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立命 ~諾~ 立命

武人・いかづちと悲哀の戦士


土屋から向出手が探していると連絡を受けた棚伏雷樹は、数日潜伏していた東京を電車で離れ、あとはバイクで観光地を巡りながら、日中は人ごみに紛れ、夜は闇に紛れて追手から逃げていた。


雷樹は埼玉、千葉を周り、鹿嶋市にある最強の武神を祀るという神社に来ていた。

平日なのに参拝者の多さに雷樹は驚いたが、大鳥居から人の流れに沿って歩き、桜門をくぐってそのまま奥参道を進むと、10分足らずで御手洗池に着いた。

人目にはのんびりと観光を楽しんでいるようにみえる雷樹だが、その目は落ち着かず、始終あたりを見まわし警戒していた。


雷樹は一組の家族連れを見つけると、そのあとについて行き近くの茶屋に入った。


雷樹は追って来る者の顔を知らない。

本当に追われているのかと土屋の言葉を疑ったりもしたが、結局何度も助けてもらっている土屋を信じることにした。

その土屋に、頼ってくるようにも言われたが、相手はあの冷酷で執拗な向出手なのだ。

何かしらの関係がある土屋を巻き込むわけにはいかなかった。


逃げる、逃げ切ってみせる、自分に言い聞かせながら必死で北上してきた雷樹だったが、東京の雑踏を離れると見知らぬ人の視線が気になり始めた。


逃げて行く先々で注がれる視線が、追手のそれに感じられた。

行きかう人すべてに監視されているような錯覚を覚えて、夜も眠れなくなっていた。

そんなときは佐祐と話がしたいと切に思った。ひとり暗闇で電源を切ったままのスマホを手にすると、余計に孤独感が増した。だが佐祐の性格を知る雷樹は連絡をしようとは思わなかった。


「巻き込めない・・・」


茶屋で蕎麦を食べ終わると、隣接する公園のベンチで一息ついた。

眠気が襲ってきた。


少しだけと目を閉じる。


楽し気な人の話し声が雷樹を心地よい眠りに誘う。


もう少しだけ・・・


その矢先、周りの話し声が小声に変わったのに気づいた雷樹はガタッと立ち上がり身構えた。


立ち上がった雷樹の目の前に大柄な男が立っていた。

「棚伏雷樹さん・・・」

とっさに逃げようとした雷樹は腕をつかまれた。

「もう大丈夫です。私はあなたを助けるようにあの方から頼まれました」

「あの方?・・・」

「逃げるようにと言ったが、そのあと連絡が取れないと心配されていました」

「ああ・・・」

雷樹は土屋が助けてくれようとしていると思った。

そのクマのように大柄な男は雷樹を座らせて、自分も横に腰を下ろした。

「大変でしたね。あの女は、ある裏の組織にあなたの始末を依頼しました。私があなたを見つけたということは、その組織もあなたを探し出すという可能性が高い、時間がありません」

「あの女?」

雷樹はまじまじとその男の顔を見た。

分厚い体の割には優しい目元。

頼る者もなく寡黙で孤独な旅を続けていた雷樹に、その男は労わりのまなざしを向け、すべてを把握しているという態度で接した。

雷樹にとって土屋に似た話し方をする男とのこの出会いは、生きることへの一筋の光に見えた。


雷樹の緊張は少しずつ解れていき、手を差し伸べてくれたその男が土屋に重なった。

男は日光へ向かうように言い、安全に逃げ切る道順を教えてくれた。

「車で2時間半ぐらいです。私はあの方と一緒に車で向かいます。それからこれを持ってください。日光に着いたら連絡を下さい」

男はそう言うとスマホを差し出し立ち上がった。


雷樹はすぐにその男の後を追って日光へとひたすらバイクを飛ばす。


男には、目的地が近づくと高速を降りて県道を走るように言われていた。

指示どおりに県道に下りると、日光への直進を示す標識があった。


だが雷樹は上り坂の途中でバイクを止めた。


雷樹はここまで己の信じるまま突っ走ってきたが、その己が、雷樹の自我がその先に進むなとストップをかけた。


人の気配のない山中で独りぼっち。

なのに心細さは感じない。


そして雷樹は雑踏の中の孤独という蟻地獄であの男の罠に落ちたことに気づいた。


「土屋さんが待っていると言っていた。・・・いや、あの男は土屋さんが待っているとは言わなかった。土屋と言う名前は出てこなかった。あの方とは誰だ?誰が待っているというんだ?」

来た道を少し戻れば下っていく別の道があった。


雷樹はバイクの向きを変え走り出した。

少しでも遠くに離れなければ、あの男から逃げなければ始末されると本能が叫び、それに合わせてバイクのスピードを増した。

木々が覆いかぶさる山道を走り始めてしばらくすると、後ろからバイクのエンジン音が聞こえてきた。


あの男が追って来る。

直感した。

車1台がやっと通れるほどの山道を雷樹は必死で逃げた。


辺りは薄暗くなったが、雷樹はライトを点けずに走り続けた。

気づくといつの間にか後ろから追ってきたバイクの音が消えていた。

雷樹は下り坂でスピードを落とした。

逃げ切れたのか?止まって振り向き、目を凝らし、音を探った。

静まり返った山の空気がそれを伝えた。


追跡者はいない。


ハッと気づきスマホを崖下に投げ捨てた雷樹は、一呼吸すると目の前の上り坂を見据えて挑むようにバイクをスタートさせた。


坂の頂上手前で、ライトの明かりが向こう側に浮かんだ。

急ブレーキをかけ雷樹が向きを変えた途端に、後方からバイクが突っ込んできた。

雷樹はその拍子に道脇に飛ばされた。

ヘルメットを取りながらバイクから降りたのはあの男だった。

「どこに行くんですか?」

その視線は嫌悪を含み、鋭い一撃が雷樹を襲った。

右腕を押さえている雷樹のヘルメットは脱がされ道路に転がった。

「約束は守らないといけませんね」

「・・・」

言葉の代わりにガチガチと歯の根の合わない音が雷樹の恐怖を男に伝えていた。

震える雷樹に冷ややかな一瞥を与えると、男は雷樹のバイクを崖下に難なく蹴落とした。

「さて、運転ミスの事故ならば運転手も一緒でなければいけません」

感情のない無機質な声が雷樹に引導を渡した。


男は雷樹の痛めたほうの肩を容赦なく鷲づかみにすると、うめく雷樹を崖ふちに引きずってきた。

「お前は俺の獲物だ。どうにでもできるが・・・助けてほしいか?」

雷樹は本性を現した男を見て、すべてを悟った。

「サンズ・・・」

「俺の正体を知ったお前は終わりだ」


一巻の終わり。


覚悟を決め、目を閉じたとき、車のブレーキ音とともに雷樹の体が宙に浮いた。

そして雷樹は地面にたたきつけられ気を失った。



夜の帳が下りた首都高速。

「終わりだ、俺はもう終わった・・・」

呪文のように同じことを繰り返しながら、テディと呼ばれる男、原山はバイクのスピードを上げた。

バイクは首都高速に乗り、墨田区に入った。

「あいつの所へ・・・」

原山はそのままのスピードで道路側壁にぶつかり横転した。


遠のく意識の中でフラッシュバックが起き、受け入れがたい光景が鮮明に甦った。


サンズの原山は棚伏雷樹の始末を、教祖から天命として受けた。

教祖の姉を裏切り、教団内部を調べ上げて外部に漏らした。それは転落下格てんらくげかくに値する罪なのだ。

原山は雷樹に近づき日光におびき寄せ、その途中で拉致するつもりが気づかれ逃げられたが、渡したスマホが位置を教えてくれた。

そしてようやく捕まえた獲物を崖下に突き落とそうとした寸前に、山道を特殊な形状の大型トラックが爆音とともに現れた。その車は原山の目の前に滑り込み、止まるや否や助手席のドアが開き、男が飛び出してきた。


一瞬で原山は手にしていた獲物を持っていかれた。


その男はバイクの上にすっくと立ち、啞然としている原山を見下ろしていた。


原山は獲物を取り返そうと動くたびに、その男から蹴られ、殴られ、阻まれた。

闘いにおいて格の違いを見せつけられた原山は、結局その男にかすり傷ひとつ付けることができなかった。

「テディことサンズの原山。この先どうする?・・・保護も可能だぞ」

その言葉に止めを刺された。

己の耳を疑った。名前は知られている。サンズの原山と言った、保護?何を言ってる、この男は何者だ?捕まるわけにはいかない。捕まれば俺に来世はない。


だが敵う相手ではない。


事故の現場に近づく救急車のサイレンの音を耳にしながら、原山は完全に意識を失った。


「原山さん、原山さん、分かりますか?原山さん」

秋津総合病院に搬送された原山はうっすらと目を開けた。そして声をかけている医師を確認すると安どの表情を浮かべ目を閉じた。


原山は全身を強く打ち重体ではあったが、無事手術を終えて一命をとりとめた。


深夜遅く個室に移された原山のもとへ、手術を担当した医師が様子を見に入ってきた。

傍らに立ったその医師は、寝ている原山を無表情で見下ろした。

原山はその医師を待っていたように目を開け、息絶え絶えに願った。

「頼む、俺を助けてくれ」

「分かった、安心しろ・・・」

原山の口元が緩み、笑みを浮かべてゆっくりと目を閉じた。


テディこと原山は秋津総合病院のベッドでその時を待っていた。

原山は体の力が抜けていくのを感じていた。

それは星の中心へ吸収される感覚だった。


天命を果たせなかった。


棚伏雷樹という男の始末が今回の天命だったが失敗した。

その上サンズだという正体まで曝してしまった。


芳士さまの心言を無にしてしまった。


原山は屈強な体をしていた。それを生かして前職は国を守る仕事をしていた。

誇りをもって仕事に励んでいたが、あるとき任務に失敗した。帰宅してもいらだちは収まらず酒をあおった。気がつくと妻の里奈が床にうずくまっていた。

抱き起こした妻の赤く腫れあがった顔に、原山は呆然として己の手を見た。

「ごめん、里奈・・・ほんとにごめん。俺、正気を失ってしまったんだ。ごめん、ごめん」

原山は何度も謝りながら、里奈を抱きしめた。

里奈は何も言わずに許してくれた。原山はそんな里奈を幸せにすると言葉に出して誓った。

だが、小さな失敗が重なると原山は里奈に手を挙げるようになった。そしてすまなかったと言いながら抱きしめると里奈は弱々しく微笑んで許してくれた。


いつの間にかそれが日常になっていた。


原山は5回目の結婚記念日にケーキを買って家路を急いだ。


玄関に立ったが家の中は明かりがついておらず、人の気配がしない。

妻の名前を呼びながら部屋に入った原山はリビングのドアを開けた。2階へ上がる階段のステンレスの手すりが鈍く光っている。

原山は寒気を感じて立ち止まった。


正面の暗闇の中に里奈が浮いていた。


「里奈・・・」


仕事を辞めた原山は妻の後を追うこともできず後悔の日々を過ごす中、大禍津教おおまがつきょうと出会った。

原山の前世は嫉妬に狂った男に殺された女と言われ、今生で悔い改めなければ人の姿での来世はないと言われた。


原山は熱心な信者になり幹部候補のサンズに抜擢きされた。

天命といわれる仕事を成功させれば前世の大罪が消え、人として来世を生きることができる。

そう信じていたが、今回は天命を成就できなかった。


原山は遠のく意識の中、妻の後姿を追っていた。

「待ってくれ、里奈・・・会いたかったよ、俺頑張って会いに来たよ。ごめんよ、痛かったよな、許してくれるよな、里奈・・・待って・・・顔を見せて・・・笑って・・く・れ」


異常を知らせるアラームが病室に鳴り渡った。


「羽山、ありがとう。これで・・・俺は家畜にならずにすむ・・・」


原山は穏やかな笑みを浮かべて息を引き取った。


家畜・・・食われるだけに生まれる転落下格の来世。

信者は教祖にそう宣言されるだけで怯え切り、息を詰める。

逃れるためには布教活動、対価献金、天命成就を言われるがままに行うしかなかった。



そして同じく天命として棚伏雷樹という男の抹殺を受けていたサンズがいた。


シュライクと言われるその男は、天野卯月という女と接触していたという情報を手に入れ、辛うじて降格を逃れていた。

その女は鳴木目真琴とも繋がりがあり、回収したパソコンに情報がその女に送られた履歴が残っていた。


シュライクはその女、天野卯月を招待すべく動き始めた。


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