第31話 衣替えと相合傘
席替えから一週間程が経ち、自分の席を間違える人も完全にいなくなって新しい席に馴染み始めた頃。同時に梅雨が始まりつつあった。
雨が降る日が多くなり、皆も空同様に暗く落ち込み気味になっている。
同時に衣替えの季節でもあり、授業終わりのホームルームで先生から明日から夏服でもいいという旨が伝えられた。
ジメジメとして特段暑くはないが、長袖だと自然と汗が滲み出てくるくらいにはなっていたので助かる。
「ねぇねー柊くん」
「ん?」
帰り支度をしていると七月さんから声を掛けられ手を動かしながら視線を向ける。
「明日から夏服着てくる?」
「まぁ俺はそのつもりだけど、なんで?」
「いやぁ、私も夏服にしようかなって思ってたんだけどさ? もし明日学校きて、私だけ夏服だったらなんか一人だけ目立って恥ずかしいなーって」
「あぁそういう……確かに」
教室に入ると俺だけ夏服だった場合の想像をしてみるとなんとも言えない居心地の悪さ抱いた。
こんな事を気にするのはきっと日本人だけなんだろうなと思いながら「ジメジメして結構汗かくから夏服で行くよ」と七月さんに告げる。
「そかそか、じゃ私も明日から夏服で行こっ! ……あ! 裏切らないでよ?!」
「いやそっちこそね?」
あははと笑い合うと俺は帰る準備が終わったので「それじゃ」と軽く手を挙げる。
「うん、また明日ね。バイバイ」
「ば、バイバイ……」
七月さんが手を振ってきたので、少し恥ずかしかったが俺もバイバイと手を振り返し帰路についた。
……バイバイって言うの結構恥ずかしくない?! いつもなんて言ってたっけ? 「またね」とか「じゃあね」とかだったっけ?
七月さんに釣られてバイバイって言ったけどキモくなかったかな……。
「あ、おはよー」
「ん、おはよう」
教室に着き席に荷物を置きながら隣の席に座ってスマホを見ていた七月さんに挨拶を返すとニヒヒと笑い声が聞こえてきた。
「なに?」
「いやー? ちゃんと夏服で来てくれたーって思って安心した」
「はは、なにそれ」
「いやー柊くん来るまでちょっと不安だったんだよ?」
「あーね?」
まぁ確かに待ってる方が不安ではあるか。
教室を見渡すと渡辺さんや小野さん、桃沢さんも夏服になっていたので恐らく七月さんが皆にも俺と同じような事を言っていたのだろう。
俺が来る前に他の夏服の人が来てたから不安は嘘だろ。
そう思ったが別にそこまで気にすることではないなと席に着く。
「柊くん腕ほっそいね」
「あーそう?」
「うんほら、私と同じくらいじゃん!」
机の上に置いていた俺の腕に七月さんが自分の腕をなんの躊躇いもなくくっつけて来た。
直接肌と肌が触れ合う感触がして七月さんの体温が左腕に微かに伝わってくるのを感じながら「あはは」と愛想笑いをする。
「ちゃんと食べてる?」
「まぁそれなりには」
「そっか、それならいいんだけど」
放課後、空は暗くいつ雨が降り出してもおかしくないような雲が漂っている中、傘を持ってきていない人達は急いで帰り始めていた。七月さんも持ってきていなかったのか、足早に教室を出ていった。
キラッと一瞬光った数秒後に轟音が響くとポツポツと雨が振り始めるのが視界に映った。
降り出してから10秒も経っていないのにも関わらず、雨の量は一気に多くなり気が付けば土砂降りになっていた。
俺も折り畳み傘はあるとはいえ、この土砂降りだったらあまり意味を成さないかもなと思いながら昇降口に行くと七月さんが扉の前で空を見上げているのが目に入る。
「七月さんどうしたの?」
「いやぁ、傘持ってきてなくて急いで帰ろうとした瞬間これだよー」
「あぁね、急いで帰った人達は今頃ずぶ濡れだろうね……」
「そうだねぇ……」
学校を出て直ぐだった人は流石にヤバいなと思ったのか、昇降口に戻ってきている人もいた。
「わーもう、最悪濡れたー」
「雨やばいねー」
「止むかな……」
周囲の声に共感を抱きながら、俺は一応尋ねてみることに。
「職員室に置いてある貸出傘はもうないよね?」
「うん、ダッシュで行ったけどもう無かったんだよねー」
元々今日は曇りで降水確率も低かったので、七月さんと同じように傘を持ってきていない人が多かったんだろう。
この雨だと流石に俺も帰るのは憚られたので七月さんと一緒に弱くなるのを待つことに。
「……そういえば来月テストだね」
「あ、もう! 忘れてたのに何で言うかなー!」
「えぇ……ごめんって」
「ふふ、いいよ」
「でもテスト終わったら夏休みだよ」
「あ、そうじゃん! 早く夏休み来ないかなー!」
コロコロと直ぐに表情を変える七月さんを見ていると、この暗い空に飲まれて落ちていく気分も明るいものに変わっていく。
七月さんの周りだけ常に晴れているみたいな錯覚に陥りそうになる。
「夏休み何かしたい事とかあるの?」
「そうだなー定番の海とかプールとか行きたいし、夏祭りは絶対行くでしょーそれから――……」
まだテストすらしていないけれど、更に先の夏休みの話に花を咲かせていると少し雨が弱くなってきていた。
「あ、今なら帰れそう! それじゃ!」
「あ、待って七月さん!」
「ん?」
今にも走り出して帰りそうな七月さんに焦って声を掛けると、七月さんは振り向き困惑した表情を浮かべる。
「俺折り畳み傘あるから一緒に帰らない?」
「……え?」
七月さんは俺の手にある折り畳み傘と顔を交互に見ながら迷いを見せる。
このままだと断られるなと思った俺は傘を広げ強引に七月さんを入れると「ほら行くよ」と歩き始めた。
「え、ええぇぇ?! ちょ、強引だね?!」
「こうでもしないと断ってたでしょ」
「いや、まぁそうだけどさ……なんで?」
「目の前で友達が傘なくて困ってたら入れてあげるでしょ普通」
友達が困ってるのにそれを助けず自分一人だけ傘を差して濡れずに帰るとかできる訳ない。
風邪を引かれでもしたら、後悔の念に苛まれそうだし。
「そ、そっか。ありがとね!」
下から覗き込むようにして満面の笑みを向けられ、反射的に腕だけ動かさず距離を置く。
「え? ちょっと、柊くん? もっと寄らないと濡れちゃうよ?」
そう言って七月さんは傘を持っている俺の手を掴んで位置を調整すると濡れないように密着してきた。
この人無自覚でこういう事やってるのかなまじで。
ただでさえ普通より小さい折り畳み傘。俺は近すぎると歩きにくいという理由を付けて何とか少し距離置く事に成功した。
ほぼ俺の左半分は濡れていてそれに七月さんも気付いているようだったが「ありがとね」と再びお礼を言うだけで、俺が折れないのを悟ったのか何も言ってこなかった。
話すことが思いつかず沈黙が流れるが、雨が傘に当たる音が心地よくて不思議と気まずくは無かった。
七月さんがどう思ってるかは分からないけど。
暫く歩き分かれ道が近づくと歩くスピードがゆっくりになり、久しぶりに七月さんが口を開いた。
「私こっちなんだけど柊くんは?」
「あー俺あっちなんだよね」
ずっと同じ方向に帰るとは思ってなかったけど、どうやらその時が来てしまったらしい。
思ったよりも早かった。
ここからまだ家までは結構あるけど、走って帰れば大丈夫だろうと判断した俺は軽く息を吸い
「俺そんな遠くないから走って帰るわ。それじゃ!」
と有無を言わせず傘を七月さんに渡し走り始める。
「え、ちょっ! 柊くんっ!?」
後ろから七月さんが何かを言っているが雨の音でよく聞こえなかった。
七月さんと分かれた後雨が激しくなり、家にたどり着く頃には結局俺はずぶ濡れになっていた。
次の日熱が出て俺は学校を休むことに……みたいな展開にはならず普通に元気に登校した。
くっそ、ワンチャン風邪引いて休めるかと思ったのに。七月さんからお礼にお菓子貰えたのは嬉しかったけど。
〇七月明奈視点〇
柊くんが私に傘を押し付けてそのまま走って帰ってしまった。
……なんか今日の柊くんはいつもより強引だったな。ちょっとドキッとしちゃった。
柊くんは明らかに濡れてるのに私が絶対に濡れないようにしてくれてたし、気遣いし過ぎだよ……。
私のせいで風邪とか引かないといいけど……。
てか今更だけど、男の子とあんなに密着したの初めて過ぎてやばい! 私臭くなかったかな?! あぁぁもう、今更だけど恥ずかしくなってきた。
今度ちゃんとお礼しないと!
「ただいまー」
「あ、おかえりー。お母さーん、お姉ちゃん帰って来たよー!」
「はいはーい……あれ? 明奈その傘どうしたの?」
紗英の声掛けで夜ご飯を作っていたのかお母さんがリビングから出てくると、私の手に持っている傘を見て首を傾げた。
「あーえーと、友達が貸してくれた」
「そうなの? よかったねー。明奈傘持って行ってなかったから心配だったの。ちゃんとお礼しなきゃね。誰なの?」
「いやいい! 自分でちゃんとお礼するから!」
「そう? ならいいけど」
お母さんからタオルを受け取り濡れた靴下を脱ぎ、足を拭いているとやり取りを見ていた紗英がニヤニヤしながら話しかけてきた。
「もしかして彼氏ぃ?」
「違うよ!?」
「ふーんそっか」
紗英はつまらなそうな顔をするとリビングに引っ込んでいった。
そういえば前の体育祭の時も柊くんの事彼氏かどうか聞いてきたっけ。紗英もやっぱり恋愛には興味がある年頃なんだなぁ……。
翌日柊くんは学校を休むことなく登校してきた。どうやら体調も悪くなさそうだったのでほっとした。
でも本人は何故か風邪引けなくて悔しがってて面白かった。お菓子も喜んでくれたみたいでよかった。




