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◯◯◯◯探偵  作者: てこ/ひかり
第三幕
23/28

歴史家探偵

「それで、依頼と言うのは?」


 年季の入ったソファに腰を下ろし、前田は尋ねた。彼の真正面に座った依頼主。20代くらいの若い女性だった。今時珍しい着物姿で、何やら全身から気品というものが漂っている。彼女は物憂げな表情を浮かべたまま、訥々と語り始めた。


「実は……主人が事件に巻き込まれてしまいまして」

「ほう」

 前田は身を乗り出した。

「事件というと、一体どんな?」

「それが、殺人事件なんです」

「そりゃまた物騒だ」


 大きく仰け反って見せながらも、前田は内心まんざらでもなかった。確かに物騒だ。だが大きく複雑な事件になればなるほど、こちらの報酬も高くなるのだ。


「この間の豪華客船で起きた殺人事件なんですけど」

「ああ……それならニュースで見ました」

 前田は頷いた。豪華客船。きっと乗客もそれ相応なご身分に違いない。早くも解決した後の”謝礼”を想像して、前田は自然と笑みをこぼしていた。まさに願ったり叶ったりの依頼だ。どうやらツキがこっちにも回ってきたらしい。


 対照的に、夫人は哀しげに目を伏せた。


「どうも夫が殺人犯じゃないかって疑われるみたいで。だけど夫に限ってそんな事は……」

「お気持ちは分かります」

「実は夫は、織田信長の孫の、甥の、その次男に当たるのです」

「ははあ」


 前田はひとり納得した。旦那さんが、あの織田信長の血筋だったのだ。道理で浮世離れした、品のあるお方だと思っていた。きっと実家は東京ドーム8個分くらいの坪面積を持ち、大量の大判小判を庭の池に浮かべ、人生楽市楽座な生活を送っているに違いない。


「万が一夫が逮捕されるような事があれば……一族に恥があってはならないと、織田家総出で合戦が始まるやも知れませぬ」

「それはまた……」

 由緒ある家系も中々大変だな、と前田は思った。依頼主の夫は、下手をすれば一族から弾き出されてしまうかもしれないのだ。そりゃ必死にもなるだろう。


「お願いします先生! 夫を助けてください!」

「ええ、こちらとしても全力で捜査しますよ。大船に乗った気でいて下さい」

「良かった……!」

 前田は立ち上がり、ドンと胸を叩いた。依頼主の女性はホッとしたように表情を崩した。彼女は深々と頭を下げた。


「ありがとうございます!」

「なぁに! これくらい容易い御用ですよ! 安心して下さい、旦那さんは決して犯人なんかじゃありません。あっという間に解決して見せますから! ハーッハッハァ!」

「とっても心強いですわ。あぁ良かった。念のためこの事務所に、5万組の鉄砲隊を向かわせていたんですが……先生に依頼をお受けしていただいて、本当に助かりました」

「ハーッハ……なんですって?」


 その言葉に前田はむせ返った。


「何ですか? 何隊ですって?」

「鉄砲隊です。もし断られたら、一族の名誉に関わりますので」

「……断ったら、どうするつもりだったんですか?」

「……もし、夫が逮捕されるような事があれば」

 彼女は真顔に戻り、温度の低い目つきでじっと前田を覗き込んだ。


「織田家に伝わる三段撃ちの威力、特とご覧に入れましょうぞ!」

「いや、えっと、実際に犯人が誰かというのは、その、ちゃんと捜査してみないと」

「貴方は大船に乗った気でいろと先ほど申した!」

「ですけどね……いやでも、やっぱり」

「小童が! 我が一族の顔に泥を塗るつもりか!!」

「ヒィ……!」


 女性がテーブルの上に片足を乗せ、啖呵を切った。その迫力に前田はへなへなと座り込んだ。


「……失礼しました」

 こほん、と依頼主は咳払いを一つ、

「では後日、私めか、鉄砲隊のどちらかがうかがいますので」

「いや鉄砲隊はダメでしょ!? 殺す気満々じゃないですか!」

「『鳴かぬなら何とやら』でございます。それでは、御機嫌よう」

「ちょ……!」

 

 顔面蒼白にした前田を置いて、依頼主は颯爽と踵を返し、事務所を出て行った。


「えらいことになった……」

「失礼。大丈夫ですかな」 


 前田が呆然としていると、入れ替わりに次の依頼主が現れた。今日だけであと二件依頼の予約が入っているのだ。とにかく豪華客船のは後回しにして、先に片付けられるものを片付けてしまおう。前田は我に返って、依頼主の男性を空いたソファに勧めた。


「あ……こちらこそすいません。どうぞ」


 男性はシルクハットを取ると、軽く会釈した。何処か異国の匂いの漂う、日本人離れした顔つきをしている。口髭のよく似合う、皺ひとつないタキシードを見事に着こなした老紳士であった。一目で高貴な身分の人物だと分かる。前田は嫌な予感がした。


「それで、依頼というのは……」

「実は私の雇い主が、日本へのお忍び旅行中、トアル殺人事件に巻き込まれてしまいましてナ」

「はぁ……」

 大体察しはついたが、聞かない訳にはいかなかった。


「どんな事件ですか?」

「この間の豪華客船の殺人事件ですよ。あの船に我が主人が偶然乗り合わせていて……あろうことか、犯人ではないかと日本の警察に疑われているのです!」

「なるほど」

「国際問題だ! 我が主人は、何を隠そうあのナポレオン・ボナパルトの再従兄弟の孫の姪の長男なのですぞ!」

 老紳士が顔を真っ赤にして叫んだ。

「ナポレオンの……」

 何ということだ。前田は頭を抱えた。では話題の豪華客船には、織田信長の子孫と、ナポレオンの子孫が一緒に乗り合わせていたのだ。


「モシ主人が逮捕されるなどという、国辱を受ければ、ナポレオンは貴方を許さナイ!」

「何で!?」

「探偵サン。もし万が一のことがアレば……この事務所が、21世紀版フランス革命の主戦場になると思って下サイ」

「さっきから何言ってるんですか!? 何でこんな日本の狭い事務所で……せめてフランスで革命して下さいよ!」

「ナポレオンは本気です。彼の辞書に不可能の文字はありまセン。我が主人の容疑を晴らしていただきタイ。断れば主人は容赦無く貴方を射殺しマス」

「そんなに殺気を隠そうともしない容疑者いないですよ!」


 気がつくと老紳士はフレンチピストルを構えていた。前田は諦めて両手を上げ、白目を剥き、大人しく口から泡を吹いた。老紳士は満足げに口髭を撫でた。


「Merci。それでは後日、私か、革命軍のどちらかが御伺いしますノデ」

「フランスばんざーい!」


 あらん限りの命乞いをしながら、老紳士を見送った後、前田はがっくりと崩れ落ちた。


「バカな……鉄砲隊に革命軍だと……」

「先生、次の依頼主が来ています」

 レイラが扉の向こうから顔をのぞかせた。


「通して大丈夫ですか?」

「ああ、入ってもらってくれ……」

 前田は床に四肢を投げ打ったまま、力なくほほ笑んだ。次はアレクサンドロス大王の孫か、それともチンギス=ハン三世か。もうどんな奴でもやってこい、と半ば自棄になりながら、前田は顔を上げた。


「失礼します」


 入って来たのは、色白の、年端もいかない少女だった。白いワンピースに、ブロンズの長髪が良く似合っている。


「貴女は……」

 前田は床に転がったまま少女に尋ねた。少女は緊張で顔を紅潮させながらも、律儀に頭を下げた。


「初めまして。じ、実は私のおじいちゃんのことで先生にお願いがあって……」

「なるほど。それで君のおじいちゃんというのは、この間の豪華客船の事件に巻き込まれている訳だね?」

「そうです! ……どうして分かったんですか!?」

「仮にも私も探偵だからね! ハッハッハ……」


 乾いた笑いが応接間に響く。


「それで? 君のおじいちゃんは一体何者なんだ?」

「おじいちゃんは、あの、ちょっと今ボケてて、自分のことを『イエス=キリストだ』と……」

「バカな!?」

 さすがに前田も跳ね起きた。


「勝てるわけがない! イエス=キリストって! ”宗教”と”政治”はやめとけって、マジややこしいから!」

「あの、本人がそう言い張ってるだけで……」

「それで、もし私が依頼を断ったら『聖書にお前の名前を大罪人として書く』とでも言っているのだろう!?」

「そうです! ……良く分かりましたね!?」

「そんなこったろうと思ったさ! 『断ったら21世紀の十字軍を派遣する』とか何とかさ! 何という職権乱用だ! Jesus!!」


 前田は再び膝から崩れ落ち、床に頭を打ち付け始めた。


「一体私はどうすれば良いんだ、こんな……織田信長か、ナポレオンか、イエス=キリストか。一体誰を犯人にすれば良いんだ!? 誰を選んでも……私の推理次第で、歴史が変わってしまうぞ!」

「先生」


 前田が悶えていると、向こうの部屋からレイラが駆け寄って来た。


「先生、例の豪華客船の事件、解決したみたいですよ」

「何!?」


 驚いて顔を上げた前田に、レイラは隣の部屋のテレビを指差した。なるほどニュースでは件の豪華客船を背景に、しきりにキャスターが何事か叫んでいる。どうやら前田が知らない間に、事件の方が先に解決してしまったようだ。前田はゴクリと唾を飲み込んだ。


「そ、それで!? だ……誰が犯人だったんだ!?」

「それがどうやら、3人の共犯だったみたいですよ」

 レイラが静かに言った。


「織田容疑者とナポレオン容疑者と、自称・イエス=キリストのおじいさんと……3人で協力して、事件を起こしたんだとか」


 呆然と立ち尽くす前田の耳に、地鳴りにも似た鬨の声が響いて来た……。


〜Fin〜

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