第十七話 幽夢 ~ Return the Light!
先手を打つ。
素早く妖力を解放し、高密度の全方位弾幕を放った。
ルーミアは距離を取る。
二本の魔剣を振りかぶり、交互に振るってきた。
「『夜鳥』……!」
帯状の斬撃波が何重にも現れた。
私の弾幕を切り裂き迫ってくる。
刀を構えた。
斬撃波が私に到達する瞬間、振るう。
軌跡が斬撃波を捉え、真っ二つにしてみせた。
残骸は私の左右へと抜けていく。
連続して押し寄せる波を全て確実に始末する。
……この程度か。
「『無明秘剣』」
妖刀を振るう。
鋭く速い斬撃波をルーミアめがけて放つ。
彼女は回避を諦め、交わらせた双剣で防ぎにかかった。
「くっ……」
響く金属音。
ルーミアは体ごと後方へ吹き飛ばされた。
魔剣の刀身が傷付いている。
防ぎきれなかったようだ。
やはり西洋剣と日本刀では斬撃力に開きがある。
東方の妖怪としては誇らしい限りだ。
「『人世模式』」
間髪入れず追い討つ。
闇霧から具現化した誘導弾の群れが飛び出す。
防御に失敗したばかりのルーミアは、逃げの一手を選ばざるを得なかった。
「っ……!」
斬撃波を後方にばらまきながら逃げ回るルーミア。
しばらく反撃は来ないだろう。
さて、今のうちに妖力を溜めておくか……。
「死ねッ!!」
「ぎゃ!?」
突然の怒号と悲鳴。
爆発か何かに巻き込まれたルーミアが、かなりの距離を吹っ飛ばされた。
「邪魔するなァ!!」
怒号の主が今度は私に怒鳴る。
緑髪に赤眼の洋服の女。
ルーミアに負傷させられていた妖怪だ。
邪魔された挙げ句邪魔するなと怒鳴られるとは。
理不尽な話である。
「そのまま返そう。邪魔するな。怪我人は帰れ」
「後から来ておいて上等じゃない……」
美しく爆ぜた妖力は花弁となって舞い落ちていく。
それはまるで、咲いて散る花の如く。
花……花の妖怪…………ああ、わかった。
「風見幽香というのはお前のことか。大妖怪と言っても大したことはないようだな」
「太陽を奪い返す前に貴方を殺してあげたいわね」
幻想郷の西部に向日葵の花畑がある。
そこに大妖怪が一体住んでいると、偵察に向かった暗鬼が言っていた。
一日中向日葵を操って過ごす女。
名は風見幽香。
花を愛す妖怪であることは想像に易い。
太陽を隠したルーミアに対して激怒するというのも、まあ自然なことだろう。
「やってみろ、死ぬのはお前だ。私は太陽など興味は無い。ルーミアを殺したいだけだ。……後ろ、来てるぞ」
「ちっ……!」
幽香が慌てて振り向く先。
態勢を立て直したルーミアが、二本の剣を此方に向けていた。
「『月光線』」
青白く巨大な光線が二本放たれる。
私と幽香は同時に回避行動を取った。
それぞれを光線が掠める。
じりじりと焼くような陽光とは違い、冷たく刺すような不快な光だ。
実は暗鬼は月光と相性が悪い。
陽光よりは幾分マシであるし、まただからといって月光を嫌っていることもないが。
基本的に光との相性は良くないのである。
攻撃手段として凝縮して照射されると尚更不快だ。
「気に食わん」
「気に入らないわ」
私と幽香が呟いたのは同時だった。
幽香は太陽の下を好む妖怪、月光に良い気がしないのは当然だろう。
彼女と一瞬目が合った。
“邪魔はしない。だから邪魔するな。”
何も語らない暗黙の了解。
利害の一致だった。
「『花鳥風月』……!」
幽香が妖力弾を放つ。
それは高速で強力だった。
光線を振り回し光弾をばらまくルーミアの近くに到達し、次々に爆ぜる。
爆発はまるで花のように美しい紋様となり、月光線を掻き消そうとする。
ルーミアは幽香めがけて光線を撃ち直す。
幽香はそれを回避しつつ妖弾を連発する。
「『不可視喰光の深淵』」
私はその隙に、溜めていた妖力を具現化させた。
空間に真っ黒な穴が開く。
可視光を全て吸収するほどの暗さだ。
「ぐっ……」
幽香が悲鳴を上げて墜落する。
ルーミアの光弾幕を食らったようだ。
ルーミアは攻撃目標を私に変えた。
二本の魔剣が向けられ、月光線が放たれる。
が、光線はねじ曲がり、穴の中へと消えた。
光弾も穴に吸い込まれていく。
攻撃は全てが無効となった。
「甘い」
「え……!?」
全ての光を喰う見えぬ深淵。
言わば、暗穴。
吸い込んだエネルギーは私の手の内だ。
これを足しにして、より強力な攻撃を生み出せる。
「『非現実重弾幕』」
例えばこの物量攻撃などだ。
全方位に大小二種の闇色光弾を放出する。
同時に真っ赤な光線を何百本と照射した。
まるでどす黒い三尺玉花火だ。
ルーミアは狼狽し、私から距離を取ろうとする。
奴の視線は私の大弾幕に釘付け。
それが隙だった。
「っ……」
音もなく身体を霧散移動させる。
再構築した場所は、ルーミアの背後。
「な……っ!!」
彼女が振り向き様に魔剣を叩きつけてくる。
妖刀を斜めに構え、束ねられた双剣を滑らせ受け流す。
直後に反撃を斬り込んだ。
ルーミアは魔剣の柄で防ごうとしたが、その程度で防げる訳もない。
魔剣が弾かれるのと同時に彼女は後方へと大きく怯む。
追撃しようと思ったが、身体が言うことを聞かなかった。
魔剣の質量を受けて手が痺れてしまっていたのだ。
手首に無理な力がかかったのだろう。
まともに受け止めていたらと思うと肝が冷える。
「『暗化界』!」
ルーミアが妖力を解放する。
反撃を許してしまったようだ。
青、緑、赤それぞれの弾幕が順に繰り出される。
各色とも壁のような密度である。
斬撃波を撃ち込んでみるものの、相殺されて効果がない。
攻撃というより防御だ。
刀を構え直して突貫する。
火力押しでは埒が明かないだろう。
この身を弾丸とするのが手っ取り早い。
弾幕に突入する。
妖力壁で光弾を防ぎつつ前進する。
僅かに見えるルーミアの姿。
それが唐突に青白い光を発し……。
「!!」
月光属性。
本能的に危険を感じ、急速反転する。
予感は当たった。
彼女から凝縮された大量の月光弾が撃ち出された。
一気に速度を上げてそれらから逃れる。
密度の下がった頃合いを見て飛び退いた。
通過する月光弾。
命中範囲は狭いが、膨大な弾数を私一点に集中させていた。
食らえばひとたまりもなかっただろう。
とはいうものの……。
ルーミアめ、持久防衛戦術に切り替えたか。
倒されさえしなければ皆既日食は晴れないのだから、まあ賢い方法ではある。
「っはぁ……はぁ……舐めた真似してくれるじゃないガキぃ……!」
苦しげな悪態が横から響く。
風見幽香だ。
どう見ても満身創痍だが、それでも強気だ。
もはや執念である。
「死にたくなくば遠距離攻撃に徹することだ」
「見れば解るわ。暗鬼風情が指図するな」
彼女の右手には畳んだ日傘が握られていた。
その先端がルーミアに向けられる。
「……一度しか使えない。無駄にしないで」
彼女は不意に語気を緩めた。
傘の先端に集まる魔力と光。
指向性の魔法のようだ。
光線でも放つつもりなのだろう。
「その後は……任せるわ」
魔力光に照らされる彼女の横顔。
どこか不気味なその赤眼の端が細まる。
僅かな笑顔に見えた。
私は表情を変えず頷く。
手を広げ、妖力を放った。
「『八方封滅』」
現れたのは八つの黒い星。
急加速してルーミアに接近したそれらは、彼女の周囲を公転し始める。
通り道からばらまかれる大量の光弾が、彼女の放つ弾幕ごと包囲した。
私はひたすら星たちに妖力を与え続ける。
広がるルーミアの弾幕と閉じ込めようとする私の弾幕が、互いに相殺しあっていた。
幽香の傘が強光を帯びる。
彼女は笑っていた。
「死ね」
凄絶な笑顔だった。
視界が青白く染まる。
何が起こったのか一瞬理解が追い付かなかった。
光線だ。
尋常でない太さの。
「っ!?」
声をあげたのははたして私かルーミアか。
私の包囲弾幕を切り裂き、ルーミアの全方位弾幕を吹き飛ばす、凄まじい威力。
一度しか使えない、か。
ならば……ここで仕留める。
「……!」
空を蹴った。
妖刀に再び妖力を注ぎ込む。
光線に沿って飛行し、ルーミアの気配へと迫る。
「ち……っ!?」
いた。
剣で光を防ぎつつ斜線から逃れてきていた。
向こうもこちらに気付き、振り向く。
私は反射的に斬りかかった。
防ぎに来た妖剣を打ち砕く。
続いて回ってきた闇剣を身を反らして避ける。
往復してきたところで受け止め、鍔迫り合う。
飛び散る火花、走る黒電光。
互いの妖力が互いの利き腕を蝕む。
ルーミアと睨みあう。
幼い少女の顔は、殺気と鬼気迫る形相だった。
憎らしい。
その幼い面が。
そのか弱そうな身体で、幾多もの人を喰い、妖を葬り、神を殺し……同族を殺したのだ。
憎らしい。
貴様が生き永らえていたことが。
私が苦悩し、迷い、血を吐き、抗い、敗れ、立ち上がり、長く永く孤独に戦っていたことも知らず。
貴様のようなモノが。
この甘ったるい閉鎖世界で。
のうのうと何百年も。
「らァッ!!」
気合いの一声。
闇剣を宙へと跳ね上げた。
大きく怯んだルーミア。
素早く刃を返す。
刃先が彼女を照準に捉えた。
殺してやる。
復讐を果たしてやる。
そのか細い喉を掻っ切ってやる。
「━━━━!!」
妖刀を振るう。
切っ先が奴の首を跳ねる、その刹那。
「そこまでよ」
刀が止まった。
見ると、刀身に白い鎖のようなものが巻き付いていた。
妖力が縛り付けられ、腕に痺れが走る。
どんなに力を込めても全く動かない。
「っ……うぅ……!?」
ルーミアも同じ状況だった。
白く伸びてきた鎖が彼女の四肢を拘束する。
妖力は完全に遮断されていた。
これは……封印鎖。
「え……」
突然ルーミアが離れていく。
鎖によって引きずられているようだった。
彼女の背後に大きく口を開けた、空間の裂け目。
そこへ吸い込まれていく。
「ルーミア!?」
思わず叫んだ。
不味い、トドメが刺せない。
千載一遇の復讐の好機が遠ざかっていく。
殺せない、届かない。
待て。
待ってくれ。
「いやあぁぁっ!?」
ルーミアが泣き叫ぶ。
その姿が暗闇の向こうに消える。
瞬間、空間の裂け目が閉じた。
彼女の声も妖力も気配も、この時を以て一切途絶えた。
「っ…………!!」
絶句。
目を見開いたまま、動かぬ妖刀を握りしめたまま。
私は立ち竦んだ。
「…………貴、様」
絞り出すように呟く。
背後に現れる気配。
私はそれを振り返る。
「また邪魔しようというのかァ!? 紫!!」
睨み付けた先。
白と紫色の道士服の女がいた。
長い金髪が高空の風になびく。
境界を操る大妖怪、八雲紫。
幻想郷の創立者にして、時空逆抗の提案者だ。
「彼女も大切な幻想郷の一部。勝手に殺めないで頂戴」
紫は冷たく言い放つ。
幻想郷に協力すると約束した手前、反論できない。
「綾蔵。私は貴方の部下も敵も全て生かした」
何も言えず歯軋りする私に、紫は詰め寄る。
「貴方は……そうではないのかしら」
そう言う彼女の紫眼に怒りの色はなかった。
紫が私を倒したあの時。
彼女は瀕死の重傷を負ったミラージュも零も、殺さずに治療しああして再会させてくれた。
無論、私自身もこうして生かされている。
現世で復活した妖怪や妖術師も、見殺しにせず連れてきてくれた。
だが私は、自分勝手な理由で幻想郷の住民を殺そうとした。
紫はそれを咎めているのだろう。
「…………すまない」
目を伏せ呟く。
紫は頷くと、封印鎖を解いてくれた。
妖刀が呪縛から逃れる。
「らぁっ!!」
瞬間、怒りを込めて妖刀を空へ投げつけた。
皆既日食に豪速で吸い込まれる。
切っ先は、太陽を隠す闇の中枢を撃ち抜いた。
「これで勘弁してくれ」
中枢の妖力を失った闇は均等を失い、形が崩れゆく。
あとしばらく待てば消滅するだろう。
皆既日食は間も無く晴れる。
「構いませんわ」
紫は動じず、静かに微笑んだ。
「あら、お花畑の。ごきげんよう」
紫が幽香の存在に気付いた。
向こうは浮いているだけでやっとだ。
身体中傷だらけで、魔力は途絶えそうになっている。
機嫌が良いわけがない。
「……遅いのよスキマババァ。いつまで寝てた」
「スキマ、なんですって?」
案の定である。
幽香が凄むが、心身共に満身創痍の状態では覇気が無かった。
「ふん……精々暴れてくることね、自称賢者さん」
幽香はなんとかそう吐き捨てると、よろよろと下降していく。
が、途中で止まった。
「暗鬼。……ありがと」
それだけ告げ、彼女は去っていく。
その向こうにある、黄色に鮮やかな向日葵畑を。
皆既日食からの漏れ光が照らしていた。
* * *
「私にはお礼は無いのね。妬いちゃうわ」
「寝坊魔に邪魔されたのだからな。応援されただけ有り難いと思え」
ふたりで空を駆けつつ言葉を交わす。
目標地は当然、紅魔館だ。
もう、と憤る彼女にため息ひとつ。
例年通り寝ていたとでも思われたのだろう。
紫は妖怪のなかでも高齢にあたる。
ゆえに活動は比較的大人しく、冬場は冬眠しているそうだ。
現世で明無夜軍が発生した時期は年末、冬だった。
冬眠から叩き起こされた彼女はさぞかし不機嫌だったことだろう。
実際かなり攻撃的であったというのは、自他共に認める事実である。
今年は春めがけて時空逆抗で入ってきたばかりで冬眠はしていないはずだが。
「もう少し早く来てくれても良かっただろう。今まで何をしていた」
若干の嫌味を込めて尋ねる。
今だから言えるが、私はかなり危ない線を踏んできている。
魔法結界突破、門番突破、零の時間稼ぎ、ミラージュの陽動、パチュリーの撃破、人里防衛、そして幽香の支援。
どれかひとつでも失敗、どころか少し遅れていただけでも、幻想郷の命運は危うかった。
もし紫が狙ってそうしたのだとすれば大問題である。
「…………」
「紫?」
沈黙が続いたため、気になって顔色を見る。
彼女は何にも視点を合わせず茫然と考え事をしていた。
神速の思考をできる彼女が黙り込むなど、ただ事ではない気がした。
「ねえ綾蔵。……貴方は“神”を信じる?」
卒然、紫が力なく言葉を発する。
何を言い出すのかと思えば。
「八百万の神がいることなど現世でも常識だが」
「いいえ、そうではなくて……」
紫は一旦口ごもった。
らしくない。
「この時空の創造神がいると言われたら……貴方は信じる?」
「……創造神だと?」
突拍子もない言葉に思わずおうむ返しした。
世界を創造した“神々”がいたというのは漠然とした常識だが……神話より遥か太古の話だ。
「この時空の総て……過去も未来も知っていて、事象も人物も操る絶対神がいると聞いたら。私達がその者ひとりの掌の上で踊らされているだけだとしたら、どう?」
あり得ない。
一部の大陸神話ならいざ知らず、総てを神が司っているなんてことは無いはずだ。
その時空に住むもの全員によって創られ、紡がれていくものだ。
誰かの独断で進んでいるなどあってはならない。
だが、彼女が空想を語っているわけでないことはすぐにわかった。
からかっているわけでもないようだった。
普段の彼女の表情からは程遠い、真剣すぎる顔。
明らかに余裕が無いように見える。
「何があった」
声色を下げて尋ねる。
彼女は目を薄めた。
「……見たのよ。その一端を」
紫眼が閉じる。
あまり思い出したくないようだった。
その神とやらの力に触れてしまったのだろうか。
彼女の霊力に疲れが見えるのは、一戦交えたからだろうか。
「でも黙らせておいたわ。暫くは表に出てこない筈。もっとも、出てくる理由なんてあるのか解らないけれど……」
「紫」
余裕を見せようとしているのが分かった。
だからこそ辛かった。
「お前も必死に戦っていたのだな。そうとは知らず……すまない」
先程の非礼を詫びる。
紫は気にするな、というように軽く首を振った。
「“前回”はあんなの居なかった……私の計算ミスよ」
紫は何かを怨むような顔で力なく言う。
前回。
それはおそらく、あの滅びた幻想郷で紫が歩んだ歴史のこと。
時空逆抗者がいること以外は“同じ歴史のはず”の幻想郷。
だからこそ油断していたのだろう。
私達以外の要素が追加されていることはあり得ないはずだったのだから。
「元々計算とは新要素や不確定要素に弱いものだ。あまり自分を責めるな、紫。智で解決できないのなら力で解決してやる」
慰めるつもりで言葉をかける。
彼女は少し驚いた顔をした。
「……それが強者、かしら」
「そうだ」
強めに肯定する。
賢者の智と強者の力。
時空逆抗だってこれで乗り越えたのだ。
この異変もこの先も、補い合うのが最善である。
「ふふ……ありがとう」
紫が笑う。
それはいつもの胡散臭い妖笑とは、似ても似つかなかった。
飛行速度を上げる。
賢者と強者が向かう先は、紅き魔の館。
戦いは終わる。
終わらせる。




