あのどうにも厭わしい物事について僕が思っている一つや二つと、君という救い、許し、罰について。(端的に申し上げるなら告白です。)
僕は、君が嫌いだよ。
君の呑気な顔を見ると嫌気が差す、君の馬鹿な言動には怒りが沸く。そしてなにより、
君の真っ直ぐな魂が、僕を。
僕は言葉で人を惑わす事が大好きだった。別になんの正義も主張も無い。そんな物は馬鹿げていると思っていたし、僕は気紛れだった。
本当は、殴ったり、蹴ったり、噛みついたり、そういうのも悪くないけれど、僕は身体が弱かったし、自分が痛いのも疲れるのも嫌だった。
兎も角、僕は人を惑わす事が好きだった。
初めの内は、意味不明な事を言って人を困らすぐらいだったが、段々理論的、計画的に成っていき、彼方此方で人の感情を掻き回し、派閥を作らせ争わせたりもした。だから、僕の周りは常に険悪で争い事ばかり、大人まで巻き込み始め、終いには先生を心労で倒れさせた。
原因が僕だなんて誰も考えやしなかった。本人達は自分の意志で動いていると信じているし、何よりも僕自身が自分が原因だなんて思っていなかった。僕一人に壊される程のちゃちな友情だか愛だか正義だかは、放って置いても壊れていただろう。そのような事を思った。もしかするとその通りかも知れないが、幾ら何でも人を馬鹿にし過ぎじゃあるまいか。
気紛れな僕は、人を惑わし聡明に成った。
聡明な僕は、人を見下し傲慢に成った。
傲慢な僕は、人を騙し疑り深く成った。
全て手前でやらかした事ではあるが、やがて僕は人を信じられなくなった。いや、その前から信じていなかったかも知らん。どうであれ、僕は楽しんで言葉を作る事は無くなった、しかし言葉を作らなければその人間不信故立ち往かぬ。
次第に僕は駄目になった。
駄目な僕は、駄目な君に出逢った。
初めて出逢った時の君は、駄目であった。やたらと色白で、身体は細く、風が吹けば倒れてしまいそうで、俯き。これは典型的に駄目だろうと僕は思い、これを追い詰めて、何をやらかしてやろうかなどと算段しながら、話し掛けた。
「お早う、初めまして、どうも」
すると、君は長い髪を神経質そうに弄り、ぼそぼそと何事かを呟いた。まるで聞き取れなかった。
「同じ学校に運良く入学し、また同じ日同じ場所に立ち会ったという奇跡に、僕は何かしら運命のような物を感じ入る。君がどう思っているかは知れないが、僕は君とこれから仲良くしたいと考えているのだが、どうだろう?」
言葉を繋げ、まくし立てる。このような事は多少胡散臭くとも、強い方が良い。
今までそうやって、懐に入り込み、騙してきたし、このようなタイプであるなら尚更強引であるべきだと、思っていたが
「………、当たり前だろ」
君は一言、つれなく吐いて、それきり。
僕はどうにも出来なくなってしまった。
本来ならば、その時点で切り上げるべきであった。けれども僕は君を逃すまいと、追い掛けたのだ。
それが、僕の嘘に対する下らないプライドが原因だったのか、それとも、全く別の何かだったのか、知る由もない。
ともかく、毎日、君に色々、仕掛けたのだ。誰それが君の悪口を言っていた、君は誰それの事をこう思っているに違いないとか、どういう訳か(本当は痛い程分かっている。僕の言葉はちゃちなのだ。小学生ならまだしも、使い回せる訳が無いのだ。鈍感な君にはウザったいだけだっただろう)本来なら簡単に動揺を誘うその言葉達が君にとっては何でもないことだったようだ。
どんな関係だろうが毎日顔を合わせていると、ある程度の親しみが湧くのか。僕達は次第に仲良くなった。もう僕は、君を無闇に傷つけるような事はしなくなったし、あの馬鹿馬鹿しい、喋り方も恥ずかしくなっていた。
君は、鈍感故に、僕に少しずつ感化され、明るくなっていた。
君は否定するかも知れないが、僕はこの一つに於いて、自身を持って言うことができる。あれは間違いなく僕の業績だ。
また、関係は僕達二人だけではなくなった。勿論僕は、君だけでなく、彼らも大事に思うようになった。
それからは、全て君の知る通りだ。君に言わせれば、暴力的な僕は『いい人』に変わり、より破滅的に成った、と。思えば、それは僕の暴力性が段々内側へと向けられ、その結果がこの末路なのかも知れない。
このまま、終わり続けても、良いのだが、最後に残された、ふざけた事として、一つ、足掻きを。 この関係を、初期に巻き戻してしまおうと思う。
君と僕だけの問題だ。
だからこそ他人を巻き込もう。
君の妹。普段鬱陶しいと言ってはいるものの、優しい君は家族を愛しているに違いない。
彼女を壊そう。
単純に殺したのではまるで意味が無い。レイプしてから、両手両足を切ろう。勿論治療する。自殺もさせない。ちゃんと君に送り返す。
それで君は『いい人』である僕から解放されるだろう。
そして君にこのメールを送る、君はどうせ読まないのだから早めに送ったって構わない。後から僕のメールに気付いた方が好都合だ。そして、僕の行為は家族、友達に晒される。当然、僕はそれまでに失踪して、色々と準備しよう。それで僕は、元通りのはずだ。
これで、僕達は孤立する。今まで通りか、それ以上。
そしたら、絶望した君を迎えに行こう。丁度良い心中自殺方法を思い付いたのだ。期待してくれ。
どうせ君にはそんな度胸は無いだろうが、忠告しておく。君が僕より先に死ぬようなら、その時は、君の両親の命は無いものと思え。
最も愛すべき君に捧ぐ。
「鈍感な君の為に解説を加えておこう。
初めは、女の子だった。
好きだなんて事は別になかったが、ただ何かにつけてよく話し込んだ。仲は好かったのだ。
彼女は所謂鍵っ子で、僕は彼女が大切そうに持っている鍵を悪戯で隠した。
彼女が膨れ面をするのが面白かったし、何より一人で家に帰る寂しい彼女の為であると思った。
僕は毎日鍵を隠した。
彼女と僕の追いかけっこはいつまでも続き、僕達は幸せだった。少なくとも、僕はそのように思っていた。
だが、ある日僕が鍵を隠してからかっていると、彼女は怒った。いつもの通りのそれかと思っていたが、彼女は本気で怒っていたらしい。僕の顔を引っ掻き回し、自分で泣き出してしまった。原因は分からない。彼女は鍵を隠した所為だと言ったが、毎日だったのだ、それが本当であるとは到底思えなかった。
僕の右目が殆ど見えないのはこれが原因だ。
また、この右目が僕から質問の機会を奪ったのだ。
彼女は転校した。
そして、その時。僕は彼女の事が好きになったのだ。
どうだ、分かったか、僕はこういう性の人間なのだ。
とはいえ、愚鈍な君はまた勘違いするかも知れないから言っておくが、僕は同性愛者ではない。
確かに君の事を愛しているが、そのような意味合いではないし、それは原因ではない。
寧ろ原因は眞逆である。
僕は君が大嫌いだ。
それ故に、僕は君と死ぬのだ。
さあ、鍵を回そう」




