6.
「エリー!」
「わあ、アネッサ!この間はごめんね」
「ううん、良いのよ。まだ小麦の賞味期限は切れてないわ!」
「切れてても良いよー。焼けば食べれる!」
「やめてよ。そんなのお店に出せないでしょ」
「えー。私が全部もらって帰るのにー」
「またそんなこと言って。ほら、いいからさっさと手伝って!」
姉さまと殿下たちが王都へ帰ってからしばらくして、やっと私は街に降りる許可をもらった。
今日はこげ茶のウィッグと、茶色の目なのだ!
髪染めた?ぐらいで済ませてもらわないと、ウィッグだということがバレてしまうからだけど、ちょっとでも雰囲気が変わってると良いなあ…なんて思惑もあったりする。
なので、今日は後ろの毛をまとめて三つ編みにして、片側から前に垂らしている。
もちろん、パン屋のお手伝いだから衛生面にも気を付けないとね。
アネッサはさばさばした姉御肌で、街の顔とまで言われている。商売をしたかったらアネッサのところへ行け。と言われるくらい面倒見が良いのも彼女の魅力である。
私はたまにお店の奥でパンを作る手伝いをさせてもらっている。
悩んだときにパン生地をこねていると、結構良いアイディアが浮かぶのだ、
今日の私はアネッサの助手。アネッサは、近くの子供たちを集めてパンを作る教室をたまにしていて、そんなときの助手を頼まれたりしている。
子供たちと一緒にパンを作るのは楽しい。独創的だし、夢がいっぱいつまっているから。みんなと作ったパンを食べるのも楽しみの一つだ。
今日は何を作るのかとワクワクしていると、アネッサが一人の男性を連れてきた。
子供の親かな…?なんて考えていた数分前の私、馬鹿か!
そこには、黒い髪と紅い瞳を持つタイガー王太子殿下が立っていた。今日は、町民みたいな格好だけれど、顔が浮いている。そんな美形が街にいてたまるか!!
思わず上から下までじろじろ見てしまったけれど、まだここで思い出のレディを探していたのだろうか?
というか、父よ。殿下が居るなら街へ降りる許可など出さないでほしいものである!
しかし、よく考えれば私は白を切ると決めたのだから、あまり慌てていてもいけないわよね。そう言い聞かせながら、アネッサに誰か聞いた。
「うーん。パン屋の前に突っ立ってたのよねー。アンタたちの親じゃないのよね?」
子供たちに聞いても誰もが口をそろえて「知らなーい」と答える。
そりゃそうだよ。だって、隣国の王太子様だもん。
「営業妨害だし、一緒につくればいいかなーって」
さっくりそう言い出す始末。私、知らないふりしてこの人に教えられるかなー。
不安しかないんだけれど。っていうか、王太子様、パンとか作ったことあんの?
と思っていたら、どうやらやる気らしく袖までまくっている。その顔は、子供たちと同じ、キラキラ輝いているように見えた。
そうだ、奴は子供なのだ。子供が一人増えただけだ。何の問題もない!!
私はそう思うことにして、アネッサがパン作りの説明をしているのを横で聞いていた。
「エリーちゃん、ここ切ってー」
「ここ?」
「うん、そう。はっぱにするの」
「そっかー。じゃあ、こんな感じかな?」
「すごーい!良く分かったね。こんなはっぱだって」
「だって、マドリアの花でしょう?上手に出来てるね」
「ほんとう?わかる?ママが好きなお花なのー」
ああ、癒し!!可愛い子供と一緒にパン作り。危ないからハサミは私が持っていて、代わりに切ってあげたりするのだ。
「おい、エリー。ここ!」
「なに?どこ?」
「だからここだよ!ヘビの口切って」
「おお!何これ、大きい!こんなのいるの?」
「おおよ!この前父ちゃんが言ってた。でっかくて水玉があって、何でもぱくっと食べちゃうんだぜ」
そうかー。だがしかし、これはファンシーすぎないか?とは言わない。
だって子供が目をキラキラさせて作ってるからね。
「どうですか?何作るか決めました?」
私はとうとうタイガー殿下に話しかけた。なにせ、最初の勢いはどこへやら。
フリーズして動かなくなってしまったのだ。
「何が良いと思う?」
逆に聞かれた。
「そうですねー。今欲しい物とか」
「・・・あるが、作れない」
「したいこととか」
「・・・あるが、できない」
「好きなモノとか」
「・・・特にない」
おい、本当に考えているのか、コイツ。
「じゃあ、あげたいものとか」
「あげたい・・・」
「そうですよ。何かありました?」
「指輪」
おおう!いきなりだな。
「じゃあ、犬にしましょう」
「何でだ」
「可愛いからです」
そう言って、私はパン生地を取って犬を作り始めた。
「できました!」
ドヤ顔で隣の殿下に言うと
「体が無いぞ」
と言われた。そりゃあそうだよ。顔しか作ってないもん。
「可愛いでしょ?作るのは自由ですから、顔だけ作りました。」
「でも体がないと辛いぞ」
「辛くないですよー。パンだもん」
「じゃあ、俺が体を作ろう」
「え?体だけ?・・・すごい怖いですよ、それ」
「何でだ?顔だけは可愛くて体だけは怖いのか?」
「だって、首切られたみたいじゃないですか」
「・・・そうだな。うん、やめよう」
「え?ちょっとすいません。もしかして想像しちゃった?わあ、ごめんなさい!!体作ってあげてください」
「いや、遠慮しておく」
「いえいえ、私がアレです。あの、焼いた後のことを考えちゃったのが悪いんです。焼く前にくっつけちゃえば良いんですよ!ね?」
もう必死である。何で楽しいパン作りの途中で、こんな怖いことになっているのか。
「そうか」
そう言って、殿下は体を作り始めたけれど
「ちょっと!リアル!!リアルすぎる!!」
と、私は止めた。
「お前、体をつくれと」
「ええ、言いました。言いましたけれど、この顔にこの体はおかしいでしょう?この顔の体を作ってくださいよ!」
殿下。それは実写です。っていうか、模写です。立体的に体作らないで!
四苦八苦して体を作った殿下。結局丸くした下部分を足にするために形作って、尻尾をつけて完成した。
不満そうだったけれど、顔を付ければ犬に見えないこともない。
アネッサが窯の準備が出来たと伝えてくれたので、私たちは作品を持って窯まで移動。焼く前に卵を割って作品にそれぞれ塗り、アネッサに託して焼きあがるのを待つ。
良い匂いがしてきたら出来上がりの合図である。
皆が待つ部屋へ移動して、出来た作品を皆に見せる。どれもこれもふんわり小麦色で美味しそうに出来上がった。
これは誰の、俺のはこれ。そう言って楽しそうな彼らを見ていると、本当に楽しい。
私は用意していた箱に、作品を一つ一つ入れていく。ヘビのは無理やり押し込んだけれど…。
これはお家で親に見せるお土産だ。
アネッサが作ったパンをみんなで食べて今日はお開きとなる。
子供たちに作品を渡し、お店に迎えに来た親御さんたちにお子さんを返す。
もちろん、ヘビの子の親には注意も忘れない。だって、せっかく作ったのに、怒られたらショックだしね。
皆楽しそうに帰ってくれて一安心。もちろん、殿下にもお土産を渡す。
共同制作だけど、体だけ渡すわけにもいかないからね。
殿下は、傾けないようにそーっと持って行った。意外と律儀ね。
馬に乗せると壊れちゃうけど、そこは馬車であることを祈ろう。
私もアネッサと片付けをして、楽しかった今日を思い出しながら邸へ帰る。
もちろん、周りに注意して暗闇を通りますともさ!
帰ったら父様に殿下が街に居たことを言っておかないと。