表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
その美女は人間じゃない  作者: ナカジマ
第7章 見え始めた敵の輪郭
232/236

第232話 宴会の会場にて

 長野県の虫倉山(むしくらやま)、その一角に人外の存在が集まっている。位置的には、中腹辺りの少し開けた場所だった。

 以前は鬼が支配者として住処としていた洞窟。その前へ雑に切られた丸太が、何本も転がっている。

 妖異の集まりなんてものは、人間のように立派な会場を用意しない。そんなもので格は決まらないからだ。

 彼らは成金ではなく、力こそ全ての世界で生きている。そもそもお金なんて、人間が使う通貨でしかない。

 中には商売を好む者や、ファッションを楽しむ者も居る。だがそれは、好みの話でやはり格とは無関係。


 妖異の格を示すのは妖力、つまりは能力の高さ。来賓達の圧倒的な存在感が、あちこちから放たれていた。

 碓氷雅樹(うすいまさき)がこの場に居れば、震え上がっただろう。新顔の支配者でも、数千年は生きている妖異達。

 そして、それ以上の時を生きる古参の支配者達。数万年、数十万年、そして数百万年以上も生きて来た者達。

 筆頭というべきは、金髪に剣道着を着た美女。かつて妲己と呼ばれた恐ろしき妖狐、玉藻前、那須草子(なすそうこ)である。

 今は人間が周囲に居ない。気を遣って力を抑える必要はないのだ。荒れ狂う暴風のような気配が、放たれている。


 金色に輝く瞳、毛並みの良い狐の耳、夜の闇を照らす金のオーラ。本来なら9本ある筈の尾は、今は8本しかない。

 蛇女アカギから、愛する少年を助ける為、1本分の妖力を消費した。とは言え、保有している妖力は膨大である。

 この場に居る誰よりも、高い妖力を保持しているのだ。この場において、彼女に匹敵する妖異はそう多くない。

 姉妹として契りを交わした江奈(えな)とメノウ、そして一部の妖異ぐらいだ。東日本を代表する妖異とは、伊達や酔狂で務まらない。

 麗しい美姫達であり、同時に圧倒的な実力者。一時期は中国大陸の覇権を巡って、争ったほどの大妖異である。


(あね)さん達、よく来て頂きました」


 当然ホストである豊蔵王我(とよくらおうが)は、挨拶に回る立場だ。真っ先に草子達の前へ来て、片膝を地面について跪いている。

 王我からすれば、大先輩もいいところ。反抗しようものなら、あっという間に命を散らす事になる。

 彼は上昇志向の持ち主だが、力関係はよく理解していた。誰彼構わず噛みつくような男ではない。


「ええ。少し興味が湧いたから来たわ」


「ありがとうございます」


 もしや自分に興味を持って貰えたのか。まだ若く野心的な王我は、都合の良い勘違いをしている。

 草子ほどの華麗な女性に、相手をして貰えるなら。男としてこれ以上ない幸運と言えよう。早くも鼻の下を伸ばしている。

 妖異の美的感覚から言っても、草子達は極上の美貌を持つ存在だ。大女優が学生の飲み会に参加するようなもの。

 永野梓美(ながのあずみ)を妻にしようという日に、早くも別の女性へ現を抜かす。その時点で、草子達の目に留まる筈もないというのに。

 全く相手にされていない。という真実に、彼が気づく事はない。草子に言わせれば、存在価値のない男だ。


「……」


 そんな草子達を、強く睨んでいる女性がいる。本日の主役でもある雪女、囚われの身である梓美だった。

 きっと真実を知っているだろうに、わざわざ京都から長野まで来た。当てつけに来たのだろうと梓美は思っている。

 自分達はこれからも雅樹と過ごせて、梓美は王我の妻となる。あまりの屈辱的な状況に、嫌悪感を隠せない。

 惨めな自分を笑いに来たのだろうと、視線に抗議の色を濃く乗せた。当然そんな視線を、察知しない草子ではない。

 梓美の方を見て、不敵な笑みを浮かべる草子。形のいい真っ赤な唇が、とても綺麗な弧を描いている。


「……」


 睨み続ける梓美の方へ、ゆっくりと歩みを進めてくる。王我は既に、別の支配者へと挨拶に向かっていた。

 江奈とメノウは、仲の良い支配者へと声を掛けに行った。妖異達が集まる広場で、2つの視線が火花を散らす。

 優雅な歩みで梓美へと近づいた草子は、挑発的な視線を向ける。孤独に丸太へ座っていた梓美が、立ち上がって迎え撃つ。


「ウチを笑いにわざわざ長野まで来るなんて、随分と暇なんやな。イブキ様に雅樹君を盗られても知らんで」


「貴女のような小娘とは、あの子と過ごした時間が違うのよ。まー君の事は、生まれた時から知っているもの」


 余裕の態度を崩す事なく、草子は笑顔を浮かべている。対する梓美は、とても悔しそうにしている。

 雅樹の事を知ったのは、数ヶ月前の話だ。目の前に立つ妖狐と比べれば、共に過ごした時間は段違いだ。

 故郷で暮らしていた時間は十年以上になる。梓美の数ヶ月など、吹けば飛ぶような時間でしかないのだから。

 その意味でも、梓美の悔しさは増すばかり。もし自分が、もっと早く雅樹と出会っていれば。もっと幸せに暮らせたら。

 例え人間の短い寿命であろうと、共に生きていけたら。自分とは真逆の立場を、改めて思い知らされた梓美。


「あんな品のない男が相手なんて、私ならごめんだわ。まー君の足下にも及ばない下らない男ね」


「……そんなん、ウチだって分かってる」


「あんな男と結婚なんて、悲惨としか言えないわね」


 草子の挑発に、梓美は怒りに染められた。自分だって、こんな相手と結婚なんてたくない。するなら雅樹であって欲しかった。

 母親のように、愛した人間の男性と結ばれる。そんな未来を、心から楽しみにしていたのだから。

 これまで喰らったどんな男性よりも、雅樹は梓美の好みにマッチしていた。最高の出会いが出来たと思っていたのに。

 悲しみと怒りを込めて、梓美は平手で草子の頬を叩こうとした。しかし、梓美の力では草子に遠く及ばない。

 

「遅すぎるわよ」


「くっ……」


 挑発して来た草子へ、せめて一撃でも入れられたら。そんな想いは、届く事無く右腕を掴まれてしまった。

 何やら起きているのかと、周囲の妖異達が草子と梓美を見る。そんな中で、草子が梓美を引き寄せ囁く。


「あの子に感謝なさい。少なくとも、命を懸ける価値が貴女にはあると思っているのよ」


「……何やそれ?」


 わざわざ草子が煽るような言葉を使ったのは、王我達へ動きを悟らせない為。あくまで敵対関係と思わせる狙いがある。

 しかしこの場で梓美に、詳細を説明するのは危険過ぎる。ギリギリまで、王我達を油断させる必要があるのだ。


「あの子に大切だと思って貰えた。だったらそんな、辛気臭い顔を見せるのはやめなさい」


 だからどういう意味だと、梓美は訊くも返答はない。言うべき事は言ったとばかりに、草子は離れて行った。

 告げられた言葉の意味を、脳内で考える梓美。草子が言うあの子は、多分雅樹の事だろう。他に思い浮かぶ候補はいない。

 しかし、命を懸けるとはどういう意味か。今彼は、一体どこで何をしているのか。考えないようにしていた少年の事。

 思い出として忘れようとした愛した相手。まだ梓美の心で存在感を持っている、雅樹の顔が脳裏に浮かぶ。

 情報があまりに不足しており、何が言いたかったのか分からない。梓美は混乱しているが、宴会は進んでいく。


向井(むかい)の旦那、今回はお世話になりやした」


「構わないよ。将来有望な君へ投資しただけの事」


 王我が話している相手。向井と呼ばれたのは、2メートルはあるだろう大男。牛の頭部を持つ、屈強な体つきの妖異。

 牛鬼(うしおに)と呼ばれる鬼の派生種。純粋な鬼ではなく、鬼と牛の妖異から生まれた種だ。ベースが鬼なので、強力な部類に位置する。

 向井も長い時を生きているが、最古参の妖異ではない。草子のような最強格には若干届かない。

 黒澤会(くろさわかい)のトップが、出席して姿を見せている。だが考え事に集中している梓美は、今は意識を向けていない。

 草子達は向井を疑っているので、彼の動向に注意していた。宴会は進み、王我が梓美の腕を取って立たせる。


「この女が――」


 妻となる者だと、宣言しようとした王我。しかしその言葉よりも先に、1人の少年が言葉を発する方が早かった。


()()()()!」

 

 梓美が諦めてしまっていた、愛した少年の声。この場所に居る筈のない、よく知っている声。幻聴かと梓美は思った。

 全く好みではない男と、結婚したくないから思い出してしまった。そう思っていても、梓美はつい周囲を見回す。

 夜の空を、飛んでいる影。吹雪を推進力に、宙を舞っている氷で出来たソリ。氷のスロープを利用して、高速で移動して来た。

 そんな事情は知らないが、梓美にもハッキリと見えた。自分の母親と、雅樹(愛しの彼)がソリに乗っている姿を。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ