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不機嫌の魔女とショコラティエ  作者: 夜瀬 深月
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プロローグ

夜瀬(よるせ) 深月(みづき)と申します。

人生で初めて、小説を書いています。

更新は不定期になりそうですが、頑張っていく所存です。

よろしくお願い致します。

 感情は、香る。

 嫉妬は、砂糖を焦がしたように苦く、甘く。怒りは、吸い込めばむせてしまう程スパイシーで刺激的。幸せは、満月の夜に吹く、爽やかな風の香りがする。そう僕に教えてくれたのは、人々から「不機嫌の魔女」と言われ畏れられている、調香の魔女――ミルラ・ノクティスだ。


 広大な森が月夜に輝く国、リヴェリア王国の西の外れ。月明かりすら届かない石畳の路地に、ミルラの店はある。店の入口のどこにも看板が置かれていないため、僕は以前、彼女に「それ、店として体裁を成してないんじゃない……?」と尋ねたことがあるが、露骨に嫌そうな顔をされてしまった。結局、今でも彼女の店には、看板はおろか、花すら置かれていない。初めて訪れる方は、夜更けを過ぎてもなお灯り続ける、火の魔術を使ったランタンを探してみて欲しい。その灯りを追えば、大抵の人は辿り着けるはずだ。


 ――もっとも、その灯りが導く先は、香水や香油を売る普通の調香店ではない。彼女は「人が抱えきれなくなった感情」を「香り」へ変える。正確に言うと、依頼人の「一番想いの強い品」に残った“感情の残り香”を、調香の魔術で「香り」へ変え、小さなガラス瓶へ封じ込めて返すことで、対価をもらっている。噂で聞いたのだが、類い稀なる調香の魔術の使い手でなければ、そもそも感情を「香り」として認識することすらできないらしい。ミルラには、僕に分からない“感情の残り香”が見えているのだろう。


 「感情の香り」に少し興味はある。だが、僕はまだ、彼女に調香を頼んだことが無い。簡単に手を出せるような金額ではないようだし……ほとんど毎日顔を合わせている彼女に、僕の感情を完全に知られてしまうのは、少し恥ずかしいから。


 自己紹介が遅れて申し訳ない。僕の名前は、リュネ・ベルモンド。ショコラトリー『Clairクレール』で、父の跡を継ぎ、ショコラティエをしている。趣味は新作のショコラ作りと夜の散歩。年齢は27歳だ。先月、大変光栄なことに、王宮御用達の称号を賜った。僕のおすすめは別にあるけれど、季節ごとに変わる、フルーツを香料に使ったボンボンショコラが、当店の一番人気になっている。他に、僕自身を表現するとすれば……先日ミルラから言われた、この一言が妥当なのだろう。



「なんか……犬っぽい……」



大変不本意ではあるが、このことを話した全員に「分かる!」と笑われたことで、あながち間違いでもないような気がしてきたから不思議だ。


 僕がミルラと初めて出会ったのは、たまたま父に店番を頼まれた、僕の7歳の誕生日だった。僕は昔からよく鼻が利く。だからその日も、もうすぐ雨が降る匂いを感じて「今日は誰も来ないだろう」と高を括っていた。そして、手持ち無沙汰に、雪と氷の魔術結晶で冷やされた、宝石のようなチョコレートをくすねてしまおうかと手を伸ばした矢先、店内に涼やかな鈴の音が響いた。続いて、規則正しい靴音が近づいてくる。僕は、ショーケースから慌てて手を引っ込め、ぎこちなく笑顔を作り、辛うじて「いらっしゃいませ」と口にした。



「ここに、オランジェットはある……?」



そうショーケース越しに声をかけてきた女性から、僕は目が離せなくなった。真夜中の紫がかった青色に、深い森の色を溶かしたような、不思議な瞳だったのだ――。数秒の沈黙が流れ、その気まずさでようやく我に返った僕は、慌ててショーケースの右端を指さした。



「オランジェット、あるよ……!」


「じゃあ、1つお願い」


「うん! 少し待ってね」



静かなのに澄んでいる、夜の空気みたいな声だと思った。商品の包装は、父の手伝いで何度もやったことがあるのに、妙に心臓がうるさくて、リボンを結ぶ手が震えている。すると女性は、何気ない調子でぽつりと言った。



「……盗み食い、よくない」


「っ!?」



まさか気づかれるとは思わず、反射的に顔を上げてしまった。いつの間にか、女性は窓の外を眺めている。



「雨、降る前の匂いと、溶けかけたショコラの匂いがする」


「…………」


「あと、少しだけ、焦った匂い」



 僕は、ただ呆然としていた。まさかそれが「人の感情を香りとして()る魔女」との、最初の出会いだったなんて、その時は思ってもいなかったのだ――。

最後までお読みいただき、ありがとうございます!


ミルラとリュネに少しでもご興味を持っていただけましたら、

★評価やご感想を頂けますと、私が泣いて喜びます。


改めて、ありがとうございました!

今後ともよろしくお願い致します。

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