03
床で寝かせておくのはなんだと思ったため、ロドルフォは倒れているジェラルドを起こそうと手を伸ばした。が、手が触れる直前でジェラルドの目がクワッと開いたため思わず引っ込めた。五歳ほどの小さな子供だというのに、現役騎士団員が怯んでしまう程の何かがあったのだ。まるで、猛獣のような何かが。
「ここ、どこ? ねえ、おじさん、ラヴィーナは? ラヴィーナはどこ!?」
ジェラルドは身体を起こすと、ロドルフォに掴みかかって訊いた。子供の力なので振り払うことは簡単だが、子供好きのロドルフォにそんなことは出来ない。
「落ち着け、ジェラルド。ラヴィーナってのはお前の妹だよな?」
「そうだよ! だいじないもーとだ! わかったらラヴィーナをだせ!」
出せも何も会ったことすらねえよ。とロドルフォは心の中で毒づいた。きっと言ったところで目の前の子供は聞き入れてくれないだろうから、ため息をつくだけで何も言わないが。
「分かった、ラヴィーナちゃんを探してやるから、かわりにジェラルド、お前は外でなにがあって、どうしてここに来たのか教えてくれるか?」
見かねたアドルフォがジェラルドの頭の上に手をおいて訊く。頭を撫でられるというのはリラックス効果でもあるのか、それともそうされるのが好きなのか、興奮しきっていたジェラルドが一気に大人しくなった。
大人しくなったジェラルドは少し考える素振りを見せると、曖昧にはにかんで「わかんねェ」と答えた。これには拍子抜けしてしまう。
「覚えてないのか?」
「ラヴィーナとあそんでた、のは、おぼえてる。あとはわかんねェ」
眉を下げてジェラルドは言った。「むむむ」とか言いながら両手で頭を抱える素振りを見せるが、本当に何も思い出せないらしい。ジェラルドの顔はいつまでも眉間にシワをよせて口を尖らせたままだった。
そんなジェラルドの様子をみて二人は一抹の不安が脳裏によぎった。外で何が起きているのかわからないが、良いことは起きていないだろう。ネージュはヴァンパイアだ。きっと記憶操作もできるはず。
そこまで考えると、ロドルフォはアドルフォに視線をやった。するとアドルフォは頷いて歩き出した。
「とりあえず俺は手の空いてる奴を集めて指示を出してくるわ」
「ああ、頼む。俺はこいつらを見なきゃいけねえからな」
そう言うと、「すっかり託児所だな」と言って笑わずに、アドルフォはさっさと何処かへ行ってしまった。普段は見られないアドルフォの真剣さが既に起きていることの異常性を物語っていた。
「……一応俺も、外の様子を見てみるかな」
敷地内からでも外を見ることができるのだ。ロドルフォは床に座ったままのネロをブランテを抱いていない方の手で抱き上げると、ジェラルドに「お前もついてこいよ。ラヴィーナが見つかるかもしれねえぞ」と声をかけて歩き出した。
子供というのは単純なもので、ジェラルドは大人しくロドルフォの言葉に従い、ロドルフォについてきた。そんな様子をロドルフォが微笑ましく見守っていると、ふとジェラルドの首に黒い痣のようなものがあることに気が付いた。
「おい、ジェラルド。お前、ここ、なんかぶつけたりしたか?」
「どこー?」
「ここだよ、ここ」
首をかしげるジェラルドの黒くなっている部分をつついてやると、ジェラルドはより一層首を傾げさせた。
「痛くないか?」
「ぜんぜん」
「どれ、ちょっと見せてみ」
本人が痛くないと言うのだから恐らくなんともないのだろうが、それでも気になったロドルフォはしゃがんでジェラルドの痣のようなものを観察することにした。
ジェラルドの黒い肌の中でも目立つ黒い痣。それは、よく見るとただの内出血などではここまで黒くならないだろうというほどの黒さをしていた。墨か何かで落書きしたと言った方が納得できる。更に、それは見ようによっては羽を広げたコウモリのような形をしていることにロドルフォは気が付いた。
コウモリから真っ先に連想するのはヴァンパイアの彼女。
「何やってんだ、ネージュ……?」
ジェラルドをここに送りつけたことといい、コウモリの形をした痣といい、謎が深まるばかりだ。
しかし、ここで立ち止まっていても仕方がない。ロドルフォはそう考え、止めていた足を再び動かし建物の外へ出たのだった。




