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黒髪の寵姫  獅子伯年代記Ⅰ    作者: vientoverde
第十七章 終わり、或いは始まり

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終わるモノ

 

 (お――?)


 それからけっこう間が空いて。

やがて夕刻になり、ゼフィネさんの家へ次の客がやって来た。訪問者はシャール、いつも通りにシャールだった。

 しかしいつもと違っていたのは、なんとイヴを伴っていたことだ。

ここまでそれぞれ別々に目立たないようにこの家に通い、決して一緒に来ることはなかったのに。しかも二人して、ちゃんとした辺境伯家館の公用馬車で乗り付けたのだった。



 「喉……乾きません?」


 シャール達が到着する直前までは、マリカはそれなりに元気だった。

またもや猫を被り直せていた。イアルがゼフィネさんと見張りを変わった僅かな間に、謎に立ち直れたらしい。だからけっこう取り繕えてはいたのだ。

カラ元気ではあったのかもしれない。だが少なくとも、婉曲に飲み物を要求できるくらいの元気は見せていた。


 ドン! と、黙ってゼフィネさんは水を出してやった。

器を置く音を立てる時点で剣呑な仕種だったが、薄氷の微笑を浮かべて。

微動だにしない微笑みの鉄仮面。イアルは正直に「怖エよ」と思った。


「え……」


 汲み置きの水である。

 以前――個人的にこの家を連続突撃していた時代には、マリカも時々に果実水なんぞを御相伴に与れていたらしい。だがもはや飲み物でもてなされることはないのだった。ゼフィネさんお手製の果実水がたいそう好きだったと主張していたそうだが、金輪際供されることはない。

 

 チョロいと見くびりきっていたイアルとは違い、ゼフィネさんは簡単には篭絡できない。それでひたすら笑顔でニコニコ大作戦を再開したのだろうが、てんで通用していなかったわけだ。


「あ、あの。私、そろそろお暇して家に帰らないと……」


 ようやくマリカが諦めてそう言い出した頃には、もう日が暮れかけていた。


 ――すんなり返すはずがないでしょう?


 ゼフィネさんは変わらぬ冷笑で黙殺していた。

マリカが度々不満を漏らしても相手にしない。それでもマリカが手洗いに立つ時には、ゼフィネさんが付き添う。

 最初、マリカは「ええっ?」と苦笑いしていたのだが、部屋の外で見張っていたラウルに一瞥されると、それ以上の抗議はしなかった。さすがにラウルのことは怖いらしい。三年前のあの日、ラウルはマリカの目の前で、人ひとりを斬っている。


 なのでシャール達の姿を見るまでは、マリカはこの家の住人達の塩対応にもそれなりに涼しい顔をしていられたのだ。



 「――え?」


 だが居間にシャールとイヴが現れた瞬間、マリカの目尻がピクピク反応した。

おそらくは天敵だったらしい二人を前にして、さすがにマリカの鉄面皮も引き攣ったようだ。


 ちょっと引いた位置で観ていたから、イアルはシャールが先に何事かをラウルと小声で話していたのも知っている。それからラウルも居間へ入って来た。

 イヴはゼフィネさんに会釈をして、すぐさま二言三言の簡潔な説明をした。

どちらも内容までは聞こえてこなかった。

 イアルは終始黙っていたのだが、マリカだけが一瞬立ち上がり、そしてまたじきに座った。もう愛嬌は品切れらしい。不安と不審が露骨に顔に出ていた。


「……なに?」


 シャールとイヴならば、マリカは知っている。

どちらにもあまりよい印象はないだろう。イアルでも察しは付く。


 きっとマリカに靡かなかった若者は多くない。

その稀有な数名の筆頭が、シャールなのだろう。

 シャールはほぼ館中の若い女達から毛嫌いされる小姓だが、お館様のお気に入り。向かうところ敵なしだ。しかもマリカなどより遥かに正統派の美貌で、つまりはマリカなんぞシャールの視界には入っていなかった。だから、マリカがまともに相手をされたことなど一度もないはずだ。

 教育係兼直属の上司だったイヴには、新米メイド時代にだいぶしごかれたのだと思う。イヴの採点は辛い。自分の侍女見習い昇格が見送られ続けたのはイヴのせいだと、マリカは逆恨みしていたかもしれない。


 「お迎えに、あがりました」


 イヴの発した台詞は、見事なくらいに棒読みだった。


 オイオイ。何だよ、ソレ?

姫君の採寸とかで来た時はもっと普通だったと、イアルは思う。

 そりゃ別に、愛想を振りまいてたとかじゃなかったけど。


「今夜のうちに、お館に入っていただきます。勤務は明日からでけっこうです」


 こういう紋切り型で話してもいなかったような――気も、する。


 「は?」


 マリカの張り付いた笑みが、微かに歪んだ。


「何言ってんの? あんた、何の権限で――」


 いやソレ、仮にも元上司に対する喋り方じゃないだろうとイアルが素朴な感想を抱いたところで、ゼフィネさんが絶妙な間合いで遮った。


「イヴは、侍女頭サルダーニャの代理で来たのね?」


 みなまで言わせない。ゼフィネさんの確認にイヴは頷き、初めてマリカはハッと息を吞んだ。依然メイド服を纏うイヴが今も現役の「次期侍女頭候補筆頭」だという現実に、ようやく思い至ったらしい。敵に回して拙いのは、昔も今も変わらないのだ。


「それで、シャールは家宰殿の代理かしら?」


 シャールも頷いた。一気に緊張が走る。もちろんマリカだけに、だ。


「――デルソト卿からの伝言を、お預かりしております」

「そう。デルソト卿は、何と?」


 シャールはもう一度頷いて、淡々と前置きから始めた。


「マリカ嬢の養家、ヴァルゴ男爵家には正式に使いを出しました。予(かね)てよりのご希望通り、ご養女を当家の『行儀見習い』として預かりますと。この返事をもって、ご養家では委細承諾されたもの。と受け止めております」


 ヴァルゴ男爵。

イアルは、ギュッと掌を握りしめた。ラウルは無表情で聞いている。


 ――マジか。


 男爵という下位貴族ながらとかくあくどい手腕で財を成してきたらしいヴァルゴは、とうとう厚かましくもエルンスト辺境伯家の傍流を自称し始めている。

何の根拠もない虚言だ。まあ眼だけは青い――というか限りなく明るい水色をしていたが。しかしエルンストの先祖達なら、たとえ青でももっと深くて濃い青になるはずだ。

 当然、どう名簿籍を遡っても血縁を辿れないらしく、ただでさえ嘘臭いヴァルゴの自己申告には何ら信憑性はなかった。ちなみに血筋以外も大問題で、ヴァルゴ個人にほとんど信用がおけない。そもそも西の辺境伯家の代替わり時のドサクサで、領内奥部の岩塩鉱を不法占拠した前科まであるのだ。それを皮切りにのしてきた男でもあった。

 元より風聞は芳しくない。それが限りなく無いであろう極薄の怪しい血縁を口実に、財力を笠に着て何かと辺境伯家の内情に嘴を入れてくるのだ。家中での評判は散々だった。

 お館様の三度目の奥方がなかなか決まらないのも、腹黒狸ヴァルゴが暗躍している所為なのではないか。そう穿った見方をする者は少なくない。


 ――マズいことになった。


 マリカは、姫君の姿を見ている。

よりにもよって。札付き腹黒男爵が養女にした、いわくつきの悪縁因縁娘マリカが、先に姫君と出くわしていた。



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