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プロローグ 旅発ち
王国暦1409年 秋
その晩秋の朝、姫君の出立は慌ただしかった。
見送るゼフィネさんは名残惜しいのか、姫君の頬を撫でた。
最後の最後になって初めて。それは優しく、まるで自分の娘や孫娘にするように。
「元気でね…」
寂しくなるのだろう。
言ってしまえば、単に元の暮らしに戻るだけなのかも知れない。また静かな一人住まいに。
だが、今日この家に残るのはゼフィネさん独りなのだ。
護衛として共住みしていたイアルも、敷地内に寝泊まりしていたラウルも姫君に付いて行く。時々顔を出していたイヴも同様だ。
三日と空けず使いに来ていたシャールだって、もう来ない。
そして、ゼフィネさんにはあえて姫君の行先は知らされていない。
いつも微笑みを絶やさないゼフィネさんなのに、今朝は眼に光るものを隠そうともしなかった。無敵の前侍女頭殿らしくないこともあるのだ。
ゼフィネさんは、よく梳いてやっていた姫君の黒い髪も愛おし気に撫でた。
それから姫君の手にそっと自分の手を重ね、力強く囁いた。
「――幸せになるのよ」
姫君はただ笑って、こくりと頷いた。




