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東方無明録 〜 The Unrealistic Utopia.  作者: やみぃ。
第一章 明無夜軍
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第二十一話 彗星




 長野県東部 山中




 妙な明るさで目が覚めた。


 瞼を開ける。

 青白く照らされた山の斜面が目に映った。

 森の中はまだ真っ暗だ。

 朝という訳ではないらしい。


 青白い光が差し込む方向は、真上からのようだ。


 だとすると、月明かりか。

 さぞかし綺麗な満月なんだろうな。


 そう思いつつ、顔を空に向け。


「…………」


 絶句した。


 視界を塞いでいたはずの木々が、私の真上だけ綺麗さっぱり無くなっている。

 開けた夜空の真ん中に浮かんでいたのは、満月ではなく。


 天を裂くほどの、大彗星(だいすいせい)だった。


 小さい頃、宇宙オタクの兄、(まもる)から聞いたことがある。

 太陽系の遥か遠方に多数存在しているという、直径10キロメートル程度の氷の小天体、彗星。

 それらは時折、太陽の強大な引力に引き寄せられ、太陽のすぐ側を通過することがあるらしい。

 その際、太陽からの膨大な熱や風は、彗星の氷や岩を塵状にして吹き飛ばす。

 塵は、1億キロメートルにもなる長い尾となり、太陽の逆方向へと伸びる。


 その光景は、まるで竹ぼうきのような白く美しい尾を引く天体として、地球から見ることができるのだという。

 ほうき星の別名を持つ所以だ。


 日本で彗星が最後に見られたのは、遥か昔。

 次に見られるのは、恐らく半世紀以上先。

 そう聞いていた。


 だが、目の前の夜空に浮かぶ白い尾は、紛れもなく彗星だ。

 しかも、この天を裂くほどの大きさ。

 超が付くほどの大彗星と言っても、全く過言ではない。


「きれい……」


 思わず、そうこぼした。

 目を擦ってみたが、幻覚などではないようだ。

 私はしばし、世紀の天体ショーに見とれる。


 でも、不思議だ。

 今まで、前兆も情報も無かった。

 しかも、図ったかのようなこのタイミング。

 不思議というより、不自然だ。




「ツイてるね。キミ」


 突然私に話しかけてきた、少女の声。

 驚いて飛び起きる。


「こんな雄大な景色を、生きてる間に見れてさ」


 声のした方を凝視する。

 暗い木々の合間から、人影が歩いてくる。


「でも、ツイてないね。キミ」


 人影が、彗星の明かりの下に姿を現した。


 灰色の浴衣、青色の帯。

 銀色の髪、青色の右前髪。

 銀色の左目、赤色の右目。


 異様な容姿の少女は、私を真っ直ぐに見据え。


「ボクに、出会っちゃうなんてさ」


 そう言って、凄絶に微笑んだ。




「キミ、人間だよね。なんでこんなとこで寝てるのさ」


 私と同じ位の体格の少女は、首を横に傾けながら聞いてきた。

 右の青い前髪の隙間から、真っ赤な右目が覗く。

 異様な殺気を放つその容姿と態度が、ただのコスプレ少女では無いことを示していた。


 本能が警鐘を鳴らしている。

 私の力では、彼女に到底敵わないと。

 そもそもこいつは、人間ですら無いと。


 下手に刺激したら、何をされるか分からない。

 最悪、殺されることも有り得る。

 穏やかに、敵対の意思が無いことを伝えなければ。


「ちょっと人に追われててね〜。走り疲れて寝ちゃったみたい」


 平静に、気楽に、表情筋から出来るだけ力を抜いて、伝える。


「へえ」


 少女は軽く相槌をうちながら、こちらに歩み寄ってきた。

 銀と赤の瞳が、品定めでもするかのように、至近距離から私を眺める。

 私は緊張を顔に出さず、首をかしげながら口を開く。


「ん、どうかしたの?」

「ボクを怖がらないなんて、珍しい人間だね。妖怪を見慣れてるのかい? それとも、ただ鈍いだけ?」


 妖怪。

 昔話なんかに出てくる化け物のことか?

 となると、やはりこの少女は人間ではなく、妖怪という種に属する存在なのか。


「ふぇ? に、鈍くなんかないし! でも、あなた妖怪なんだ……。私、生まれて初めて見たな〜」


 恐怖心を捨てろ。

 ひたすら無防備に振る舞え。

 どうせ敵わないんだから。


 少女は、ふうん、と興味のなさそうな返事をすると、ほんの少しだけ顔を遠ざけた。


「キミ、名前は何て言うんだい?」

(あかり)東雲(しののめ)(あかり)っていうの」

「アカリ、か……」


 それだけ言うと、少女は一歩後ろに下がった。

 彼女からの殺気が、少しだけ弱まった。

 ……ような気がする。


「アカリ、キミは純粋で素直だね。良いことだよ」


 そう言って、優しげな笑みを浮かべる少女。


 どうにか穏便に済みそうだ。

 ほんと? ありがとう。

 そう返そうとして。


「……例えそれが、演技だったとしても、ね!」


 背筋が凍り付いた。


 少女の両手が、目にも止まらぬ早さで私の首へと伸びてくる。

 1秒とたたないうちに、首を掻っ切れる速度だ。


 殺られる。


 まさか気付かれていたとは。

 妖怪とやらの前では、小細工など通用しないと言うことか。

 ……甘かった、か。


 こんなところで死ぬなんて。

 全く、ツイてない……ね。


 私は諦め、目を閉じた。




 ぼふ。


「ぐぇあ」


 変な声が出た。

 突然、首と右肩に体重をのせられたからだ。


 目を見開く。

 視界に、銀と青の美しい髪の毛が広がっていた。

 身体の前面には、柔らかく暖かい感触。


 ……え、抱きつかれてる?

 なんで?


 そんな疑問を口から出す間も無く。


「ボク、天祈(あまぎ)志歩(しほ)! アカリ、よろしくね!」


 彼女は私の耳元で、とても明るく名乗った。




 * * *




「……そしたらね、それがアカリだったんだよ!」

「わぁ、そうだったんだ」


 地べたに座り、ニコニコと心底嬉しそうに、そして楽しそうに話す浴衣の少女。


 いざ蓋を開けてみたら、なんのことはない。

 お喋り好きな、普通の明るい女の子だった。


 彼女の名前は、天祈(あまぎ)志歩(しほ)

 既に100年以上生きている、彗星(すいせい)の妖怪なのだという。

 夜空を裂くこの大彗星も、志歩が()()()ものらしい。


 これだけで、人間を遥かに凌駕する存在だということが分かる。

 人間には想像すら出来ない事も簡単に出来てしまう、それが妖怪。

 志歩は、そう教えてくれた。


「でも、志歩は何で私に会いに来たの? 人間なんてそこらじゅうに沢山いるじゃん?」

「妖怪は、余程の力を持っていない限り人里には近付くことすら出来ないのさ。森の中で弱ってたアカリに話しかけるくらいが関の山だったんだよ」

「ほぉ、そーゆーことね」


 よくわからないが、100年間も人間に見つからなかったくらいなのだから、何か理由があるのだろう。

 水と油、裏と表といったように、人間と妖怪もお互い相容れない存在なのかもしれない。


「でもアカリ、気を付けなきゃ駄目だよ」

「?」

「今でこそこのあたりの妖怪はボクくらいしかいないけど、昔はもっとうようよいたんだからね。あんな弱った状態で寝てたりしたら、すぐ殺られちゃうよ」


 妖怪についてもうひとつ、志歩から聞いた。

 人間が動物や植物を食べて生きているように、妖怪もそれらを食べて生きている。

 だが妖怪の場合は、それに加えて“人間を食べる”ことがあるのだという。

 妖怪は食物連鎖の頂点に限りなく近い存在であり、その下に位置する人間を狩り、喰うのだ。


「ふえぇ、これから気を付けるぅ……」

「ははは、それが賢明さ」


 志歩は“友達”が欲しかったがゆえ、私を喰わなかったらしい。


 これはあれかな、一言で表すなら。

 ツイてた……ってやつだよね。


「そうだアカリ。ボクだけが持つ力を見せてあげよっか」

「えっ、この大彗星でお腹いっぱいなんだけど」


 それを聞いた志歩はけらけらと笑った。


「この程度のほうき星、あと50年もすればまた見れるさ」


 50年?

 2070年頃に再接近する、ハレー彗星のことを言ってるのかな。


「百聞は一見に如かず。ほら、まずそのへんの石を拾って」

「あっはい」


 言われるがまま、適当な小石を拾い上げる。

 掌を開き、それを志歩に見せる。

 志歩は、その赤い右目で石をじっと見つめ、1秒ほどで視線を外した。


「よし。じゃあさ、それを木の葉の群れに投げ入れてみなよ」


 木の葉の群れ、木々の枝あたりのことかな。

 やや視線を上げ、暗い枝々を見渡す。


「投げればいいの?」

「うん。力いっぱい頼むよ」


 あまり肩は強い方じゃないんだけど。

 まあいいか、やってみよう。


 石を握った右腕を大きく振りかぶり。


「たっ」


 力いっぱい投擲した。

 石は、一瞬で葉の中に消える。

 すると。


 そこからこーん、という音が響き、続けてまたごん、と鈍い音が聞こえた。


「お、ナイスピッチング」


 志歩がカタカナ語で私を称賛する。

 直後。


 どさどさと地面に落下する、2羽の鳥と先ほどの石。


「文字通り、一石二鳥……ってやつだね」


 鳥たちはピクリとも動かない。

 投擲した石が当たった、ということか。


「え、えっと。運、良すぎない?」

「そうさ。アカリ、“ツイてる”ね」


 何故か志歩は、全く驚いた様子を見せない。

 まるで、こうなることを予め知っていたかのようだ。


「でも」

「でも?……ん?」


 おうむ返しした直後、右手の上に違和感が。

 視線を落とし、その正体を見る。


 ミミズだった。


「んにゃああぁぁぁ!?」


 え無理っむりむりむりぃ!?

 ミミズだけはらめええぇぇ!!


 反乱狂になりながら腕を振り回す。


「あはははは!」


 志歩の笑い声で我に返った。

 手を見ると、既にミミズはどこかへ飛ばされた後だった。


「あはははけほっけほっ……。アカリ、やっぱり“ツイてない”ね。ははは」

「ちょ、どういう意味!? あと笑うな!!」


 涙目で志歩を睨み、叫ぶ。

 志歩はごめんごめん、と言ってから、再び口を開いた。


「アカリ、今ので分かった?」

「はぁ、ふぅ……なにが」

「ボクの力だよ」

「知らないっ」

「えー、ちゃんと考えてほしいな」

「そんなこと言ったって……」


 分かんないし、と言いかけて、冷静に考え直す。


 狙った訳でもない石が、鳥に当たった。

 それも2羽。

 志歩はその時“ツイてる”と言った。


 たまたま拾った石に、ミミズがいた。

 私がミミズ嫌いであることを狙ったかのように。

 志歩はその時“ツイてない”と言った。


 もしかして。


「……運、を?」

「さすがアカリ。まあ、そんなところだよ」


 志歩は腕を広げて語る。


「この世のありとあらゆるモノにはね、必ず“吉”と“凶”っていうふたつの属性があるんだ。ボクの持つ力は、“吉凶増幅(きっきょうぞうふく)”。これで、モノの吉と凶の量を増やしたり元に戻したりするのさ。そうすると、生み出される結果を良くしたり悪くしたりすることが出来る。今アカリに体験してもらったようにね」


 つまり志歩は、私の拾った石の“吉”を増幅させ、結果、投擲された石は運良く2羽の鳥に当たった。

 同時に、私自身の“凶”も増幅させ、結果、私はミミズとコンニチハした……ということか。


「なるほど……そーゆーこと」

「そーゆーことなのさ!」


 すごいでしょー、と言いながら、志歩はぱちぱちと手を叩く。


「すごいすごい、さすが志歩たん」

「えへへー」


 確かにすごい。

 妖怪の力には、志歩の力には、本当に驚かされる。

 だが、問題はそこじゃない。


「志歩たん」

「んにゃ?」

「ミミズ、ホントに恐かったんだけど」

「えっ」

「鳥さん、可哀想なんだけど」

「あっ」

「……」

「…………」

「………………」

「ア、アカリ、お腹空いてるのかいって待って拳を下ろしてこの鳥さんを調理して食べさせてあげるって言おうとしたの!!」


 私は満足げに頷くと、拳を下ろした。




 夜は、まもなく明ける。








 名前:天祈(あまぎ) 志歩(しほ)

 初登場:第二十一話 彗星

 種族:妖怪

 性別:女

 年齢:300歳前後

 身長:中

 髪の長さ:肩

 髪の色:銀・右前のみ青

 瞳の色:左銀・右赤

 能力:吉凶増幅


 吉と凶を操る力を持つ、彗星の妖怪。

 空に大彗星の幻影を作り出した張本人。

 東雲明と接触した後、彼女と行動を共にするようになる。

 この物語における、いわゆる悪戯っ子キャラ・僕っ娘キャラ。


 妖怪としてはまだ若いため、人間を襲うことに対してあまり抵抗が無い。

 また、その特異な外見や不気味な明るさ、効果を読みにくい能力は、しばしば他者を恐れさせる。

 妖怪以外に対してはあまり思いやりが無いが、心を許した相手なら種を問わず非常に親しく接する。

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