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命の章 ~ 霊命 ~ 信じるは・・・疑いを切る

陸の縁者長キングこと、弁護士の鹿山は、紗羅の法的な手続きをようやく終わらせた。

紗羅の後見人としてその財産を管理していたが紗羅の叔母という人物が現れ、後見人の任を解かれた。

何とか養子縁組を阻止しようとしたが、法の手続きには何一つ付け入る隙が無く、鹿山の思い通りに事は運ばず、結果的に教祖の期待を裏切った形で終わった。そのうえ、事もあろうか、教祖から授かったラーテルとヴァイパーを失った。


鹿山は陸の縁者長として責任を問われることは必至だと覚悟を決めていたが、疑念が生じた。

ラーテルとヴァイパーの動きと結末を、教祖は分かっていたのではないか?あの2人の動きは縁者としての行動ではない。ならば教祖は、正体不明の組織を暴くために2人を利用したのか?


しかし・・・俺には何一つ知らされていなかった。

俺もはめられた?所詮俺は縁者長とは名ばかりの駒ということか?

鹿山は人気のない自身の弁護士事務所で静かに目を閉じ、そんな疑念と向き合っていた。


一方、空の縁者長イーグルこと蔵山は、モデルのテラに代わる広告塔となる人物探しに躍起になっていた。何人かの候補をあげたが、教祖は冷笑を浮かべただけで先に進めなかった。

その冷笑に何かがあると蔵山は直感した。

モデルのテラを鳳凰と呼び何が何でも手に入れるようにと天命を受けたものの、何者かに阻まれた。そんな状況で、一旦テラからは手を引いたように思えたが教祖は諦めてはおらず、その根底には教祖のみに示された天命があるに違いないと読んでいた。


そんな中、立ちはだかる者に危機感を抱いた教祖はサンズに一切の行動を控えるように指示を出した。

しかし、ハイエナこと兎山は母親の逮捕に当たり、教団への影響を考えず母親を助けようとした。それは同胞を来世の家族とみなし現世の血縁は神の許しのもとに切り捨てなければならないという八禍律はちかりつその7の罪に値するとされ、それにより裁かれた兎山の来世は家畜との宣告を受けた。そして兎山は教団記録からすべて抹消された。


八禍律、今のところ俺は大丈夫だ。蔵山は消せないしこりの残る胸を撫で下ろした。


そんな縁者長の動きを横目に、シュライクこと奥山は教祖の指示に従い、派手な動きをせずに正義の仮面をつけ、獲物を探しながら街を見回っていた。

その奥山は教祖の指示で紗羅に対する小戸山の行動を監視していた。そして奥山によって小戸山の行動とラーテルとヴァイパーの計画の顛末は教祖の知るところとなったのだ。

その報告でイレーザーの正体を教祖が知るところとなったのだ。だが、教祖はイレーザーの存在を他言無用と奥山に伝えた。


もう1人のサンズ、クロウ、烏と呼ばれる鴫山は、山間にある亡きベアこと原山の事務所でパソコンを前に腕組みをしていた。鴫山は別荘での一件を奥山から聞き、ラーテルの言葉を思い返していた。


「疑うというウイルスに感染すると、人間はもろくなる。自分さえも信じられなくなるんだから・・哀れだよね」


この事務所で原山と話したことがあった。教祖を信じて救われたと言っていた原山。そして教義に基づいて命を差し出した。そして疑うことを知らずに・・・逝った。

最後のとき原山の心は安らかだったのか?


小戸山・・・家畜になると覚悟しての決断・・・お前に後悔という思いは微塵もなかったのか?教義に背いてまでも、報われないと承知で命をかけて守るほどの思いだったのか?自分に正直に生きたんだよな?幸せだったんだな・・お前は。


羽山・・・外国に逃亡したあともなお、教団のために人を殺し、そして助けている医師。教団から遠く離れても教祖を信じ、教義を守っているお前の背負っている罪は、それほどまでに辛く厳しい道を歩かなければ許されないのか?罪とは誰が決めるのか?


鴫山がサンズである理由は贖罪ではない。・・・欲・・・だ。

古き時代に尊き人を導いたという烏がいた。誇り高きそんな存在になりたいという欲のために教祖を信じた。

今になり鴫山のサンズでいるべきその理由が揺らぎ始めた。脱会という選択。簡単にはいかないと分かっている。サンズともなれば禊と称した壮絶な制裁を受ける。脱会を望むほとんどの者が途中で諦め教団から出ることなく静かに一生を終えるという。

たとえ耐えきり脱退できたとしても、世間という社会には戻れないと聞いた。

伝説となっている流浪の賢者の人生そのものが、退会の末を示していた。


俺は同じ轍は踏まない。だが・・・俺はどこに向かって飛べばいい?


そんな鴫山に、教祖のもとでの格付け会議開催の連絡が入った。

鴫山は奥歯を噛み、自ら欲と呼んだものを払うように首を振った。


その翌日、サンズのそれぞれが、それぞれの思いを胸に教祖のもとにひれ伏していた。

薄暗い中、御簾の奥から教祖の低い声が、部屋の空気を震わせてサンズに届いた。


その威圧感は瞬時にサンズの疑念を押し潰し、その脳裏に教祖との初見の恐怖を蘇らせた。

「サンズ、すでに事の顛末は承知のことと心得た。各自が己の過ちを自覚しているのであらば・・・新たに告げることはない。サンズの中で欲に惑わされ、罪深い過ちを犯した者がいた。我が手を払い、哀れな者はそれぞれが滅びの道を選んだ。しかし、ラーテルにより我が道を阻むものの正体が判明した。すべてを天命として受け入れ、迷いなく進めばサンズの来世は煌々たるものとなろう」

サンズの面々は呼吸することさえ禁じられたように微動だにせず、教祖の言葉を受けていた。

「2人の縁者長はしばらくは各々の務めに専念して、次に備えよ。そして残りのサンズそれぞれは鳴りを潜め、影となり教団を守ることを天命と受けよ」

「天命と承りました」

口調を合わせ、深く頭を下げたサンズは、咎めの裁きを受けずに済んだことに、それぞれが胸を撫で下ろしていた。


突然そんなサンズをあざ笑うように笑い声が部屋に響き渡り、一同がいっせいに扉の方を振り返った。

「ははは・・・」

そこには開いた扉を背にし、緋色がにやにやとした顔で立っていた。


教祖は苦々しい顔でふざけた態度の緋色を睨みつけた。

「虎のおっさん、役立たずのサンズはもういらねえだろ」

その言葉にサンズはギョッとして、教祖の顔を見たがすぐに目を伏せた。

「緋色・・・ここはお前の来るところではない、引きなさい」

「引く?俺のものだろ?サンズは・・・」

「お前のものではない、教団の宝だ」

「ほう・・・宝ときた・・・笑えるな・・・」

「緋色、お前・・・」

教祖の言葉が途切れた。

教祖の怒りが我慢の限界に達しているのに感づいたサンズはその矛先が自分に向かわないようにひれ伏したまま身を硬くした。

「根源となる女を押さえられず、先への繋がりを断つこともできず・・・飾り物が何をほざいてんの」

教祖の神経をさらに逆なでするのんびりとした緋色の口調に、教祖は怒り顕わに立ち上がった。その顔は赤黒く変色し、その怒りが尋常ではないことを如実に表していた。

「進化の血筋は我血筋のみ。万世一系、他の血筋は無用なんだろ?」

「・・・」

緋色の言葉がさらに教祖を煽る。

「完全進化が生まれたと教えてやったのに・・・」

教祖は憤りを抑えて、ごくりと生唾を飲んだ。

「行動を控えろだと?おっさん、邪魔する奴らを放っておくのか?」

「・・・今はそのときではない・・・」

緋色の尖った問いに教祖は忌々しげに答えた。

「ヤバいよな・・・あいつらに睨まれたらな・・・潰されるのはまずいよな、おっさん、ふん、怖気づいてやんの。情けねぇ・・・」

「・・・」

教祖は言葉を失い、崩れるように椅子に座った。

御簾越しに教祖をさげすむ眼差しで一瞥し、緋色はサンズに顔を向けた。


「ガキがどこにいるかぐらい探せるだろう、無能なお前たちでも・・・」


サンズは真の支配者の背筋の凍るような異様さに震えあがった。


「探し出せ・・・年明けまで待ってやる」

そう言い放ち、緋色は早々に部屋を出ていった。


緋色の登場とその発せられた言葉に衝撃を受けたサンズは、身を潜めろという怯えた本能に従い息を殺していた。

激震のときが過ぎたことを探りながら、サンズが恐る恐る顔を上げると、御簾の奥の教祖の姿はすでに消えていた。


完全進化が生まれたとはなんだ?進化?

緋色様は何者なんだ?来世が見えるのは方士様ではなく緋色様なのか?

一方的な言い掛かりに、方士様はなぜ反論されなかったのだ。

方士様は飾り物だというのか?


床に沈む首を絞められるような息苦しさから逃れるように、空の縁者長の蔵山がゆっくりと立ち上がった。

「ガキを探せとさ・・・我々空の仕事だ。鹿山、方士様の方は頼む」

「ああ・・だが・・・」

鹿山はあとの言葉を口にすることをやめた。


方士様をこれ以上追いつめてはいけない。


「守らねば、山体崩壊・・・起こりかねない・・・」

陸の縁者長の鹿山は呼吸を整え呟いた。


一方、サンズを残し自室に戻った教祖を、後ろで控えていた幹部たちが待ち構えていた。

「方士様、なぜあのようなことをおしゃる緋色様を放っておかれるのですか」

「・・・」

「あの方は得体のしれない方です」

「あの方の存在が、どれほど私ども縁者に恐怖として映っているかご存知でしょう」

「どれほど後始末をさせられたことか、感謝もなく八禍律に照らして、示しがつきません」

「方士様に育てていただいたご恩を考えると、あの言動はいかがなものか、憤りを感じてなりません」

「方士様が何事もお許しになるから、緋色様はあのような戯言を堂々と話される。それは許されることではありません」

「今回の失態は、すべてサンズの能力のなさが招いたことではありませんか。聞くところによれば緋色様が方士様にお言葉を聞かれずに関与されたとのこと。天命を無視されなければ、これほどの大事にはならなかったと皆申しております」

教祖を囲み幹部の縁者たちは口々に緋色への不満を言い連ねた。

「狂人と化した哀れな神子みこではあるが、現世の縁として授かったわが家族。天命を軽んじる緋色の言動は、いずれ神より罰が与えられるであろう。今は現世の敵から大禍津教を守らねばならない。縁者はすべて近々に到来するそのときに備えよ」

狼狽した姿は夢の如く消えて平静を取り戻した教祖は、悠々とした態度で先を示した。

「全知万能であらせられる方士様に対して、我々は変わることなくこの現世を捧げます」

幹部縁者はあらためて深々と頭を下げた。



厚労大臣の大黒は、LBを停止するという覚悟を決めなければならない時を迎えていた。


大黒はイレーザーの存在を知った日を思い起こしていた。

モデルのテラに検体の提供を依頼するため晩秋の海上での密会を設けた大黒だったが、何者かの襲撃を受けた。

クルーザーから逃げる混乱の最中、テラを連れた若者と遭遇した。

「ご安心ください」

その若者が大黒に告げた。

振り返ったときには暗闇に若者の姿は消えていたが、大黒の耳には、はっきりとその声が残っていた。


クルーザーから無事に逃げ出した大黒は、身の安全のために厳重な警備を誇る生化学研究所に身を隠した。

大黒は、何者が何の目的で襲ったのか計りかねていた。

襲撃は海からだったが、乱闘の中、大黒を逃がし、テラを保護しようとした男たちがいた。襲って来た男たちとは別の者だと大黒は確信していた。どちらにしても目的はテラだと考えたが、腑に落ちないものがあった。


落ち着きを取り戻した研究所に、竹林への侵入を知らせる警報が鳴り響いた。突然の警報に、まんじりともせず防犯カメラを凝視している研究員たちに衝撃が走った。警報はしばらくして鳴り止み、ほっとしたのも束の間、防犯システムが切られモニター画面が消えた。


そしてその男たちはいとも簡単に鉄壁のディフェンスを破り、研究所に侵入した。


なすすべもなく呆然とする大黒たちの前に現れたのは、有事対策室と言われる秘密の機関の男たちだった。

イレーザーという存在を知っていた大黒だったが、自分自身がその対象になるとは夢にも思っていなかった。イレーザーであろう男たちと職員の接触を危惧した大黒は、全員を研究室に集め、部屋から出ることを禁じた。


そして大黒は、事代とともに男たちをあえて迎え撃つよう出迎えた。


「君は・・・そうか、やはり君たちが動いていたんだな。・・・終わったな」

思兼は大黒に対し敬意を払い、一礼をした。

「大臣、内密にお話したいので・・・人払いをお願いします」

大黒は事代に残るように目配せして、所長室の奥にある大臣の私室に入り、思兼にソファーに座るように視線を送った。

大黒の前に座った思兼は緊迫した状況にもかかわらず、まるで世間話をするように静かな口調で切り出した。

「終わりとおっしゃいましたが、何が終わるのですか?」

「私の夢・・・いいや切なる願いかな・・・」

その質問に大黒も思兼に合わせてのんびりとした口調で答えた。

「願いですか?・・・そのお話を伺う前に、名方翡翠との関係をお答えいただきましょうか?」

大黒は唐突で意外な質問に驚きはしたが、淡々とした口調で答えた。

「・・・翡翠は・・・私の息子だ」

「その息子さんが我々からテラさんを奪って逃走しています」

一瞬ぎくりとしたが、しばらく目を閉じていた。

あの若者の声が蘇った。

「・・・」

大黒は、息子がなぜ?という視線を思兼に向けた。

「詳しくはわかりませんが、大臣、いや父親を守るためではないでしょうか。彼は大臣を護るためにイレーザーとなったのかもしれません」

「・・・」

大黒は深くため息をつき、その視線を壁にかけてある額に移した。

「奇魂 幸魂 守給 幸給」

そこには大きく力強い文字が掲げてあった。

「私は何をすればよいかな?私が消えて済むのならそうしてくれ」

「大臣は何一つ変わらずに今のまま職務をお続けください。ただ、大臣のおっしゃる切なる願いを国にお任せくださるとお約束いただければ、何事もなく終わります。もちろん息子さんのことも含めて・・・」

大黒はその言葉を吞み込むように深呼吸をした。

「くしみたま、さきみたま、まもりたまえ、さきわえたまえ」

そして祈るように呟き、目を閉じた。


大黒はそのあと、有事対策室の具体的な目的を知らされた。

それは生化学研究所及び人工知能LBの国への売却、LBへのキル・システムの導入、そしてLBの主との面会だった。

「息子のことは誠に申し訳ない。この身と引き換えにできるならば、生きる道を与えてほしい。・・・だが、息子の暴走を研究所の件に絡めるとは卑劣ではないか?それは承知できない。だが・・・LBのことは少々時間を貰えるかな?」

「・・・承知いたしました。ほど良いころに、こちらからご連絡させていただきます」

理不尽な要求に、激怒にも匹敵する怒りという感情を抑え込んだ大黒に、これ以上のプレッシャーを与えては交渉に支障が出ると判断した思兼は、すぐさま時間をかけての説得に切り替えた。


イレーザーの去ったあと、大黒は地下深くで静かに稼働するLBの前に立っていた。

イレーザーがLBの存在の確認を要求しなかったことは救いだった。まだ守れる可能性があるかもしれない。


後を追ってきた研究所の所長事代は、大黒に事の仔細を聞き、掛ける言葉もなく大黒の横に立った。

しばらく2人はLBをうつろな目で眺めていた。


「我々の希望が消えるのか?」

大黒の独り言が地下室を漂った。

返す言葉に迷う事代は、息を凝らして大黒を見守るより他はなかった。

「透久那に会わないとならんな・・・」

「明日にでも行きましょう・・・」

「そうだな・・・早いほうがいい・・・」


翌日大黒は美保関にある別荘へ向かった。



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