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黒髪の寵姫  獅子伯年代記Ⅰ    作者: vientoverde
第十四章 収穫祭の夜

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今宵の肴はほろ苦チューロ (3)


「鳩を借りることにした」

「へ?」


 またもラウルが唐突に話を変えるから、イアルは面食らう。

とても咄嗟には反応できなかった。身体的な反射神経では太刀打ちできないのだ。


「鳩だよ、鳩。伝・書・鳩」


 いや、知ってますよ。騎士団付属の鳩舎のでしょ。

 知ってますって。そりゃ知ってますけどね。なんでこの語り合う夕べ的な流れをぶった切って、いきなり鳩に飛躍するかな?


 ラウルとは、随時こうして就寝前に事務連絡会を持つようになっている。

ほぼほぼ純粋にな業務情報を交換する場だ。すべてはラウル次第で、開催決定権も議題の主導権もイアルにはなかった。

 そしてイアルは、まだまだこういう突飛な話の展開には付いていけないのだ。


「祭り間は借りておく。ここいらも人通りが多くなるからな。用心に越したことはない」

「はあ……」


 この近距離で鳩? 非常時の緊急連絡用? いくらなんでも大袈裟っしょ? 

 ――とは思ったが、あえて言わないでおく。イアルも少し賢くなっていた。


「お前も、ここらが正念場だろ」

「はい?」


 ほら来た。またも前振りなしの急転換。今度は何だって?


「はい? じゃあねえよ。相槌くらい、まともに打ちやがれ」

「は……あ」


 次はいきなり怒り出す。何でだよ?


「はあ、もなしだ」


 連続でダメ出し? 

 二人共あまりよく喋る方ではないと思っていたが、ラウルは意外や雄弁だ。

それに多少は気心知れてきたかなとも感じていたのに、イアルだけの勘違いだったのだろうか。


「いくら話し下手でも、聞くのまで下手クソじゃあできる世渡りもできねえんだよ。いいかげん処世の術くらいは覚えとけや。先々、お前にはどうしても必要になるんだからよ」


 もう全然、話が見えません。ますます付いていけないとイアルは思った。


「冷や飯食いは、もうじゅうぶんだろうが」

「―――……」


 イアルは黙り込んだ。

冷や飯食い。三年にもなる第四隊生活。おっさんにさえ、自分はそう見えるのか。

いちばん割を食ったはずのラウルの目でも。


 言うだけ言って、ラウルは一気に黒エールを呷った。


「さっきも言ったけどよ。――人間てのは大体、どっちかなんだ」


 もう注げとは言われなかった。だが先を読めない話がまだ続く。


「……?」

「いいか。大きく分けると二つだ」


 なんだ? 今度は何が言いたい?


「陽の当たるヤツ、そうじゃないヤツ」

 

 おっさん、もう酔ったのかよ? 

 またこのネタに戻って来んのかと、内心イアルはうんざりした。


 (……雑過ぎんだろ。その二分類)

 

 どこでどう線引きするのか、まるで謎。

だが陽の当たる人間。そう聞いてまずイアルが思い浮かべるのはイーサンだった。

あとエヴァンもか? そして思った。そいで、じゃない方が俺だ。間違いなく。


「お前は、自分でどっちだと思ってる?」

「んなもん、」


 聞くなよ。聞くまでもないだろう。


「決まってるでしょうが。俺は陽の当たらん万年冷や飯食いですよ」


 見りゃわかるでしょ、俺なんか。

 イアルがむくれると、ラウルはまた意味深に嘯いた。   

                    

「さあ、どうだかな」


 そして急に真面目な表情で訊いてきた。


「お前、まさかイーサンは陽の当たる側のヤツだとか思ってんのか?」

「……違うんですか?」


 いささか腹に据えかねたので、質問に質問で返す。


「違う。アイツは本来、陰にいるべき人間だ」


 メチャクチャ言ってんな。

イアルがつぶやきを飲み込むと、ラウルはにやにやと不敵に笑った。


「本来、明るいトコに出ちゃいけねえんだ。裏で暗躍する方がはるかに能を活かせるからな。ありゃあ、見かけよりずっと腹黒いぞ。それでも今なんとかまともにやれてんのは、仕えてるのがシグルだからだよ」


 気付いてないのだろうか。ラウルは今、毒を以て毒を制す的な意味の発言をしている。不敬過ぎんだろ。ホント暴論、無茶苦茶だ。


「もうチョイ地味に立ち廻れ、密偵らしくねえだろって、しょっちゅう言ってんだけどな」

 

 チッ。使えないヤツだぜ。ラウルの舌打ちに、イアルは驚いて変な汗が出た。


 ――それ、俺に聞かせていいのか?


 時々長期でいなくなるイーサンが、どうやらお館様から諜報めいた活動を命じられているらしいのは、イアルも薄々察していた。


(それに、若手の星だよ?)


 自他共に認める出世頭。イアルと異なり、イーサンは早くから騎士団の精鋭第一隊に転属した。そして何かと如才なく、程なくしてお館様の近習になれた。

 何もかもが自分とは大違いだと、イアルは思っている。


 親兄弟の記憶がちゃんとあって、顔も覚えているイーサン。辺境伯家の代替わりの動乱期に身内が皆亡くなって、途中からイアル達の孤児院に来た。

 イアルとしては一緒に大きくなったつもりでいた。よくつるんでいたから同じ年に騎士団の試しを受けて一緒に見習いに採用された。仲良く正騎士にもなれた。

 だが剣の腕は似たり寄ったりだとイアルが思っている間に、どんどん引き離されてしまった。気付けば天と地ほども差が付いていたのだ。


(それに。イーサンはもう相手だって決まってる……)


 イアルと同い年。なのにイーサンには既に婚約者がいる。

相手は貴族令嬢。家付き娘だと聞いた。昇進に縁談、それでどうやら爵位まで手に入れるらしいイーサンは、ずっと第四隊のイアルからすればキラキラと眩しい存在に変わってしまった。


 ただ一つ。羨ましくもないのは「イヴみたいなのが好き(タイプ)」なことである。

「はっきりしててイイ」とかぬけぬけとぬかすのだ。

 ただしイヴ本人というよりも、イヴ的な歯に衣着せぬ物言いを好ましいと感じるらしい。とんだ物好き……もとい奇特過ぎる。理解不能だ。どんな感性だよ?

 ちなみに当のイヴには、必ずしも好かれていない。

幼馴染同志のはずなのに「なんかアイツ、愛着湧かない」のだそうだ。


(そろそろ婿入り、か?)


 婚約してから早二年程にもなるはずだ。相手の家は遠方らしい。

跡取り娘だから、婿入り前提なんだよな? イーサンのやつ、何処に住むんだ?


 ――あれ? 確か。中原の男爵家とかって、言ってなかったか?


 姫様なら、イーサンの相手の()を御存知かもしれない。


 辺境伯家が置かれていない弱中小の貴族家が犇めく中央の地。

最上位が伯爵家で、後は子爵家と男爵家。准男爵家もチラホラ混じっているようだ。中には特例的に女子相続が認められてる家もあるのだとか。


 中原の男爵家で家付き娘。そんなに何人もいない気がする。

 姫様の知り合いだったりするのかな?


 しかし郷里の友達の話を、イアルはまだ姫君から聞いたことがない。

辛くなるから、思い出さないようにしているのだろうか。



「もういいだろうよ」


 今夜最後に、ラウルは苦いことを言った。


「冷や飯食いはいい加減にしとけ」

「―――……」


 ――またソレかよ。もういい。俺のことはもういいんだって。


「いつまでもいじけてんじゃあねえよ」


 ピシャリと。一言で頬を打たれた気がした。


「あのな、若造」


 おっさん、絶対酔ってんだろ。

心中でツッコむイアルに、ラウルは真顔で言い放った。


「大事に胸にしまっとくのは、いい想い出だけにしとけや」


 上手に生きて行くコツは、上手に忘れること。

それで良いことだけ覚えておく。飲んだくれの知らないオッサンが、酒場でそう放言していた。ベロンベロンの酔っぱらいだ。なんで自分は覚えているのだろう。

 そんな器用なことはできないと、今でもイアルは思う。

だって上手く世渡りできたことなんて、自分には一度もないのだ。


「いいか。お前は若造だ。だから大事に抱いて行く想い出は、これからいくらでも作り直すんだよ」


 再び、あの顔が鮮やかに蘇る。

いつまでも消せない面影。忘却の彼方に捨ててしまえない些細な表情まで。

 無邪気で素直。そう詐称していた、

微笑みながらイアルを傷付けた。晴れた五月の空ような笑顔で打ちのめした。


 しくじりは忘れてはいけない。だが悪いことは早く忘れるに限る。

そんなことはわかっているのだ。断ち切れないのは相手自身ではなく、ただ行き場のない己が想いを持て余しているだけなのも。


 まだ消え残る未消化の感情。

 人はそれを恋心と呼ぶのだと、未だイアルは知らないでいる。


「お前は明るいトコにいなきゃいけない人間だ」


 素の顔のまま、ラウルは言った。微塵も酔ってなどいなかった。


「だからな――お前は、陽の当たる道を行くんだよ」


 大きなお世話だ。

撥ね退けてしまえる元気は、もうイアルには残っていなかった。

 だから受け止めるしかない。ふざけた振りでも冗談めかしてでもなく、率直なだけ余計に重たいラウルの苦い優しさを。


 姫様も――

イアルだって言ってみたかった。ラウルの言葉に負けない程の重さで。

 

 姫様にも、明るい場所に居て欲しい。


 叶うことなら。出来ることなら。

 姫様には。日陰の道なんて歩んで欲しくない。

 心からイアルは願う。そう願わずにいられない。



 ラウルが頼んだ鳩は、次の日には届いていた。赤い糸紐の足環を付けて。

 飯も仕事も、ラウルは早い。そしてこの白い鳩は、存外に役立った。



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