第37話(前編) シェルージェ memory ③ ~ 盗賊のヨークさん、海賊のゼベルクさん ~ (前編)
37話目です。引き続き回想シーンです。
今回は公爵家の孫娘シェルージェと盗賊の頭ロイズデンが初めて出会った時の話です。
(※今回の話は前編と後編に分かれています)
<クレード一行 計12人>
△クレード・オリンス・アンシー・ナハグニ・鵺洸丸・ウェンディ・ホヅミ・ススキ・千巌坊・リンカ・沖津灘・タオツェイ
・主人公とその仲間たちだが、シェルージェたちの回想シーンのため、今回は出番なし。
<その他人物>
◎シェルージェ・クランペリノ(女・当時15歳)
・黄色い髪をしている名門公爵家クランペリノ家の人間で、3年前の大公(※サフクラントの国家元首)オルブラング・クランペリノの孫娘。
マナーや教養にうるさい貴族の生活が嫌になり、さらに最愛の父マグダイドを亡くしたことで、家出を決意。荷物をまとめ実家である王宮を抜け出すのだが…
この物語における重要人物の一人。
○ヨークガルフ(本名:ロイズデン・ギナデルク)(男・当時44歳)
・サフクラント公国の南の国、ナプトレーマ王国(※1)の元騎士団員。
騎士団員から盗賊になった男。
ヨークガルフは盗賊としての偽名。
騎士団から盗んだ「スカラベのケペシュ」という鎌型の剣を使いこなす。
☆○モルバッサン(男・当時43歳)
・ナプトレーマ王国で暗躍する盗賊。
ロイズデン(偽名ヨークガルフ)を盗賊の仲間に誘った一人。
モルバッサンは盗賊としての偽名。
「イエロースコーピオンのケペシュ」という剣を使いこなす。この剣はサソリの尾のような形をしており、モルバッサンがケペシュに魔力を込めると剣の先端が伸びる。
誕生日は11月13日。
☆○ガレスディンガー(男・当時38歳)
・サフクラントの公都に住む市民。しかし真っ当な仕事はしていない。
☆○ビサローム(男・当時33歳)
・ロイズデン一味の盗賊。
ビサロームは偽名で、本名は不明。
☆○キャプテン・ゼベルク(男・当時77歳)
・ナプトレーマ王国やサフクラント公国近海などを縄張りとしていた海賊の頭。
キャプテン・ゼベルクの名は海賊としての名前であり、彼の本名ではない。
豪快で威勢のいい性格。
白髪頭で三角帽子を被り、白い髭を蓄えている。
(☆:新キャラ)
(引き続き3年前の回想シーン)
3年前、ケルビニアン暦2047K年6月初旬。
サフクラント公国の公都にヨークガルフとモルバッサンという二人の盗賊が来ていた。二人はとある集合住宅の前で、
ヨークガルフ(本名、ロイズデン)(小声)「(ここか、ガレスディンガーの住む部屋があるのは…)」
モルバッサン(小声)「(見た目は三階建ての豪邸って感じだな。これじゃあ家賃も高そうだ…)」
ヨークガルフ(小声)「(骨董品屋のオヤジがこの場所を知っていて助かったよ…)」
モルバッサン(小声)「(とにかく奴の部屋へ行こうぜ、頭」
「(見かけねえ顔が入口でうろうろしていたら、兵士に通報されるだけだ…)」
ヨークガルフ(小声)「(そうだな…中に入るか…)」
二人が集合住宅の中に入ろうとしたとき、住人である中年の男が出てきた。
住人「おや、見かけない顔だな」
「ここに何か用があるのかい?」
住人に尋ねられたが、ヨークガルフは冷静に、
ヨークガルフ「ここに住むガレスディンガーって奴に用がある」
「あの男が手にしたと思える美術品について聞きたいことがあるんだよ」
住人「ガレスディンガーさんか…」
「そういえば数日前彼を見かけたんだが、妙にやつれてたな…」
ヨークガルフ「体調が悪いのか?」
住人「同じ建物の住人だが、彼のことは詳しくないよ」
「あまり愛想のいい男ではないからな。周囲に自分のことを話すような人間じゃない」
住人「それに彼は詐欺で金儲けしているんじゃないかって、良くない噂もあるしね」
「そんな人物に積極的に話しかける人はあまりいないよ。この私も含めて」
モルバッサン(心の中で)「(闇市に詐欺…骨董品屋が言ってた通りの野郎だな…)」
住人「それじゃあ、私は買い物があるから失礼する」
「あんたらもここで物騒な真似はしないでくれよ」
住人は出かけていった。
モルバッサン(小声)「(あのオヤジ、買い物とか言っときながら、俺たちのことを通報しに行ったのかもな?)」
ヨークガルフ(小声)「(まあいいさ。どのみち一か八かなんだ)」
「(奴が今部屋にいなければ俺たちの遠出も終わりだからな…)」
ヨークガルフとモルバッサンはガレスディンガーの部屋の前まで来た。そして、
モルバッサン(小声)「(入口には鍵がかかっているぞ…)」
ヨークガルフ(小声)「(盗賊をなめんなよ、詐欺師)」
「(鍵のかかった扉なんて、なんの意味もねぇんだよ…)」
ヨークガルフは針金のような細い金属の棒を使い、一瞬で鍵のかかった扉を開けた。
部屋の中に入る二人。豪華な内装だが、そこには倒れているガレスディンガーの姿が、
ヨークガルフ「こいつがガレスディンガーって奴か…」
モルバッサン「何だこれは…体がミイラのように乾燥してやがる…」
ヨークガルフ「どのみち死んでるってことかよ…」
モルバッサン「これも例のコブラの彫刻のせいだっていうのか…」
ヨークガルフ「彫刻はまだこの部屋のどこかにあるかもしれない」
「探すぞ」
モルバッサン「そうだな…この部屋にあってもらわなきゃむしろ困る」
「俺たちはその彫刻を見つけるためにわざわざ公都まで来たんだからな…」
呪われしコブラの彫刻を探す二人だが、彫刻はすぐに見つかり、
コブラの彫刻「…」
モルバッサン「なんて禍々しい魔力なんだよ…黒いオーラになって見えるくらいだ…」
ヨークガルフ「こうなりゃぶった斬るぞ。彫刻が危険だと感じたら壊してもいいってことだしな」
モルバッサン「そうだな。ガレスディンガーには悪いが、他所の人間の手に渡らなくて良かったよ…」
ヨークガルフとモルバッサンはそれぞれのケペシュ(剣)を持ち、コブラの彫刻を壊そうとしたが、彫刻はどす黒い魔力のオーラで二人を包み込んだ。
モルバッサン「この黒いオーラ、やべぇな…体の力が抜けていくようだ…」
ヨークガルフ「ガレスディンガーの奴もこのオーラに呑まれてミイラになっちまったんだろうな…」
コブラの彫刻「…」
ヨークガルフ「おい、一発勝負に賭けてみるぞ…」
モルバッサン「だったらありったけの力を振り絞るしかねぇな…」
ヨークガルフはスカラベのケペシュに魔力を込め、球体の特大光弾を放った。
モルバッサンはイエロースコーピオンのケペシュに魔力を込め、剣の先端を伸ばした。
光弾と伸びた剣の一撃がコブラの彫刻に当たり、彫刻は粉々に砕け散った。
床に落ちた彫刻の破片からは魔力を感じなかった。
モルバッサン「やったな…彫刻から魔力がなくなれば、それでいい…」
ヨークガルフ「モルバッサン、もうここに用はねぇ。さっさと撤収するぞ」
モルバッサン「そうだな、兵士どもが来たら厄介だからな…」
ガレスディンガーの部屋から出た二人は、公都にあるブルゴッスの大聖堂(※2)に来ていた。
ドーム天井やステンドグラスなどが美しいゴシック様式のこの大聖堂で、
シスター「お二人に神の祝福があらんことを…」
そう言ってシスターは二人に回復魔法をかけた。
二人は聖堂を出て、
ヨークガルフ(小声)「(さすがは回復魔法だ…どす黒い魔力に呑まれた疲労も回復した…)」
モルバッサン(小声)「(しかし俺たち盗賊にはもったいないくらい立派な聖堂だったな。聖歌隊もいて歌っていたくらいだし)」
ヨークガルフ(小声)「(今日くらいは聖歌を聞いても罰は当たらねぇよ…)」
「(あの禍々しい彫刻を破壊できたんだからな…)」
一方クランフェルジスの王宮(※3)から家出したシェルージェは公都内のカフェで朝食を食べながら、
変装したシェルージェ(心の中で)「(嘘のお名前で宿にも泊まれたし、お金でご飯も食べられるし、まだ二日目だけど家出も順調だよぉ)」
黄色い髪のシェルージェは緑髪のかつらを被り、伊達メガネをかけ変装していた。
しかし近くの席に座っているおばさんたちの話が聞こえ、
おばさん①「なんか馬に乗った兵士たちが普段よりも多い気がするわ」
「公都で何かあったのかしら?」
おばさん②(小声)「そういえば別の人から聞いたんだけど、なんでも昨日どこかの貴族の子供が家から出てしまったらしいのよ」
おばさん③「貴族?一体どこの家系かしら?」
おばさん②「あたしも詳しくは分からないわ。その子供にしても男の子か女の子かも分からないし…」
おばさん①「それじゃあ兵士たちは今、公都内でその子供を探しているってわけ?」
おばさん②「どうやらそのようね」
「家系や子供についてそんなに情報を出していないことから、あまり市民たちに協力を求めず、騎士団の中で隠密に行っているんじゃないかしら」
おばさん③「できる限り隠密に行うのは、その貴族の家系のためよね」
「貴族の子供が家出なんてしたら、その家系の名誉に傷がついてしまうもの」
おばさん①「もしその子供が公爵家や侯爵家の人間であれば、由々しき事態よね」
おばさんたちの話を聞いたシェルージェは、
シェルージェ(心の中で)「(ヤバっ!その探している子供は絶対シェルージちゃんのことだよ!)」
「(兵士たちに見つかる前に公都を出ないと…)」
朝食を食べたシェルージェはカフェを出た。
公都内を一人歩く変装したシェルージェだが、歩いている中である考えを思いつき、
シェルージェ(心の中で)「(兵士たちはお馬さんに乗って探しているんだよね…)」
「(だったらアレを買っておこうかな…)」
シェルージェは街の八百屋に立ち寄り高級な人参を買った。
人参を買い再び街を歩くシェルージェ、だが後ろから声が聞こえ、
サフクラント兵①(騎兵)「そこのお嬢ちゃん、ちょっといいかい?」
シェルージェが振り返ると、そこには馬に乗った二人の兵士たちがいた。
シェルージェ(心の中で)「(げっ!馬に乗った兵士!)」
「(気になってたけど、本当にシェルージェちゃんのとこに来ちゃったよぉ!)」
「(まあでもシェルージェだって対策はしたんだから…)」
サフクラント兵②(騎兵)「公都に住むある貴族のお子様が家を出てしまってね、それで我々騎士団はその子を探しているのだよ」
シェルージェ「そ、そうなんだ…大変だねぇ…」
サフクラント兵①(騎兵)「お嬢ちゃんはなんてお名前かな?」
シェルージェ「あっ…」
サフクラント兵②(騎兵)「探しているのは、ちょうど君と同じくらいの年の女の子なんだ」
シェルージェ(心の中で)「(ううっ…とりあえず、宿で使った偽名を言うしか…)」
シェルージェ「あ、あたしは、ルシア・リカルベニヤだよ」
「公都に住む市民の子だよぉ、貴族の子なんかじゃないよぉ」
サフクラント兵①(騎兵)「そうなのかい。なら何か身分を証明するものを我々に見せてほしいのだが」
シェルージェ(心の中で)「(マジか!さすがに偽の身分証とかは用意できなかったよ!)」
「(字の汚いシェルージェちゃんがカード作ったって、すぐバレちゃうもん!)」
「(こうなったらさっき買った人参で!)」
サフクラント兵②(騎兵)「どうしたのかな?何か持っていないのかい?」
シェルージェ「そうだね。証明するものはないけど、人参なら持ってるよ」
サフクラント兵①(騎兵)「何だって!?」
シェルージェは急いでリュックの中から人参を取り出し、
シェルージェ「ほらお馬さんたち、人参大好きでしょ!」
兵士の馬①「ヒッ!?」
シェルージェ「この美味しそうな人参あげるよ!だけど自分で取りに行ってね!」
シェルージェは人参を思いっきり投げた。
兵士の馬②「ヒヒーッ!」
サフクラント兵②(騎兵)「お、おい!静まれ!静まるんだ!」
馬たちは人参に興奮し、兵士を乗せたまま投げたほうへと走っていた。
そしてシェルージェはその隙に兵士たちから逃げ出し、
シェルージェ「あたしは当分帰らないよ!」
「王宮に行ったらお祖父ちゃんたちにそう伝えてよ!」
サフクラント兵①(離れた所から心の中で)「(くっ!怪しいとは思っていたが、やはりシェルージェ様だったか!)
サフクラント兵②(離れた所から心の中で)「(変装している可能性もあったから、声をかけたのだが!)」
街中を必死に走るシェルージェ。
シェルージェ(心の中で)「(お馬さんの足は人間よりも速い!走っても逃げ切れない!)」
「(早くどこかに隠れないと捕まっちゃうよ!)」
走りながら隠れる場所を探すが、そんなとき公都を歩くヨークガルフ、モルバッサンたちとすれ違い、
シェルージェ「ハァ!ハァ!」
ヨークガルフ(小声)「(何だ?あの娘は?)」
モルバッサン(小声)「(随分と必死だったな。あの娘、誰かから逃げているのか?)」
ヨークガルフ「…」
ヨークガルフ「(少し野暮用ができた…)」
「(悪いが、先に店に行っててくれ…)」
モルバッサン「(頭、ロリコンは勘弁してくれよな)」
ヨークガルフ「(そんなんじゃねぇよ、バカ)」
シェルージェは路地裏にある大きなゴミ箱を見つけ、兵士たち隠れるため中に入った。
シェルージェ(小声)「(ハァ…しばらくゴミ箱の中に隠れてよ)」
蓋付きで金属製、外からは中が見えない大きなゴミ箱に入ったシェルージェだが、外から男の声が聞こえ、
ヨークガルフ(小声)「(お前、そんな所に入って何やってんだ?)」
シェルージェ(小声)「(うそ!?もう見つかっちゃったの!?)」
ヨークガルフ「(安心しろ、俺は兵士じゃねぇ)」
「(街中を全力で走るお前を見かけたから、気になって跡をつけさせてもらった)」
シェルージェ「(そ、そうなの?)」
ヨークガルフ「(良かったら、俺に事情を話してくれねぇか?)」
「(俺も時間に余裕はないが、力になれることだったら手を貸すぜ)」
シェルージェ「(だったらお願い、シェルージェを匿ってよ!)」
「(詳しく言えないけど、シェルージェ、貴族の子供なんだ!」
「(でも貴族の生活が嫌になって逃げてきたんだよぉ!)」
「(お家に戻りたくないよぉ!どこか遠くに連れて行ってくれるんなら、そうしてよぉ!)」
ヨークガルフ(心の中で)「(貴族…いいご身分なのに嫌になって逃げたのか…俺に似てるな…)」
「(こりゃあ、放っておけねぇか…)」
ヨークガルフは少し黙ったが、口を開き、
ヨークガルフ(小声)「(俺はサフクラントの人間じゃねぇ、ナプトレーマの盗賊だ)」
シェルージェ(小声)「(盗賊!?それにナプトレーマって南の国じゃん!)」
「(なんで公都なんかにいるのよ!)」
ヨークガルフ「(それくらいの理由は話してやってもいいが、ここを離れてからにしてくれ)」
シェルージェ「(でも今ゴミ箱から出たら見つかっちゃうかも!)」
ヨークガルフ「(公都を歩いている間は俺がそばについてやる)」
「(どうだ?俺と来る気はあるか?)」
シェルージェ「(ありがとう!シェルージェちゃん、ちゃんとついて行くよぉ!)」
ヨークガルフ「(色街に売り飛ばしたりなんてしねぇから、そこは安心しろ)」
シェルージェ「(何、色街って?)」
ヨークガルフ「(分からなきゃそれでいい)」
シェルージェ「(それじゃあ、シェルージェ、ゴミ箱から出るね)」
ヨークガルフ「(待て、ゴミ箱の中に何がある?)」
シェルージェ「(何って、ゴミ袋が結構入ってるよ)」
ヨークガルフ「(だったら袋を破いてみろ)」
「(中に腐った野菜とかがあれば、その汁を顔や体に塗れ)」
シェルージェ「(げっ!そんなことすんの!?)」
ヨークガルフ「(公都を出たいんだろ)」
「(だったら俺の言う通りにしろ)」
シェルージェ「(わ、分かったよぉ…)」
シェルージェは腐ったトマトやほうれん草、苺やパイナップルなどを見つけ、野菜や果物などの臭い汁を顔に塗りつけた。
シェルージェ「(うう…お顔が臭いよぉ…)」
ゴミ箱から出てきたシェルージェ、ヨークガルフと対面し、
ヨークガルフ(小声)「(俺の名はヨークガルフ、ナプトレーマの盗賊だ)」
「(よろしく頼むぜ、シェルージェ)」
シェルージェ(小声)「(もお!こんな臭い思いしてるんだから、ちゃんと連れて行ってよ!おじさん!)」
ヨークガルフ「(声をかけたのは俺のほうだからな、その責任くらいはちゃんと取ってやるよ)」
公都を歩くヨークガルフとシェルージェ。
生ゴミの汁が顔についたシェルージェを見て、周りの人たちは、
おばさん④(小声)「(何、あの娘、汚らしいわねぇ)」
おばさん⑤(小声)「(この華やかな公都に相応しくないざます)」
シェルージェ(小声)「(なんか周りのおばさんたち、シェルージェを変な目で見てるよぉ)」
ヨークガルフ(小声)「(何を言ってる。むしろ成功してんだよ)」
「(汚い顔になったお前が貴族の娘だなんて誰も思わねぇだろうからな)」
ヨークガルフ(小声)「(だが逆にそれを怪しむ奴もいるかもしれない…とにかく急ぐぞ)」
(※後編へ続きます)




