イアルのお館様
お館様――イアル達の仕える当代西の辺境伯、この地の領主はジークヴァルト・アル・エルンスト殿という。
昨今は獅子伯殿とも綽名されている。
エルンストの家紋は獅子。誇り高き獅子の紋章の辺境伯だから獅子伯殿、だ。
誰が言い出したかは知らないが、洒落た二つ名だとイアルは思う。
お館様は長身に、異名に違わぬ鬣のようなブロンドと黄金色の眼。
現在三十路過ぎの男盛り。さながら獅子の如き風貌の偉丈夫である。
(ホントかっけえよな、お館様)
もっとも、北の王国あたりにはケダモノみたいに思われている。
西の辺境領は長く蛮地扱いされてきた。
辺境伯になる前から領主家である勇猛果敢なエルンストは、さながら蛮地の豪族。
由緒正しいドミネ神の末裔を公称する北の王家からすれば、生粋の「蛮族」と映るらしい。その王家に封爵されて辺境伯家となってからも、歴代当主でさえ度々未開の野蛮人と陰口を叩かれ続けた。
中でも当代のお館様は、人外の獣人とでも誤解されているようである。
一部王国圏では、未だに西の辺境伯の首の上には獅子の頭が載っていると信じ込まれているそうだ。
おそらくは代替わりされた頃の苛烈な処置の数々が、過剰に尾鰭を付けられて広まった結果だろう。
それだけ、お館様の勇名が轟いた証拠でもある。
(他所の奴等はわかってないんだ――)
イアルはお館様に心酔している。
あんな風になりたい。なれないのはわかってるけど、あんな風に生きたい。せめてお側近くで仕えたい。そしてお役に立ちたい。どんなことでもいい。どんな形でも構わないから。そのためなら、命さえ惜しくないと思っている。
『……アンタ。頭おかしいんじゃないの?』
お館様に心酔するのは、何もイアルだけではなかった。
腕っぷし、男振り、そのご気性。我等がお館様には、男でも惚れる。
辺境を守護する統領は剣の腕も相当なもので、凄腕が揃うエルンスト辺境伯家騎士団でも、当代のお館様に対する尊崇と忠誠は篤かった。
お館様が主でよかった。そう考えるのはイアルだけではないはずだ。
『アンタ等、マジでダイジョウブ? 気色悪いんだけど』
醒め過ぎたツッコミを入れて来るのは、メイドのイヴくらいである。あいつが少数派、例外なのだ。
俺は主だけには恵まれている。
十五で騎士見習いになってから、何があろうとイアルはそこだけはブレていない。
(お館様は公明正大だ。身分や財の有る無しでは俺等を区別しない)
またお館様は人を使うのが巧い。
能のある者、やる気のある者を適材適所に当てはめて、秀でた者は身分や氏素性に拘らず引き立ててくださる。上位貴族には珍しく、名より実を取るくだけた考えをなさる方なのだ。
それに、日頃からあまり細かいことは仰らない。大らかで合理的。筋の通らないこともなさらなかった。お仕えする身には、誠にありがたい主である。
(あのお館様だったから、辺境領は蘇ったんだ――)
お館様はその統治手腕も鮮やかだった。
家督を継がれて十余年、見事に西の辺境領を復興させた。
今では英主の誉れも高い。出自が来歴がとグチャグチャぬかすのは、外野のヘボ貴族共くらいである。多民族が入り混じる国境領にあって、お館様は領民間での人気も絶大だった。
イアルが身命を捧げてもと思う主。敬愛する我等がお館様。
そのお館様が自分を指名してくださる。イアルに否はなかった。
――けど、ほんとに俺でいいのだろうか。
二つ返事で承諾したくせに、今更ながらにイアルは現実感が薄い。
姫君の、護衛騎士?
(うーん。よりによって、それは俺に一番縁のない役回りなのでは?)
イアルは首を振り振り馬を進めていた。
自分のことを、イアルはわりと冷めた目で把握している。
周囲の評価は承知していた。かつては期待の若手とか騎士団三Eの一角、なんて言われもしたが、それはもう過去のこと。今ではすっかり、ハズレのイニシャルEで定着してしまっている。
三Eのうち、イーサンじゃない、エヴァンでもない。
「じゃない方」の残りのE。自他ともに認める、冴えないE。それが自分なのだ。
(悪口って、加速するもんだったんだなあ……)
『三羽烏の落ちこぼれ』なんて陰口を叩かれていた時分が懐かしい。
あの頃はまだ生温かった。あの程度の表現なら、自分はもう傷付かない。
知ってる。もうわかってるから。せめて聞こえないところで言ってくれよ――
イアルが何も反論しないからだろうか。
投げ付けられる言葉が段々尖ってくる気がしている。
いつまでも精鋭の第一隊には上がれない、出世しない、その見込みもない。
きっとこの先もうだつが上がらないのが確定済――最近では、通称『訓練部隊』第四隊の万年留年坊主なんて言われ始めている。
だから間違っても、自分は姫君の護衛なんて騎士らしい、晴れがましいお役には縁がない。一生ない。ないはず――だった。
(なんで? なんで俺なんだ?)
イアルの疑問は尽きない。
護衛のお役目は、考えだにしなかった予想外の想定外である。
もちろん、それは大いなる訳アリだったのだ。
大体、当分詰めろと言われた「向こう」――その行き先からして、イアルの想像の遥か斜め上を行っていた。




