩がする。
それに、受け取った情報量も過多だ。
ゴッデスの幻想入り、彼女の本名と能力、黒服たちとの協力体制、そして私とお兄ちゃんの妖怪化。
予想外の大収穫と言えば聞こえはいいが、あの状況下でそれをいっぺんに詰め込まれる私の身にもなってほしい。
「…………」
黙って辺りを見回す。
第六感に障る人外の気配。
零が去ったことで、大人しくしていた雑魚妖怪たちが戻ってきたようだ。
私はゆっくりと立ち上がり、魔導服のスカートを払った。
ともあれ、これでいろいろと一段落だ。
吸血鬼異変を発端とする一連の問題は片付いたことになる。
残るはスペルカードルールの浸透、黒服との因縁、そして私たち兄妹の妖怪化、といった件だ。
おいおい解決していかねばならない。
慣れたとはいえ、幻想郷はシビアな世界だ。
平和ボケした日本人にはやはりしんどい。
数奇な運命の果てにたどり着いたこの世界で、私たち兄妹は生き延びなければならない。
こんなところで死んでたまるかっての。
どんな運命が来たって受けてやる。
世界テロを生き延び、妖怪と接触し、能力に目覚め、異世界に飛ばされ、悪魔軍と戦い……それら全てを乗り越えてきた。
もう怖いものなんて無い。
「……!」
決意を胸に拳を握りしめる。
睨んだ幻想の夜空。
闇色のなか瞬く星々。
ただただ非現実的に、残酷に、美しかった。
第三章 吸血鬼異変 後日談編 完




