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◯◯◯◯探偵  作者: てこ/ひかり
第三幕
25/28

雪月花探偵

「明けましておめでとう、レイラ君」

「明けましておめでとうございます、先生」


 レイラがバス停の前で佇んでいると、何処ともなく、前田探偵がふらっと現れた。別に待ち合わせしていた訳でもない。なんて言ったって、今日は元旦、お正月なのだ。さすがに探偵事務所も休みだった。だが今日の前田は、ケープ付きの外套(インバネス・コート)鹿撃帽(ディア・ストーカー)、おまけに口には木製の曲がった(キャラバッシュ)パイプまで咥えている。バッチリキメた格好で紫煙を燻らせる前田を、レイラがマジマジと眺めた。


「お正月だってのに、何事ですか? その格好」

「ああ、これかい? 今から『探偵神社』に初詣に行こうと思ってね」

「『探偵神社』?」

 前田が笑顔で頷いた。


「そう。世界中の名だたる名探偵たちが祀られた、日本で唯一の謎多き神社さ。レイラ君も一緒に行くかい?」

「そんな神社が……何故?」

「良いから、良いから。さぁ行こう!」


 レイラは前田に手を引っ張られ、半ば無理やり『探偵神社』とやらに出向く羽目になった。別に行きたくない訳ではないのだが……特段行きたい訳でもない。空全体を真っ白な雲が覆い、さっきから細かな雪が降ったり止んだりしている。レイラはぐずついた空を見上げ、諦めて白い息を吐き出した。どうせ前田のことだから、途中で何らかの怪事件に巻き込まれるのだろう、と思ったのだ。


 馬車に揺られること約30分。

レイラは前田に連れられ、『探偵神社』へと足を踏み入れていた。境内には白い花が咲き乱れ、巨大なクスノキが空を埋めつくさんばかりに生い茂っている。レイラは目を細め、感嘆の声を漏らした。

 外観は、他の大多数と何ら変わりない、一見普通の神社である。ただ、そこにいる参拝客たちが……境内は初詣で大変賑わっていた……誰も彼も、まるで仮装(コスプレ)大会かのごとく、今朝方の前田と同じ格好をしていた。


「何ですか、これ……」


 呆然としたレイラは思わずそう呟いた。前田がその隣で、パイプを咥えたままモニャモニャ笑った。


「すごいだろう。此処が『探偵神社』さ。毎年『探偵神社』に初詣する時は、シャーロック・ホームズの格好をするのが正装なんだよ。これが神聖な衣装なのさ」

「これだけウジャウジャいると、実に不気味ですね」

 そこかしこに集まったコスプレ集団を見て、レイラが気後れしたように言った。全員が探偵の格好をしていると、何だか事件が起きることを皆が期待しているような、そんな異様な光景に見て取れた。


「さあ、レイラ君もお参りに行こう。日本の初詣は初めてかい? あそこに小銭を投げ入れて、願掛けをするんだよ……」


 前田が笑ったまま先を促した。社の前は人でごった返していたが、やがて数十分も並んでいると、レイラたちの番がやって来た。英語表記で書かれていた礼の仕方をそっくりそのまま真似てみる。ぶら下がっていた巨大な古い鈴を鳴らし、レイラは静かに手を合わせた。


「……何をお願いすれば良いんですか?」

「別に何でも良いんじゃないかなあ」

 前田は深々と頭を下げながら、小首をひねった。

「此処に祀ってあるのは『探偵の神様』だからね。私は毎年、『犯人が当たっていますように』とお願いしているが、果たして叶っているのかいないのか……」

「なるほど……」


 そんな職場放棄みたいな願い事を毎年されて、『探偵の神様』もさぞかし迷惑なことだろう。『妙な事件が起きませんように』、レイラはそう願い、探偵の存在意義を否定した。参列が終わると、前田は六角形の箱の前へと駆けて行った。


「レイラ君、見てごらん。オマケグッズ付の『探偵御神籤(おみくじ)』だよ。今年の運勢が書かれた紙と一緒に、指紋だったり毛髪だったり、現場に残された開運証拠品(グッズ)がもらえるんだ」

「開運証拠品(グッズ)……地味に嫌なおみくじですね」

 レイラは顔をしかめた。

「結局事件と言うのは、『解決するも八卦、解決しないも八卦』だしねえ。だから探偵はこうして毎年御神籤を引いて、今年の運勢を占うんだねえ」

「そんな言葉は聞いたことないですし、運なんかに頼ってるから、いつまでもうだつが上がらないんじゃないですか?」

「レイラ君、今年も手厳しい……」

 

 前田は少ししょんぼりしながら、六角形の箱(おみくじ・ボックス)に300円を入れた。

1回目、前田は『大凶』を引いたので、目当ての『大吉』が出るまで何回も引き直していた。結局最高で『中吉』までしか出なかったが、そんなクレーンゲームみたいなことをして、果たして本当にご利益があるのか、甚だ疑問であった。


「あそこに飾ってあるのは?」

 時計やら時刻表やら、開運証拠品(グッズ)を両手に抱えた前田に、レイラが尋ねた。彼女の指差した先には、五角形の、横に長い板がずらっとぶら下がっていた。板の上には、カラフルな文字やイラストが描かれている。レイラは五角形の木札に近づき、小首をひねりながら、マジマジとそれを眺めた。


「ああ、それは『探偵絵馬』だよ」

 前田がのんびりと説明した。

「『探偵絵馬』?」

「そこに容疑者の名前だったり、似顔絵を描いておくと、実際にその人物が逮捕されたりするんだ」

「もはや呪具じゃないですか、そんなの……」


 意外と禍々しい代物だったと知り、レイラは思わず身を引いた。『探偵神社』……相変わらず謎の施設である。それから二人は表通りへと出向いていき、両脇に並んでいた『探偵露店』を覗いて歩いた。表通りには和楽器の演奏が何処からともなく響いてきて、正月特有の、ゆったりとした時間が流れていた。


「ああ、見てごらん。『ルミノール反応掬い』だよ。レイラ君、やる?」

「やらないです」

「あっちは『ダイイング・メッセージ釣り』だ。面白そうだねえ」

「いえ特に……」

「『凶器投げ』に、『射的』もやってる。何処も大賑わいだ……」

「『射的』だけ何だかマトモそうですけど、この縁日は、全体的に狂っています」


 レイラは断言した。無理やり『探偵』を絡めようとして、何が何だかさっぱり分からない。奇妙な露店の群れを過ぎると、今度は七色のカラフルな巨大テントがレイラたちの前に現れた。前田は目を輝かせた。


「あ! 見て見てレイラ君、『迎春推理ショー』をやってるみたいだ。懐かしいなあ。ちょっと覗いて行こうよ!」

「『推理ショー』って、そんなサーカス感覚でやってるもんなんですか?」


 首をひねるレイラの手を取って、前田は強引にテントの中に入って行った。だがテントの中はまだ薄暗く、閑散としていた。お客は誰一人として入っていない。どうやらまだ開演していなかったようだ。ステージには、これまた派手な衣装を着た若い男と、太っちょのおじさんが二人座り込んでいた。何やら真剣な表情で話し合っている。


「無理をするな、MR.トリック……」

 黒いタキシードに身を包んだ、太っちょのおじさんが心配そうに若者を覗き込んだ。MR.トリックと呼ばれた若い男の方が、がっくりとうな垂れたまま、低い唸り声を上げた。


「ダメだよ、おじさん……俺が行かなきゃ、よ。探偵たるもの、『推理ショー』から逃げる訳には行かねえんだ……よ!」

「だけど、MR.トリック! 体を酷使し過ぎだ。このままじゃ、事件を解決できない体になっちまうぞ!?」

「ライオンが火の輪を潜るように……よ。へへ……」


 暗がりの中、MR.トリックはニヤリと口の端を釣り上げた。主催者二人の会話が、レイラたちのところまで漏れ聞こえて来る。


「ゾウが玉乗りするように、よ。おじさん。探偵が事件を解かなきゃ……他に何をするって言うんだよ?」

「MR.トリック……いや、友三。お前、まさか……」

「たとえ事件が解けてなくったってよ、探偵はよ、『ショー』を続けなくっちゃあ行けないんだよッ!!」

「やはり……事件が解けていないのに、容疑者を集めていたのか! 『ショー』のために……お前、今までずっとそんな無茶を……!!」

「ウォォォォオオッ!! 犯人よ、どうかこの中にいてくれッッ!!」

「……行きましょう、先生。『見世物』の裏側を勝手に覗き見るのは、あんまり良くないですよ」


 盗み聞きするのも何だか悪い気がして、レイラは前田の袖を引っ張った。どうやら『推理ショー』前の打ち合わせに、うっかり鉢合わせてしまったらしい。ステージ上の二人に見つからないように、レイラたちはこっそりテントの外に出た。再び白い空の下に戻ると、前田は目を細め、何故か興奮覚めやらぬ顔で体を震わせた。


「すごいなあ。やっぱり花形の探偵と言えど、ああやって陰ながら努力しているんだ。私も頑張らなくっちゃあ!」

「今の何処に、感動する要素があったんですか?」

 前田はレイラの手を取って叫んだ。

「行こう、もう一度、御神籤を引きに! 大吉が出るまで、私たちも努力を続けるんだ!」

「努力の方向性がすでに間違ってる気がするんですが……」


 それから白い月が昇るまで、前田は籤を引き続けたが、結局『大吉』が出ることはなかった。


〜Fin〜

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