戻れない場所
王国暦1409年 晩夏
――この辺でいいかな。
領都の街の賑わいが完全に聞こえなくなる頃、イアルは再び馬に跨った。
西の辺境領では、平地の麦畑は既に収穫を終えている。今は丘陵地帯で葡萄摘みの最盛期である。
(なんで、こうなったかな――?)
じき夏も終わる。だがまだ午後の陽射しはキツイ。
イアルの頭の中はずっとぐちゃぐちゃだった。
いったい、何がこの身に巡って来たのか。何もかもが、正直者イアルの想像を遥かに超えていた。
ただ体の方だけは、粛々と指示された目的地へと向かい続けている。
命じたられた通り、可及的速やかに。
すなわち、直ちに必要最低限の荷だけをまとめ。
指示通り、なるべく人目に付かないように。
つまりわざわざ館の表門を避けて旧城壁に沿って進み、時には馬から降りて丈高い叢を選んで歩き。
それもこれも、全てはお館様の仰せのままに。
(きっと、しばらくは戻れないんだろうなあ)
目指す場所は領都の外れ、丘陵地帯への入り口にある一軒家である。
馬上から、イアルは遠ざかるエルンスト辺境伯家の館を仰ぐ。
館と呼んでいるが、実質は城。それも城砦だ。
西の辺境領にあっては、領主の住まう居城も優美な姿はしていない。
(当座とは、どのくらいになるのだろう…)
騎士団長からは、当座は向こうに詰めろと言われていた。
この日、イアルは訳アリの護衛を命ぜられた。何もかにも異例ずくめの直命だった。
――いつまでだ? いつかはあそこへ戻れるのか?
同じ第四隊の連中は、要領の悪いイアルがまた副長あたりに絞られているとでも思っているだろう。イアルが戻らなくても、誰も気にしない。
それに遊軍扱いのイアルは、これまでだってあちこちに助っ人仕事で呼ばれてきた。急に隊から抜けて居なくなることなどしょっちゅうなのだ。
あてにできないイアルが戻らなくても、誰も困らない。それが現実だ。
(戻らなくても構わない…居ても居なくても、おんなじなんだよな。俺は)
アル湖からの風が陽に灼けた頬をなぶった。湖岸の風だけが、来る秋を教えてくれる。
――いや、そもそも俺に戻れる日なんて来るのか?
不意に、イアルの胸に馴染みのない感傷が込み上げた。たまらなく寂しい。どうしようもなく切ない。
――バカらしい。俺がそんな柄かよ。
なんでだろう? 自分はもう二度とあの場所に戻れない。取り返しのつかない岐路に居る。唐突にそんな気がしていた。
(いいや。先を急ごう)
しかしこれ以降、イアルが再び隊へ合流することはなかった。




