47、Revenge……?
最初の心証が心証だっただけに、二度と会うことは無いと思っていた。
というより、あちらが自分の事を覚えているとは思わなかった。
外見は、色彩を含め、年を重ねたカイン王子そのものだ。
話し方から受ける印象はアルに似ている。
ハインツベルク王……第一子であるカイン王子の即位式が行われた今日を持って正式にその位を退いた、元、ハインツベルク王が、現在、ハルナの前に座していた。
しかし、元ハインツベルク王は、即位式の後ハルナを呼び出したかと思えば。その挨拶を聞いた後、「話せる様になったのか」と言ったきり黙ってしまい、今に至っている。
ハルナとしても特に言うことはないため、そこから、お互い無言の時間が続いていた。
アルやカイン王子と長く過ごすうちに、その顔を見ると条件反射のように起こっていた腹立たしさは感じなくなったが。
それでも、この、元ハインツベルク王とは友好関係が築けている訳ではないので、こうして沈黙を保ったままだと、気まずさは否めない。
無礼を承知で、いっそ退出してしまおうか……と、ハルナが思い始めた時だ。
元ハインツベルク王がようやく口を開いた。
「今日から私は王ではなくなる。故に、考えは国を優先とする必要がなくなった」
しかし、その内容は近況報告であり、なぜそれを自分に向けて言うのか、ハルナには今一つ主旨が掴めない。
それは、かつてアルやカイン王子と初対面で話した時に体験した事と似ていた。
こんなところに親子なところが表れるものなんだなぁ……と、ボンヤリ思う。
自分の場合もそうなのかな……とも思うが、それを確かめる事はもう誰にも出来ない。
それはさておき、アルとカイン王子、どちらの場合も「何が言いたいのか」と問い返した記憶があるが、それをこの元国王に対してすることは出来ないだろう。
「人払いもかけたから、この場には、私以外の者もおらぬ……だから、この場では国や民の望みを叶える必要は無い……国王という立場を失っているから、その分、聞ける内容は限られてくるが……」
「あの……つまるところ何のご用で、私は呼ばれたんでしょうか?」
……と、思ったが、やはり用件が判明するまで大人しくしてはいられなかった。
先ほど、話し方の印象はアルに似ていると思ったが、回りくどく本題にたどり着かない話運びはカイン王子と初めに話した時のようだ。
あれは、切り出しにくい言葉を口にするのをためらった末にああなったのだったか……。
まさか、元王様も……?
そんな考えが過って、元ハインツベルク王の顔を見るが、真顔でも威圧感のあるその顔立ちからは何も読み取れない。
ハルナの言葉を聞いて、元ハインツベルク王は、またしばらく黙り込む。
そうして考え込んだ末に、元ハインツベルク王が訊ねてきたのは、ハルナの名であった。
「……名はなんと云ったか?」
「ハルナです」
「そうか、では、ハルナとやら、望むことはないか?そちらに、何か不自由していることや望みがあれば叶えたい。国をくれとか元の世界に戻してくれというものは私では叶えられぬ……だが、今の私の力で叶えられる願いならば、なるべく期待に添うようにしよう」
「望み……?」
望みは無い。
こちらの世界に来た当初ならばまだしも、少なくとも今は、この元王様に叶えてもらうような望みは無い。
「なにもありません」
ハルナは答えた。
すると、元ハインツベルク王は「それでは気がすまぬ」と口にする。
ふと、ハルナは、カイン王子から「父の代わりに」と謝罪を受けた際に、ちらりとだけ説明された戦争の話と、それに気を張って生きてきたという王の話を思い出した。
同時に、カイン王子が聖女の旅に関する指揮をとったのも、王である限り頑なに気を張り続けてしまう父王に、肩の荷を下ろさせるのも目的にあったと別口で聞いた事も思い出す。
それから、先ほどこの元ハインツベルク王が口にした、「今日から王ではなくなったから国を優先とする必要はなくなった」という言葉。
つまり、王様じゃなくなって。国を背負うという重責がなくなって。そうしたら初めて、異界から来たハルナの事が気にかかったということだろうか?
そう当たりをつけて、確かめるために、元ハインツベルク王の顔を見るも、やはりその考えは分からない。
けれど、何れにしても、やはりハルナには、この、元ハインツベルク王に叶えてもらうような望みは無かった。
最初は、無理やり連れてこられて放って置かれたという憤りがありはしたが、あちらの世界とハルナの縁の薄さという、多少、不可抗力と言えなくはない部分もあったし。ウィンたちを始めとする沢山の得難い出会いもあったので、結果として、今、ハルナはこちらの世界に来て良かったのだと思っている。
しかし、元ハインツベルク王がそれでは気がすまないらしい。
それならば……。
ハルナは少し考えてから、元ハインツベルク王の側に、つかつかと歩み寄った。
「叶えられるお願いなら何でもいいんですよね?」
「かまわぬ」
「では、失礼します」
そう断って、ハルナは、元ハインツベルク王のその顔に目掛けて拳を突き出す。
ヒュッと風を切るような音がなったのは、きっと、ケイトとアルの特訓のお陰だ。
狙い通りに顔の横スレスレを通せたのも。
望みや願いじゃないけれど、この世界へ来た最初の頃、巻き込まれた理不尽さをぶつけるために、ハルナがやりたいと思った事が、『誰でもいいから手当たり次第に殴りたい』だった。
本当はあの時と同じ、ペットボトルに入った飲料水が用意出来れば状況の再現としてはベストだったのだけれど。
あの時と違って、当てるつもりはなかったので、拳でいいだろう。
元ハインツベルク王はそんなハルナの拳を受けても微動だにしなかった。
「それが望みか?」
「はい、これで帳消しってことで」
問いかけにハルナは応じる。
状況的に不敬には問われないだろう……と思っていたが、ハルナの答えを聞いた元ハインツベルク王がニヤリと口の端を上げたので、それにはさすがに驚いた。
「いい動きをしているな」
口の端をまさしく笑みの形に作った元ハインツベルク王が言う。
「アルバート様から特訓を受けましたから」
「なるほどな」
その声は心なしか楽し気だ。
「お避けになりませんでしたね」
「殺気が無かったからな。それに、元より命を取ると言われても構わんつもりでおった」
それを聞いて、ハルナは思った。
確かに、異世界から勝手に連れてこられた上、知らない世界に放置された人間を前にしているから、怨みを抱かれている可能性を想定する事はあるだろう。
けれど、元とはいえ一国の王が、そういった相手への謝罪に自らの死を覚悟して挑むのはいかがなものだろうか……。
ドラグナー曰く、『戦時下においては優秀』。
アル曰くの、『時代錯誤』。
武道派……あるいは、脳筋。
そんな、元ハインツベルク王の思考の一端をハルナは垣間見た気がした。




