第31話 夜の廃工場⑥
あっさりと倒された山姥と、本来の力の一部を見せた大江イブキ。
助手である碓氷雅樹としては、元々持っていた印象がより強いものとなった。
きっとこの女性は、ただの鬼ではないと。山姥から感じた恐ろしさとは、比較にならない威圧感。
抱いたのは恐怖ではなく畏怖。化け物である妖異の中でも、特別な力を持つ存在。
それがこの美しい鬼の正体なのだろう。少なくとも雅樹にはその様に見えた。
「さて、事後処理をしようか。面倒だけどね」
イブキはいつも通りの外見に戻り、気怠げな態度を見せている。
先程までの威圧感は消えており、怯えていた沢城里香も少し落ち着きを取り戻している。
「……アナタ達は、一体……」
それが里香に出来た唯一の質問。彼女には全く理解出来ない事が連続で起こった。
様子のおかしな姉と、似た状態の人々、そして漫画の様な一幕。
人の髪が一瞬で紅く染まるなんて有り得ない。そもそも天井をぶち抜いての登場自体おかしな話。
死体が残らず消えた老婆も、何もかも色々とツッコミどころ満載だ。
「ただの霊能探偵とその助手さ、ねぇマサキ?」
「え? あ、えっと、まあそんな感じです」
あくまでも妖異の存在について、イブキは里香へと詳しく説明するつもりは無いらしい。
適当な説明で終わらせて、山姥が巣にしていたらしい地下の探索を始める。
雅樹と里香は明かりを必要とするが、夜目の効くイブキには必要ない。
視界を確保しながらの雅樹達とは違い、テキパキとあちこちを調べ始める。
「うわっ!?」
地下1階の奥には、人骨があちこちに落ちていた。まるでトロフィーであるかの様に、頭蓋骨が積まれている。
「ひっ!?」
あまりの光景に、里香は口元を抑えて青い顔をしている。幾らホラー耐性があっても、悪趣味なオブジェまでは許容できない。
床一面を染め上げる乾いた血、何の意味があるのか分からない人骨の塊。
山姥にとっては暇潰しだったのかも知れないが、雅樹達人間からすれば悍ましい行為だ。
果たして何人の人間がここで命を落としたのだろうか。少なくとも頭蓋骨だけで、20人分は超えていそうだ。
「これは……暫くお清めが必要かな。思った以上に酷い有様だ」
イブキから見ても、この光景はあんまりな状態らしい。山姥に喰い荒らされた人々の残骸が転がっている。
里香の姉である沢城真希が、ここで失踪したと思われたのが3ヶ月前だ。
山姥が活動していた期間は、もっと長いのかも知れない。そう思わせるだけの遺骨が集められている。
「あれ? でも警察がここを調べた筈ですよね?」
雅樹はこの状況を不思議がる。これ程までの人骨を見れば、警察だって何かしらのアクションを起こす筈だと。
「警察官を誤魔化すぐらいには、知能があったのだろうさ。愚か者なりにね」
雅樹の疑問に対する答えは、山姥の隠蔽工作。あくまで噂は噂でないといけない。
本当に大量の人間が殺されたとなれば、イブキの様な妖異にまで知られてしまう。
そうなるとこうして視察に来てしまう。疑われる要因は極力少ない方が良い。
ただしやり過ぎて、結局処断されてしまったが。山姥が欲をかいた結果だろう。
情報化社会となった現代は、人間を集めるのに都合が良い。しかし同時に、悪事の発覚もその分早い。
霊能探偵として噂されているイブキの様な存在に、情報が齎される機会は多い。
だからこその探偵業。現代の環境を上手く利用した、イブキが選んだ選択。
警察では人間同士の揉め事を大量に処理せねばならない。しかし探偵は違う。
警察には解決出来なかった問題が、こうしてイブキの下へとやって来る。
「ここの処理は専門家に任せよう。あとは、操られていた人間か……」
「あ、あの! 姉は大丈夫なのですか?」
躊躇いなく雅樹に襲い掛かった姉の姿は、今も里香の脳裏にこびり付いている。
まるでゾンビ映画の様に、奇声を上げて食らいつこうとしたその姿が。
明らかに普通ではない状態で、元の姉が戻って来るのかと里香は不安を覚えた。
「見てみないと分からないけど、多分大丈夫だろうね。怪我ぐらいはしているかも知れないけど」
山姥がどう使っていたか次第で、必要な対処は変わるとイブキは言う。
無理矢理体を動かしていれば、靭帯の損傷や骨折などの可能性がある。
何も食べさせていなければ、栄養失調などもあり得るだろう。
ただ人を襲わせる為に使っていたのなら、それなりの待遇であったのだろうと。
人間を操る上で必要なのは、ある程度の健康な肉体だ。瀕死の状態では、動きも鈍く死ねば終わり。
今回の様に雅樹達を襲ったり追い掛けたりしたのなら、すぐに死ぬような状態ではないだろう。
そう説明を受けた事で、里香は安堵した様子を見せる。しかし安心するにはまだ早い。
「絶対というわけじゃないよ。見てみないと分からない」
「多分1階に集まっている筈です。さっきまで追い掛けたられていたので」
雅樹の先導で1階へと上がる。階段を登りきった先で、7名の人間が倒れていた。
1番近くに居たのは里香の姉で、赤く髪を染めた女性だ。先程のイブキの様に、鮮やかな深紅とはまた違う。
どちらかと言えばオレンジ色に近い明るい赤。そんな真希の近くにイブキは膝をつく。
倒れている彼女の額に手をあてて、イブキは暫くそのまま動かない。
「…………なるほどね」
彼女は真希の額から手を離し、今度は胸元に手を当てる。
イブキ程ではないが、それなりに豊かな胸元は小さく上下している。死んではいないようだ。
「イブキさん、何か分かりました?」
状態を見ているらしいイブキに向けて、雅樹が尋ねる。この状況で正しい判断が下せるのは、イブキだけしかいない。
「今すぐ死にはしないけど、救急車は呼んだ方が良いね。私が諸々手配しよう」
イブキは再び真希の額に触れて、何かをしている。そのままスマートフォンで通話を始めた。
「……私だ。今から言う住所に処理班と救急車を送って欲しい。生存者は7名だ」
2分ほどイブキは通話を続けた。ちょくちょく雅樹の知らない単語が出て来た。
また今度教えて貰おうと、雅樹はいつか聞くリストを脳内で更新した。
そのままイブキは残る6人にも、額に触れて何かをしている。
「捕まっている間の記憶は消しておいた。人を襲う記憶なんて、覚えておきたくないだろうしね」
そういう気遣いはするよなぁと、雅樹は思ったが口にはしない。余計な事を言ってリスクを負いたくないから。
その優しさを自分にも向けて欲しいなと、容赦なく喰われる日々を思い返す。
「さて沢城里香、君もここまでで十分だ」
「え?」
月明かりに照らされた美しき鬼が、真っ直ぐに里香を見ている。
スッと近付いたイブキが、右手の人差し指を里香の額に当てる。
花山総合病院で見せた様に、里香もまた意識を失った様にヘタリと全身が弛緩する。
イブキが抱きとめた時には、既に穏やかな寝息を立てていた。
「今回は依頼者の記憶を消したんですか? 花山さんは放置したのに」
雅樹は前回の依頼との違いに疑問を覚えた。あの時は何の処置も行わずに帰っている。
「だって彼、放っておいても末路は決まっていたからね。それに散々部下達の証言を馬鹿にしていた人が、急に幽霊が居たなんて言っても誰も取り合わないしね」
それにその方が面白そうじゃない? と爽やかな笑顔を見せるイブキ。
「ああ、そういう人には容赦ないんだ……」
何ともイブキらしい理由で記憶を消さなかったのかと、雅樹は納得した。
ちょうどその頃に、遠くから救急車のサイレンが鳴り響いて来た。
山姥に関する今回の事件は、解決に向けてゆるやかに進行し始めた。




