39、迷宮特区事務局の帰還者ホールへ
僕は今、迷宮特区内を歩いている。
約1ヶ月ぶりの外だ。2月にここに来たときから季節は進んで、春になったのか。ダラダラと汗が流れる。
空を見上げると、ドンヨリとした厚い雲に覆われていた。白い雲ではない。僕の目には、泥で汚れた綿のように見えた。時折吹く風は、異常な湿気を帯びている。
(亜熱帯すぎる……)
さっきまでいた砂浜が暑いという感覚は、吹き飛んだ。3階層の夏のビーチは、ちょー涼しい。
「初級者説明会の受付は、こちらです」
迷宮特区事務局の建物にたどり着くと、職員らしき人達が案内に立っていた。暑いのに大変だな。
僕が近寄っていくと、ニコリと笑顔を見せた男性が手を挙げた。僕を誘導するように、建物の中へと一緒に入ってくれた。
(涼しい〜)
笑顔の理由はこれだな。
「こんにちは。帰還者ホールへは予約時間の3時間前から入場できます。予約時間の10分前になりますと入場できません。ただいまの時刻は、11時51分です。こちらに手を置いてください」
(変な案内だな)
説明会は13時からだ。遅刻厳禁だから15分前には行く方がいいとアンドロイドが言っていた。3時間前から入場できるという説明は必要か?
僕は指示に従って、機械に手を置いた。
「はい、五十嵐 健斗さんですね。初参加、3階層。ご予約は13時00分ですので、入場可能です。入場受付をしますか?」
「へ? あ、はい、お願いします」
(予約時間って何だ?)
もしかして、階層数ごとに別会場で説明会があるのだろうか。3時間前の制限は、この涼しさが理由だと考えれば納得できる。この快適な空間に、ずっと居座りたくなる人もいるのかもしれない。
「五十嵐 健斗さん、受付完了しました。奥のホールへお進みください。お食事やお手洗いが必要なときは、中にいる職員にお尋ねください」
「あ、はい。ありがとうございます」
僕は軽く会釈をして、廊下を進んだ。お食事と言われると急にお腹が減ってきた。自分の迷宮から出ると、当たり前だが、お腹が減るんだな。
(だが、お金は持ってない)
まぁ、串刺しの珍味なら、上着のポケットに3袋ほど入っている。耐えられなくなったら、ドロップ品を食べるか。
奥のホールには、ドアボーイのような人がいて、僕が近づくと開けてくれた。なんだかホテルみたいだな。
(えっ? 何?)
中に足を踏み入れた僕は、一瞬、思考停止していた。説明会だから、椅子やテーブルが並んでいるかと思ったが……。
(闘技場なのか?)
『迷宮特区事務局です。帰還者ホールへようこそ。初級者説明会の参加権を得るための試験は実技です。予約時間になると、試験場への強制転移が発動します。予約時間の変更は原則できません』
頭の中に直接響くアナウンスが聞こえた。
(参加権?)
呆然と立ち尽くしていると、また同じアナウンスが聞こえた。この場所は、ウザいな。
僕が今いる場所は、闘技場の観覧席のような場所だ。パラパラと座っている人が見える。こちら側よりも、反対側の方が人は多い。
『11時55分の予約の方』
そうアナウンスが聞こえた。
闘技場を見てみると、左の方に一人の男性が転移で現れた。右の方には、剣を持った二人と杖を持った一人がいる。
(3対1なのか?)
『3分間生き残ってください。敗れた場合は、ご自分の迷宮で復活していただくことになります。それでは、始め!』
(生き残り? あっ……)
杖を持った人が、土弾のような魔法を放つと、あっけなく負けたようだ。
この場所も、帰還者迷宮の仕様が採用されているらしい。死んでも復活する。ただし復活場所は、自分の迷宮か。
(強制送還みたいだな)
説明会に参加するためには、3分間生き残らなければならないのか。なんというサバイバル。
「おう、ケント、久しぶりやな。随分と遅かったやないけ」
(この発音は……)
パッと後ろを振り返ると、やはりユウジさんがいた。なんだか古い友達に会ったかのように嬉しくなる。
「ユウジさん、お久しぶりです。えっと、遅かったですか? まだ、1時間前ですよ」
「俺は、3時間前に来たで。情報収集は、やっぱり大事ちゃうか」
「早いですね」
(あっ、ユキナさんだ)
ユウジさんの後ろから、ユキナさんも僕の近くに来てくれた。服装が変わっていて、ますます女王様っぽい。
「ケントさん、久しぶりね。随分と遅かったわね。参加しないのかと心配したわ」
「ユキナさん、お久しぶりです。僕は遅かったんでしょうか? そういえば、担当者が早く行けと言いに来ましたけど」
僕がそう返答すると、二人は顔を見合わせた。
「アンドロイドからの連絡が正確に伝わってなかったのね。初めて参加する人は、予約の3時間前に行って、他の参加希望者の試験を見学することを推奨しているそうよ」
(あの猫……)
「僕のアンドロイドは、遅刻厳禁だから15分前くらいには行く方がいいと言ってました。こんな試験があるなんて知らなかった」
「おまえ、まだ3階層までしか出来てないんやろ。そら、しゃーないわ。アンドロイドは、階層数に比例して頭良くなるらしいで」
(もう賢いよ)
「アンドロイドの見た目が変わったりしてますか」
「あぁ、そういえば、うろちょろするようになったけどな。あっ、次のが始まるで」
ユウジさんに促されて、僕は再び闘技場の方に視線を移した。上から見下ろしている形だから、よくわかる。
「ケントさん、何度も試験に失敗している人達は、迷宮の襲撃者になる可能性が高いわ。あちら側から見ている人達は、獲物探しよ」
ユキナさんがアゴで示したのは、さっき人が多いと思っていた反対側だ。ユウジさんとユキナさんは、襲撃者になる可能性を考えて、試験を見ているのか。
確かに、ダンジョンコアを潰されて迷宮を奪われると、自分より弱い帰還者を狙って、迷宮を奪おうとするのだろう。それほど帰還者迷宮は、その主人には利益をもたらすものだ。
「新人潰しが、次のターゲットを狙うために集まっているんですね」
「ええ、大きな声では言えないけど、スカウトもいるけどね」
「あっ、スカウトといえば、ユキナさんが……」
「シッ! その話は、こんな場所でするものじゃないわ。会話はすべて記録されるわよ」
(た、確かに)




