第二九話「レン VS マサラ」
「勇者マサラ! 掴んでいる物を離しなさい!」
レンの凛とした声が辺りに響いた。
「防音障壁は解除しました。直にガードマンも来ます。さあ掴んでいる物を離しなさい。勇者マサラ」
「掴んでいる物とは何のことだ?」
「………………………………!?」
「はっきり言えないのなら、何から手を離したら良いのか分からないな。コーディネーター・レン」
「そ……それは……」
レンは躊躇した後、赤い顔をして口ごもった。
「き…………」
「き???」
マサラはさも意地悪そうな顔をして禁断の言葉のその先を促した……
「き…………汚らしい物です…………」
「ふ……ふふふ……はは……ははははははっ」
「おい聞いたか? 新人のガキ? お前のコーディネーターが、お前の汚らしい物から手を離せとよ」
その言葉にしかし直人は一言も言葉を発することができなかった。
……直人の他称“汚らしい物”は……自称ではない……未だマサラの手の中にあり、文字通りその運命を握られているのだ!
「嫌だと言ったら?」
「この拳銃には“魔弾”が詰まっています。発砲後、的であるあなたを灰になるまでもれなく焼き尽くしますよ!」
「呪いの類か!?」
その言葉にマサラが喰い付いた。
「複雑な術式を組み合わせた魔術になります……外れることは一〇〇パーセント有りません!」
「おいっ! そんな魔術は聞いたことがないぞ!?」
「はいっ、あなた方が知る必要のない魔術……否、技術です」
「…………………………」
「どうです? あなたの身体で試してみますか?」
しばし両者は言葉無く睨み合った。
……はったりなのか!?
直人はレンの言葉を訝っていた……レンが魔法を使えるのは知っている……しかし相手はドラゴンの羽を素手で引き千切る雌ゴリラだぞ!? 勇者ではない、コーディネーターである彼女が規格外の人間に勝てるとは思えない……
……直人の“玉”を挟んで、二人の女性が天秤の両側で睨み合っていた。
曰く、潰す派と存続派である……多分……
整理しておくと……
潰す派のマサラは直人の玉は未来永劫誰の役にも立たないので、今直ぐ廃棄処分にすべきと強硬に主張!
一方存続派であるレンは直人の玉は磨けば光る逸品……かもしれないので手元にキープして成熟を見届けるべき汚らしい物件……ぐらいには思っているのかもしれない……
存続派に関しては、この状況では本人が実際の所どう思っているのか!? 確認の取り様がないのが残念な所だ……否、この状況でなくても、本人に確認を取るのが難しいのが残念な所である……
その時……
「ふふふふふ……ははははははは……あ――――っはっはっはっはっ―――――――――――――!!」
マサラが緊張の糸がブツリと切れた様に突然笑い出した。
「止めだ、止めだ!」
「命と汚らしい“玉”一つでは割に合わん!」
マサラは直人の片玉を離すと、まるで汚物にでも触れたかの様に、廊下の壁に何遍も何遍も手を擦り付けた。
「あ――――はっはっは――――――――っ!!」
「コイツの……コイツの“玉”にそれ程の価値があるとは到底思えん!!」
「ふっははははははははははははははっっっ!!」
直人は空いた口が塞がらなかった。
“玉”の命が救われたのは何よりだが……何故だろう!? 自分の玉の価値が不当に過小評価されている気がする……
直人は女性陣の思いもよらぬ言動に心を痛めていた。
俺の……否、男の“玉”の価値は黄金にも等しいはずだ……故にその名前は〇玉と呼ばれ珍重され市民権を得ているのだ……多分な……
“お前等、〇玉の由来を知っているのか!?”
と、二人の女性に対して、禁断のワードが口から零れそうになった直人だったが、寸での所で口を閉じることに成功した……
そんな直人の心情など全くお構いなしにマサラが言い放つ。
「いいか! 新人のガキ! 遊びで仕事をするなっ! それと、間違ってもスライムには負けるんじゃあない! 仮に相手が自分より遥かに強かったとしてもだ。スライムにだけは絶対に負けるなよっ! いいかっ!? そんな時はなっ……ほらっ……あれだ……気っ、気合いだっ! 気合さえ入れれば何とかなる!!」
勇者ランキング6位、狂乱の雌ゴリラ・獅子ノ目魔更はその名に恥じぬ謎理論を展開した。
……果たしてそうだろうか?
戦いは気合いで何とかなるものなのだろうか!?
気合で何とかなるのなら、誰もが伝説の勇者・九雅相馬になれるんじゃあないのか!?
しかしながらマサラが続ける。
「それとだ! 何故私が貴様に一言言う為に、何度も何度も会社に出社しなければならんのだ!」
「す……済みません!」
直人は条件反射的に謝罪していた……玉を鷲掴みにされている嫌な感触が未だに残っているのだ。
「俺はどうすれば良かったのでしょうか?」
直人は本当にどうすれば良かったかのかが分からなかったので、よせばいいのに聞いてみた。
「そ、それも気合いだっ! 気合で何とかしろおっ!」
「…………………………」
「それとなあ、これだけは言っておくぞ! 次、スライムに負けたら、この私がただでは済まさんぞっ!」
「その時は分かっているな! クソガキ!」
マサラは直人を睨み付けながら左手をバキバキと鳴らし、何かを握り潰す動作を執拗に繰り返した。
「ひっ! ひいいいいいいいいっ」
その動作に彼と彼の下半身の最も重要な事物……他称“汚らしい物”は完全に縮み上がった。
「次のスライム戦まで貴様の汚らしい“玉”は預かっといてやる! 分ったな!」
「は……はひい――――――――――っ!」
もはやパニック状態の直人は正確な日本語を発することが怪しくなっていた。
……こいつっ! 玉を潰した後で“気合で治せっ!”とか言うんじゃあるまいな?
ともあれ、一応女性に“玉”を預けておくのは決して悪い気分ではない……直人は常人には良く分らない理由で萎えていた気持ちを取り戻そうとした。
それにしても、玉は預貯金の様に、女性に預けたり降ろしたりできる物なのだろうか!? その点に関しては、後で大いに疑問が残った直人だった。
マサラはひとしきり言いたいことを言うと、一転して陽気な表情に変わり、何故だかこれから直人達が記者会見を行う大ホールの中へと消えて行った……
――台風は去った。
直人はマサラがいなくなった後でレンに感謝の言葉を告げた。
「あっ……ありがとうございます、レンさん! 助かりました……」
“玉”が……と言い掛けた所で直人は慌てて口を噤んだ。
「直人君の“汚らしい物”が助かったことへのお礼は、これからあなた自身にしっかりと払ってもらいますからねっ!」
レンはそう言った後で「フフフフフフフフフフ……」という含み笑いをした。
……どうゆう意味だ!?
“玉”が助かったお礼を、一生をかけてその身体で払い続けろ! ということだろうか???
つまり……私の肉奴隷になれと???
悪くは無いな。
今後スライムに勝ったとしても負けたとしても、男として重要な瀬戸際を迎えそうな直人だった……
こうして凶悪なマサラ台風をやり過ごした直人は、しかしながら下半身に一抹の不安を残し、ようやくにも記者会見に臨むのだった。




