想話3 悪夢
描かれるのは、あの時のロンドン。
数時間後 イギリス連合王国 首都ロンドン
『空軍による第二波迎撃失敗、航空隊は全滅した。繰り返す、航空隊全滅。目標のロンドン到達は数分以内だ。全部隊戦闘用意、戦闘用意』
ノイズ混じりの無線通信が右耳を刺す。
その内容は、にわかには信じがたいものだった。
「空軍の奴ら、たった一機の所属不明機ごときに何を手間取ってやがる……使えねぇ……」
足元に座る運転手が悪態をついた。
相槌もそこそこに俺は思考に浸る。
確かにイギリス空軍はそこまで強くはない。
相手が世界最新鋭の戦闘機ならば、第一波迎撃隊のタイフーン2機が瞬殺されたのも頷ける。
だが、8機でかかった第二波迎撃隊も一瞬にして撃ち落とされた。
それはいくらなんでも無茶苦茶だ。
一機あたりのミサイルの数量も合わない。
本部は敵機の数を見誤っているのではないか。
『怯むな、作戦続行だ。橋を封鎖する。第2戦車小隊、全車発進!』
『2番車了解』
『3番車了解』
「4番車、了解」
隊長車からの無線が響く。
各車が応答し、車長もやや遅れて応答する。
俺は主砲のグリップを握り直し、スコープを覗き込む。
道路に一列に並んだ我が小隊の戦車3両が映る。
それらは一斉に排気ガスを吐き出すと、ロンドンの中心部を走り始めた。
「4番車、発進」
運転手がアクセルペダルを踏み込み、俺たちが搭乗する戦車も走り始める。
目指すは大時計台の横、テムズ川にかかるアーチ橋。
ウェストミンスター橋。
『こちら5番偵察ヘリ、敵機をレーダーに捉えた! テムズ川沿いに西へ飛行中。数1、速度マッハ3、高度200以下!』
車内に緊張が走る。
遂に来たのだ。
まさか本当にロンドンが戦場になるとは。
訓練のときより冷静に、落ち着いてやらねば。
しかし、低空で超音速か。
不味いな。
「車長、外には出ませんよう」
頭上の車長に注意を促す。
飛行物が音速を超えると、空気の壁が無理矢理押し曲げられ、マッハコーンと呼ばれる衝撃波が生まれる。
発生源が砲弾やミサイル程度であれば大したことはないが、それが航空機ともなると大事だ。
戦闘機が市街地上空を低く超音速飛行などしようものなら、建物の窓ガラスは砕け散り、人間の鼓膜は吹き飛ぶ。
屋外にいるなら何かしらの防護をしなければ危険だからだ。
「あいよ」
車長が返答する。
それを聞き届けるのと同時に、今度は作戦司令部から無線が入った。
『新たな情報あり。敵機は人型! 繰り返す、敵機は人型だ!』
……は?
今何と言った。
『……こちら第2戦車小隊。人型、と聞こえたが間違いないか』
『こちら攻撃ヘリ部隊。人型の敵機とは何か』
展開中の各部隊から確認の無線が殺到する。
『こちら司令部。詳細不明。目標は戦闘機より遥かに小さい、照準には十分注意せよ。以上』
やけくそとも取れる口調で無線は切られた。
困ったのは我々現場の部隊だ。
目標の能力は、所属は、正確な大きさは。
ロックオン出来るのか、どんな攻撃をしてくるのか。
敵はもう目の前だというのに、敵の情報が何もない。
情報量がものを言う現代戦において、これは非常に不利な状況だ。
『……1番車より各車。敵機は人型、テムズ川沿いに低空で来る。対空戦闘用意』
隊長車が渋々といったふうで指示を出す。
分かっている情報のみでやるしかない。
ここは連合王国の中枢。
戦わない、逃げるという選択肢は無いのだ。
「4番車、了解」
戦車小隊は大時計台を通り過ぎ、遂にウェストミンスター橋にさしかかった。
砲塔を操作し、主砲の口を左前方へと向ける。
スコープに映るのは、朝焼けに煌めく冬のテムズ川と、その畔に佇む大観覧車。
見慣れたこの景色が戦場と化すなど、未だに信じられない。
『っ、敵機目視! 全機、対空ミサイル用意!』
唐突にヘリ部隊から無線が届く。
大小多数の戦闘ヘリが、伏兵の如く建物の陰から浮かび上がってくる。
それぞれの両脇には、満載された空対空ミサイルが。
『攻撃始め!!』
怒号。
噴射音が街に響き渡る。
ヘリから放たれる無数の白い煙が東へと伸びていく。
『ヘリ部隊が攻撃を開始した。全地上部隊、目標を捕捉しろ! 合図で撃て!!』
本部からの無線に砲塔を動かす。
ロンドン上空を走るミサイル郡をスコープで追う。
その先に、ミサイルへ正面から突っ込む影を認めた。
「! 敵機目……視」
思わず発見報告が尻窄まりとなった。
そのシルエットがあまりにも非現実的だったから。
暗い色彩の服、寒風になびく紫の髪。
手に握るのは、見るからに重量を感じる大斧。
それは、空を飛ぶ少女。
「嘘だろ……」
照準を向けた誰もが目を疑ったはずだ。
人間が生身で飛んでいる。
あり得ない。
『地上部隊、攻撃用意!』
無線で我に帰る。
空を翔る少女に照準器の十字を合わせ、親指でシーカーを作動させる。
甲高い電子音が何回か鳴った後、緑色の枠が少女をピタリと捉えた。
「た、目標捕捉!」
『撃て!!』
ロックオン成功。
すぐさま攻撃命令が下され、俺は反射的に引き金を引いた。
砲塔横部から鈍い音が響き、続いて噴射音が離れていく。
地対空ミサイルを放ったのだ。
スコープに映る少女に、まずはヘリ部隊の空対空ミサイルが殺到する。
彼女が急停止して空中に留まった直後、その姿は爆炎に包まれて見えなくなる。
そして、動きの止まった彼女に向かって飛び込んでいく白く伸びる煙。
対空戦車、歩兵部隊、そして我々戦車隊が放った地対空ミサイルが、一斉に炸裂した。
『目標に命中。繰り返す、目標に命中した』
川の水面が爆風に揺らぐ。
朝焼けの空が紅蓮の炎に染まる。
『視界不良、効果確認中……っな、なにぃ!?』
偵察車の無線が酷く動揺する。
……まさか。
いや、そんなはずは。
『も、目標健在……。攻撃、効果無し! 繰り返す、目標健在、攻撃は効果無し!!』
一発で航空機を木っ端微塵にできる威力。
それを百発以上叩き込んだのだ。
それでいて無傷だと。
慌ててスコープを覗く。
煙を吹き飛ばし、未だ空中に浮かぶ人影が見えた。
紫の髪を揺らすその少女には、傷ひとつ付いていない。
俺は悪い夢でも見ているのか。
あり得ない、奴は化け物だ。
一体どうやって倒せと。
『だ、第二射用意! 撃てぇ!!』
唐突な攻撃命令。
ややあってから、バラバラのタイミングで砲撃音や噴射音、銃撃音が響き始める。
俺も攻撃すべく、急いで武装スイッチを主砲に切り替え、トリガーに指をかける。
だが、遅かった。
否、彼女が早すぎた。
紫髪の少女は、既にスコープの中から消えていたのだ。
航空機とは比べることすらおこがましい機動性で、飛来する砲弾やミサイルを避け続ける少女。
こうも不規則に、しかも高速で動かれては、主砲の自動照準と言えども追尾は不可能だ。
ましてや命中させるなど夢のまた夢だろう。
『目標、捕捉困難!』
『銃砲撃に切り替えろ。合図で撃て!』
「4番車了解……っ!? こっちに来るぞ!」
車長が機銃を構えながら叫ぶ。
スコープに映る少女の姿がみるみるうちに大きくなる。
その紫色の双瞳は、無感情に俺を睨んでいた。
此方への移動に集中した為だろうか。
彼女の不規則な回避行動は穏やかになり、不意に照準が合った。
俺も、隊長車も、このチャンスを見逃しはしなかった。
『撃てっ!!』
引き金を引いた。
腹に響く爆音。
スコープを埋めるオレンジ色の炎。
車体が一往復だけ揺れる。
オレンジの光が黒煙に代わる。
我々から放たれた4発の戦車砲弾は、凄まじい相対速度でもって少女と接触した。
やや遅れて、車載機銃の弾幕もなだれ込む。
大小多数の火花が飛び散った。
命中だ。
「ち……弾かれたぞ!?」
だが、効果があるとは言っていない。
あくまで当たっただけ。
振り抜かれたその黒い大斧が、砲弾を砕き、銃弾を弾いたのだ。
至近距離まで接近してきた紫髪の少女。
車載機銃の弾幕をシールドのようなもので防ぎながら、横の大時計台目掛けて急上昇していく。
『上だっ! 逃すな!!』
全車が砲塔を回し、少女の姿を追う。
が、早すぎてとても捕捉できない。
再びスコープの中に捉えたとき、彼女は既に大時計台の頂上に辿り着いていた。
少女はそこで静止すると、空中で身を丸め何やら力を溜め始める。
『止まった……? 良し、今だ! 全火力集中、奴を仕留めろ!!』
少女の身体は、紫色の光を纏い始めた。
次第に強くなるそれが、何かの予備動作であることなど明白だった。
だが、俺達に出来ることは、持ちうる力で攻撃を続けることだけ。
迷う間もなく、全部隊の砲が火を吹いた。
少女に殺到する銃弾、砲弾、榴弾、徹甲弾、ロケット弾、対空ミサイル……。
時計台の上空に連爆が煌めき、破片と共に黒煙が広がる。
これだけの火力がただ一点に集中されたことは、恐らく人類史上一度もないだろう。
そんな前代未聞の破壊力を浴びてもなお、少女とみられるレーダーの影は消えない。
馬鹿げた堅さだ。
あんな耐久力を持つ物体など、知る限り地球上には存在しない。
紫色の光が黒煙と弾幕を吹き飛ばす。
無傷のまま再び現れた少女は、周囲に大量の斧を浮かばせていた。
それは、Z字型にふたつの刃を持った何百もの飛斧。
「……Foreigner ammunition」
遥か高所の彼女が呟く。
距離からして聞こえるはずないのに、俺は確かに聞き取った。
英語で、“異邦人の弾薬”と。
瞬間、飛斧は周囲へとばらまかれた。
それらは前方回転をしながら、不自然な放物線を描いて辺りの兵器目掛けて落下する。
攻撃ヘリに、戦車に、装甲車に、歩兵部隊に、飛斧が次々と突き刺さる。
車体を貫く金属音。
計器に映る、キャタピラに被弾したとの表示。
数秒の沈黙の後、飛斧は爆ぜた。
鈍い痛みに目を覚ます。
視界の中の計器は全てブラックアウトしていた。
車体は大きく歪み、誰が何処にいるのかすら判らない。
戦闘続行不可能だ。
脱出しなければ。
シートベルトを外し、梯子だったものをよじ登る。
半開きになったハッチの隙間から砲塔の上に這い出る。
そこからの光景に、思わず目を疑った。
あれだけいた我が連合王国陸軍の兵器は、ひとつ残らず破壊されていた。
負傷した僅かな残存兵が散見できるだけだ。
そして何より。
「何だ……これは……?」
空が真っ黒に塗り潰されていた。
まさか日が暮れるまで寝ていたわけではあるまい。
さっきまでの朝焼け空は一変、まるで真夜中のようになってしまっていた。
さらに、建物や道路は爆撃されたかの如く破壊されていた。
電気が止まったのか、街に明かりは残っていない。
変わり果てたロンドンに、俺はしばし茫然とした。
「おい、こっちだ! 撤退するぞ!」
声を掛けられ、横を振り向く。
橋の下を指差しながら叫ぶ、ひとりの兵士がいた。
確か……同じ戦車小隊所属の男だ。
生きていたのか。
彼は俺が頷いたのを確認すると、素早く柵を越えて橋から飛び降りた。
急いで後を追い、彼のいた場所に走り寄る。
下を覗き込むと、そこには一隻の警備挺が浮かんでいた。
「早くしろ! 飛び降りるんだ!」
乗組員であろう警察官が手招きする。
車両に残してきた仲間が気になった。
だが、自分の命と天秤にかけるしかない。
俺は目一杯息を吸い込むと、冬のテムズ川目掛けて飛び込んだ。
水面に殴られた直後、冷水に身体が締め上げられる。
それに耐えながらどうにか水面に顔を出した。
間髪入れずに腕を掴まれ、船上に引っ張り揚げられる。
「よし。行け、行け!」
合図で警備挺は急加速する。
俺は渡された保温シートに身をくるみながら、離れていく時計台を見上げた。
奴は、まだいた。
紫髪、紫眼、大斧。
人智を超えた少女は、我が物顔で時計台に浮かんでいた。
未知の新兵器か、それとも超生物か、はたまたエイリアンか。
何にどう生み出されたのか、何処から来たのか、何のために攻撃してきたのか。
真相は解らないままだ。
ただひとつ解ったことがあるとするならば、それは。
今の人類では、奴に勝てないということ。
「いつか……いつか必ず……!」
燃えるような悔しさに身を焼かれながら、俺は故郷を後にした。
* * *
ロンドンの悪夢。
この出来事は、後にそう呼ばれることとなった。
ナイトメア。
“彼女”の名は、そうして決められた。
俺はどうにか生き延びたが、あの作戦に参加した兵の大半は未だに帰ってきていない。
ロンドン中心部は大きな黒いドーム状の霧に包まれ、生存確認すらままならないのだ。
同様の被害は世界各地の都市で報告されており、現在人類文明は大混乱に陥っている。
有史以来、最大の危機だ。
だが、反撃は始まっている。
国連は、一連の事件の首謀者“黒服”、協力者“ナイトメア”及び関連する全ての敵性体を「ダーカー」と呼称。
ダーカーに対する人道的、動物的配慮は存在しないものとし、核兵器以外のあらゆる武器の使用が許可された。
既にアメリカと最初の被害国日本を中心とした連合軍が結成され、行動を開始している。
近々、日本の首都東京の奪還作戦も行われる予定だ。
一方で欧州は、国家や都市の数に比例してか被害が大きく、撤退戦に専念せざるを得ない状況が続いている。
故郷ロンドンに再び日が昇るのは、まだまだ先になりそうだ。
『目標、まもなく射程内』
無線に瞼を開く。
戦車砲の操作グリップを握り直し、スコープを覗く。
映るのは、大挙して押し寄せる黒い化け物の群れ。
ダーカーの兵士だ。
ロンドンに引きこもっていれば良いものを、郊外まで攻めてくるとは。
調子に乗るな。
日の下であればこちらが有利だ。
ここは絶対に通さない。
疎開地にまで貴様らの魔の手は届かせない。
『全車、射撃用意』
トリガーに指をかける。
俺は、俺達は決して諦めない。
死ぬまで抗ってやる。
異形ごときに、文明は奪わせない。
『……撃て!!』
最後に笑うのは、人類だ。




