第十三話 籠蓋
中国上海沖 中国海軍艦隊
「対空ミサイル、攻撃始め!」
無線機に向かって指示を下すと、待ってましたとばかりに素早く返事が帰ってくる。
『了解、対空ミサイル発射!』
その無線を合図に、艦の前方甲板に配置された箱型の物体の蓋が開く。
すると、箱から真っ白な煙と共にミサイルが飛び出した。
窓から外を見渡すと、他の本艦の左側を航行する2隻の駆逐艦からも、同様にミサイルが放たれた。
3隻の駆逐艦から、それぞれ1発ずつの発射。
合計3発の対空ミサイルは、白い煙を吐きながら猛然と飛翔してゆく。
そのミサイル達の向かう先には、不気味な黒い尾を引きながらこちらへ向かってくる黒い球体型の飛翔体があった。
その数、ゆうに100以上。
『東京から2000発以上の弾道ミサイルが発射された。予想着弾地点は我が国を含むアジアとオセアニアの全域。すでに日本列島や朝鮮半島の各地には着弾している。全軍、これらをただちに迎撃せよ』
これは、数分前に中国本土から全軍宛に届いた命令文だ。
わりと本気で、北京の司令部は頭がおかしくなったのかと思った。
そう思わざるを得なかった。
それほどまでに、その情報は現実離れしていたからだ。
まず、東京からのミサイルというのが不可解だ。
日本軍――いや、自衛隊と言うのだったか――は、憲法9条とやらの制約により他国に対する先制攻撃が出来ない。
その為か、攻撃用の兵器の所持すら認められていない。
攻撃空母、爆撃機、攻撃機などがこれに当たる。
もちろん、核兵器や弾道ミサイルもだ。
特に、日本が核兵器や弾道ミサイルを無断で所持していた場合、憲法9条に違反するどころか、核兵器禁止条約や国連安保理決議にも大きく反することになる。
そんな物騒な物を2000発も東京に集中配備し一斉発射などできないし、そもそも製造も所持もできないはずなのだ。
実際にそれらを使用したとなればさらに大問題だ。
世界中からの激しい非難や報復攻撃にさらされるのは必至だろう。
第三次世界大戦の引き金になる可能性すらある。
しかも、そんな危険な賭けをしても日本に利益は無い。
世界を敵に回すような行為である以上、国際社会からの孤立は避けられない。
国際社会から孤立すれば、資源の乏しい島国である日本は早かれ遅かれ自滅するだろう。
それは、他ならぬ日本の歴史によって証明されている。
世界征服を目指すにしても、現有戦力の少ない日本軍では到底不可能。
つまり、ハイリスク・ノーリターンが確定している。
日本が弾道ミサイルを撃つ理由など、一切無いはずなのだ。
だが、彼らは撃った。
不可解極まりない。
また、既に朝鮮半島に着弾しているという情報も不可解だ。
日本が北朝鮮を攻撃するだけなら、まだ理解できる。
だがもう片方の国、韓国は仮にも日本の同盟国だ。
いくら韓国が反日的な国家だとはいえ、温厚な日本が報復としてそこまでするとは考えにくい。
しかも、当事国である日本の領土にも着弾させたというではないか。
なぜ自国を攻撃する必要があるのか。
最も不可解な点だ。
考えられる要因を挙げるとするならば、やはり早朝に東京で起きたあの騒ぎだろう。
なんでも、東京の中心地が半径5キロメートルにもなる巨大な黒いドームに覆われたのだとか。
昨夜の世界同時多発テロの影響か、情報が錯綜しており詳しいことはわからない。
だが事実だとするならば、北京が“弾道ミサイル”だと言ったこの黒い球体形の飛翔体群との関係性もあるかもしれない。
『対空ミサイル命中まで、あと10秒!』
部下からの無線で我に帰る。
……何をしているんだ、私は。
考えるのは後だ。
目の前の任務に集中しろ。
我が艦隊の後方、あの飛翔体共が向かう先には、我々の故郷、上海がある。
あれだけの数の飛翔体を全て撃ち落とすのは、到底不可能だろう。
だが、ひとつでもその数を削り、被害を減らさなければならない。
上海に残した妻や子供たちの為にも、同じ境遇の部下達の為にも。
「あと5秒です、艦長。」
隣の部下の声に顔を上げ、双眼鏡を覗き込んだ。
圧倒的な数で迫る、黒い球体形の飛翔体たち。
そこへ、3発の対空ミサイルが背後に白線を引きながら吸い込まれて行く。
「……3……2……1!」
瞬間、対空ミサイルが飛翔体群の中に消えた。
だが、黒い球体達に変わった様子はない。
それどころか、対空ミサイルの爆炎すら見当たらない。
「戦闘指揮所! 状況報告はどうした!?」
先程から沈黙したままの無線に向かって怒鳴り散らす。
『は、はい、報告します! 対空ミサイル全弾命中! しかし、目標は依然として飛行中! 効果無しです!』
馬鹿な。
ひとつも落とせなかっただと?
あの飛翔体、原料は一体何でできているのだ?
「艦長! まもなく飛翔体群が艦隊上空を通過します!」
あの飛翔体群、速すぎやしないか。
一度通過させてしまったら、おそらく二度と迎撃はできまい。
させるものか。
無線へと指示を下す。
「対空ミサイル第二射、用意!」
『突入角度が悪すぎます!』
「ならば……主砲、撃ち方用意! 弾種、対空榴弾!」
『間に合いません!』
「いいから撃て!!」
駄目で元々。
ましてや2軍落ちの旧式駆逐艦の豆鉄砲だ。
とても効果があるとは思えない。
だが、なにもしないよりはマシだ。
無線からの返事は無かったが、前方甲板に設置された灰色の単装砲は空へと向けられていた。
「撃ち方始め!」
3隻の主砲が次々に火を吹く。
1秒おきの間隔で4回の発砲、3隻合わせて12発の砲弾が上空に向け撃ち出された。
砲弾はわずか数秒で飛翔体群の近くまで迫り、近接信管を作動させ、自爆した。
周囲に無数の金属片が撒き散らされ、それらは飛翔体に突き刺さる。
『至近弾5発!』
だが、それは近くで起爆した場合の話。
撃ち出された砲弾のうちの半数以上は、飛翔体群よりも後方でしか起爆できなかったようだ。
「効果は!?」
『目標にダメージ無し!』
無線に対し隣の部下が声を荒げたが、返事の内容は芳しくない。
別の隊員からも報告がくる。
『こちらレーダー担当。飛翔体群が艦隊上空を通過!』
「こちら艦長。飛翔体群の速度を知らせ」
『マッハ5を超えています!』
「そうか……」
やはり、速い。
反転して追撃を行うとしても、その頃は既に主砲の射程外。
また、対空ミサイルはマッハ5なんて速度は出せない為、飛翔体に追い付けない。
『飛翔体群、加速! もはや迎撃は……不可能です……』
開放した窓から身を乗り出し、後ろの空を睨む。
100の黒い球体は、凄まじい速度で艦隊から離れて行く。
常軌を逸した速度だ。
もはや迎撃云々の話ではない。
諦めるしかないようだ。
窓を閉めてから振り返ると、部下達は一様に暗い表情で口を閉じていた。
上海を守れなかった。
そんな、重苦しい空気が艦橋内に漂う。
私は、艦長として意を決して口を開く。
「……最善は尽くした。作戦を終了する」
それだけ伝え、再び部下達の顔を見渡す。
驚いたような、うちひしがれたような、落胆したような表情が、視界に並ぶ。
見ているだけで苦しくなるような、若者たちの顔だ。
「……了解」
「了解……しました……」
『了、解』
それでも確かに返ってくる、命令承諾の言葉。
もうどうしようもない事は解っているのだろう。
今までで最も重い、“了解”の意思のはずだ。
「……すまない」
そんな彼らに対して私は、ありきたりな謝罪の言葉しか言えなかった。
上海との通信が途絶えたのは、その1分後のことだった。
* * *
上海に帰港した我が艦隊を待ち受けていたもの。
それは火の海となった市街地でもなければ、瓦礫の山となったビル群でもなかった。
“黒い巨大なドーム”とでも表現しようか。
上海の中心地から半径4キロメートルもの範囲が、まるで黒い蓋でも被せられたかのように覆われていたのだ。
そう、東京とほぼ同じ状況である。
上海の生存者の話によると。
まず、海の方から黒い球体が多数飛来し、猛スピードで上空を通過した。
だが、その球体のうちのひとつが上海上空で急減速し、突然爆発した。
そして、爆発点を頂点として真っ黒なドームが現れた。
とのことである。
また、ドームの内部は断続的に謎の爆撃にさらされており、建物や道路は破壊されているという。
さらに、爆撃された地点からは黒い人影のようなものが現れ、人々を殺して回っているというも情報もある。
やはりあの飛翔体群が、この地獄を作り出したようだ。
しかし、上海で炸裂したのはそのうちのひとつだけ。
つまり残りの100発が、それどころか他の2000発以上の飛翔体ひとつひとつが、これだけの被害を生み出せるという事だ。
着弾予想地点であるアジア・太平洋の全ての主要都市は、上海と同じ被害を被るだろう。
被害は、民間人に死傷者が出るだけでは済まない。
大勢の避難民が発生し、陸海空の物流は滞り、経済は混乱し、政治は不安定になる。
『こちら通信室。北京司令部との通信、未だ回復せず。天津、青島、香港の基地とも通信不能』
部下達が各地と連絡をとろうとしているが、徒労に終わっている。
かろうじて第一艦隊との連絡は取れたが、国内との通信は一切出来ないようだ。
ならば。
「こちら艦長。那覇、台北、ソウル、平壌との通信も試せ。あと、グアムもだ」
『…………』
返答が無いのは、平時ならば絶対に聞くことのない命令に戸惑っていることが理由だろう。
軍人ならば、仮想敵国の都市と通信しろと言われたら躊躇するのは当たり前だからだ。
だが、その仮想敵国も同じ災厄に見舞われている以上、少なくとも我々とは“被害者同士”の関係にはなるはずだ。
互いに疑心暗鬼に陥り戦闘に至るという事態だけは、なんとしても避けねばならない。
『しかし、それでは第一艦隊から反発を受ける可能性がありますが……』
「無視しろ。我が艦隊のやり方に口出しはさせん」
『了解』
汚職まみれで頭の固い上層部に従う犬など、信用する気は更々無い。
これは私のみならず、大半の地方軍人や役人の考えだ。
「よくも我々の故郷を……」
艦橋の窓から大空を睨み、未だ見ぬこの災厄の元凶へと語りかける。
国家からの攻撃ならば、その国家に。
テロならば、その首謀者に。
天災ならば、神に。
この言葉を捧げよう。
「必ず償わせてやる」
届くことのない静かな宣戦布告は、虚空へと消えていった。




