再会は、マウンドの向こうに
十一月の神宮球場は、独特の空気を持つ。
外苑の銀杏並木が黄金色に染まり、風が吹くたびに葉が舞う。スタンドの観客がコートの襟を立て、グラウンドでは選手の吐く息が白くなる。春や夏の神宮とは全く別の場所のように見える。
奏汰はファーストポジションに向かって深く息を吸った。
外気が冷たく、肺に入ってくる感触が鋭かった。
準決勝。東都大学対京都帝都大学。
スタメン発表。
相手の先発は、当然ながら御堂壮馬だった。
奏汰は相手のベンチを見た。
アップを終えてベンチに戻ってくる京都帝都大の選手たちの中に、背番号1をつけた男がいた。
七年ぶりに見る御堂壮馬の顔は、中学の頃より角が取れて、しかしどこかより鋭くなっていた。185センチの体が、かつての「チームのキャプテン」よりも「孤立した強者」のシルエットになっていた。
御堂がグラウンドを歩きながら、ふとこちらを向いた。
目が合った。
一秒か、二秒か。
御堂の表情が動いた。驚いたのではなく、確認したような表情だった。最初から奏汰がいることを知っていて、それを「ああ、いた」と確かめるような。
御堂は何もせず、視線をベンチへ戻した。
奏汰も視線をグラウンドへ戻した。
「知り合いでしたね」と隣の桐嶋が言った。
「ああ」
「どんな顔してましたか、御堂」
「変わっていない顔だった」と奏汰は言った。「それが少し、気になる」
「気になる?」
「相馬は『変わった』と言っていた。でも顔は変わっていないように見えた。変わったのは、中身だ」
桐嶋は黙ってその言葉を聞いていた。
「関係ない」と奏汰は言った。「今日は野球をする」
「はい」
プレイボールのコールが、神宮に響いた。
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一回表、東都大の攻撃。
御堂壮馬がマウンドへ上がった。
奏汰は三番バッターとしてスタメンに入っていた。今日は打撃でも御堂を崩すことを意識していた。
一番打者が打席に入った。
御堂の第一球。
ストレート。外角低め。捕手のミットが動かない。
「やはり制球が精密だ」
奏汰は三塁ベンチの前から観察した。
しかし今日の御堂に、昨日と少し違う何かを感じた。
昨日の試合での御堂は、冷静で計算高く、打者を完全に支配していた。しかし今日のウォームアップの段階で、御堂の目に何かが加わっていた。
感情、だった。
冷静さの奥に、熱が見えた。
一番打者が三球でショートゴロに打ち取られた。
二番打者が外角スライダーを空振り三振。
三番。奏汰の打席。
御堂がマウンドから奏汰を見た。
今度は視線が長かった。試合中の間だったが、御堂は打者として奏汰を確認する時間より少し長く、奏汰を見ていた。
奏汰は打席に入り、構えた。
御堂が一度、目を切った。捕手のサインを確認した。
そして首を振った。
捕手が出し直した。
御堂が頷いた。
「サインを一度振った」と奏汰は頭に入れた。「俺に対して、何か特別な意図を持っている」
第一球。
内角低め。ストレート。
「来る」と読んでいた。
バットを出した。しかし球が予想より食い込んできた。詰まって、一二塁間へのゴロになった。
一塁アウト。
三者凡退。
ベンチに戻りながら奏汰は考えた。
御堂は俺に対して、初球からインコースを選んだ。それは捕手のサインを振ってまで選んだコースだ。
「俺の内角への対応を見たかったのか。それとも、最初から詰まらせるつもりだったのか」
どちらにしても、御堂は奏汰を「ただの三番打者」として見ていなかった。
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桐嶋が一回裏のマウンドに上がった。
京都帝都大の打線は洗練されていた。無駄なスイングがない。見極めが正確で、ボール球に手を出してこない。
桐嶋の外角スライダーを丁寧に見逃した先頭打者が、フルカウントからセンター前にヒットを打った。
続く二番が送りバントを確実に決めた。
一死二塁。
三番への配球を奏汰は慎重に組み立てた。
内角のストレートで腰を引かせて、外角のチェンジアップ。それが定石だが、この打者は春からのリーグ成績を確認している限り、変化球への対応が高い。
奏汰は違う入り方を選んだ。
外角のボール球から始めて、打者の反応を見る。
桐嶋に外角低めのボール球のサインを出した。
桐嶋が頷く。
投じた球は、外角のボールゾーンへ正確に外れた。
三番打者は動かなかった。ボールを見極めた。
奏汰はその反応を見た。
「外角のボール球に反応しない。インコースを待っている」
次のサインを変えた。インコース、ストレート。
桐嶋が投じた。
打者が踏み込んだ。しかしストレートに少し差し込まれて、引っかけてショートゴロ。ダブルプレーにはならなかったが、二死三塁になった。
四番。
奏汰は三球勝負に切り替えた。初球から内角、外角、内角と打者の重心を動かし、四球目に外角のスライダーで引き取る。
桐嶋は奏汰のサイン通りに投げた。
四球目、外角スライダーで打者がショートフライを打ち上げた。
一回裏、無失点。
ベンチに戻った桐嶋が奏汰に言った。「今日のリードは少し違いますね」
「どう違う」
「球数が少ない。無駄な球がない」
「相手打線のデータを昨夜詰めた」
「それだけじゃない気がします」
奏汰は少し黙った。「御堂の投球を見て、自分の中で何かが整理されたのかもしれない」
「どういう意味ですか」
「御堂は投手として打者を支配する。俺はキャッチャーとして、投手と一緒に打者を支配する。その違いを、今日改めて感じてる」
桐嶋は黙って聞いていた。
「お前が信頼してくれているなら、俺は全力でリードする。それが今日の俺のやり方だ」
桐嶋が頷いた。「任せます」
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試合は投手戦になった。
2回、3回、4回と、両投手ともにランナーを出しながらも要所を締めて失点を許さなかった。
スコアは0対0のまま、5回へ。
5回表、東都大の攻撃。
奏汰の打席が二度目に回ってきた。
御堂が奏汰を見た。今度はすぐに視線を切らず、少し間を置いてから捕手のサインを見た。
また首を振った。
「また内角か」と奏汰は読んだ。
しかし今度は違う球種にしてくるかもしれない。前の打席と同じ発想は、御堂はしない。
第一球。
内角低め、シュート系の変化球だった。
奏汰はそれを読んでいた。踏み込んで、引っ張らずにライト方向へ流した。
打球がライト前に落ちた。
ヒット。
神宮のスタンドから、東都大側の応援が沸いた。
奏汰は一塁に立ちながら、御堂の方を見た。
御堂はマウンドで、静かに次の打者に向き直っていた。表情は変わらない。
しかし奏汰には、御堂の背中に「ほう」という感情が走ったのが見えた気がした。
「分かり合えている」
奏汰はそれを感じた。七年会っていなくても、お互いの考え方が野球を通じて繋がっている。それが少し嬉しく、少し苦しかった。
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5回は東都大が1点を先制した。
奏汰のヒットの後、四番の浅野哲朗がタイムリーを打った。浅野は秋になって本物の打者に近づいていた。
5回裏。
桐嶋のマウンドに、京都帝都大の脅威が訪れた。
先頭の3番が四球。続く4番にストレートを叩かれ、センター前ヒット。
ノーアウト一二塁。
タイムを取って奏汰がマウンドへ行った。
「肘は」
「今日は問題ない。でも、少し息が上がってる」
「精神的にか」
桐嶋が小さく頷いた。「御堂の投球を見てると、向こうは完全に冷静なのに、こっちは感情が出てる気がして」
「感情が出ていい」と奏汰は言った。「感情を消した投球なんか、俺は必要としていない。お前がここまで投げてきたのは、感情があったからだ。今日も同じでいい」
桐嶋が奏汰を見た。
「次の5番、インコース攻め。6番はスライダーで外に逃げる。その配球で行く」
「わかりました」
奏汰はホームへ戻った。
5番に内角へのストレートを二球。一球はファールになり、もう一球が詰まってサードゴロ。ダブルプレーを一球外れてサードへの封殺のみ。一死二三塁になった。
6番へのスライダーが決まり、空振り三振。
7番には丁寧に外角を攻めて、最後に内角のストレートで詰まらせた。
二死二三塁から三者アウト。
無失点。
桐嶋がベンチへ戻ってくるとき、久我が「やばかった!!」と叫んでいた。
浅野哲朗が「よく抑えた」と静かに言った。
奏汰はただ、次のイニングのことを考えていた




