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黒髪の寵姫  獅子伯年代記Ⅰ    作者: vientoverde
第三章 訳アリの姫君

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ゼフィネさんって、どんな人?


 ――前侍女頭は、隠居宅でまだ仕事をしている。

 それはお館様付侍女の最終面接である。


 

 今ではわりと有名な話だった。要はお館様の側女になる候補の品定め。

イアルだって知っているくらいだ。

 

 イアルは世事に疎いと思われている。

 積極的には噂話に参加しない性格なので、皆が知る話をイアルだけが知らなかったり、気が付いたら勝手に話が進んでいて「あれ?」とか「何だ、それ? 聞いてない」ということがよくあった。

 周囲からは当然知っているものと見なされて、はなから導入部説明を省略されたりする。それでイアルだけが置いてけぼりにされてしまう。そういう些事が度重なった結果の評価だ。


 当のイアルはまあいいや、くらいに構えている。

全然支障がないわけではないが、雑音に煩わされるよりはマシだ。どうでもいい与太話に一々振り回されてはかなわない。


 しかしイアルのような下っ端にまで知れ渡るくらいだ。

もう何年にもなるゼフィネさんの内密のお役目については、館では内緒ごとでも何でもなくなっていた。

 さすがに先の奥方様がおいでの間は、大っぴらに口にするのは遠慮されていたと思う。今現在のように半ば公然と話題に出るようになったのは、正式な離縁の後である。


(そりゃいい気はしないよな。いくら問題有りアリの悪妻でも、新婚一年かそこらでダンナに別の女を探されたら)


 煌びやか過ぎる先の奥方様もその腹心の侍女達も、イアルはずっと苦手だった。華やか過ぎて眩し過ぎて、おまけに騎士団末端の軽輩だから近寄ったことすらない。だがこの点だけは同情する。侍女頭サルダーニャの覚えめでたいアンナが推薦されたのは、ご婚姻一年未満のことなのだ。

 それにあの時点では、特段にお館様と不仲というわけでもなかった。

まるで極悪人のごとく誹られ出したのも、好ましからざる行状が露見した以降である。


(しかし。どういう人選なんだろうか?)


 ゼフィネさんの面通しのこと自体は、実はイアルはけっこう前から知っていた。

 館の裏事情に興味がないイアルがそんな情報に人より早く触れたのは、たまたま数年前に候補に上った女性が顔見知りだったからである。直接の知人ではなく、アンナはイヴと仲の良い同僚で侍女だった。


 もっとも、アンナは結局ゼフィネさん宅への最終面接に行きそびれ、そのまま話自体が流れて立ち消えになった。そして程なく地道な相手を選んで結婚をし、勤めも退いた。今となっては平和な昔話である。


(アンナはともかく。何を見て選んでるんだろう……)


 正直な所、お館様付侍女の選考基準についてはよくわからない。

 とりあえず堅実な現侍女頭サルダーニャが一次選考を行い、なにかと厳格な前侍女頭ゼフィネさんの目による最後の面通しを経て、初めてお館様付に配属される。そういう二段階方式なのだそうだ。

 ちなみに、この選考を目指して館に上がっているはずの『行儀見習い』集団からは、なかなか候補が出ていなかった。


『だって働かないもん』

 

 だから両侍女頭のお眼鏡にかなわない。そもそも仕事をしない人間が、侍女頭の気に入るわけないでしょ。

 イヴは断言するが、どうだろう? 

あのお嬢様方は、それぞれ各家から相当気合を入れて送り込まれて来てると思うのだが。


『なにより根性。めげない、負けない、不屈の精神じゃないと。そこらを見極めてから、推すべきだね』


 ――なんの話だよ? 


 イヴに言わせると、適性はとにかく根性。精神面。これに尽きるとイヴは言う。心が強く、打たれ強い()を。でないと、氷の小姓シャールにイビリ出される。そう言い切るのだ。


(……まさか。そんなことはないと思うけど)


 ゼフィネさんのところに寄越された妙齢の娘は、首尾よく事が運べばお館様のお手付きになる。なるはずだなのだが、現状そうそう順調に進めた例はない。実際にお館様付侍女になったのは幾人かいる。だが例外なくそこまでだった。気付けば、何故かほとんどが辞めている。


(かく言うイヴも、以前どっかのお嬢さんをイビり出したとか――言われてなかったか?)


 新旧侍女頭達が何を決め手にして候補を絞り込むのか、果たしてどんな相手ならばお館様の思し召しに沿うのか。諸々が謎だが、未だ最後まで到達した合格者はいないのだ。


 そこへ、黒髪の姫君が現れた。




 『ゼフィネさん』


 引退した今でこそそんな呼ばれ方をしているが、前身はエルンスト辺境伯家の侍女頭である。一時期はお館様、当代西の辺境伯ジークヴァルト・アル・エルンスト殿の乳母でもあったそうだ。館では長く女主人代行をも務めていた。

 腹心の部下サルダーニャをきっちり後任に育て上げてから辞した彼女は、今も現侍女頭以下館の侍女メイド達の心中では絶対的かつ不動の『ゼフィネ様』である。


 パッと見では、とても親しみやすい。

 現役時代の昔から、ゼフィネさんは常に微笑みを絶やさなかった。

穏やかで物腰柔らかく、誰にでもいつも優し気な面輪で接してくれる。時々に館からお使いにくる騎士見習いや下働きにさえ分け隔てせず、愛想よく果実水なんかを振舞ってくれるのだ。

 うわべだけの付き合いなら、「優しい小母さん」で終始する。

だから新参者程、尊敬と親しみを込めて『ゼフィネさん』なんて呼んでいた。

 だが二代に亘り辺境伯家当主に重用され、長く仕えた女性である。


(そりゃあ、ただ人当たりがいいだけの小母さんじゃあないよな……)


 並の老女なんかであるはずはなかった。ゼフィネさんが実は相当に食えない人物だという現実を、イアルもおいおい覚ることになる。



  ゼフィネさんとこの家は、同じ性質だった。


 領都の外れ、丘陵地帯の入り口に建つ一軒家。

ともすると周囲に埋没してしまいそうな、一見、田園風景に馴染んだ農家風の佇まい。しかし小綺麗過ぎるこの家の主の方は、普通の女性ではない。


 この家と女主人はよく似ている。

農家みたいでも農家ではない。便利に来れても、気安く来れる場所ではない。親しみやすそうに見えようが、迂闊に馴れてはならない。


 ここは、ゼフィネさんに呼ばれない限り来てはいけない場所なのだ。

それは暗黙の了解で、館の者なら誰でも心得ている。この決して言語化して説明されない申し合わせを、平然と破ってのけた無謀な剛の者は過去一人。独りきりしかいなかった。

 

 無邪気を装い、ゼフィネさんの懐に飛び込む。そんな蛮勇は誰も試みない。まず考えない。かつて挑んだのは一名きり。後にも先にもそれだけしかいない。



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