13、その為の備え
「ハルナさん、剣を習ってみませんか?」
食堂での一方的な思わぬ再会をやり過ごした後、ケイトから言われたのはそんな提案だった。
「どうして急に?」
ハルナが訊ねると、ケイトからは「備えです」と答えが返って来た。
「備え……?」
「はい。ハルナさんお一人で行動する機会も多いみたいですし、護身の為に覚えて居てもいいのかなあって思ったんです。教えるのが僕なんで、大した指導は出来ないでしょうし、別に兵士や騎士に成れるほど鍛えろと言っている訳ではないので、僕の空いてる時で、ハルナさんのお仕事がない時にでも……あの……気楽に考えていただければ」
確かに、ここに来たばかりの頃と比べて、ハルナの行動範囲は広くなっていた。
始めのうちはハルナの単独行動を渋っていたウィンだったが、彼曰くの『首輪』であるペンダントを受け取って以来その拘束は緩くなっているからというのもある。
他には、移動実験で思わぬ場所に飛ばされてしまう事や、魔法省の仕事を出来る範囲で手伝っている事などもその要因にあった。
今のところアクシデントを除き、ハルナが城の外に出る機会は無かったが、これから先にそれが無いとは言えない。
ウィンはそんなことしないと思うけれど……元々望まれて城にいる身の上では無いから、何があるか正直分からない。考えたくはないけれど、城を追われる可能性もゼロでは無いかも知れない。
幸いにしてハルナはまだ遭遇していないが、この世界には魔物が居ると言うし、魔物以外にも、外に追われてしまえば獣やらならず者やらと危険は多そうだ。
魔法には対抗出来ないだろうけれど、そういう危険に少しでも立ち向かえるのに備えておくのはいいかも知れない……と、ハルナは考えた。
「そうね。習ってみようかな」
そうして、その後特に用事の無かったハルナは、早速ケイトから、剣を習う事になった。
訳だが……。
「呆れる程に剣の才能が無いな」
剣を握り、ケイトから指導を受けるハルナを脇で見ていたアルが、言い放った一言がこれだった。
更に、追い打ちをかける様に、「これならたまに手習いに現れる令嬢どもの方がまだましだぞ」とご丁寧に付け加えてまでくれる。
アルに言われずとも、ハルナは、自分が下手くそだというのも、才能が無いなというのも、どちらも痛い程感じていた。
だから、苦い表情で彼を見返して、言う。
「教えてくれるって言ったのは、ケイトでしょう……何でアルがいるのよ?」
出て来たのは負け惜しみにすらならない一言だった。
「俺が居ちゃいけないのか?」
しかしそんな一言でも効果はあったらしく、憮然とした表情になって、アルは言った。
確かに、食堂で一緒に話しを聞いていた訳だし、普段魔剣士の人たちが使用している修練場の一角を使用して剣を習っているので、本来そこの住人であるアルが居るのは、別におかしなことではない。
ただ、モチベーションを下げてくれるだけならアルは見てない方が助かる……と言うのがハルナの感想だった。
自他共に見てどんなに下手くそであろうとも、遣る気というのは大事なのだ。
「かなり居たら困るかな」
「……お前に教えるならケイトだけじゃ荷が重いだろう」
「僕は困りませんけど」
「……」
ケイトの一言が図らずも止めを刺す形になってしまった様で、アルの不機嫌が目に見えて度合いを増した。
その場に黙って胡座をかいて座り込んでしまう。
ハルナは、しょうがないなぁと剣を下して腰を落とし、アルと向き合った。
「ああ、もう、拗ねないの」
「拗ねてない」
「……拗ねてるじゃない」
ハルナはため息を吐く。
「今日はもう終わり〜?」
そのタイミングで間の抜けた馴染みのある声が掛かった。
「ええ、そうですね。初日から飛ばすのも疲れてしまうでしょうし……ってウィンさん」
声を掛けて来たのは、やはりというか、ウィンだった。
「まぁ、神出鬼没なのは今更ですが、あなたの了承は得ていた筈ですが……?」
「そう。だからちょっと様子見にね〜……ってかアルバートが居るのは許可して無いんだけど〜?」
「居ちゃ悪いのか」
「悪い。減る」
始めに自分でそう言った手前でなんだが、ウィンのそのあまりな言い様に、ハルナはちょっとアルが可哀想になって来た。
「えーと……アル。職務放棄とかじゃなきゃ、別に居るのは構わないのよ?ただ、ちょーっと『人の心を抉るんじゃないわよこの野郎』ってことさえ言わないでくれたら」
「……」
「……ケイトだけじゃなくてアルも一緒に剣術教えてくれたら私でも上達するかも知れないな〜?」
「……」
「……練習の時はアルの好きな春ま……あの野菜を包んで揚げた食べ物作って持って来るから」
「あれか!」
食べ物の話題を出した途端に、アルの機嫌が回復した。
現金だし……ちょろ過ぎる。
そんなハルナとアルのやり取りを見ていたウィンが「甘やかし過ぎだから調子に乗るんだ」と言っているが、彼も人の事は言えない。
……と思ったら「ウィンさんもですよ」と、しっかりケイトから突っ込まれていた。
修練場でケイトとアルと分かれ、私室に帰ったハルナとウィンはお茶を飲みながらゆっくりと話をしていた。
「ケイトから剣を習う話、ウィン前もって知ってたのね」
「うん。たぶんハルナに話す前におれんとこ来たんじゃないかなぁ〜?」
きっと知らなかったら、ウィンはアル以上に厄介な臍の曲げかたをしただろうからケイトの判断は正解だろう。
「ケイトはウィンをよく解ってるよね」と言ったらウィンは「確かに〜」と笑った。
「まぁハルナはおれが守るって言ったんだけどね〜」
「ウィンにはウィンの時間があるんだし、四六時中一緒って訳にも行かないでしょう?」
「ん〜……」
そこでふとハルナは剣を習うと決めた時に考えていた事を思い出した。
今、ウィンたちとはそれなりに良好な関係を築けているとハルナは思っている。
彼らと居るのはハルナにとって、大変な事があっても心地好いものだった。
これから先、彼らと離れてしまう事はあるのだろうか……。
「ねぇ、ウィン」
「ん〜?」
言い掛けて、ハルナは「何でもない」と、それを言うのを止めた。
彼らと離れる離れない……ここを追い出される追い出されない……という話では無く、先ず前提が違うのだ。
ハルナはこの世界に住む正規の人間じゃない。
身の内に宿る魔力の有無がそれを示しているし、いつか、ウィンと行っている、異界へ渡る実験が成功したらハルナはここを去る。
実験の成功はウィン宿願で、ハルナはそれを手伝う為にここに居るのだ。
それを寂しいと思う心が少しだけ沸き上がりそうになったが、ハルナはそれにそっと蓋をした。




