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第35話 シェルージェ memory ① ~ アーブヒルマン島、マダガスカルなお父さん ~

35話目です。

ここからしばらくシェルージェの過去を書いていきます。

「名門公爵家の出であるシェルージェがなぜ盗賊になったのか?」、それをお話しします。


(※今回の登場人物たちについては、前回「○35話・36話の主な登場人物の紹介」の回をご参照ください)

クランペリノ家の実家であるクランフェルジスの王宮(※1)に帰ってきたシェルージェは、祖父オルブラングと再会するが、祖父の姿はかなりやつれていた。


やつれた体で咳き込む祖父の姿を見て、シェルージェは、

シェルージェ「何よ、何があったのよ、お祖父ちゃん!」

オルブラング「ゴホ…グフ…」

 「さ、3年前、お前が王宮を出ていった後くらいから急に体を壊してな…」

 「それからというもの、体が満足に動かないんだ…」

シェルージェ「何よ、どうしてそうなっちゃったのよ!」

オルブラング「自分でも気づかないうちに体が弱っていたのだろう…」

 「気がつけば回復魔法でもどうにもならないくらい悪化してしまったよ…」

シェルージェ「そんなぁ…これからどうなっちゃうのよ…」

オルブラング「もう長くは生きられないかもな…」

 「お前が家出をした3年前、大公を辞職し、クランペリノ家の当主の座をラプシェイアに譲って正解だったよ…」


シェルージェ「お祖父ちゃん…もしかしてシェルージェのことを心配して、体壊しちゃったの…」

オルブラング「あの頃から体はすでに弱っていたのだろう…」

 「お前は何も気にしなくていいさ…」


続いて、

オルブラング「しかしこうしてまたお前の顔を見ることができて、本当に嬉しいよ…」

シェルージェ(心配そうに)「お祖父ちゃん…」

オルブラング「私のことを「お祖父ちゃん」と呼んでくれるのか…それもまた嬉しいものだよ…」

 「私は3年前、お前のことを見捨てるような真似をしてしまったというのに…」


オルブラング「公爵家の名誉や誇り…それらを傷つけないために、お前の家出のことはあえて他国に伝えなかった…」

 「目に見える孫娘のことよりも、私は目に見えない名誉や誇りを選んだ…」

 「貴族としてはともかく、祖父としては失格だよ…」


ここで部屋にいる母ラプシェイアや祖母マーシャが、

ラプシェイア「それを言ったら私たちも同じよ、シェルージェ…」

 「私もお母様もシェルージェのことよりも結局は公爵家の名誉や誇りを選んでしまった…」

 「お父さんが失格だと言うのなら、私たちだって…」

マーシャ「そうよね、私もシェルージェに「お祖母ちゃん」なんて呼んでもらう資格はないわ…」


自分たちのことを悔いる家族にシェルージェは、

シェルージェ「いいんだよ、それで良かったんだよ、お母さん、お祖父ちゃん、お祖母ちゃん…」

 「シェルージェのことを秘密にしてくれたから、シェルージェはおかしらたちと楽しい盗賊生活を送れたんだもん…」

 「もしナプトレーマにシェルージェのことが伝わってたら、きっと落ち落ち過ごせなかったよ…」


ここで部屋にいるオリンスが、

オリンス「うん!シェルージェちゃんが楽しく過ごせたことが何よりだよ!」


シェルージェはオリンスを無視し、どうして自分が盗賊になったのかを家族に話し出した。



(ここからしばらく回想シーン)


今から3年前。

ケルビニアン暦2047K年の3月末頃。


サフクラント公国の公都、サンディアルゴ・デコンポーラ地区(※2)のオブラドローク広場(※2)で新聞を読む市民たちが話し合っていた。


市民①(中年男性)「ランフォン特別区では大規模なデモが連日連夜行われているらしいな…」

市民②(中年男性)「バンリ本土の人間たちは、こんなこと新聞に載せたくないんだろうが、致し方ないのだろうな」

市民③(中年男性)「観光客がデモに巻き込まれたらたまったものじゃないからな」


市民①(中年男性)「例の特別区解除法案はランフォンにとっては何一つメリットがないな」

 「バンリ本土の強引なやり方により、市民や貴族は反対の声を上げ、そしてデモにまで発展した」

市民②(中年男性)「デモによって経済活動や観光などにも悪影響が出ている」

 「早急になんとかしなければ、ランフォンに良い明日はないだろう…」


市民③(中年男性)「まったく、あの国の一国二制度は一体どこに行ってしまったんだ…」

 「本来はこのサフクラントのように公爵家たちが治める特別な地区だというのにな…」



広場で市民たちが話をする中、公都の同地区内にあるクランフェルジスの王宮では、大公のオルブラング(当時69歳)が孫娘シェルージェの中学校の成績を見て嘆いていた。


オルブラング「なんとも嘆かわしいな…」

 「中学最後の成績だというのに、ほとんど1じゃないか…」

 「中学校が義務教育だから卒業できたようなもんだよ…」

マーシャ(当時67歳)「まあ、最後まであの娘らしい成績でしたね」


オルブラング「教師も教師たちだ。大公である私に気を遣うというのなら、もっとシェルージェを過大評価すべきだ」

ラプシェイア(当時40歳)「私はむしろいい先生たちだったと思いますよ」

 「大公の孫娘であっても、シェルージェを一人の生徒として対等に見てくれたのですから」


オルブラング「まあいずれにせよ、コネを使いアルカデレナス第一高校(※3)に入学させなくて良かったな…」

 「ここまで低学力ではあの高校の授業に全くついていけるはずがない」

 「シェルージェを行かせたところで、クランペリノ家の恥になるだけだ…」


マーシャ「あらあら、最初は手を回してでも高校を卒業させようと考えていたじゃないですか」

オルブラング「そういう手段でしか卒業できないというのなら、それはやはり恥だと思い直した」

 

オルブラング「無理に卒業させても、周りの教師や生徒たちは白い目でシェルージェを見るだろう」

 「それは結局クランペリノ家の恥にもつながる」

ラプシェイア「お父様、あんまりシェルージェのことを恥と言っては、あのが可哀想だわ…」

オルブラング「分かっているさ…」

 「だが、公爵家の血はそんな軽いものではない」

 「シェルージェは生きている限り、その血から逃れることはできない…」

ラプシェイア「お父様…」


オルブラング「尤も異文明国家サンクレッセル連邦国の者たちから見れば、貴族の血など取るに足らないものかもしれないがな…」


一方王宮内にあるシェルージェの父マグダイドの寝室では、

マグダイド(当時42歳)「中学校卒業おめでとう、シェルージェ」

シェルージェ(当時15歳)「ありがとう、お父さん!嬉しいよ!」

 「お祖父ちゃん、「おめでとう」なんて言ってくれないんだもん」

マグダイド「だったら、今度は「おめでとう」って言ってもらえるくらいお勉強とかを頑張ってみたら?」

シェルージェ「それはそれで嫌だなぁ…」


マグダイド「4月からはまた家庭教師の先生たちに勉強を教えてもらうんだよね」

シェルージェ「お勉強はするんだろうけど、そっちのほうがまだ気楽でいいよ」

 「中学校では、「うちの伯爵家をよろしくお願いします」とか、そんなこと言ってくるばっかだったもん」

 「シェルージェを通じてクランペリノ家に媚びを売ろうとしているのが見え見えだったよ」

マグダイド「公爵家の後ろ盾は欲しいからね。特に伯爵家より下の貴族たちにとっては」

シェルージェ「だからってみんな、シェルージェにヘコへコするわけ?」

 「そんな社会構造、腐ってるよ」


マグダイド「でも学校の先生たちは、シェルージェのことを一人の生徒として、ちゃんと見てくれたと思うよ」

 「大公であるお義父さんの機嫌を取るんだったら、無理にでも成績をオール5にするんじゃないかな」

シェルージェ「そんな偽物の成績なんかいらないよ」


シェルージェ「それよりもシェルージェちゃんは、自分の信じた道をまっすぐ進みたいんだよぉ」

マグダイド「まっすぐか、すごくいいと思うよ」

 「シェルージェは誰よりも純粋でまっすぐなだって、お父さんは思っているから」


シェルージェの父マグダイドはクランペリノ家の婿養子で、ルスカンティア王国領アーブヒルマン島(※4)を治める公爵家の出である。

しかしサフクラントの風土に馴染めなかったのか、王宮に来てからは体調を崩しがちで、ベッドの上にいることが多かった。

あまりベッドから出られない父マグダイドであったが、娘のシェルージェはよく父の部屋へ行き、父と仲良く話をしていた。


マグダイド「僕の故郷のアーブヒルマン島には大きな熱帯雨林の森が6つあってね、それらの森は「アツィナーナンの雨林(※5)」と呼ばれているんだよ」

シェルージェ「熱帯雨林?それって普通の木と違うの?」

マグダイド「雨の多い地域で育つ木々で、とても大きくなるんだ」

シェルージェ「大きいの!?この王宮よりも!?」

マグダイド「うん。びっくりするくらい大きいんだよ」

シェルージェ「そんな木がたくさん生えてるの!?お父さんが生まれた島って面白いねぇ!」


マグダイド「熱帯雨林だけじゃないよ、シェルージェ」

 「他にもアンドレファルーナの乾燥林群(※6)っていう石灰岩のカルスト台地とかもあってね」

 「そこはギザギザした岩がたくさん並んでいて、景色もすごく独特なんだ」

シェルージェ「いっぱいのギザギザ岩!?それも面白そう!」


勉強やマナーの教育、周りの期待からくるプレッシャー、貴族社会の腐敗ぶり…公爵家の一人娘として生きるシェルージェにはストレスも多い。

そんな彼女にとって父マグダイドと過ごす時間は唯一の安らぎであった。

だがその最愛の父も…


シェルージェ(号泣しながら)「何でよ!何でなのよ、お父さん!」

 「目を開けてよ!シェルージェを一人にしないでよぉ!」

 「うわーん!!」

ラプシェイア(とても心配そうに)「シェルージェ…」


2047K年5月、病の進行、悪化により、最愛の父マグダイドはこの世を去った。42歳の若さであった。

シェルージェは父の葬儀の場で誰よりも泣いていた。


父マグダイドが亡くなってから、シェルージェは自分の寝室に引きこもってばかりいた。

生前父が大事にしていたワオキツネザルとムナジロクイナモドキの彫刻(木製)を自分の寝室に置き、ただ落ち込んでいた。


そんな落ち込むシェルージェを母のラプシェイアと祖母のマーシャは心配し、

ラプシェイア「シェルージェ、お父さんが亡くなって辛いのは本当によく分かるわ…」

 「でもお父さんだって、あなたにいつまでも悲しんでほしいわけじゃないと思うの…」

マーシャ「マグダイドさんはシェルージェちゃんの明るい笑顔が見たいはずよ…」

 「あなたが元気になることはマグダイドさんのためでもあるのよ…」

部屋に引きこもるシェルージェに対し、ラプシェイアとマーシャは扉越しに話しかけた。


シェルージェ「もういいよ…お母さんやお祖母ちゃんが何を言ったって、お父さんは生き返らないんだから…」

ラプシェイア「シェルージェ、あなたの言う通り、それでマグダイドさんが戻ってきたりはしないわ…」

シェルージェ「…」

ラプシェイア「でもね、私たちはこれからも生きていきたいのよ、シェルージェ」

マーシャ「そうよ。みんなで生きていきましょう、マグダイドさんの分まで」


シェルージェ「そんなこと言うんだったら、お母さんもお祖母ちゃんもシェルージェと一緒に王宮を出ようよ…」

ラプシェイア「シェ、シェルージェ!?」

シェルージェ「シェルージェ、貴族の生活なんて耐えられないよ…」

 「お祖父ちゃんや周りにいる男爵家や子爵家の人たちはお父さんの死よりも、この先のことばっか考えてる感じだし…」


シェルージェ「お父さんがいないんじゃ、もうこんな所に居たくないよ…」

 「早く出て行こうよ…」

ラプシェイア「ごめんなさい、シェルージェ…」

 「他の事はともかく、それだけはどうしてもできないの…」


マーシャ「シェルージェ、私たちは公爵家、それも大公の家族なのよ」

 「急に私たちがいなくなったら、国の人たちは心配してしまうわ」

 「私たちはこの王宮にいなければならないの…それがこの国のためなの…」


ラプシェイア「シェルージェ、この国がもし王国だったらシェルージェは今お姫様だったのよ」

 「お姫様がいなくなったら、みんな心配しちゃうでしょ?」

シェルージェ「そっか…お母さんもお祖母ちゃんも結局は貴族社会や他の人たちを選ぶんだ…」

 「シェルージェよりも…」

ラプシェイア「シェルージェ、そんなつもりで言ったんじゃ…」


シェルージェ「もういいよ!お母さんもお祖母ちゃんも知らない!」

 「お部屋の前からいなくなってよ!」

マーシャ「シェ、シェルージェ!?」

シェルージェ(泣きながら)「シェルージェ、お姫様になんてなりたくないよぉ!」

 「うわーん!!」

父を失い悲しむシェルージェ、今の彼女には母や祖母の言葉でさえもまったく届くことはなかった。


それから数日後、寝室に引きこもっていたシェルージェは、王宮の庭園などに出向くようになったが、やはり気分は落ち込んでいた。

シェルージェ(心の中で)「(パルテレレ庭園(※1)…大きな噴水のあるきれいなお庭なんだけど、見ていても全然心が晴れないよ…)」


その時、足音が聞こえた。

シェルージェ(心の中で)「(茂みの中に隠れよう…誰かと話すのも面倒くさいや…)」

シェルージェは咄嗟に隠れた。


近づいてきたのは王宮を護る兵士たちだった。そして兵士たちは会話を始め、

サフクラント兵①(王宮兵士)「防衛面を考えればこの王宮の周りにも堀がほしいところだな」

 「周囲には川も流れているんだから、堀の水だって簡単に確保できるっていうのに」

サフクラント兵②(王宮兵士)「仕方あるまい。今の大公様を含め、歴代の当主たちはこの王宮を要塞のような見た目にしたくないみたいだからな」

サフクラント兵①(王宮兵士)「それも市民への開放などを考えてのことか…まあこの王宮もでかいからな、家族や一族だけで住むとしたら広すぎる」


サフクラント兵②(王宮兵士)「しかしお前の言うように防御面に不安があるのも事実だ」

 「周りにある壁をよじ登れば王宮に侵入できるんだからな」

サフクラント兵①(王宮兵士)「壁をよじ登るか、ワトニカの戦士、忍者だったら余裕だろうな」

サフクラント兵②(王宮兵士)「忍者は確かフックの付いたロープを使い、壁などを越えていくんだったな」

 「まあそのフックのロープにも固有の名称があった気がするが、俺はその名称を覚えてないな」


兵士たちの話をこっそり聞いていたシェルージェは、

シェルージェ(心の中で)「(忍者?壁を越える道具を持っているってこと?)」

 「(だったら、そんなのを使えばシェルージェちゃんもこの王宮から一人で出られるかも?)」

シェルージェは忍者に興味を持った。そして…

「忍者のことを知れば何かできるのでは?」、シェルージェの次なる行動とは?

次回へ続く。


※1…王宮の名前の由来は、スペインの世界遺産「アランフェスの文化的景観」(文化遺産2001年登録)の「アランフェスの王宮」、庭園の名前の由来は同王宮の「パルテレ庭園」より

※2…地区の名前の由来は、スペインの世界遺産「サンティアゴ・デ・コンポステーラ(旧市街)」(文化遺産 1985年登録)、広場の名前の由来は同旧市街にある「オブラドロイ広場」より

※3…高校の名前の由来は、スペインの世界遺産「アルカラ・デ・エナレスの大学と歴史地区」(文化遺産 1998年登録)より

※4…島の名前の由来は、マダガスカルの世界遺産「アンブヒマンガの丘の王領地」(文化遺産 2001年登録)より

☆※5…雨林の名前の由来は、マダガスカルの世界遺産「アツィナナナの雨林」(自然遺産 2007年登録)より

☆※6…乾燥林の名前の由来は、マダガスカルの世界遺産「アンドレファナの乾燥林群」(自然遺産 1990年登録 2023年拡張)より

(この世界遺産は以前「ツィンギ・デ・ベマラ厳正自然保護区」と呼ばれていた)

(☆:物語初登場の世界遺産)

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