閑話「仙吉の孫」
仙吉の孫は祖父とは似ていなかった。背が高く、無口で、愛想がなかった。仙吉のような大声もなく、豆腐を押しつけてくることもなく、客が来れば黙って豆腐を出し、黙って代金を受け取った。
佑が秋に訪ねると、孫は土間で豆腐を切っていた。
佑は、そこで足が止まった。
切り方が、仙吉と違った。包丁の角度も、手の位置も、違う。しかし、豆腐をまな板に置く直前の一瞬——右手でそっと支えながら、親指の付け根で柔らかさを確かめる、あの動き——それだけが、まったく同じだった。
仙吉が三十年かけて身につけた、豆腐への触れ方。
孫は、それを知らないまま持っていた。
佑はしばらく動けなかった。
「何か」
孫が振り返った。
「……いえ」
「豆腐ですか」
「はい」
孫は黙って一丁切り、皿に乗せた。醤油も生姜も出なかった。「好きに食え」ということらしかった。
佑は縁側に座って、豆腐を食べた。
味は、違った。仙吉の豆腐とは違う。大豆の産地も、にがりの量も、少し変わっている。孫なりの豆腐だった。
しかし、口に入れた時の感触が——あの柔らかさが——どこかに仙吉を残していた。
「おじいさんに教わりましたか?」
「あまり」
孫は土間で片づけをしながら言った。
「見て覚えた」
「そうですか」
「うるさい爺だったから、言葉より見る方が早かった」
佑は笑った。仙吉が聞いたら怒るような言葉だが、仙吉が聞いたら喜ぶような言葉でもあった。
帰り際、孫が「また来い」と言った。
仙吉と同じ言葉だった。声は全然違うのに、佑には同じ声に聞こえた。
人間はこうして継承するのか、と思った。
言葉ではなく、手の動きで。声ではなく、豆腐の柔らかさで。
それが何かを——仙吉が佑に押しつけた「値段のつかないもの」と同じ何かを——孫もまた、誰かに押しつけるのだろう。
等価交換の外で、代々受け継がれていくものが、ある。




