後話7 Spell Card Rules
一週間後 博麗参道上空
前方から迫る光弾の群れ。
それを宙返りでギリギリ回避する。
次の攻撃が来るより先に、私は反撃を図る。
「魔術『シートルネード』!」
呪文札を掲げ、高らかに宣言した。
水魔法が無詠唱で発動する。
代償として札が力を失う。
現れたのは水の渦。
私を回る水流が、続いて迫った光弾を全て弾き飛ばした。
「相殺!? そんなぁ……」
攻撃の主が狼狽する。
私は笑みを浮かべ、魔力を追加した。
「まだ終わってないからね、みすちー!」
水量が増し、回転速度が増し、巨大化する渦。
制御しきれなくなる直前、渦に貫通妖術を与える。
「いっけぇ!!」
次の瞬間、渦は爆散した。
遠心力に従って全方位に広がる水飛沫。
ただの水ではない。
貫通妖術によって全てが弾丸と化した水滴たちだ。
「なんの! 声符『梟の夜鳴声』!」
対戦相手のミスティアが距離を取り、スペルカードを発動する。
彼女の周囲に大量の妖弾が現れ、全方位に撃ち出された。
紫色と青色の二色で構成された弾幕。
物量は私より圧倒的に上だ。
防御手段であったシートルネードはもう使用済み。
残りの魔力的にもルール的にも再使用はできない。
回避あるのみだ。
「っ……!」
妖弾と妖弾の隙間に身を投げる。
掠めた弾がなけなしの妖力壁との間で閃光をあげた。
お返しに指鉄砲の妖弾を連射する。
妖弾がミスティアに連続ヒットする。
が、鬱陶しそうに少し移動しただけで、効果があるようには見えなかった。
スペルカードルールでは威力に制限があるとはいえ、それでも人間が食らえば痛い。
事実上被弾は許されないということだ。
一方で妖怪からすると大した痛みではないらしい。
そもそも妖怪は人間より体が丈夫だし、妖力壁も厚い。
ゆえに回避もあまり行わない。
痛みやダメージが蓄積するまで攻撃をし続けてくるのだ。
不公平に見えるかもしれない。
だが心配は無用だ。
人間は妖怪にありったけの弾を撃ち込みつつ、妖怪の弾幕を避けきる。
妖怪は人間が回避できる猶予のある弾幕を放ちつつ、人間の攻撃を一定時間受け止める。
人間が挑戦し、妖怪が立ちはだかる。
これでバランスが取れているのだ。
「隙ありよ! 明ちゃん!」
「うわっ」
突然、鳥の形をした大型妖弾がいくつも飛来した。
大きくかわして避ける。
通りすぎた鳥の群れの軌跡上に光弾が現れていた。
やがてそれらはゆっくりとまわりに撒き散らされる。
同時にミスティアが全方位に光弾を放った。
私の周囲は、たちまち高速弾と低速弾の入り交じる空間と化す。
複合弾幕だ。
被弾しないよう回避しつつ、的を絞らせないよう移動しつつ、妖弾を撃ち続けダメージを与える。
気は抜けない。
怪我の可能性は勿論、場合によっちゃ命も危ない。
でも、楽しい。
ちょっぴり命の危険が伴う弾幕遊び。
スリルと楽しさがうまい具合にマッチしている。
技名を高らかに宣言するのも魔法少女っぽくて面白い。
「妖術……」
二枚目のスペルカードを宙に放る。
両手に指鉄砲をつくり、それを胸の前でクロスさせる。
両の指先に集まる膨大な妖力。
神経を研ぎ澄まし、それを妖術として具現化させた。
「『ペネトレイトマシンガン』!!」
瞳の中が水色に染まった。
瞬間、指先から凄まじい連射レートで光弾が撃ち出される。
私は両手を前方に向け、その全火力をミスティアに集中させた。
「いたた!?」
ミスティアが悲鳴を上げる。
私は構わず突撃を開始した。
加速する視界。
指先から暴れ撃ちされる光弾の濁流。
「っ!」
ミスティアが照準から外れた。
流石に痛かったようだ。
紫の翼をはためかせ飛び回るミスティア。
命中させようにも難しい。
否。
命中させようとしなければいいんだ。
「っはああっ!!」
妖力量を限界まで引き上げる。
同時に、腕を広げて多軸自転を始める。
上下前後左右に貫通妖弾がばらまかれた。
周りから見れば、水色の花火が広がるように映っているだろう。
ミスティアが再び悲鳴。
何発か命中したようだ。
やはり回避は不得意らしい。
彼女は回避を諦め、またも大型妖弾をばらまいた。
多数の妖鳥が群れをなして向かってくる。
ミスティア自身もそれに混じって突っ込んでくる。
真っ向勝負か。
面白い。
体を反転させる。
同時に、両手をミスティアと鳥の群れに向けた。
大量に撃ち出される光弾が妖鳥たちを貫いていく。
ミスティアとの斜線上を一掃するのに、さして時間はかからなかった。
「っ!?」
ミスティアが慌てて妖力壁を展開した。
だが、遅い。
そして無駄だ。
「うららららぁ!!」
スペルカードが終わる間際。
全ての光弾をミスティアへと撃ち込んだ。
爆ぜる妖力壁、瞬く閃光。
悲鳴が聞こえ、彼女の妖力は途絶えた。
* * *
「いったたぁ……。やっぱ妖術弾って見かけによらないのねぇ……」
「わかるぅそれあるぅ」
「明ちゃんのことだよっ!」
ぷんぷんと怒るみすちーに肩を竦める。
今日の弾幕遊びも私の勝ちだ。
彼女からすれば面白くないのも当然である。
命名決闘法が神社に持ち込まれてから一週間。
スペルカードルールと名を改め、実験戦闘を通して詳細を詰めていた。
数々の課題は既に解決済み。
ここ数日、大きな問題点は出てきていない。
ルールは完成しつつある。
「これ以上のことは実戦が無いと詰められんな。……よし、いいよ」
お兄ちゃんがミスティアの額にかざしていた手を引っ込める。
「あ、ありがとう……」
「どういたしまして」
おずおずと礼を言う雀の女の子。
緑の妖術師は邪気無く微笑んだ。
彼女の額を直撃した妖弾の傷は、生命妖術によって完全に癒えていた。
ミスティアに頼まれた訳ではない。
お兄ちゃんが治療に進み出たのだ。
霊夢にどやされるかもしれないというのに、お人好しな妖術師である。
お兄ちゃんは……変わった。
幻想郷に来てから明らかに性格が丸くなった。
現世にいたころはもっと卑屈で、そのわりには正義感が強くて、世間や周りの悪いところばかり目についちゃうような高校生だった。
日々、価値観の違いから孤独な義憤に燃えており、友達も少なかった。
でも、幻想郷に来てからは違う。
リリー、霊夢、魔理沙、ディエナ、志歩、ミスティア、阿求、小鈴、寺子屋の子供達、沢山の里の人たち……。
知り合いや友達が一気に増えた。
友好的かはともかく、文やミラージュといった妖怪たちとも関係ができた。
今のお兄ちゃんは孤独ではない。
私や母にしか見せなかった笑顔が、少しずつ外でも見せるようになってきてる。
達観で世間を敵視してるようなあの刺々しさは、私が見る限り跡形もない。
以心伝心の妹にそう見えないんだから間違いない。
「ルールはもう完成っしょこれ」
「今後も改善は探っていくんだぞ。“実戦”で間違いがあってからじゃ遅いからな」
「むぅ、わかってるって」
この無駄に真面目な感じは変わらないけど。
私は肩を竦め、そっぽを向く。
……ふりをした。
視界の端でお兄ちゃんを捉える。
夕暮れ空を見る横顔は、西日に赤く染まっていた。
(このルールでなら、奴を……)
そんなことを考えているのだと察するには、私は彼を見慣れすぎた。
幻想入り以来、お兄ちゃんはこうして何かを睨み続けている。
何かを企んでいるのかもしれない。
大体察しはつく。
“黒服”のことが気がかりなのだろう。
現世を半壊させたテロリスト。
妖術が具現化し、妖怪が復活した理由。
私たちが幻想郷に居るそもそもの原因。
世界中に出現した暗鬼軍を指揮していたのが黒服だった。
現世の全人類の戦力を以てしても傷ひとつ負わなかった黒服。
お兄ちゃんだけで倒そうなど正気の沙汰ではない。
……この前までは。
スペルカードルール。
人間妖怪双方の命を保証し、それでいて対等な勝負を行える画期的な決闘法。
このルールの中であれば黒服とも戦えるはずだ。
「…………」
でも、なにか引っ掛かる。
そもそもスペルカードルールを提案したのは賢者だ。
そして、強者である黒服は賢者の仲間。
自分達がルールで戦う可能性があることくらい、黒服も理解しているだろう。
スペルカードルールは妖怪が異変を起こし易くし、人間がそれを解決し易くするためのルールでもある。
最終的に妖怪側は負けることになるのだ。
例え妖怪側が強者や賢者であろうと、この原則は変えられない。
わざと負けようとしている?
わざわざ妖術師に勝たせようとしている?
もしくは……その可能性が高いと思わせようとしているのだとしたら……。
「明」
「!」
お兄ちゃんの声で我に返る。
彼は達観の視線で私を見つめていた。
「ネガティブなこと考えてたろ」
「そんなことないもん」
「俺の事だから俺がなんとかする。明は気にしなくていい」
お兄ちゃんはそれだけ言って、私の頭を撫でた。
いつもよりちょっとだけ冷たい手だった。
俺のこと、って……。
私だって気持ちは同じなのに。
私だって黒服は許せないのに。
どうしてお兄ちゃんひとりで抱え込もうとするの。
「……いつもそうじゃん」
ぽつりと溢した。
お兄ちゃんが顔を覗き込もうとするが、それより先に席を立った。
「どこにいくんだ」
「散歩」
「もう暗くなるぞ」
「夜の散歩なの」
ミスティアへすれ違い様に手を振る。
目を合わせないまま境内に歩み出、妖力を纏って地を蹴った。
* * *
十数分後 無名の丘
日が暮れた。
焼けた空は明るさを失い、次第に夜闇に沈み行く。
薄暗い陽光が、地表を青黒く映し出す。
山の中腹を覆う大量の鈴蘭。
幻想郷南東部の丘、“無名の丘”だ。
「よっ……と」
飛行妖術を解く。
着地した両足が数本の鈴蘭を捉えた。
鈴蘭。
お母さんが好きな花だったか。
そうそう生えないって聞いてたけど、幻想郷ではそうでもない。
お母さんがここにいたら喜んだだろう。
「…………」
周囲を見渡す。
ただ薄暗い丘が広がるのみ。
目を閉じる。
視覚ではなく第六感を頼りに周囲を視る。
……狼、小鳥、野兎ばかり。
雑魚妖怪のひとつもいない。
昨日まで多数潜んでいた暗鬼の気配もない。
私が予想できる原因はひとつだけ。
それは。
「誰かいるんでしょ。出てきて」
比較的強い妖怪が、今この付近にいるということ。
暗い丘に私の声が木霊する。
瞬間、木々を揺らすよそ風が止まった。
私の呼吸以外、すべての音が一切途絶えた。
と、上空からの射光。
月光だった。
日暮れ直後の青白い月。
普段よりも一段と強く光っているように見える。
「━━“月の顔見るは忌むこと”」
突然響く女声。
月光に目が眩んだ。
「あの伝承は廃れたようですね」
目を開け直す。
いつの間に現れたのか、月光を背に浮かぶ長身の女性。
白いバトルドレスが夜闇に映え、金の長髪が月明かりに煌めく。
「生憎、暗鬼は留守です」
ゆっくりと下降してきた女性。
目的を見透かしたその言葉に、私は身を固くした。
美しい肌、整った凛々しい顔。
きりと光るは澄んだ碧眼。
綺麗だ。
女の私でも見惚れるほどの容姿である。
「ご用でしたら、この照月零がお聞きしましょう」
彼女はそう言って、鈴蘭畑の上に舞い降りた。




