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ジジイ、異世界で魔女の師になる  作者: 秀文
第2部:アテナイ戦争
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テセウス王の妻

 今日はテセウス王より宴に招待されている。街でお祭り騒ぎになっているので、その延長の様なノリで誘われてしまった。


 私は護衛の護衛のアトレウスさんに連れられ、イノと共に宮殿へと向かう。そして、アトレウスさんは嬉しそうに私にこう伝えて来た。


「最近のテセウス王は、本当に楽しそうに笑います。ケンジ殿は心底気に入られたみたいですね」


「そうなんですか?」


 確かにテセウス王の態度は気安い。私に対して親友の様に接して来る。恐らくそれは、私を通してかつての友、アスクレーピオスを見ているからだろう。


 私はアスクレーピオスの意思を継いだ医師と、女神アテナ様より紹介されている。それを信じるテセウス王からすると、私とアスクレーピオスをどうしても重ねてしまう。


 マカーオーンさんも同じ様に感じる事があるらしい。アスクレーピオスの子供達に対して、テセウス王はとても深い親愛の情を示すのだそうだ。


 きっとテセウス王は情に厚い人物なのだろう。そんな風に考えていると、私達は張本人の待ち構える会場へと到着した。


「おお、良く来てくれた! 待っていたぞ、ケンジ殿!」


 出迎えてくれたテセウス王は、手を広げてこちらへと歩み寄る。彼は相変わらずエネルギッシュで、その肉体は老齢にも関わらず筋肉隆々だ。


 彼は私の肩を抱くと、料理の並ぶテーブルへと私を連れて行く。イノも私の後に続くが、その口元は嬉しそうに弧を描いた。私に親しく接するテセウス王を、イノも好ましく感じているみたいだった。


「今日はケンジ殿に紹介したい人が居るのだ! それは彼女だ!」


 テセウス王はバッと手を振り、一人の人物を指し示す。そこに立っていたのは、白髪の老女であった。


 しかし、彼女もテセウス王同様に、力を感じさせる眼差しをしている。歳を感じさせない佇まいであり、美しい所作で胸に手を当て挨拶を行う。


「お初にお目にかかります。テセウスの妻、アンティオペーと申します」


 とても王妃に相応しい淑女である。それと同時に武人の様な空気も纏い、それがテセウス王の隣に立つのがとても似合う。


 それは良いのだが、ふっとイノの顔から感情が消えた。どうやら、彼女に対して警戒心を抱いているらしい。つまり、彼女は普通の人間では無いのだろう。


「ご丁寧な挨拶ありがとう御座います。私はケンジです。以後、お見知りおきを」


 私はその考えを胸にしまい、穏やかに挨拶を返す。そして、テセウス王の案内でテーブルに着き、イノと並んで椅子に腰かけた。


 私達が席に着くと、テセウス王は周囲へと目くばせする。それを合図に召使が退室すると、彼は黄金の杯を手に取って声を掛ける。


「まずは我等の出会い! そして、アテナイの明るい未来に乾杯と行こう!」


 彼の声に合わせて王妃アンティオペーも杯を手にする。それに倣って、私とイノも杯を手に取った。


「乾杯!」


 テセウス王が杯を掲げ、私達もそれに倣う。そして、杯に注がれたワインへと口を付ける。隣のイノも同じく口に付けるが、恐らく魔法でアルコールは飛ばしているはずだ。


 私は警戒心を隠して、テセウス王の出方を窺う。しかし、それをお見通しと言わんばかりに、彼は陽気に笑いながら口を開いた。


「ははは、警戒されているな! それでは先に、本題から済ませるとするか!」


「本題、ですか……?」


 私が呟くとテセウス王は大きく頷く。そして、隣の妻に視線を向けた。


「以前に話した頃があっただろう? 我が息子ヒッポリュトスを親友が救ったと。その母親が彼女だ。そして、彼女の本当の名前はヒッポリュテーと言う」


「――ヒッポリュテー……?!」


 その名を聞いて、隣のイノが驚きで叫ぶ。どうやらイノは、彼女の名を知っているらしい。


 私もどこかで聞いた気がするのだが、どうにも思い出せなかった。何とか思い出そうと頭を捻っていると、イノが私へと説明をしてくれた。


「お父様もヘラクレスの十二試練はご存じでしょう? その中の一つ、神の腰帯を持つ者がヒッポリュテーです。ただ、彼女はヘラクレスにより殺されたはずですが……」


「神の腰帯……。確か、軍神アレスの?」


 イノの説明で思い出した。セメレが語ってくれた、英雄ヘラクレスの物語の一つだ。


 女神ヘラの呪いで妻子を殺す事になったヘラクレス。彼はその罪を贖う為に、神より与えられし試練に挑んだのである。


 そして、その試練の一つに、軍神アレスの腰帯を手に入れる試練がある。それを所持していたのが、軍神アレスの血を引くアマゾネスの女王である。


 ただ、女王ヒッポリュテーは、ヘラクレスに好意を持った。ヘラクレスの求めに応じ、腰帯を譲るはずであった。


 しかし、女神ヘラの策略により、ヘラクレスとアマゾネスは殺し合う事になる。最後にヒッポリュテーは殺されてしまい、ヘラクレスは腰帯を彼女より奪ったと言う物語である。


 私がその物語を思い出し、それと同時に疑問を持つ。その死んだはずのヒッポリュテーが、どうして目の前に居るというのだろうか?


「ああ、ケンジ殿の疑問は当然だ。実際、彼女はヘラクレスに殺されかけた。しかし、彼女はアスクレーピオスが救い、私は彼女を匿う事になった。私がアマゾネスより略奪した女性を、妻に娶ったと世間には広めているのだがね?」


 テセウス王は茶目っ気交じりにウインクを行う。まるで悪戯が成功したみたいな物言いで合った。


 私がその態度に驚いていると、ヒッポリュテーはくすりと笑う。そして、穏やかに微笑みを浮かべた。


「ヘラクレス殿が試練を乗り越えるのに、私の死は必要だったのです。しかし、神の気まぐれで死ぬのは馬鹿げていると、アスクレーピオス様が一計を案じてくれました。それにより、私は今もこうして生きているのです」


 その瞳からは親愛の情が滲んでいた。彼女もまたアスクレーピオスに恩を感じている者なのだろう。


 いや、それだけではない。彼女の子供もまた、アスクレーピオスにより救われている。彼は自らの死と引き換えに、ヒッポリュトスを蘇生させたのだ。


「アスクレーピオス様には返せぬ程の恩を受けています。そして、それは夫であるテセウスに対しても。私はその恩義に報いる為に、このアテナイで夫を支えているのです。それをケンジ殿……。そして、イノ殿には知って欲しかったのです」


「…………?」


 視線を向けられたイノは不思議そうに首を傾げる。どうして彼女が、私だけでなくイノにも意識を向けたのか理解出来なかったのだろう。


 そして、私も同様に疑問に思っていると、彼女はキリッと表情を引き締めて告げた。


「私の体には軍神アレスの血が半分流れています。そして、夫には海神ポセイドンの血が流れているのです」


「えっ、ポセイドンの?」


「うむ、ポセイドンは知らんだろうがね。奴は孕ませた後の女に興味が無いのだ」


 テセウス王は苦笑交じりに応える。彼自身は出自に思う所は無いが、その所業には呆れているのだろう。


 そして、肩を竦めるテセウス王に代わり、ヒッポリュテーは険しい顔で続ける。


「我が子、ヒッポリュトスは紛れもない英雄です。軍神アレスと海神ポセイドンの血を引いています。彼もまた、イノ殿と宿業を共にする者なのです」


「「――っ……」」


 ポセイドンの子でありながら、ポセイドンと戦争を行うテセウス王。女神ヘラの策略で、ヘラクレスと殺し合う事になったヒッポリュテー。


 その子であるヒッポリュトスも、イノと同じく神に挑む運命を持つ者。いずれはイノと肩を並べて戦う者なのかもしれない。


 私がそんな未来を幻視していると、ヒッポリュテーはフッと目を伏せた。


「ただし、息子は少し性格に難があります……。その、女神アルテミスを崇拝し過ぎる余り、他の女神から怒りを買ってしまったり……」


「「…………ん?」」


 それはあれだろうか。彼の死因になった、女神アフロディーテの怒りに関する話だろうか?


 言い難そうなヒッポリュテーの態度に、私は何となく嫌な予感を覚える。しかし、彼女は意を決した様にキッパリと宣言した。


「我が子ヒッポリュトスは、戦闘に関してはとても頼りになります。どうか、我が子の事を宜しくお願いします」


「「戦闘に関して()……?」」


 これは頼りになる味方を得たと思うべきなのだろうか? それとも、厄介事を押し付けられたと思うべきなのだろうか?


 何とも言えずに私とイノはモヤモヤした思いを抱える。しかし、そんな感情を吹き飛ばす様に、テセウス王がハイテンションで宴を始めるのであった。

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