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その美女は人間じゃない  作者: ナカジマ
第1章 世界の真実
32/67

第32話 とある神社にて

 とある地方の山中に、人口が300人しか居ない村がある。

 隠れ里の様になっており、古い習慣が残る田舎らしい土地だ。

 電気やガスもあるけれど、村人のライフスタイルはやや昭和に近い。

 インターネットはギリギリ使えるものの、あまり興味を持っている人はいない。

 殆どの家は農家や猟師で、村の中で経済活動が簡潔している辺境だった。


 学校は小中学校が一緒になっており、生徒数はかなり少ない。

 村には高校がなく、行きたければ都市部まで出ないといけない。しかし村から出たがる人は少ない。

 殆どの住民が今の生活に満足しており、のどかな日々を送っている。

 交番はなく駐在所が1つあるだけ。しかしそれでも村人の生活は十分成り立っている。

 警察官が必要になる事件など、ここでは起きる事はないのだ。


 自然に囲まれた緑豊かなこの村は、幸せな生活で溢れていた。

 そんな村の中心に、古い神社が建てられている。石造りの階段が、丘の上に向かって伸びている。

 登り切ったその先には、何百年も前からある様な、とても貫禄のある鳥居が出迎える。

 その奥には良く手入れのされた拝殿が、堂々とその姿を晒している。

 更に境内を進むと、白を基調に作られた本殿が鎮座している。


 境内はそれほど広くなく、子供が遊ぶには丁度いいぐらいの広さだ。

 大人が参拝するには小さく、本殿まで歩いていくのは簡単だ。

 田舎の村にある、ありきたりな神社でしかない。しかし境内に漂う神聖な空気は本物である。

 邪気を払う様な清浄な空気、静かで落ち着いた雰囲気。悪事を働こうとするには、何処か抵抗感を覚える。

 本当に神様でも居るのではないかと、誤解してしまえる空気感が漂っていた。


 この村では今も祀られた神様への信仰は厚く、毎年必ずお祭りを開催している。

 春には豊作を願うお祭りを、夏には死者を悼むお祭りを。そして秋には収穫を祝う奉納祭を。

 それらは真剣に行われており、村人達は土地神様への感謝を忘れない。

 子供の間はそこまでの信仰心はないが、大人になる過程で神への祈りを捧げる大切さを知っていく。

 令和の時代には珍しく、強い信仰心を持つ村人達だ。熱心に毎朝お参りに来る人も珍しくない。


 そんな神社の本殿に、2人の人影があった。1つは巫女の格好をした若い女性。

 恐らくは20代前半ぐらいだろう。黒い髪を短く切り揃えた綺麗な顔立ちをしている。

 体格は日本人女性としては平均的で、女性らしい丸みのある肉体を持っている。

 床に敷かれた座布団には座らず、床の上に直接正座をして座っていた。

 もう1つの人影は、御簾(みす)の向こうに居るせいで姿は良く見えない。


「それで、進捗はどうなっているのかしら?」


 おっとりした女性らしい声が、御簾の向こうから聞こえて来た。どうやら残りの人影も女性のようだ。


「い、いえ、それが……その……」


 正座をした巫女服の女性は、答えるのを躊躇っている。何か言い難い理由でもあるのだろうか。

 額には脂汗が浮いており、顔色もあまり良いとは言えない。


「どうしたの? 早く答えなさい」


 御簾の向こうからはおっとりした声が、柔らかい声音に反して回答を急かす様に言葉が飛んで来る。

 怒気までは感じないが、報告が遅れている事には不満気である。


「じ、実はその……まだ……良い報告は……」


「来ていないのね?」


 不満気な声から、呆れた様な声音に変わる。気のせいか御簾の向こうから、冷たい空気が流れて来た様に感じる。

 実際そうであるのか、巫女服の女性は焦りを感じている様子だ。


「な、何せ行き先が()の支配圏でして、私達では侵入が難しく――」


「そんなの初めから分かっていたでしょう? もしかして……今まで対策を何もしていなかったのかしら?」


 巫女服の女性が弁明を行おうとするも、御簾の向こうからは厳しい指摘が飛んで来る。


「い、いえ! もちろん対策はしました。流れの餓鬼を捕まえて、あちらに送り込みました」


 全く考え無しでは無かったと、巫女服の女性は訴えた。真っ当に行動しているアピールをする。


「でも結果は出ていない。違う?」


「そ、それは! その……」


 一応弁明をしてみたものの、巫女服の女性はどんどん勢いを失っていく。

 指摘された事実は何も変わらず、すぐに言葉は尻すぼみになってしまう。

 もはや脂汗どころではなく、握った手の中も汗で湿っている状態だ。

 御簾の向こうから届く冷たい空気を、より一層冷たく感じさせている。


「貴女、重要性をちゃんと理解しているのかしら?」


 そもそも与えられた指令について、分かっていないのではないかと疑い始めたらしい。

 御簾の向こうからは、酷く呆れた様な声が届く。巫女服の女性にとっては非常良くない流れだ。


「も、もちろんです! 良く理解しております!」


 慌ててこの流れを止める為に、巫女服の女性はそう答えるしかない。

 分からない等と答えた日には、叱責ぐらいでは済まない事を彼女は知っている。


「なら言ってみなさい。貴女が何をしないといけないか」


 理解しているのなら、口にしてみろという指摘が入る。分かっていると答えたのだから当然そうなる。


「か、()に村の外は危険だと理解させて、この村へ戻る様に仕向ける。それが私の役目です」


「ええそうね、良かったわ貴女が愚かではなくて」


 どうやら上司を怒らせはしなかったと、巫女服の女性は安堵をしている。

 御簾の向こうに居る上司は、怒らせたらタダでは済まない。物理的に首が飛びかねない。

 それぐらい平気でやる相手だと、巫女服の女性は良く理解している。

 命令を良く聞く部下には、とても良い上司だ。しかし無能に対しては、非常に冷徹でもあると。


「でもねぇ貴女、そろそろ1ヶ月は経つわよね? 幾らなんでも遅すぎないかしら?」


 まだまだ安堵など出来なかったと、巫女服の女性は焦り始める。

 明らかに強い不満を感じていると、話し方を聞くだけで分かるぐらいの棘がある。

 これは不味いと、頭を必死に回転させて巫女服の女性は言葉を探す。


「ぞ、増員を! 増員を向かわせます! 奴に殺されても構わない様な、別種の下っ端を捕まえて!」


 少々物騒な話が出て来るが、巫女服の女性は必死な弁明をしているだけ。

 増員として向かわせる者に対しての、差別的な感情も匂わせている。

 命の保障などする気はない。使い捨ての駒として利用する事に、全く躊躇いを感じさせない。


「あまり半端な者を向かわせないでね? 彼が()()にでもされたら、八つ裂きでは済ませないわよ?」


 言い方は先程よりも棘はない。しかし後半には、今までにない冷徹さが含まれていた。

 処罰をされるのは増員なのか、それとも巫女服の女性に対しての警告か。

 後者だと受け取った彼女は、ゴクリの喉を鳴らした。これ以上の失態は避けねばならない。


 巫女服の女性は緊張のあまり大量の汗を流していた。喉元に刃を向けられた様に感じているからだ。

 それぐらい今の上司から、彼女は途轍もない圧を感じている。

 御簾の向こうに居る人影が、怒り狂う姿など想像したくもない。


「わ、分かっております! 話の通じる妖異を選びますので」


「そう、なら頼むわね。もうこの話はさせないで頂戴。分かった?」


 それはとても優しい声だったが、裏に込められた意味は優しくなど無い。

 次はないと分かっているな? お前に2度目は与えないという最後通牒なのだ。


「はっ!」


 まるで氷が背筋を滑り下りたかの様な、これまでで1番の寒気を巫女服の女性は感じた。

 冗談でも何でもなく、次に失敗すれば無能の烙印を押される。

 それだけで済めば良いが、恐らくそうはならないだろう。待っているのは自らの死。

 絶対にそんな未来が来ない様に、覚悟を決めて巫女服の女性は本殿を出て行く。

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