第21話 来年の体育祭は
午後の部も次々と競技が終わっていき、3年生のフォークダンスの時間になった。
水道で水分補給を終えテントに戻る途中、七月さんも同じだったのか横に並んでくるとグラウンドの方を見ていた。
俺もそれに倣いフォークダンスをしている3年生の方を見る。踊っている中には気だるげにしている人もいたが、殆どの人が楽しそうに笑顔で手を繋ぎながら踊っていた。
「来年は俺達もあれやるのか……」
「そうだよ、楽しみだね」
「そう? 俺はそんなにかな……」
異性の人と手を繋いだ事が無くてきっと手汗やばいんだろうなとか。俺と手を繋ぐの嫌がられたらと想像したら怖くて楽しみではない。
「あー、でも家族とかに見られるのはちょっと恥ずかしいかもね?」
自分が異性と手を繋いで踊っている姿を家族に見られて何か言われるのを想像したのか、七月さんは目を逸らし照れながら笑う。
「確かに、それは嫌かも」
俺もそれを想像して苦笑した。
帰ってからあの中に好きな子とかいたの? とか女子と手繋げて良かったなって言われるかもしれないと思うと憂鬱でしかない。
「来年はサボるか……」
「えぇ?! なんで?!」
「だって踊りたくなくなってきたから」
「えー私がいるよ?」
「はは、何それ」
別に付き合ってるとかじゃないのに、そう言う七月さんがおかしくて笑ったが七月さんは純粋な目をしていた。
「…………っ?!」
七月さんは突然歩みを止めたかと思うと俺の正面に向き直り、ギュっと手を握ってきた。
突然の事に困惑して、数秒間見つめ合うだけの時間が流れる。
俺が目を逸らしそうになった瞬間七月さんはふっと小さな息を吐いた。
そして七月さんは握っている俺の手に少しだけ力を入れると、どこか儚げで、それでいて真っ直ぐな眼差しで俺を見つめ返した。
「ねぇ……」
七月さんは少しはにかむように微笑んでから次の言葉を紡ぐ。
「――私と踊るのは、いや……?」
面と向かってハッキリと口にされた言葉に俺はゴクリと喉を鳴らす。
七月さんと手を繋ぎ、見てるこっちも楽しくなってくるような笑顔を向け来て、そして俺もいつの間にか笑顔になって、二人で笑い合いながら一緒に踊る。
そんな姿が簡単に想像できた。
「……それは、悪くないかも」
「……でしょっ?」
七月さんは前かがみで後ろ手を組んで俺の顔を覗き込むとニコッと笑った。
俺はその笑顔を受け止めきれず目を横に逸らす。
そして照れるのを隠すように俺は「他の人よりかはってことだよ」と誤魔化した。
「ええぇー! なにそれ酷い」
「はは、でもまぁ来年も同じクラスになれるとは限らないしね」
「そうだけど……フォークダンスはクラス関係ないから心配いらないよ」
「あ、そっか」
確かにそうだと笑い合いながら俺達は3年生が踊り終わるまでただ静かにグラウンドを眺めていた。
心で何を思っているのかはお互い分からないが、不思議と気まずくなく寧ろ心地良い時間だった。
全部の競技が終わり、閉会式。団毎の得点が発表され優勝の団が告げられた。
俺の団は見事優勝することができた。
「優勝できたのは皆のお陰です。皆が今日まで頑張ったから、そして今日思いもよらないアクシデントもあったと思います。でも、そんな中皆で励まし合い、応援し合い優勝できた事、本当に嬉しいです。高校生最後の体育祭、皆と優勝できてよかったです。本当にありがとうございました!」
涙ぐみながら、団長がみんなに言葉を贈っているのを座りながら聞いていると俺の視界も僅かに滲む。
でもここで俺も涙を流したら後から絶対からかわれるだろうし、からかわれなくても恥ずかしいのでグッと堪える。
言い終わった後に堪えていた涙が溢れてきたのか、嬉し涙を流す団長の表情を見ると勝ち負けにあんまり興味がなかったのに不思議と勝てて良かったなと安堵と嬉しさがこみあげてきた。
応援団の他の団員も一人ずつ思い思いに言葉を伝える。やり切って涼しい表情をしている人、満面の笑みでお礼を伝える人。
2年生の団員は団長達から学んだことを活かして来年も頑張るので同じ団になった人はよろしくお願いしますという挨拶をする人など様々だった。
ふと他の団に目を向けると、何を言っているのかは聞こえなかったが団員の殆どが悔し涙を流しているのが見えた。
俺はそれを目にし、複雑な気持ちになる。勝ちたかっただろうな。負けて悔しいだろうな。きっと負けていたら3年生を勝たせてあげられなかったとういう気持ちにさせられたんだろうな。
高校最後の体育祭、本気でやってた気持ちが伝わってきて胸が締め付けられた。
最初は憂鬱だった体育祭に、気が付けば俺ものめり込んでいた。
感情をどこに向ければいいか分からないまま、話は終わり写真撮影に移る。
「どうした七緒?」
「え? 何が?」
「いや浮かない顔してるから」
光から声を掛けられこの気持ちを吐き出したくなったが、クサい話になるだろうから大勢がいる中でするのは流石に恥ずかしいなと思い直した。
「後から話すわ」
「おう」
光はそう一言返事をするとそれ以上何も聞いてこなかった。
団の多人数での写真撮影が終わった後、今度はクラスで集合写真を撮影。
「あ、やっほ!」
「お、おぅ」
時間短縮のために並び順とかは適当だったのだが、偶然にも隣は七月さんだった。
「凄い偶然だね」
「そうだね」
隣に光や海もいたのでそんなに話しをすることはなく撮影は終わった。
きっとこの写真は卒業アルバムに載るんだろうなと思いながら変な顔してなかったかなとか、髪型変じゃないよな? と不安になったが七月さんと隣で写れてよかったかもしれない。
勿論さっきも女子の中で撮ったりツーショットを撮ったりもしたのだがまたそれとは違う、言葉では言い表し難い良さが確かにあった。
大人になってから見返したらこの頃は青春してたなぁってきっとなるんだろうな。と先の事を想像してフッと息を吐いた。
クラス撮影が終わり先生を取り囲むように集まり話を聞く。
「優勝おめでとう」や、「練習よく頑張ったな」とかありきたりではあるけど気持ちの籠ったその言葉に皆も清々しい表情をしていた。
先生の嬉しそうな顔そんなに見ないから新鮮だな。
先生の話も終わりに差しかかり解散となったところで一人の男子が「せんせーい、リレーも1位取ったし優勝したのにご褒美ないんですかー?!」と抗議した。
「確かに確かにー!」
「先生なんかちょーだいよー!!」
それを皮切りにご褒美を望む声が次々と上がる。
流石に何もないんじゃ? と思っていたのだが先生は「よし分かった! アイス奢りだ!」と宣言した。
その次の瞬間、まさか本当にご褒美があるとは思っていなかったのか皆は一瞬の静寂の後に歓声が沸いた。
「うおおぉぉ!!!!」
「よっしゃぁぁぁ!」
「えー!!!! 先生あつ! 激熱!」
「先生さいこー!」
「よっ! 先生太っ腹!」
一瞬でお祭りのように騒がしくなった様子に流石の先生も苦笑するがすぐ微笑ましそうな表情に変わっていた。
その後ご褒美と言い始めた男子数人が先生からお金を受け取りダッシュでコンビニに向かいアイスを買ってきてくれた。
「いやぁまさか先生が本当にアイス奢ってくれるとは思ってなかったな」
「それな? 今日は奢られまくりだ」
「いいなぁ俺も光に奢って貰いたかったなぁー?」
「まだそれ言うかよ、アイスで充分だろ」
俺は奢って貰った身なので何も言えず「あはは」と乾いた愛想笑いをするしかなかった。
頑張った後のアイスは身に染みていつもより美味しく感じた。
一足先に食べ終わった俺は「ふぅ」と一息吐くとそれを待っていたかのように光が切り出してきた。
「七緒、結局さっき浮かない顔してた理由は?」
自分の感情を口にするのはやっぱり恥ずかしいけども、無駄な心配かけたくないので俺は「大した事じゃないんだけどね」と前置きしてから話始める。
「うちの団は優勝できたけどさ、他の団の人達が勝てなくて悔しそうに泣いてるのを見て何というか、もしかしたら俺もそっち側だったのかもって想像したら、複雑な気持ちになったんだよね」
端的に「ただそれだけ」と伝えると意外にも海が最初に口を開いた。
「素直に喜んでいいと思うけどな。だって俺達頑張ったじゃん」
それに続くように光が「そうだな」と頷くと俺の肩にポンと優しく手を置いてきた。
「確かに俺達が負けてた可能性だってある。けど、実際勝ったのは俺達だ。だからそんなもしもの可能性なんて考えなくていい。そんなの考えてたらキリがないだろ」
「まぁうん……そうだけど……」
「負けた側に勝者が何を言っても、慰めの気持ちを抱いてもそれは敗者からしたら屈辱でしかないぞ」
俺がもし負けた側で勝った人から哀れみの目を向けられたり励まされるのを想像すると確かに不快な感情になる気がする。
そこまで想像すると勝者は勝者らしく素直に喜ぶべきかと俺も思う事が出来た。
「でもまぁ、そういう気持ち抱けるのは凄いと俺は思うからその気持ちも大事にしたらいいと思う」
「なんかさっきから聞いてて思ったけど光って凄い良い事言うよね正直クサい」
真面目な話に我慢できなくなったのか海が光を煽ると光は珍しく言葉に詰まり「うるせぇよ」と恥ずかしさを隠すかのように俺の脇腹に軽くグーパンしてきた。
「何で俺っ?!」
「お前がこんな話始めたから」
「ははは、ざまぁ」
聞いてきたのはお前だろ光! とツッコミたかったが光のお陰で気持ちが整理できたのは事実なので強く言えなかった。




