後話1 復讐
描かれるのは、復讐に燃える男のその後。
北太平洋千島列島沖
曇天の波上を、船団は行く。
輸送船、民間船、その他多くの軍艦が群れを成す。
それらの中心で航行するのは、継ぎ接ぎと修理跡だらけの最新鋭駆逐艦。
そして、その艦橋に君臨するのは。
「…………」
復讐に燃える、白人の男。
* * *
『12時の方向より剣鬼多数、依然接近中。速度マッハ1。数……200以上!』
「煩い。喚くなと言っているだろう。雑魚が何百集ろうが雑魚だ」
戦闘指揮所からの報告を一蹴する。
冷めたコーヒーを一口啜り、ため息をつく。
そのカップをテーブルに叩きつけると、俺は椅子から立ち上がった。
全く、どいつもこいつも怖じ気づきやがって。
この程度、ナイトメアに比べればゴミみたいなものだ。
恐るるに足らん。
「全艦に告ぐ、敵機来襲。対空ミサイル、主砲、機銃、小銃、持ちうる全てで叩き潰せ。残滅せよ。以上」
簡潔に命令を下し、無線を切った。
振り返ると、特に何もできず右往左往するばかりの若者達が居た。
「何してやがる、対空戦闘用意だ! 仕事が無いなら銃を持て!!」
睨み殺す勢いで怒鳴りつけた。
部下達は震え上がり、慌てて配置場所に向かう。
それを見届けると、眼を閉じたまま海面を向き直った。
暗鬼。
突如現れた、人類の敵。
奴等の全滅無くして、人類の安栄は約束されない。
ナイトメア。
愛艦と部下に傷を負わせた、俺の敵。
奴の撃墜無くして、俺の復讐は果たされない。
その為だったら、どんな手でも使う。
満身創痍の愛艦に鞭を打ってでも。
大量の民間船に無理矢理火器を載せてでも。
……旧式の輸送艦に、旧式の核ミサイルを隠し持たせてでもだ。
* * *
「攻撃始め!!」
俺の合図で、艦対空ミサイルが一斉に洋上へ飛び出す。
大量の白煙の筋は束となり、曇天を裂いて艦隊前方へ向かう。
その先には、空を黒く染める剣鬼の群れ。
「全艦、標的の振り分けが完了次第発射しろ! 接近される前に撃ち尽くせ!!」
第一波の命中を待たずに、次々とミサイルが放たれる。
効果確認などしている余裕はないのだ。
『ミサイル第一波着弾まで30秒』
「知るか! モニター見てる暇があったら銃を持て!! 座ったまま奴等に八つ裂きにされたいか!?」
『り、了解』
総員には艦内戦闘用意の命令を下してある。
剣鬼はミサイルでも戦闘機でもない、兵士なのだ。
対空砲火を掻い潜った個体は、間違いなく船に乗り込んでくる。
それに備えろと言っているのだ。
右手に握る自動散弾銃を、肩まで持ち上げる。
軍港の武器庫から拐ってきた骨董品だ。
弾はあるだけかき集めた。
銃身にはナイフも取り付けてある。
この艦橋に飛び込んで来ようものなら、艦長の俺直々に射殺してやるのだ。
「ミサイル着弾!」
副長の声に顔を上げる。
正面、フライヤーの群れに幾つもの閃光が煌めく。
ミサイルが命中し始めたようだ。
途切れることなく続く連爆によって、フライヤーは次々に墜ちていく。
だが、その数は未だ多い。
予想通り、ミサイル攻撃の距離で全滅はできないらしい。
「各艦、艦砲機銃全門開け。撃ち方用意……」
俺の無線を合図に、艦隊の砲という砲が全て空を睨む。
最新鋭の単装砲、警備船の機関砲、甲板に載せられた陸上砲、旧式軍艦の連装砲まで。
壮観、という言葉が似合う。
『全艦、ミサイル撃ち尽くしました!』
指揮所が報告してくる。
艦隊から立ち上っていた白煙は全て途切れ、後方に置いていかれている。
フライヤーは……見る限り、残り半数と言ったところ。
接触前の全撃墜は不可能、被害は避けられないか。
まあいい、そのためにこれだけの頭数をかき集めたんだ。
犠牲もやむ無し。
「撃ち方始め!!」
数で押しきるのだ。
炎色をした何十発もの砲弾が、爆音と共に飛び出す。
それらは数秒かけてフライヤーの群れに飛び込むと、近接信管を作動させ自爆した。
黒い人混みに咲く、黒い華々。
撒き散らされる金属片によって、フライヤーは引き裂かれていく。
「撃て撃てぇ! 弾薬庫が空になるまで撃ちまくれ!!」
だが、いかんせん数が多すぎる。
怒濤の連続射撃にも関わらず、奴等の勢いは止まらない。
既にフライヤーは目の前だ。
船に突っ込もうとする個体もいる。
『敵機さらに接近! 近接対空戦闘、開始します!』
言うが早いか、各艦の機銃が火を吹いた。
艦橋前方の機関砲も唸りを上げる。
赤熱した鉛玉が一斉に吐き出され、空に凄まじい数の火線が走る。
伸びゆく火線は空中で交差し、そこへ進んだフライヤーの翼が引きちぎられていく。
良い弾幕だ。
撃墜率が高い。
太平洋戦争の記録映像を思い出すな。
と、いきなり艦が揺れる。
横からだ。
お出でなすったか。
『左舷後方部被弾、左舷魚雷発射管損傷!』
「聞いたな、左の雷管だ。被害が拡大する前に撃ち殺せ!」
指揮所の無線を引き継ぎ、現場の兵に命令を下す。
被弾地点とは即ち着地地点。
今頃フライヤーは両手を振り回して大暴れしていることだろう。
放っておけば被害が無尽蔵に広がる。
ただのミサイル攻撃とはまた違う、じわじわと痛ぶってくるやり口だ。
「 !!」
異形の咆哮。
振り返ると、艦橋右から突っ込んでくる一体のフライヤーが。
「伏せろっ!」
咄嗟に叫び、自動散弾銃を窓の外へ向ける。
射撃モードスイッチを素早く「連射」に合わせ、引き金を引いた。
連続する轟音。
ばらまかれる徹甲弾が窓を破り、フライヤーの身体に次々とめり込む。
「だああぁぁっ!!」
猛スピードで巨体が向かってくる恐怖を、怒号と銃声でかき消す。
やがてスピードを殺されたのか、フライヤーは艦橋の目の前で止まる。
が、俺は容赦なく連射を続ける。
被弾反動を受け止めきれなくなった奴の巨体は、たちまち海面へと殴り飛ばされた。
「ハッハァ、ざまぁみやがれ!」
冷風の吹き込む割れた窓から、罵声と唾を吐き捨てる。
フライヤーは悲鳴らしき声をあげながら、凍てつく海面に消えた。
しかし、生身の人間と比べると遥かに堅いな。
この口径の徹甲弾を数十発喰らってもまだ息があるとは。
象でもミンチにできる威力だというのに。
ナイトメアといい黒服といい、馬鹿げた生命体だ。
北朝鮮があっさり滅んだのも頷ける。
「さ、左舷から敵機! 衝撃に備え!!」
副長が悲鳴に近い声色で報告をよこす。
俺が振り返るのと同時に、左舷側の窓が壁ごと砕け散る。
煙を薙いで現れたのは、両手が大剣と化した黒い人影。
またもフライヤーだ。
やれやれ、だな。
艦橋以外も被弾しているのだろうか。
敵機全滅まで艦が持つといいが。
「ほら、かかってこいよカラス野郎!」
今にも仲間に斬りかかろうとしていたフライヤーの意識を俺へと逸らせる。
空になった弾倉を交換し、レバーを引いて装弾する。
そうこうしている間に、奴は此方へ突進してきた。
左右に大きく広げられた両腕が、機器を破壊しながら俺に迫る。
その動作は速く、銃撃で食い止めるのは無理がある。
そのリーチは長く、横方向への回避は無意味だ。
ならば。
「っ!」
意を決して駆け出す。
一歩、二歩、そして三歩目でその足を床に滑らせ、スライディングを決める。
左右から迫ったフライヤーの大剣は、俺の頭上を斬り払った。
仰向けに見上げる奴の胴は、これ以上無いほど隙だらけ。
横がダメなら、下からだ。
自動散弾銃の引き金を引く。
刹那、怒濤の勢いで連射される大口径弾。
あっという間に弾倉は空になり、真っ黒な胸板には数十の大穴が穿たれた。
「 、 !?」
仰け反り、一瞬宙に浮かぶフライヤーの巨体。
驚愕の悲鳴を漏らしながら、奴は後頭部から床に倒れた。
スライディングのスピードを両足で止め、それを以て手を使わずに身体を起こす。
そのままふわりと跳び上がり、腰だめに構えていた銃を肩に構え直す。
そして、真下に倒れるフライヤーの頭目掛け、銃を突き下ろした。
「!? ……」
深々と銃剣が突き刺さる。
手応えは気持ち悪いほど十分、完全に貫通したようだ。
フライヤーは短く嗚咽したきり、動かなくなった。
やがてその身体は黒い煙となり霧散していく。
「無事か?」
銃剣を引き抜き、艦橋の仲間に声をかける。
返事をする余裕はないようだが、人数は揃っている。
艦橋、殉職者無し。
実に結構。
しかし……。
徹甲弾の雨が貫通しないのに、銃剣一突きでぶち抜けるとは。
物理的におかしくないか。
いや、今はそんなことどうでもいい。
「艦橋能力壊滅なれど、戦死者無し。指揮所、状況報告」
辛うじて被害を免れた無線機を手に取り、状況を尋ねる。
『左舷後方部のフライヤーは排除。損傷は雷管のみで……』
「当たり前だろ馬鹿野郎! 艦隊の状況を聞いてんだ」
俺ひとりで二体殺ったんだ。
分隊規模なら排除できて当然だろうが。
それに、魚雷発射管なんて対ダーカー戦では当分使わない。
傷つこうが壊れようが知ったことか。
『は、はい。民間武装船3隻が大破炎上し航行不能、艦隊から脱落しつつあります。他、輸送艦2隻中破、民間武装船1隻と旧式駆逐艦2隻が小破です』
3隻ダウンか。
少なくない被害だが、全体からすれば微々たるものだ。
「了解。……全艦へ。航行不能艦は総員退去させた後自沈処分。中破艦は念のため曳航しろ。作戦は続行する。以上」
指示を下し、無線機を置く。
だが、立て続けに今度は通信担当から無線が入った。
『司令官、国防総省より入電。航行を中断し、速やかにダッチハーバーへ回航せよ。無駄弾と無駄死には厳に慎め。貴官の独断専行と命令違反は許されない。……とのことですが』
ほう、ペンタゴン直々にか。
悪いな、生憎“無駄弾”も“無駄死に”も既に出た後だ。
独断専行? 言ってろ。
この世界情勢で、イージス艦があんな田舎の港に籠っていて何になる。
そこで空襲されたらそれこそ無駄弾、無駄死にだ。
独断専行で結構。
それに。
「五角形野郎共に伝えろ。ナイトメアの首を土産に取ったら戻ってやる、とな」
奴に復讐するまで、俺は止まれない。
回航するのは、それを果たしてからだ。
この程度で作戦を中断するとでも思ったか、ペンタゴン。
こんな塵みたいな艦隊に構ってる暇があったら、籠蓋のひとつでも破壊したらどうだ。
役立たず共が。
ため息ひとつ。
無線機を乱暴に置いた。
『了解。……ん、司令官。第七艦隊より緊急通信。東京のダークドームが突如消滅したとのこと』
通信担当は素直に了解したが、その後の内容は突拍子も無いものだった。
再び無線機を拾い上げ、聞き返す。
「何? どういう…………っ!? おい、ナイトメアは! ナイトメアはどうなった! そこにいたんだろう!?」
この際、何故ダークドームが消えたのかについてはどうでもいい。
問題は、その上空に奴がいたはずだということ。
『だ、ダークドーム消滅後、居合わせた黒服、非敵性体“照月零”らと同じく、レーダーからロストしたと……』
「……ガッデムッ!!」
怒りに任せ、踵で椅子を蹴った。
固定脚の砕けた艦長椅子が床に転がる。
「クソッ、クソが! 誰の仕業だ! 第七艦隊か、それとも日本人か!?」
『日米共同による黒服への攻撃は昨日打ち切られています。現地周辺にそれ以外の部隊は存在しません。詳細、不明です……』
一体何があったというのだ。
殺られた訳でないのなら何処へ隠れた。
何故ダークドームまで消す必要がある。
……落ち着け。
奴等の考えなど、我々に分かるわけがない。
人間とは異なる存在なのだろうから。
「まだ東京周辺にいるはずだ、在日米軍には捜索を続けるよう要請しろ。本艦隊に向かってきている可能性もある……対空警戒厳となせ!」
無線機に怒鳴る。
やれることをやるだけだ。
例え罠だとしても、退くという選択肢はない。
『了解』
『対空警戒、サー!』
誰かが何かをしたからこうなったのだ。
俺の復讐の相手を奪ったというのなら、誰だろうと容赦しない。
この手で葬る。
「全艦へ。ペンタゴンに従順な犬はこの艦隊に必要ない、今すぐ離脱しろ。俺の独断専行に従う馬鹿野郎だけついてこい。予定通り、本艦は……」
ナイトメア。
もし隠れているのなら、そこで待っていろ。
すぐ迎えに行く。
そして。
「東京へ向かう」
必ず、殺してやる。




