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追放された聖騎士と家族を失った少女の二人旅  作者: たわしまつわ


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第一話 出会い

「クビ、ねえ。そんなことも世の中にはあるんだな」

 そんな独り言をつぶやいたのは、セイジという短めの赤毛に褐色の瞳をした、腰に剣を帯びた少し背の高い男だった。年は二十三才。ここラスティア王国でも最強と呼ばれた聖騎士である。いや、今では肩書に元がつく。

「王命である。セイジの聖騎士団副団長の任を解き、騎士団より追放する。一市民に降格し、以後は仕官を認めないものとする。国外追放にせず、国内に留まることを許すのがせめてもの慈悲だ」

 ラスティア王国の王都ラスティアの王城で、国王からその宣告を受けたのはほんの三時間ほど前だ。装備品や制服などを返還し、書類などの引継ぎを行い、わずかな私物と共に居室を追い出されたのがついさっきである。財貨の類は全て持ち出しを許されたのも、せめてもの慈悲というヤツだろうか。

 セイジは今、市街地をふらついていた。

 彼は騎士団の一員として、誇りをもってその職務に当たっていた。生きがいとも言えるその立場を一瞬の出来事で失い、呆然自失となっていたのはついさっきまでだ。実際に街中に放り出されてみて、何をすれば良いか分からないが、とりあえず生きていかねばならないと思い直していた。

「こんな時でも腹は空くもんだな。とりあえず何か食おう」

 そして商店街へと向かった。王都の人口は約十万人。これだけの人間が生活しているので、商店街も規模が大きい。

 総菜屋からいい匂いが漂ってきていた。セイジは店の前に行くと、品揃えを見渡す。どれもうまそうだが、軽く食べられるものがいいだろうと、コロッケを二つ買った。これで銅貨六枚。まだ金には余裕はあるが、稼ぎがなければこういう買い食いもできなくなるだろう。そんなことを考えると暗い気持ちになる。

 店先でコロッケをかじる。さっくりした衣とホクホクの具材の食感が気持ちいい。そしてイモと衣の旨味が口の中に広がる。

「食べ物がうまいってことがこんなにうれしいとはなあ」

 そんなことを思う。

 コロッケをかじりながら街を見回す。

 通行人が行き交い、賑やかな雰囲気である。たまに商店街も巡回していたなあ、と過去の出来事を思い出す。その時と街の様子は同じだが。自分の心持ちだけが違う。聖騎士の身分を失ったことで気分が暗くなっていた。

「ああ、俺もダメだな。いい加減、気分を切り替えないと」

 自分に喝を入れると、大きく息を吸って吐き出し、気分を切り替える。

 ちょうどそこで年配の女性と少女の組み合わせが目に入った。何やら買い物の荷物が重いようで、運ぶのに難儀しているようだった。放っておいた方が良いのだろうが、何となく気になってその場へと足を向ける。

「荷物、重そうですね。大丈夫ですか」

 二人が声を掛けてきたセイジを見た。二人共似た色の金髪をしていて、祖母と孫という感じである。その二人が怪訝そうな顔で睨んでいる。王都はさほど治安が悪いわけではないが、それでも不心得者はいるものである。それと同じ輩だと思われたらしい。

「俺はセイジって言います。怪しいですけど、悪者ではないつもりなので、どうかご安心下さい。それで、もし良ければ荷物運びますよ」

 セイジとしては親切のつもりで申し出てみる。

「親切な申し出はありがたいですが、信用できないです。すみません」

 そう言ったのは孫の方だった。年の頃は十才を少し過ぎたくらいか。肩までの金髪がきれいな、青い瞳をした活発そうな少女だった。

「そりゃそうだよな。悪い、邪魔したな」

 当然の反応だろうと思い、セイジが立ち去ろうとすると、祖母の方から声が掛かった。

「お待ち下さい。もし良ければ、家までこの荷物を運んで下さいませんか」

「おばあちゃん、ちょっと」

「この人の目は良い人の目だよ。私もいろんな人を見てきたが、ここまで真っ直ぐな目をした人は中々いなかったよ」

 祖母の方は一目でセイジを気に入ったようだった。確かに聖騎士をしていただけあって、生真面目なセイジである。そういう雰囲気が自然とにじみ出ていたのを、年の功で見て取っていたのだった。

「お褒め頂き、ありがとうございます。家まで荷物を運べばいいんですね。お任せ下さい。案内を頼みます」

 セイジはそう言って、二人の荷物を預かった。荷物の大半は食料品で、そこに多少の生活雑貨が混じっていた。女性の手では重い荷物も軽々と持ち上げてみせる。王国最強の聖騎士だったのは伊達ではない。

「ありがとうございます。では、ついてきてください」

 孫の方がふうとため息をつきながらそう言った。

 確かに自分達にとって重い荷物を運んでくれるのはありがたい。しかし、もし悪者だったら危険ではないかと思っている様子が、ありありと少女の態度に出ていた。当然だろうなとセイジも思う。

 セイジは荷を担ぎ、女性二人の案内を受けて、商店街を離れ居住区へと歩いていく。それもどんどん外れの方へと向かっていく。王都の居住区では、王城に近いほど裕福で、城壁に近いほど貧しいというはっきりした傾向がある。この二人が案内したのは、居住区でも南の城壁にかなり近い場所で、貧しいものばかりが済む三階建ての集合住宅街だった。

 そのうちの一棟の二階が彼女達の住居だった。

「ありがとうございます。とても助かりました」

 家の中まで荷物を運び込んだところで、セイジは引き止められた。

「お世話になった礼に、茶でも一服いかがかな」

 祖母がそう声を掛けてくれた。正直、聖騎士団を追放されたばかりで暇を持て余している。それにせっかくの好意だ、甘えるのもいいだろうとセイジは思った。

「それはありがたいです。ごちそうになります」

 孫娘がまたため息をついた。この祖母は見知らぬ相手でも構わずお茶に誘うことがあった。それも一度や二度ではない。物好きなことだと呆れているが、それが祖母の楽しみでもあるから文句は言わない。

「ごめんな、お茶一杯飲んだら退散するから」

 そんな娘にセイジが言い訳のようなことを言ったのは、何となく気がとがめたからだった。


「はい、どうぞ。熱いから気を付けて」

 お茶は娘が三人分入れてくれた。年の割に手際が良く、全員分をテーブルに置くと、自分も端の席に座った。

「名乗るのが遅れましたな。私はクリスタと申します。こちらが孫娘の」

 年配の女性が名乗ると、傍らにいた少女を促した。

「アイリと申します。どうぞ、よろしく」

 不承不承だが自分で名乗りを返した。その辺の礼儀は祖母からきちんと教わっているらしい。

「ご覧の通り、私と孫の二人だけで、気ままに暮らしております」

「そうですか」

 セイジが生返事をした。アイリと名乗った少女の両親はどうしたのだろうか。他界したのだろうか。そんな疑念が生じたが、さすがに初対面でそんなことを尋ねるのは、はばかられた。

 代わりに祖母のクリスタが質問をしてきた。

「ところで、セイジさん。あなたはどうしてあんな所にいたのです?」

「どうしてって……」

「その若さで、仕事するでも遊ぶでもなく、途方に暮れたような顔をしてぼーっと突っ立っていたでしょう。私らにも見えてましたよ。わざわざ荷物を運んでくれたのも何かの縁。良ければ私に話して下さいませんか」

 中々に鋭い観察眼をした女性だとセイジは感心した。年配らしく、いろいろな人をその目で見てきたからだろうか。

「ありがとうございます。そうですね、愚痴になってしまいますが、お尋ね下さったのですから、お答えしましょうか」

 そしてセイジは自分が聖騎士団を追放され、騎士団寮も追い出されて途方に暮れていたことを話した。

「そうでしたか。セイジさんは聖騎士さまでしたか。立派な物腰をしている理由が良く分かりました」

 クリスタが感心したようにうなずく。

 アイリの方は黙って茶をすすり、セイジには無関心を装っていた。しかし、内心では王族、貴族に次ぐ身分の高い騎士を相手に無礼なことを言ってしまったと、後悔していたのである。同時に、セイジがそれを追及するような人でなくて良かったと、安堵もしていた。

「あなたのような立派な騎士を追放など、よほどの理由だったのでしょう。一体、どんな訳なのでしょうか」

 クリスタの疑問はもっともだ。セイジは嘆息してそれに答えた。

「俺は不正を許せない質で、相手が貴族でも不正は追及して、国王に諫言していました。それで処罰された貴族達の恨みを買い、私が私腹を肥やしていると噂を流され、ないはずの証拠まで作られてしまったんです。追放処分を受けて、仕事の引継ぎをしていた時、新しく副団長となったジェイスという男にそれを聞かされるまで、全く気付きもしなかったんです」

 ふうと大きなため息をついて、セイジはお茶を一口すすった。それほど良い茶葉ではないようだったが、淹れ方が上手で思ったよりおいしい。

 お茶の味に気が緩んだのか、セイジは悔しげな表情になった。そしてつい愚痴が口を突いて出てきた。

「俺の立ち回りがもっと上手で、貴族達から恨まれるような事さえなければ、追放処分などにはなりませんでした。聖騎士の立場を失って、俺はすごく後悔しています。何でもっと周囲に気を配らなかったのかと」

 セイジの目から涙が流れた。

「俺は聖騎士の仕事が生きがいだったんです。もっと聖騎士の仕事をしていたかった。でも、それを自分の愚かさゆえに失ってしまったのです。それがこんなにも悔しいことだったんだと、ようやく気付きました」

 アイリが立ち上がって、セイジの背中を叩いた。

「酷い話ですね。お貴族様ってのはこれだから嫌いです」

 セイジがちょっと驚いた。こんな話、身分のある者に知られたら罰を受けてしまうだろう。でも、代わりに怒ってくれたことはうれしかった。

「セイジさんが悪くなかったこと、私達は信じますよ。でも、セイジさんはまだ若いんです。この機会に、新しい何かを探せばいいじゃないですか」

「新しい、何か?」

「そうですよ。それにしても大人の男の人でもなくことがあるんですね。私は初めて見ました」

「そう、だよな。これはみっともないところをお見せして申し訳ない」

 セイジは涙を袖で拭くと、大きく息を吸って気持ちを落ち着けた。そんな姿を見て、最初は警戒していたアイリも心を許した。

「でも、悔しくて泣くのは人として当たり前のことだと私は思います。それができるセイジさんは良い人なんだって、良く分かりましたよ」

「ありがとう、アイリさん」

 セイジが気真面目に礼を言った。励ましてくれたことがうれしかった。

 礼を言われた少女の方は、偉そうなことを言ってしまったかと少し気恥ずかしそうにしていた。

「セイジさん、ごめんなさいね。偉そうなことを言って」

「いや、褒められてうれしかったのは本当だ」

「なら良かった。とにかく元気出して下さいね」

 アイリが優しげな笑みを浮かべた。こんなかわいらしい少女に気を遣わせて、励まされて、大人としては恥ずかしかったのだが、おかげで生きがいを失った衝撃がかなり和らいだ気がした。

「ありがとう。元気出た。それじゃあ、宿を探しに行くとするよ」

「宿ですか? 身分と仕事だけじゃなくて、寝る場所も取り上げられたんですか?」

「騎士団寮住まいだったから追い出されてね。今日寝るところもないんだ」

 アイリがクリスタと顔を見合わせた。路頭に迷った親切な元聖騎士を、このまま放っておくのはかわいそうではないかと二人共思っていた。

「お茶、ごちそうさま。おいしかったよ」

 そう言ってセイジが立ち上がる。本当に気分が少し楽になれた。この二人と出会えて良かったと思っていたのだった。

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