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結末はいつも本能寺 本能寺メンバーの日常  作者: 本能寺


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第一話「清須の驚異・ユガキヤの洗礼と革新の半券」

第一話「清須の驚異・ユガキヤの洗礼と革新の半券」

 愛知県清須市。

 かつて織田信長が天下布武の足がかりとし、歴史の表舞台へと駆け上がったこの歴史ある地に、現在、一つの狂気的な喫茶店が存在している。

 その名は、喫茶『本能寺』。

 従業員の「怒り」や「哀しみ」といった負の感情を熱源に変換する、法令との境界線を全力疾走する巨大オーブンを備え、日々物理的な炎上と隣り合わせで営業を続ける、超絶ブラック企業である。

 しかし、いかに狂った店であろうと、物理法則と人間の体力の限界には逆らえない。

「……奇跡だ。本日のランチタイム、奇跡的に死者も出ず、店も全焼せずに乗り切った……」

 店長である明智光秀は、黒く焦げついたエプロンを外し、定位置である胸ポケットから取り出した胃薬のシートから錠剤を「プチッ」と押し出すと、水なしでガリガリと噛み砕きながら深い安堵の息を吐き出した。

 現在時刻は午後三時。魔のランチピークが過ぎ去り、奇跡的に客足が途絶えたこのタイミングで、オーナーである織田信長が「一時間の休憩を取る」という、この店が始まって以来の歴史的宣言を下したのだ。

 光秀、財務担当の丹羽長秀、そして万能バイトリーダーの羽柴秀吉。

 彼ら三人は、信長に引き連れられる形で、喫茶本能寺の近くにある大型地元スーパー『ヨピタ』の中へと足を踏み入れていた。

「して、秀吉よ。貴様が『この辺りで手っ取り早く、かつ最高のコスパで腹を満たせる場所がある』と言うからついてきたが……ここはただのスーパーのフードコートではないか」

 信長は、周囲で買い物帰りの主婦や学生たちが談笑する平和な空間を、鋭い鷹のような目つきでぐるりと睨みつけた。威圧感だけで周囲の空気が数度下がったような錯覚すら覚える。

「まあまあ、お館様! 焦りなさんな!」

 秀吉は得意げに鼻を鳴らし、フードコートの一角にある、赤と白を基調としたポップなデザインの店舗をビシッと指差した。

「愛知で小腹が空いたと言えば、ここしかありませぬ! 東海地方の民の血肉、ソウルフードの頂点! その名も『ユガキヤ』ですわ!」

「ユガキヤ……?」

 信長は怪訝な顔をした。

「なんだその店は。聞いたこともないぞ」

「えっ」

 秀吉の顔から、スッと笑顔が消えた。

「……いやいや、ご冗談を。お館様はともかく、明智殿や丹羽殿はご存知でしょう?」

「いや、全く知らないが」と光秀。

「私も、存じ上げませんね」と、丹羽が銀縁眼鏡を中指で押し上げながら冷ややかに答えた。

「なっ……!?」

 秀吉は、まるで信じられないものを見るかのように大げさな身振りで三人を見回した。

「嘘でしょ!? 俺たち、今どこに店構えてると思ってんですか! 愛知県清須市ですよ!? 清須に住んでてユガキヤを知らないなんて、ハワイに行って海を知らないって言うようなもんですわ! 名古屋人、いや愛知県民なら、親の顔より見た赤と白の看板! そしてそこに描かれたあの独特のマスコットキャラクター! これを誰も知らないなんて……!」

「なぜお前はさっきから名古屋人代表みたいな顔をしているのだ、秀吉。我々は仕事でこの清須にいるだけで、お前のような生粋の地元民ではないのだから当然だろう」

 光秀が冷静にツッコミを入れるが、秀吉はショックでわなわなと震えている。

「くっ……よろしい。ならば今日という今日こそ、皆様に『ユガキヤ』の恐ろしさ、いや、偉大さを骨の髄まで叩き込んでさしあげましょう!」

 秀吉に促されるまま、三人はユガキヤの注文カウンターの上にあるメニュー表を見上げた。

 その瞬間。

「なっ……!?」

 信長が、目を見開いて絶句した。

「おい、光秀。余の目が狂ったのか? あの『ラーメン』と書かれた商品の価格……ワンコインでお釣りが来すぎるほどの格安ではないか」

「……いえ、オーナー。私の目にも間違いなく、信じがたい低価格と映っています」

 光秀もまた、冷や汗を流しながらメニュー表を食い入るように凝視していた。

「馬鹿な!」

 信長がバンッとカウンターを叩いた(注文カウンターの店員がビクッと肩を揺らした)。

「ラーメンといえば、スープを仕込み、麺を打ち、具材を揃えるという、凄まじい原価と手間がかかる料理のはず! それがこれほどの低価格だと!? 利益など残るはずがない! 我が『本能寺』ですら、客の感情を熱源にするという狂ったコストカットを行ってギリギリだというのに! まさかこの店、背後に何か恐ろしいからくりでもあると言うのか!?」

「オーナー、公共の場で我々のブラック経営を引き合いに出すのはやめてください。通報されます」

 光秀は胃の痛みを堪えながら、必死で周囲の視線を気にしていた。

「ですが、確かに異常な価格設定です。丹羽殿、財務の観点から見てどうですか」

 丹羽長秀は、手元のバインダーに猛烈な勢いで数式を書き込んでいた。ペンの動きが早すぎて残像が見えるほどだ。

「……あり得ません。スケールメリット(規模の経済)を極限まで追求したとしても、この価格帯で本格的なラーメンを提供し、かつテナント料と人件費を賄うなど、通常のビジネスモデルでは不可能です。この店、ただの可愛らしいマスコットを掲げているだけではないな。背後には、とんでもない低価格経営の仕組みが隠されている……!」

「ガハハハハ!」

 信長は突如として高笑いした。

「面白い! 見事な低価格戦略だ! ただの看板と見せかけて、背後に冷徹なまでの経営合理化を秘めているとはな! よし、秀吉! 全員分のラーメンを買ってこい!」

 数分後。

 ピーピーピー、とけたたましく鳴る呼び出しベルと引き換えに、秀吉が四つのトレイを運んできた。

 赤と白の小ぶりなどんぶりからは、豚骨のまろやかさと、和風出汁の香りが混ざり合った、独特の芳醇な香りが立ち上っている。

「さあ、冷めないうちにどうぞ!」

 秀吉がドヤ顔で言うと、信長は無造作にどんぶりの脇に添えられた『それ』を手に取った。

「……ん? 秀吉、なんだこの奇妙な金属は」

 信長が顔の高さに持ち上げたのは、スプーンの先端に、フォークのような四本の切り込みが入った、異形の食器だった。

「ああっ! お館様、よくぞ聞いてくれました! それこそが、ユガキヤが世界に誇る大発明、『ラーメンフォーク』ですわ!」

「ラーメン……フォーク?」

「はい! スープを飲むための『レンゲ』と、麺をすくうための『フォーク』。その二つの機能を一つに融合させた、究極のハイブリッド食器! これさえあれば、右手に箸、左手にレンゲという両手持ちの煩わしさから解放され、片手で麺とスープを同時に楽しむことができるんです!」

 その言葉を聞いた瞬間、信長の脳内に落雷のような衝撃が走った。

「機能の……融合、だと……!?」

 信長は、手の中のラーメンフォークを震える手で見つめた。

「『麺をすする』アクションと、『スープを飲む』アクション。従来の食事では、箸とレンゲを持ち替えるという無駄なタイムロスが発生していた。だが、このフォークを使えば、そのコンマ数秒のロスを完全にゼロにできる! これは……戦場で言えば、火縄銃の『三段撃ち』に匹敵する、圧倒的なオペレーションの革命ではないか!!」

「そ、そこまで大げさなものでは……」と光秀が引いているのも構わず、信長は目を爛々と輝かせた。

「すばらしい! 一つの道具に複数のタスクを統合することで、顧客の食事時間を短縮し、結果として客席の回転率を爆発的に引き上げる! このラーメンフォークの設計思想、我が本能寺にも導入するぞ! 光秀! 明日からホットサンドを焼く鉄板で、同時にコーヒー豆を焙煎し、ついでにお前の胃薬も調合できる新兵器を開発しろ!」

「無茶苦茶言わないでください! 味が全部混ざって地獄になりますよ!」

 光秀の悲痛なツッコミを無視して、信長はラーメンフォークで器用に麺とスープをすくい、豪快に口に放り込んだ。

「美味い! 豚骨のコクと和風出汁の優しさが融合した、脳髄に直接訴えかけてくるような旨味! これがソウルフードというやつか!」

 一方で、一人だけどんぶりを前にして、ひどくテンションの低い男がいた。

 財務担当・丹羽長秀である。

「……麺類、ですか」

 丹羽は、愛用の銀縁眼鏡の奥で、親の仇を見るような目でラーメンを睨みつけていた。

「私は常々申し上げているはずです。日本人たるもの、主食は『米』でなければならないと。パンや麺などという腹持ちの悪い軟弱な炭水化物では、過酷な午後の業務を乗り切ることはできません。なぜ、わざわざ外食に来てまで小麦を摂取せねばならないのですか。私は帰り――」

「まあまあまあ! 丹羽殿、そう言うと思って、ちゃんと用意してありますよ!」

 秀吉が、まるで手品師のように、丹羽のトレイの上に小さなどんぶりをトンと置いた。

 そこには、醤油と出汁の色に美しく染まった、艶やかなご飯が盛られていた。

「こ、これは……!」

「ユガキヤ名物、『五目ごはん』ですわ! ラーメンとセットで頼むのが、愛知県民の絶対的なジャスティス!」

 丹羽は、震える手で箸を取り、五目ごはんを一口、ゆっくりと口に運んだ。

 咀嚼する。

 ――次の瞬間。

 丹羽の目から、一筋の美しい涙がツーッと頬を伝い落ちた。

「……完璧だ」

「丹羽殿!?」

 普段は冷徹な計算機のような丹羽が涙を流したことに、光秀が驚愕の声を上げる。

「……素晴らしい。なんという計算し尽くされた味わいか。具材の旨味が米の一粒一粒にまで浸透し、絶妙な硬さに炊き上げられている。そして何より……この五目ごはんの優しい和風出汁の風味が、ラーメンのスープと合わさることで、口の中で完璧な『バランスシート』を完成させている……!」

 丹羽は、猛烈な勢いで五目ごはんをかき込み、ラーメンのスープですすり流した。

「炭水化物と炭水化物のぶつかり合い。それは一見して暴挙に見える。だが、このユガキヤにおいては違う! ラーメンが『攻め』の投資であるなら、この五目ごはんは『守り』の内部留保! この二つがセットになることで、圧倒的なシナジー効果を生み出しているのです! 見事……見事すぎるぞ、ユガキヤ!」

「丹羽殿が、ただの炊き込みご飯に狂喜乱舞している……」

 光秀は、同僚たちの予想外すぎる熱量に、ただただ圧倒されていた。

「しかし、秀吉。一つ解せないことがある」

 ラーメンを平らげた信長が、口元を拭いながらメニュー表を指差した。

「あの看板の端にある『クリームぜんざい』や『ソフトクリーム』……あれはなんだ。なぜ、ラーメン屋のメニューに本格的な甘味が存在しているのだ? うどん屋にケーキを置くようなものではないか。ブランドのコンセプトがブレているのではないか?」

 信長の鋭い指摘に、秀吉はニヤリと笑った。

「お館様、しょっぱいラーメンの後に甘いソフトクリーム! この誘惑のコンボこそ、ユガキヤの真骨頂! 塩分と糖分の無限ループによって、客の満足度は天元突破するんですわ!」

「なるほど」と光秀が顎に手を当てる。

「確かに、塩気のあるものの後に甘いものが欲しくなるのは人間の生理的欲求。そこを一つの店舗で完結させることで、客単価を上げる戦略としては理にかなっています。……しかし、秀吉殿」

 光秀は、眼鏡をスッと押し上げた。

「大きな欠陥がありますよ。ラーメンとソフトクリームを『セット』で注文した場合、熱々のラーメンを食べている間に、ソフトクリームはドロドロに溶けてしまう。かといって、ラーメンを食べ終わってから再びレジの長蛇の列に並び直してソフトクリームを追加注文するのは、顧客体験(UX)として最悪です。このオペレーションの矛盾、一体どう解決しているのですか?」

 光秀の鋭い論理的追及。

 しかし、秀吉は慌てるどころか、勝利を確信したような笑みを浮かべ、ポケットから一枚の小さな紙切れを取り出し、テーブルの上に叩きつけた。

「……な、なんだそれは?」

「フフフ。この店でセットを頼むと、店員さんはこう聞いてくるんです。『甘いものは、後からお持ちしますか?』と。そこで『はい』と答えると、この紙切れ――『半券』を渡されるんですわ!」

「半券……だと?」

 信長と光秀が、身を乗り出してその小さな紙切れを凝視した。

「客はまず、ゆっくりとラーメンを食べる。そして食べ終わり、自分が『一番デザートを食べたい最高のタイミング』になったら、この半券を持って受け渡し口へ行く。すると、店員さんはその場ですぐに、キンキンに冷えたソフトクリームを作って渡してくれる! つまり!」

 秀吉は両手を広げ、フードコートの中心で声高らかに宣言した。

「この半券一枚で、『溶ける問題』も『並び直す手間』も、すべて一挙に解決しているんですわァァァッ!」

 ガタッ!!

 信長と光秀が、衝撃のあまり椅子を蹴立てて立ち上がった。

「物理的なトークンを用いた、タスクの非同期処理……だと!?」

 光秀が両手で頭を抱え、震える声で叫んだ。

「注文と決済という重いプロセスは最初に一括で処理し、『商品の生成と提供』というタスクのみを、顧客側からの任意のシグナル(半券)によって遅延実行させているのか!? これなら、厨房側はオーダーの渋滞をコントロールでき、顧客側は常に最高の状態で商品を受け取れる! なんという洗練されたワークフロー! 最新のシステム構築手法そのものではないか!」

「恐るべし、ユガキヤ……!」

 信長は、わなわなと震える手でその半券をひったくった。

「客のタイミングに合わせて、リソースを最適配分する仕組み……! これを考えた奴は、間違いなく天下を獲れる器だ! よし、光秀! 我が『本能寺』でも直ちにこの半券システムを導入するぞ!」

「ど、どのように導入するつもりですか!?」

「決まっておろう! クレーム対応の『後回し半券』だ!」

 信長は、フードコート中に響き渡る声で高笑いした。

「客から『ホットサンドが焦げている!』と文句を言われたら、『クレームは後からお伺いしますか?』と聞いて半券を渡すのだ! そして客が食い終わってから、たっぷりと余の説教を食らわせてやる! これなら接客中のタイムロスはゼロだ! ガハハハハ!」

「それはただの現実逃避と逆ギレのシステム化です! 火に油を注ぐだけですよ!」

 光秀の悲痛なツッコミが響く中、秀吉は一人、半券と引き換えてきた特製クリームぜんざいを美味しそうに頬張っていた。

「うんうん、やっぱりこの甘さが最高だぎゃ。……あ、お館様、明智殿。休憩時間、あと五分で終わりますよ」

「なにっ!? いかん、早く戻って夜の分の『怒り』を溜めねば!」

「だからなぜ怒りを溜めることを前提に営業しているんですか我々は……ッ!!」

 愛知県清須市、某スーパーのフードコート。

 一杯のラーメンと、一本の奇妙なフォーク、そして一枚の小さな半券。

 それだけのものが、狂気の喫茶店『本能寺』の経営陣に、強烈なイノベーションの風を吹き込んだ。

 この日得たインスピレーションが、後日、本能寺の厨房をさらなる地獄のシステムへと変貌させることになる。

 ……本能寺において、「イノベーション」という言葉ほど危険なものはない。


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