第一話 ぎこちない日常
第一章「夜を待つ日常」開幕です。
所々文章がおかしいかもしれませんが、お楽しみいただければ幸いです。ぺこり
(正直、あのVRゲームものの大御所、◯ンフィニット・◯ンドログラム様にかなり影響されている面があります。
ご了承ください。m(_._)m ぺこり)
暗闇の中で、金属が軋む凄まじい悲鳴が響いていた。
急ブレーキの摩擦音。誰かの悲鳴。視界が狂ったように激しく回転し、世界が真横に傾く。遅れてやってきたのは、全身を破裂させるような途方もない衝撃と、喉の奥が焼き切れるような熱さだった。
血相を変えて駆け寄ってくる母を捉えた視界の端で、砕け散ったガラス片が街灯の光を反射して夜空の星のようにキラキラと綺麗に輝いていたことだけを、なぜか鮮明に覚えている。
(あ、私——)
そこで思考は途切れ、世界は急速に冷たい泥の中へと沈んでいった。
ーー
「……こ……み」
遠くから、声が聞こえる。
「……ねえ、こごみ! 大丈夫? うなされてたわよ」
肩を優しく揺すられる感覚に目を開けると、網膜に飛び込んできたのは見慣れた自分の部屋の天井だった。すりガラス越しに差し込む朝の光が、部屋の中を柔らかく照らしている。
「……おかあ、さん……?」
「もう、汗びっしょりじゃない。またあの夢を見たの?」
心配そうに覗き込んできた母の顔を見て、私は大きく息を吐き出した。胸の奥で早鐘のように鳴り響いていた鼓動が、ゆっくりと落ち着きを取り戻していく。
「……うん。ちょっとね。でも、大丈夫」
「無理しちゃダメよ。今日から久しぶりの学校なんだから。ほら、体を起こせる?」
「うん、自分でできるよ」
ベッドの端に腰を下ろし、身体をゆっくりと起こす。 足に引っかかって来た掛け布団をめくると、パジャマの裾からのぞく両脚——腰から下が、金属と複合素材で作られた精巧な義肢で覆われていた。
あの事故から、もうすぐ一年が経とうとしている。 過酷で終わりの見えない手術と血の滲むようなリハビリの日々を乗り越え、私はようやく、こうして「日常」へと戻ってきたのだ。
右腕の肩から先にそっと触れる。皮下に埋め込まれたチタン合金の感触と、わずかに伝わる人工神経の駆動音。 四肢は使い物にならなくなったが、命が助かっただけでも奇跡なのだと、お医者さんは言っていた。科学と医療の進歩に感謝しなければいけないことも分かっている。
けれど——。
「よしっ……」
立ち上がろうと足に力を込めた瞬間、義肢と生身の境界線に、かすかな違和感が走る。 頭で命じた「歩く」という動作と、実際に体が動くまでのほんのわずかな時間差。自分の身体でありながら、どこか精巧な人形を遠隔操作しているかのような感覚。
(……やっぱり、まだ少し重いな)
制服に着替えるため、私はぎこちない足取りでクローゼットへと向かった。 今日から始まる、久しぶりの学校生活。 戻ってきたはずの日常は、私の知っている昔の日常とは、どこか微妙にズレてしまっていた。
ーー
数える程しか着ていない制服に新鮮な感覚を覚えながら、壁伝いに一階への階段を降りる。
少しぐらつきながら無事にリビングに降りると、父が手を貸してくれた。
「おはよう、父さん…ありがとう」
「おはよう、こごみ」
そのまま父の手を借りて椅子に座ると、朝食が運ばれてきた。
メニューはシンプルにして王道。ハムマヨトースト、牛乳である。当たりだ。カトラリーを使わない。
この体(義肢)になって気づいたことがある。
日本の箸は非常に使いづらいということだ。スプーンやフォークはまだいい。
だがあの二本の棒は慣れない義手では扱いに非常に苦労した。誰だあんなので食べようと思ったのは、でてこい。
などと、誰に対してでもない愚痴を脳内で吐きながら朝食は終わった。
「ごちそうさまでした」
空になったお皿を下げるのすら、父と母が「いいから、座ってなさい」と慌てて引き取る。 親心からの気遣いだと分かっていても、過保護な優しさに少しだけ息苦しさを覚えてしまうのは、私の我儘なのだろうか。
玄関で靴を履く作業も、以前の倍以上の時間がかかる。靴紐を結ぶのだって、力を込めすぎれば紐がちぎれ、緩すぎれば歩いている途中で脱げてしまう。指先ひとつ動かすのにも、いちいち頭の中でコマンドを入力しているようなもどかしさがあった。
「それじゃあ、行ってきます」
「無理しちゃダメだからね! 何かあったらすぐ先生に言うのよ!」
母の心配そうな声を背に受けながら、重い玄関のドアを開ける。
朝の光が眩しい。
久しぶりに歩く通学路。義肢越しに伝わる風の温もりは本物なのに、地面を踏みしめる感覚だけが、どうしようもなく遠い。
一歩、また一歩。
右足、左足。
振り出すタイミングを頭で数えながら歩く感覚は、まるで不器用なロボットになったかのようだ。
学校の門を潜ると、登校途中の生徒たちの視線が一斉に突き刺さる。 奇異の視線、興味本位の観察。ひそひそと囁き合う声が、秋の冷たい風に乗って耳に届く。
もちろん、その対象は私だ。いや、正確には私の義肢か。なんせ、見た目は完全に金属の手足だから。
でも自分で頼んだこととはいえ、こうもジロジロ見られると疲れる。
(……はぁ。やっぱり、こうなっちゃうか)
居心地の悪さに身を縮めながら、私は壁沿いを辿るようにして教室のドアを目指した。
ガラリと音をたててドアを開けると、教室内が一瞬で静まり返る。 誰もがどう声をかけていいのか分からずにフリーズしていた。
なにしろ、私は高校入学直後に事故に遭った。 だから今の2年生という学年において、私は「同じクラスだけど、一度もろくに話したことがない転校生」のような存在なのだ。
(……まあ、わかってたけど……)
ぎこちなく頭を下げて自分の席へ向かおうとした、その時だった。
「——こごみ」
低く澄んだ、心地よい声が教室を通り抜けた。
ふっと立ち込めた柑橘系の香り。振り返る間もなく、背後から長い腕が私の肩を優しく抱き寄せる。
「おかえり。ずっと待ってたよ」
柔らかい笑顔を浮かべて私の顔を覗き込んできたのは、茶髪のショートカットを揺らす美少女——長門朱里だった。
決して低くはない私より頭ひとつ大きい朱里は、立ち振る舞いがいちいち洗練されていて、女子校の王子様をそのまま共学に連れてきたような佇まい。クラスの女子たちが「きゃっ……」「朱里ちゃん……!」と小さく息をのむ音が聞こえる。
「あ、ありがとう、朱里……。……相変わらず距離が近いよ」
「ん? 久しぶりの再会なんだから、これくらい普通だよ」
朱里はくすりと微笑むと、私の義肢にも変に気遣う素振りを一切見せず、自然な動作で私の鞄をひょいと持ち上げた。
「席までご案内してあげよう」
その気取った一言と自然体な動作で、教室を覆っていた重苦しい緊張が一気に溶けていく。 本当に、相変わらずの人たらしだ。てか、自分の席ぐらい知ってるっての。
そんなこんなで朝礼が終わり、一限目の移動教室へ向かうため、2階から1階へと階段を降りていた時のこと。 手すりを握り、一歩一歩慎重に脚を踏み出していたつもりだった。
(ーあ、——っ)
頭で出された、「足をあげる」という命令を義足が実行するのが、わずかに遅れる。つま先が階段の縁に引っかかり、身体の重心がぐらりと前に傾いた。視界が急速に下へと落ちていく。
事故の記憶がフラッシュバックし、血の気が引いた。
(落ち——!)
ギョッと目を剥いた瞬間、お腹にぽすっと温かい手が添えられた。
ぐっと強い力で身体を引き戻され、私の背中は誰かの胸の中にすっぽりと収まる。 落ちかける身体を受け止めたのは、後ろを歩いていた朱里だった。
「——っと。あぶないあぶない」
耳元で聞こえる、少し低めの落ち着いた声。
「大丈夫? 怪我はない?こごみ」
「あー、うん。ありがとう……」
心臓がバクバクと暴れる中、見上げると至近距離に朱里の綺麗な顔があった。 そのあまりにスマートで完璧すぎる救出劇に、一緒に階段を降りていたクラスの女子たちが「キャーッ!」「朱里様、格好良すぎる……!」「映画のワンシーンじゃん……!」と悶絶したような声を上げている。しているのかも。
当の朱里は「みんな大袈裟だなあ」と苦笑いしながら、私を抱き起こす手を緩めない。
(……はぁ。本人は全くの無自覚なんだからタチが悪い)
こういうところが「人たらし」なんだよなぁ、と。 朱里の腕の中で心臓を鳴らしながら、私は密かに深いため息をついたのだった。
ーー
朱里に助けられ、なんとか無事に復帰初日の学校生活を終えた。
帰り際も「家まで送ろうか?」と過保護な王子様スマイルを向けてくる朱里を「大丈夫だから!」と半ば押し切るようにして辞退し、私は夕暮れの街を歩いて帰路についた。
ぎこちない脚を引きずっての移動は、想像以上に体力を削る。 玄関のドアを開けた頃には、全身に鉛のような疲労感がのしかかっていた。
「ただいま……」
「おかえりこごみ! 学校どうだった?」
靴を脱いでリビングへ入ると、父と母がどこかわくわくしたような、いかにも何かしようとしてますというような、落ち着かない様子で私を迎えてくれた。テーブルの上には、まだ湯気が立つ温かい紅茶と、少し上質な紙で包装された小箱が置かれている。
「……? 何、これ」
「ははは、まあ座りなさい」
父に促されてソファに腰を下ろすと、母が笑顔でその箱を私の目の前に押し出してきた。
「リハビリ、本当によく頑張ったわね。これは、私とパパからの復帰祝い」
「復帰祝い……?」
リボンを解き、箱の蓋を開ける。 中に収められていたのは、重厚な深紺色のカードと、そこに流麗な装飾文字で刻印された一つのタイトルだった。
——『E I G H T N O C T U R N E S』。
「これ……今すごく話題になってる、BMIMMOの……?」
たしか、超大な世界で好きに生きれるとかいう…
「そうよ。担当のお医者様にも相談したの。睡眠中の脳波を利用したフルダイブ技術だから、今のこごみの身体にも一切負担がかからないって」
父が優しく私の肩に手を置いた。
「現実の身体は、まだリハビリが必要で不自由なことも多いだろう? だから夜くらいは……その世界で、思いっきり自由に走り回っておいで」
両親の温かい言葉が、胸の奥にすっと染み込んでいく。 過保護だなんて思ってごめんなさい、と心の中で呟きながら、私は「……ありがとう」とカードを強く握りしめた。
ーー
ソフトのインストールは、物理的な端末接続ではなく視覚読み取り式だ。 カードの裏面に印刷された複雑な暗号コード——幾何学模様の陣のようなデザインをじっと見つめる。
(視覚スキャン、開始——)
瞳孔がコードを認識した瞬間、視界に青い光のシステムウィンドウが立ち上がった。
『BMIチップへの新規アプリケーションのアクセスを確認』
『データパッケージ:【E I G H T N O C T U R N E S】のライセンスを照合中……』
『インストールを開始します。推定完了時間:15分』
脳内に直接流れてくる心地よいシグナル音と共に、データの読み込みが進んでいった。
諸々のことが終わり、自室のベッドに横たわる。何気無しに天井を見上げる。 いつもなら「不自由な明日」を思って少し気が重くなる夜。けれど今夜は違った。
『ユーザーの睡眠移行を検知、『E I G H T N O C T U R N E S』を起動しますか?YES/NO』
脳内でYESを選択し、私はゆっくりと目を閉じる。 目を閉じれば、そこには何が待っているのやら。
重い肉体を脱ぎ捨てて、私は新しい世界へと落ちていった。
拙作を最後まで読んでくださり本当にありがとうございます。
誤字脱字、文章の謝りの指摘大歓迎です。
是非是非、感想評価等お願いいたします。ぺこり




