私の花園【独占】
王子は、王都外れの館に住む叔母を訪ねた。
竜を倒した英雄に降嫁した叔母は、夫がいなくなった後も王宮へは戻らず、彼と過ごしたこの館で暮らしている。
愛に生きた叔母なら自分の気持ちをわかってくれるだろう、王子はそう考えていた。
叔母はいつものように、館の裏庭にいた。
敷地の隅で、建物に隠されているかのようなその庭には無数の花々が咲き乱れている。
そこに咲く花のほとんどは叔母が品種改良したもので、この王国に多くの外貨をもたらしてくれていた。
「相変わらず見事ですね」
王子の言葉に叔母は微笑む。
「ええ、ここは私の花園よ。結婚したときに彼が約束してくれたの。この場所は私の好きにして良い、私だけの場所だって」
「英雄様は叔母上を愛していらしたのですね」
「……」
叔母は答えない。
彼女と結婚してすぐに、英雄は竜の呪いで病の床に就いた。
叔母は王族に伝わる力で彼の呪いを肩代わりした。しかし、叔母を愛する英雄は日々弱っていく妻に心を痛め、姿を消して命を絶つことで呪いを終わらせた、と聞いている。
長い沈黙の後で、叔母が口を開いた。
「私は愛していたわ、彼を。呪いを肩代わりして死んでも構わないと思うくらい」
「英雄様を恨んでいらっしゃるのですか? 彼は叔母上のために姿を消したのでしょう? 人目のあるところで英雄様が自ら命を断とうとしたら、周囲に止められてしまうから」
「うふふ。貴方ったら、王子のくせにそんなおとぎ話を信じているの? そんな美談があるわけないじゃない」
あの人はね、と叔母は言う。
「呪いでやつれた私を見捨てて愛人を作ったの。私を殺すことで呪いを終わらせて、その愛人と逃げるつもりだったの。だからね、私が殺してしまったのよ」
「な、なにをおっしゃっているのです。そんなこと無理ですよ。当時の叔母上はやつれ果てていました。たとえ肩代わりしていた呪いを英雄様に返したとしても、長い病床生活で弱った体で戦士を殺すなんてできるはずがない」
王子は覚えていた。
英雄が消える直前の彼と叔母の姿を。
竜を殺しただけあって、彼は逞しかった。幼い王子の憧れだった。
竜の呪いは、いきなり弱って死に至るものではなかった。
少しずつ衰弱していくものだった。長きに渡って苦しめと、竜は願ったのだろう。
叔母自身も長い時間をかけてやつれ果てていったのだ。
「できるわよ。墓穴を掘ったのは彼なのだもの。私を埋めた後で、ふたりで呪いを解く方法を探しに行くとでも言って旅立つつもりだったのよ。私に変装した愛人を連れていくか、あるいは人形でも抱いていくつもりだったのかはわからないけれど」
叔母は、彼女の花園の中央を見た。
「やつれて縮んだ私の体には不釣り合いなほど大きな穴。死体の上に岩でも置いて誤魔化す気だったのね。岩の上に、私の好きな薔薇の木も植える気だったのかもしれない」
その視線の先には大きな薔薇の木がある。美しく華やかな大輪の薔薇が咲く木だ。
「彼ね、私を生き埋めにしようとしてたの。死ぬまで待てなかったみたい。呪いでやつれ果てた死にかけの女でもね、穴を掘っている男を後ろから突き落とすくらいできるわ。穴の周りに積み上げられた土を落とすこともね。……深い穴で生き埋めになった彼が死んで呪いが消えたら、薔薇の苗を植えることだってできるわ」
だけどね、と背筋が凍りそうなほど明るくはしゃいだ声で叔母が続ける。
「彼を憎んでいたから、愛人との関係に嫉妬したから殺したのではないの。愛していたから、独り占めにしたかったから……私の、私だけの花にしたの」
ねえ、と言って彼女は王子を見た。
「ひとの心は変わるわ。どんなに愛していても、その愛が終わってしまうことはあるの。貴方が学園で愛する女性を見つけたのは素敵なことよ。でも婚約者を無下にするのは良くないわ。あの子は私のように愛する殿方の呪いを肩代わりしているわけじゃない。それでも婚約者の貴方のために、多くのものを諦めて多くのことを耐えてきたの。王子の婚約者になるというのは、そういうことよ。それを忘れて身勝手な愛に生きようとしたら……」
貴方もあの子の花になるのかもしれないわね、そう言って叔母が笑う。
学園の卒業パーティで婚約破棄をしようと考えていた王子は、婚約者の実家の怒りを叔母に収めてもらおうと思っていた王子は、彼女の花園を早足で出て行った。
自分の髪に、助けを求めるようにしがみついている薔薇の花びらにも気付かずに。
<終>




