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◯◯◯◯探偵  作者: てこ/ひかり
第三幕
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24/28

脚本家探偵

 悲鳴が上がったのは、夜中の1時を過ぎた頃だった。


「何だ?」

「……二階からだ!」

 一階のラウンジでくつろいでいた招待客が、たちまち蜂の巣を突いたように騒ぎ始めた。客の一人、真っ赤なドレス姿の南野夏子が顔をしかめた。


「……ちょっと! 二階には小春が寝てるんじゃないの?」


 西園寺秋斗、北方真冬の二人が一瞬、凍りついたように顔を見合わせる。全員弾かれたようにソファを立ち上がると、彼らは急いで階段を駆け上がった。窓の外は漆黒の闇であった。照明の落ちた廊下や踊り場には、等間隔に並べられた淡い蝋燭の灯りが、ゆらゆらと揺らめいている。


「小春!」


 廊下の突き当たり、右側の扉に飛びつくと、秋斗が大きな声で彼女の名前を呼んだ。しかし……

「開かない!」

「中から鍵がかかってるわ!」

「マスターキー持ってこい! 早く!」

「小春! 小春!」


 ……しかし、扉は開かなかった。

 悲鳴や怒号、行き場を失った三人の感情が交錯し、閉じられた扉の前で響き合う。最悪の事態が三人の頭をよぎっていた。やがて……


「小春!!」


 ……やがて三人の前に現れたのは、胸の辺りを真紅に染めた東城小春、変わり果てた彼女の姿だった……。


◆◇◆


「……それで私が呼ばれたと言うわけですか」


 前田”負”家は、真っ白なグローブに手を通しながら、静かに男を見つめ返した。前田の前には被害者の死体が転がっている。山川慶喜は目を反らすと、苦虫を噛み潰したような声を絞り出した。

「ああ。ここは本州から数十キロ離れた無人島で、警察には相談できない。台本にないからな。俺たちは約一週間、この島に閉じ込められることになってる」

「確か貴方達は劇団員で、来春公開予定の舞台稽古をやっていたんですよね」


 前田が台本を確かめると、山川は頷いた。


「そうだ。俺たち四人で、『台本通り殺人事件』の稽古をやっていたんだ」

「えっと、殺されたのは『東城小春』役の風間哀さん……」

「『東城小春』役の風間哀、キャラクターボイスは甲藤七花が担当予定だった。俺は彼女の婚約者で『西園寺秋斗』役の山川慶喜、CVは丁野小鳥……」

「え? 貴方が殺された被害者の婚約者だったんですか?」

「違う、違う。『台本では』だよ」


 前田が目を瞬かせると、山川は大きく首を振った。


「実際に彼女と婚約していたのは『北方真冬』の方。『北方真冬』役の小林極楽、CV乙井三日月……」

「何だかややこしいですね……」

 

 前田は頭を抱えた。


「『小春』役の風間哀と『真冬』役の小林極楽は実際婚約していたが、小林はCV丁野小鳥と不倫してたって噂もある。丁野は『南野夏子』役の火野怒二郎の嫁で、CVは風間丙丙……」

「ちょ、ちょっと待ってください」


 いよいよ人間関係がこんがらがってきて、前田はメモを取るペンを止めた。


「この人数で、『風間』で被ってくるのやめてもらえませんか?」

「何言ってるんだ。実際の名前なんだからしょうがないだろう。それに言っておくが、風間哀と風間丙丙は別に兄弟でも何でもない。本当の兄弟は、苗字は違うが実は甲藤七花と火野怒二郎の二人で……」

「すいません」

「……どうした?」


 前田は台本の頁をめくった。


「見てください。『小春』さんの殺され方。『台本通り殺人事件』に書かれてある台本そのままだ」

「そうなんだよ。だからこれは『台本通り』に沿った『見立て殺人』じゃないかって……」

「見てください。次の頁」

 頁を捲ると、そこには『第二の殺人』と書かれてあった。

「台本上では『第二の殺人』がある。これが『台本通りの見立て殺人』であれば、また犯人が動き出すってことでしょう」

「『第二の殺人』……? じゃ何か? この『台本通り』、次の殺人が起きるかもしれないってことか!?」

「ええ……その可能性は高いでしょうね」

「そんな……」

「では私は、一旦帰ります」

「何? 帰る?」


 驚く山川を尻目に、前田はそそくさと帰り支度を始めた。


「帰るって……事件はどうするんだ?」

「もう少し人数が減ってから来ます」

「そんなバカな!」

「だってもう、覚えてらんないんですよ!」

 前田が台本を丸めて壁を叩いた。

「誰が誰役とか……誰の声が誰だとか……『第二の殺人』が終わってからの方が、推理しやすいですし」

「そんな探偵がいてたまるか! みすみす犯人に殺されるのを待てって言うのかよ!?」

「ひとつだけ確かなことがあります。犯人はこの中にいるか、もしくはいません」

「何だそりゃ。オイ! 待て……」


 山川が止める間もなく、探偵はヘリに乗って嵐の中に突っ込んで行った。山川は不安げに荒れ狂う空を見上げた。ここまで全て『台本通り』であった。


◆◇◆


 第二の殺人は、すぐに訪れた。


 殺されたのは、西園寺秋斗だった。秋斗は婚約者が死んだショックで、二人が引き止めるのも聞かず一人部屋にこもってしまった。翌朝、夏子が秋斗の部屋を覗き込むと、中はもぬけの殻。数分後、秋斗は厨房の、燃えたぎる釜の中で発見されたのだった。二人は愕然とした。これが現実なのか。彼の表情は苦悶に満ち溢れ、またその目は最後に一体何を捉えたのだろうか、言い様のない恐怖に彩られていた……。


◆◇◆


「えー……殺されたのは『南野夏子』役の火野怒二郎さん……」

「キャラクターボイスは風間丙……」

「キャラクターボイスはもう良いです」


 山川の言葉を前田は遮った。釜の中で、第二の殺人の被害者・火野がまるで風呂にでも入るみたいな姿で殺されている。前田探偵は参ったな、とでも言いたげに後頭部を掻いた。


「『台本』だと殺されるのは『秋斗』役の山川さん……のはずでしたが」

「そうだよ。でも実際に哀ちゃんと婚約していたのは火野だからな。それで俺たちが制するのも聞かず、火野は一人で部屋に閉じこもって……」

「困るなあ。『台本通り』殺されてくれないと。これじゃ振り出しだ」

「オイ! そりゃどう言う意味だ?」

 山川が声を荒らげると、後ろから『真冬』役の小林極楽が大きくため息をついた。


「そうよ。即興だか何だか知らないけど、これじゃ大切な舞台が成り立たなくなっちゃうじゃない。ちゃんと『台本通り』死になさいよ」

「いくら舞台に命かけてるからって、本当に死ぬ奴があるか!」

「おや、小林さんと言うのは……」

 前田が首をひねった。


「女性の方なんですね。殺された風間哀さんの婚約者だと聞いていたので、てっきり男かと……」

「そうよ。私身体は女性だけど、心は男なの」

「ははあ」

「火野は身体は男だけど、女性役ばっかりやってたな」

「ちなみに私が演じる『真冬』は男なんだけど、心は女性……ってキャラクターなの。身体は女性で心は男性の俳優が、身体は男性で心は女性の役をやるのよ。ね、面白いと思わない?」

「それから『秋斗』は老人みたいな性格だが、実は女装癖があってな。『夏子』は、彼奴は心は少年で、男も女も両方行ける……」

「……別にここでどうこう議論するつもりはありませんがね。推理するこっちの身にもなってくださいよ」


 『老若男女』、とデッカくメモに書き込んで、前田は辟易しながら台本を丸めた。


「では……次は『第三の殺人』でお会いしましょう」

「え? もう帰るの?」

「はい。一度情報を持ち帰ってこちらで精査したいので」

「ちょっと待てよ。『第三の殺人』って、確かに『台本』にはそう書いてあるけど、俺たち元々四人しかいないんだぞ? 残ってるのは二人だ。どっちかが犯人じゃないか」

「『第三の殺人・秋斗死す』でお会いしましょう」

「俺じゃねえかよ。それ死ぬの俺じゃねえかよ!」

「でもそれは『台本では』の話ですからね」

 前田は肩をすくめた。

「現実はそうとは限りませんよ。舞台上で役者が犯人役に殺されたからって、本当に警察に殺人罪で逮捕されますか? ミステリー作家は全員殺人犯ですか?」


 『秋斗』役・山川は疲れた顔をしてため息をついた。


「だいたい何で『第二の殺人』で死んだはずの秋斗が、『第三の殺人』に出てくるんだよ。おかしいだろこの『台本』」

「ええ。事実この『見立て殺人』はちょっとずつ狂ってきている。この秋斗って奴が、もしかしたら死んだフリをした犯人なのかも……」

「えぇ〜……? ちょっ、俺を見ながら言うなよ。俺は『秋斗』役であって、別に本当に殺してなんて……」

「ねえ、最後の頁見れば犯人載ってるんじゃないの?」

 小林が身もふたもないことを言って、『台本』を覗き込んだ。前田は残念そうに首を横に振った。


「それが……最後の頁は中途半端なところで終わっていて、最後まで書かれていないんですよね」

「まだ決めかねてたってことか……」

「では……また」

「本当に帰るのか……」


 不安げな山川と小林を置いて、前田はヘリに乗り込み、嵐の中へと突っ込んで行った。


◆◇◆

 

「お前だ! お前が犯人なんだ!」

「ちょっと待ってよ真冬! 私は殺してなんか……」

「うるさい! もう俺とお前しかこの島には残ってないんだ。俺は犯人じゃない。じゃあお前しかいないじゃないか!」

「そんな……アンタが犯人だって可能性もあるじゃない!」


 夏子の言葉は、最後まで続かなかった。倉庫に閉まってあった猟銃を、真冬がぶっ放したからだった。轟音とともに天井が砕け、夏子は悲鳴を上げて後ずさった。


「ひ……っ!?」

「お前が……お前が……俺は殺されたくない、殺されるくらいならこっちから殺してやる……」

「助けてぇ!」


 夏子は腰砕けになりながらも、慌てて後ろの扉に飛びついた。間髪を容れず、轟音が鳴り響く。二発目は彼女の頭の数センチ横の壁に、大きな風穴を開けていた。


「誰かぁ! 殺されるぅ!」

「殺す……! 殺してやる……!」


 ブツブツと独り言を呟きながら、真冬がゆっくりと夏子の後を追う。


「何処に隠れても無駄だぞ!」

 外に飛び出し、草むらの陰に入って行った夏子に、真冬が叫んだ。


「船もない! 助けも来ない! 隠れる場所なんてこの島にはどこに


◆◇◆


「……うーむ」

「犯人は分かりましたか?」

「あっ探偵さん」


 前田が三度顔を覗かせると、ラウンジで山川と小林が顔を付き合わせて『台本』を読んでいた。


「ダメです。さっぱり」

「台詞の途中で終わっちゃってるんだもん。これじゃどっちが犯人か分からないわよ」

 大きなソファに体を投げ出して、小林が大きく欠伸した。前田は頷いた。


「しょうがないですね。では……山川さんを犯人として逮捕しましょう」

「何でだよ!?」

「だってどっちかは犯人な訳だし……二分の一でしょう」

「だからって何で俺なんだ!?」


 山川は怒り狂って立ち上がった。


「『真冬』さんの代役です」

「代役で逮捕って……そんなバカな話があるか!」

「いいわよ。私もそれに一票」

「これで二対一ですね」

「多数決で犯人を決めるな! そもそもこの『台本』が途中で終わってるんだから……」

「そんなの、大体分かりますよ。私は昔、脚本もかじったことがありますからね」

「はぁ?」


 今にも殴りかからんとする山川に、前田が自信満々に語り始めた。


「その続きはこうです。『怒り狂った真冬が嵐の中に飛び出した。夏子は恐怖にかられ逃げ出したが、途中足を挫き、倒れ込んで気絶してしまう。数時間後、夏子が目を覚ますと、そこには猟銃で頭を撃ち抜かれた真冬の死体が……』」

「え!?」

「自殺したのか?」

「まぁまぁ。最後まで聞いてください。『驚く夏子の前に、秋斗が現れる。秋斗は殺されたフリをして、真冬に罪を着せようとしていたのだ……』」

「きゃぁあっ! やっぱり! やっぱり犯人は貴方だったのね!?」

「待て待て。俺が、殺されたフリをしていたって?」

「そうです。『第二の殺人』は台本通り行われなかった。そこで観ている人は疑問に思ったはずです。『あれ? これって()()()()()()()()()?』って」

「ど……どっち、って」


 山川がギョッとして後ずさった。前田は不敵な笑みを浮かべた。


「もうお分かりでしょう。台本だったのは探偵が巫山戯ている方! 本当の現実は、小春さんが殺された方だったんだ!」

「な……何を言って……」

 山川は笑おうとしたが、明らかに顔が引きつっている。探偵は畳み掛けた。

「実際の事件には嵐の渦中に探偵なんて登場しない。()()()()()()()()()()()()。山川さん……いえ、秋斗さん」

「…………」

「秋斗さんは舞台上のキャラなんかじゃない。実在する人物なんだ。貴方は現実世界で殺されたフリをした後、裏で真冬さんに猟銃を発見させ、彼が暴走するよう追い詰めた。そして何食わぬ夏子さんの前に現れ、二人で島を抜け出したんです。


 では何故このような『台本』が生まれたのか? 貴方の誤算は、事件が大きく報道されてしまったことです。


 センセーショナルな孤島の殺人事件に、マスコミは飛びついた。連日ワイドショーで流され、生存者の夏子さんには事件のドラマ化映画化舞台化、『台本』の執筆依頼まで舞い込んできた。

 だけど彼女は『台本』など書いたことがない。ましてや殺人事件など……そこで彼女は、貴方は知らないでしょうがね、TVで大活躍中だった私に監修の依頼を頼んだのです」

「監修だと……?」

「ええ。そこで私と一緒に現実で、捜査のため島に渡りました。そこで明るみになった数々の証拠……今彼女が書いているのは、貴方が真犯人だという筋書きなんですよ!」

「バカな……」


 山川は打ちひしがれたようにその場で固まっていた。こっちが『台本』で、さっきまで読んでいた方が現実? そんな……。


「観念してください。この『台本』が世に出回る頃には……事件の真犯人が誰か、全員が知ることになるでしょう。夏子さんはね、私と共に真実を知り、貴方を告発することにしたんです。現実で私の本名は克家ですが、この『台本』では”負”家と言うキャラクターになっています。この台本は『真実の告白』です。実在する探偵を舞台に登場させ、推理モノっぽく演出した、ね……」


◆◇◆


「何処に隠れても無駄だぞ!」

 外に飛び出し、草むらの陰に入って行った夏子に、真冬が叫んだ。


「船もない! 助けも来ない! 隠れる場所なんてこの島にはどこにもないんだ!」


 真冬の怒声が夏子の頭を上でグワングワンと鳴り響く。夏子は半狂乱になっていた。どこに向かっているのかも分からず、闇雲に草むらの中を走り続けた。雨が目の中に入っても、泥が口の中に入っても、今は気にしている暇などない。逃げなきゃ。とにかく逃げ……


「あっ!?」


 ふと足元を取られ、夏子はその場に倒れ込んだ。そのまま濡れた岩肌で強かに頭を打つ。いつの間にか彼女は崖付近まで走ってきたのだった。薄れゆく意識の中で、彼女はぼんやりと、嵐の向こうに見える灯台の光を見つめていた……。


 ……数時間後、彼女が目を覚ますと、殺されたはずの秋斗が、目の前でにっこりとほほ笑んでいた。驚く夏子に、秋斗が真っ黒に汚れた手を差し出す。


「……真冬の奴に殺されかけ、でも何とか助かったんだ。行こう。この悪夢を終わらせなくては……」


〜Fin〜

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