47話 主人公は誰だ?~『チ。ー地球の運動についてー』~
予告通り『チ。~地球の運動について』です。
ちなみにこのエッセイのテーマも私の心の定点観測。即書いて即投稿。計画はあるけれど、ストックなしです。
リアルタイムで自分の心をバカ正直に書いてます。自分で後から読み返して顔赤くなる。。
ちなみに相馬ゆうは、この作品では誰なんでしょうか??
前回はいろいろウンチクを建て増ししたが、「全く話が違うじゃん」というツッコミはお許しを。
伏線を回収するのが「苦手」な相馬ゆうです。
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それではあらすじ。
その昔、まだ天動説が絶対として扱われていた中世P国。
地動説という真理を伝える者と、それを異端として迫害する「異端審問官」。
・真理の美しさに触れ、それまでの自分を変え、自ら真理の生け贄になる主人公
・真理の追求という度し難いエゴイズムを叶えようとする一人と、無自覚に真理の美しさへ引かれていく一人――二人の主人公
・自分が生きていく手段として、真理のおもしろさを「糧」にできるという直感を取引に使う主人公
という三部作からなる作品。
ちゃんと作者の答え合わせとして四部が描かれていることが、作者の誠実さも感じる作品です。
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まず断っておきます。
真理であることと、科学的であるということは、全く別。
科学は、様々な研究者との文章によるディスカッションによって答えへ近づいていく「プロセス」です。
なので「地動説が真理で、科学が迫害されていた」という理解は、あくまで“現代人”の視点だと私は考えます。
つまり、あの作品で直感を信じた主人公の姿勢は、『過去の研究者との対話』を行っているわけではない。
(ニュアンスはあるけど……「発表されていない」という意味で置いて。)
でも、作者はそんなことは分かっているとも思います。
じゃなかったら、四部のアナザーストーリーを作れないから。
世間のこの誤解も含め、テーマを作っている。私はそう直感します。
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そこで、問題の主人公。
私は「異端審問官」に感情移入してしまう。
すべての真実を知り、しかし、彼の感情の揺れを丁寧に描いていることで、「世間」の常識を持つ恐ろしさが刺さる。
正しいことが、もし間違っていたとしたら——。
昔の曲に、THE BLUE HEARTSの「情熱の薔薇」という曲に印象的なフレーズがあります。
(引用は避けます)
“これまで信じてきたものがでたらめだったら面白い”
——そういうニュアンスです。あれ、分かるでしょう?
世間は常識を、普通の顔をして、淡々と流れ作業で処理していきます。
その文脈で起きる「異端審問官」の数奇な運命と最後の『懺悔』。
胸が熱くなる。
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ということで、私の『チ。-地球の運動について-』の「心の主人公第一位」は、異端審問官でいかがでしょうか?
(もちろん、異論は認めます!)
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でも、信念を持つということは、その間違いを自覚的に探していくことでもある。
そんな学びが、私にはありました。
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以上です。
次回は逃げません。テーマは「結論の強制力」。
“終わりから始まる文学”を、『世界の中心で、愛をさけぶ』『君の膵臓を食べたい』で一作ずつ、ちゃんと勉強します。
私が「余白」を大切に考えることに対する自己批判になると思って。
私がずっと気にしている「構造」は、人の信念すら変えてしまう。それを『チ。~地球の運動について~』は教えてくれた。
だから私は、次回「結論が物語をどう支配するか」を、ちゃんと見にいきます。
いわゆるドMな相馬ゆうでした。
また次回!
『チ。~地球の運動について~』は、ちょっと受け付けない人も多い。真理の追求も一見科学みたいに見えるけど、対話を少し無視した議論で、私たちの「今」の目線があるからこそそうみえるんですよね。
でも、とても考えさせられる作品。
やっぱり日本のアニメや漫画ってすごい。
これはすごいと個人的に思う作品あればよろしければ感想で教えて下さい。
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