02
仕事をしないのに部屋に閉じ籠るのは嫌だと感じたロドルフォは、二人を抱いて部屋から出て散歩をすることにした。散歩と言っても、室内から出るわけではないのだが。
「おーおー、すっかり真っ白だな。こりゃ雪かきも大変だ」
雑用にまわされなくて良かった。と一人言を言いながら外の景色を見る。そこには一面の銀世界が広がっていた。見ているだけでも寒い。
西側の廊下を歩いていると、外の騒がしさが室内にまで聞こえてきた。騎士団基地の西側は柵を挟んだすぐ隣に住宅地と子供が遊べるだけの空き地、それから商店街から溢れた店が建ち並んでいる。商店街のある通りよりもこちらのほうが活気付いているのではないかというほど、常に人が溢れているような場所だ。外が騒がしくてもなんら不思議ではない。
「ははは、こりゃ確実に小僧共がはしゃいでんな」
恐らく今年初めて積もった雪に子供たちがはしゃいでいるのだろう。たまに悲鳴じみた声が聞こえてくることをロドルフォはそう解釈した。
「お前らが外で遊ぶのは来年からな」
窓の外に興味津々な様子のネロとブランテにロドルフォはそう言った。二人とも身を乗り出して窓に手をつき、ネロは顔すらべったりと窓に張り付けてしまっている。それじゃ冷たいだろうに、と思わず苦笑した。
それからまた、目的もなく歩き出そうとする。が、それは突然目の前に現れた黒い塊によって阻まれた。
よく見てみると、黒い塊はどうやら小さなコウモリの集合体のようなものらしく、ぐるぐるとひたすら渦を作っている。そして段々コウモリは数を増やし、塊の質量を増やしていった。
ロドルフォはそれに見覚えがあった。故に近付くことに抵抗はなかった。
「アーア?」
触れられそうな距離まで近付くと、ネロが嬉しそうな声をあげた。それから黒い塊に手を伸ばす。とても無邪気な様子で。そんなネロを横目で見つつ、ロドルフォは目の前の黒い塊に疑問を抱かずにはいられなかった。
まず、この黒い塊はネージュのものと見て間違いないだろう。何回か、ネージュがこんな感じのものを出して魔術を使っていたところを見たことがある。しかし、その何回かは非常事態であって、通常は魔術を使わないのがネージュのポリシーだ。
ロドルフォの部屋に忍び込むという例外を披露したばかりだが、昼間にデートをしたいという時点で通常ではないとカウントしていいだろう。ああでもしないとロドルフォと会えなかったのも確かだ。
さて。では、これも同じようにロドルフォに会うためのものなのか。きっとそれは否だろう。まだネージュがロドルフォにネロを押し付けてから三十分も経っていない。そんなに早くデートから帰ってくるはずがないだろう。忘れ物、という可能性が無くもないがそう高くはないだろう。この時間ではネロにご飯をやる必要はない。それに、基地は大型の救急病院のような役割も担っているため、オムツなど幼児を世話するために必要なものは一式揃っている。ネージュもそのことを知っているはずだ。だから、ロドルフォに預けたのだろうし。
「おう、ロドルフォ。まーた子守りか? ……ってなんだよ、その黒いの」
なんて考え込んでいるうちに、ロドルフォと同じ顔をした人物が話し掛けてきた。彼の名はアドルフォ・レトゥール。ロドルフォの双子の兄であり、トリパエーゼ騎士団の騎士団長だ。いつもヘラヘラと笑っており、物理的にも精神的にも部下たちを振り回している。騎士団長になるくらいなのだから実力は確かなのだが。
「さあ、俺にもわからん。多分ネージュのだと思うんだけどな」
アドルフォの質問にロドルフォは視線を黒い塊から動かさずに答えた。黒い塊は何かを包むようにぐるぐると渦を作り続け、しだいに大きくなっていく。
「アー!!」
「!?」
突然、しびれを切らしたようにロドルフォの腕のなかにいたネロが暴れだした。黒い塊に気をとられていたロドルフォの腕にはあまり力が入っておらず、ネロは腕から飛び出してしまう。そして、黒い塊に向かって落ちていく。
危ない、と思って慌ててロドルフォとアドルフォが手を伸ばすが遅く、ネロは黒い塊の上に落ちた。そして、黒い塊はそれを合図に黒い霧を吹き出しながら音もなく弾けた。
「な……なんだったんだ……?」
黒い霧によって視界の全てが奪われたのだがそれは一瞬のことだった。そして霧が晴れると、黒い塊があった場所がしっかり見えるようになる。
そこにはネロがちょこんと座っていた。そして、
「……チェルヴィの長男坊だっけか?」
「ああ……ジェラルドだな」
ネロの隣に、この町では珍しい、色黒で短髪の少年が倒れていた。