第132話 俺はたまに君の事を怖ろしく思うよ
喜びを分かち合う二人に挟まれながら、敗北の余韻を味わっていると突然小野さんがバッと廊下の方に顔を向け人差し指を立てる。
「シッ!」
その様子に俺と七月さんは顔を合わせ、静かに耳を傾けるとゴクリと唾を飲み込む。
それから数秒すると廊下からコツコツと足音が近づいてくるのが分かった。
忘れていたが、ここは学校。そしてスニッチを持ち込んで放課後にゲームをしているこの状況を見られたら……。
跳ね上がる心拍数。三人の間に漂う緊張感。
「誰か来るよ!!」
「こ、こはる頼んだ!」
「はいよっ!」
敬礼すると小野さんは荷物を持って扉に近付き左右をチラチラ。
頼んだだけで伝わるの凄すぎるだろ。というか、小野さんよく足音聞えたよな。
俺なんて全然分かんなかったぞ。
「柊くん手伝って!!」
野生動物並みの小野さんの察知能力に感心していると七月さんが肩をぶつけてくる。
七月さんがスニッチを片付けている間に、俺は小野さんが座っていた椅子を元に戻す。
「あー小野さん久しぶり~!? というか、まだ帰ってなかったの?」
「あ、あゆちゃん先生~久しぶりっ!いやぁちょっと忘れ物しちゃって」
「敬語を使え敬語を~! 相変わらずだね小野さんはー。どう二年生、楽しんでる?」
「めちゃめちゃ楽しんでるよっ!」
小野さんが廊下で先生の気を引いている内に無事片付け終わった俺達は、鞄を抱えて壁際にしゃがみ込んで息を潜めていた。
どうやら小野さんの1年の頃の担任らしい事が会話から判明。
よかった、今の担任だったら教室に入ってくるだろうから終わってた。
ドキドキと早まる鼓動を、胸に手を当て深呼吸しながら鎮める。
というか小野さん、先生と仲良すぎる。流石陽キャだ。敬語使わずに注意されるのアニメとかのまんまで何か面白い。
あゆちゃん先生ノリよくて優しそうなの最高だな。
「そういえば今度の文化祭、先生はコスプレしないの~?」
「えー流石にしないよ~。それに私もう28だからね!?」
雑談しながら廊下を通り過ぎて行くあゆちゃん先生と小野さん。
え、28歳お姉さんのコスプレ凄く興味があるんだけど。
あゆちゃん先生のご尊顔を拝見したくて腰を上げようとすると、七月さんが肩を掴んで抑えてくる。
また浮気とか意味分からないことを言ってきて機嫌を損ねるのは怖いので俺は素直に腰を下ろし壁にもたれかかる。
あぁどんどん声が遠くに……。え、なんか七月さんに睨まれてるんだけど。
……あれ? まだ学校にいること自体悪い事じゃないから隠れる必要なかったんじゃ?
今更思ったが、まぁあれだろう。悪い事をしていた認識があったから反射的にって感じだろう。
声が聞えなくなるまで、オレンジに染まり始めた空をぼんやりと窓越しに眺めているとピロンという通知音が鳴った。
七月さんがスカートのポケットからスマホを取り出す。
「こはるからだ。【教室戻るのも変だからうちそのまま帰るね。楽しかったまたやろ!】だってさ」
「俺達も帰るか」
「そだね」
立ち上がりズボンの埃を払い落とし、グッと伸びをしながら廊下に出る。
「楽しかったー」
同じように伸びをしながら隣に並んでくる七月さん。
二人並んで誰もいない静かな廊下をゆっくり歩く。
結局俺はコスプレをする羽目になったのか……。七月さんには勝ったのに。くそ、小野さんという予想外の敵が現れなければしなくて済んだのにな。
あ、そうだ。
「ねぇ七月さん。やっぱり勝負し直さない? 元々小野さんともやる予定じゃなかったしさ。正々堂々二人で勝負して決着つけない?」
ふふふ、完璧だ。七月さんは意外と負けず嫌いなのだ。
1試合目は俺に勝っていたが、2試合目は俺に負けていた。負けていたのに俺にコスプレをさせるなんてプライドが許さないのでは?
それに勝敗的には1対1のこの状況。ちゃんと決着をつけたいはず。
「いーややらないよ?」
あれぇ……!? 予定と違うぞぉ?
「ふふふ、その手には乗らないよ」
七月さんはニヤリと小悪魔のような笑みを浮かべて俺を肘でつつくと言葉を続ける。
「だってもう一回やったら絶対私が負けるって想像つくからね」
やれやれとわざとらしく肩を落とし溜息を吐く七月さんに俺は苦笑いする。
「お願い、今1対1じゃん? あと1戦だけでいいから!」
手を合わせ懇願するも七月さんはジト目を向けてきた。
「往生際が悪いよ柊くん」
俺の鼻をチョンと人差し指で触ると鼻歌を歌い始め、今にもスキップしそうなくらいご機嫌な様子。
俺が諦めの溜息を吐くと上目遣いで首を傾げる七月さん。
「そんなにコスプレしたくないの?」
「いや、まぁ……うん」
「なんで?」
大した理由ではないし恥ずかしいので言いたくなかったのだが、真っ直ぐな瞳を向けられ俺は素直に打ち明けることに。
「理由は二つあるんだけど……」
「うんうん」
「一つは1回しか着ない服にそんなお金掛けたくないっていう理由」
「あぁそれなら私半分出すよ!」
「え、いやでも――」
流石にそれは申し訳ないので断ろうとした瞬間言葉を被せてくる。
「ほら、私ら四人は予算で買えるから大丈夫!」
七月さんは片方の口を上げサムズアップする。
今回はあの下手くそなウィンクしないんだ、というツッコミは置いといて。一つ目の理由、解決しちゃった。
「二つ目の理由は?」
「えーっと……俺がコスプレしたとして絶対似合わないと思うから」
「そんな事言ったら私だって自信ないよー?」
「え? そうなの?」
「うん」
「絶対似合うと思うけどな」
「私も同じ事を柊くんに思ってるけど?」
ん……二つ目の理由も断るのには厳しい理由だったかもしれない。
「これで解決したね」
ニッコリ満面の笑みを向けてくる七月さんに俺は肩を竦める。
「柊くん? 君は負けたんだから嫌がっても無理矢理にでもやらせるからね?」
そうだった。俺、負けたんだった。
「分かったよ。やるよコスプレ」
「当日気が変わっても心配しないで。逃げないように縛り上げてでも着させて上げるから安心してね」
何も安心できないが? しかも縛られて無理矢理着替えさせられるってことだよね? それもはや羞恥プレイじゃん……。
「ちゃ、ちゃんと自分で着るから大丈夫」
「そっか……」
なんでちょっと悲しい顔したのかな七月さん? 俺はたまに君の事を怖ろしく思うよ。
「それはそうと、七月さんはなんのコスプレするか決まったの?」
「んー、一応。あ! そうだ! 柊くんの分のコスプレ衣装も私が準備するね!」
「え、なんで」
「いいでしょ!?」
変なものを着せられる予感しかしなくて嫌なんだけど。どうする、これで超恥ずかしいもの着ないといけなくなったら。
「いや自分のは自分で用意するよ」
「うるさい、柊くんは浮気者だって言いふらすよ」
「え、やめてよ」
「じゃあ黙って私の言う事聞いてればいいの」
「はい……」
影響力のある七月さんがそんな事を言ったら皆信じるに決まってる。そうなったらこの先、俺の学校生活は終わりなので従う他になかった。
まぁ流石に七月さんの事だ。何だかんだ言って気を遣える優しい人だから似合うやつを選んでくれるんだろう。
というか浮気なんてした事ないんだけど。寧ろされた経験があると言えるのでは? それと俺と七月さんは付き合ってもないし。
「因みに何着せる気?」
「それはー秘密」
口元に人差し指を立ててはにかむ七月さんにやっぱり不安を覚えながら俺達は家路についた。
あとからマルオカートの動画を見て分かったのだが、コインは集めると最高速度が速くなったりするらしい。
それとアシスト機能付いてた方が難しそうだった。七月さんが善意でアシスト機能を消してくれたのか、それとも悪意なのか定かではないが……恐らく悪意だろう。
善意だったら操作方法とか他の事も教えてくれただろうし。まぁアシスト機能消して貰えて逆に良かった。……いや何もよくないな、結局負けてるし。




