表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
卑弥呼伝 〜最強の精霊使いが女王になるまでの物語〜  作者: 山本 正彦
第一部 倭国大乱編
23/29

第二十三話 不協和音

 ヒミクコ王子はミツハと共に馬の守護霊に乗って山道を移動している。昨晩はムラカタ(現在の宮崎県都城市)で一泊し、日の出と共にクナ国へ向かって出発した。彼を追う兵も大半は付いてきている。ここは脚力に自信がある兵を選んだかいがあったというものだ。


「ミツハ、大丈夫か」

「は、はい。ご心配なく。まだいけます」


 言葉とはうらはらにミツハの息は荒い。自分に抱きついている彼女の熱い体温が伝わってくる。昨日、丸一日守護霊を使役し続けて、今日も日が天高く昇るまで走り通しだ。どう考えても彼女の限界は近い。


「すまん。おまえには何かと無理をさせる」

「も、もったいないお言葉です」

「もう少しだ。辛抱してくれ」


 クナ国の南門が見えてきた。衛兵が門扉を開く。そのまま滑りこむようにしてヒミクコ王子とミツハは駆け込んだ。門をくぐると同時に守護霊は崩れ落ちるように消滅した。ミツハの気力が尽きたのだ。ヒミクコ王子はミツハを抱きかかえたまま着地した。


「よくやった。ここまで早く到着できるとは思っても見なかったぞ」


 ウメを出発して二日間で駆け抜けた。通常ならば四、五日はかかる行程だ。彼に付いて走り続けてきた兵たちも続々と門をくぐり抜けた。どの兵も到着するやいなや地面に倒れこんだ。


「お前たちもだ。よく付いてきてくれた。お前たちの頑張りには必ずや報いる」


 王子の到着を聞いて白髪の老人が駆け寄って膝まずいた。内政を担当する長老格の重臣だ。


「殿下、無事のご帰還をお喜び申し上げます」

「俺のことはいい。それより皆に水を飲ませてやってくれ」

「はっ」


 重臣の手はずで兵たちに新鮮な水が振る舞われた。ヒミクコ王子は自らミツハを巫術師たちの居室まで運んだ。そこにいた見習いの巫術師たちは一斉にひれ伏す。


「構わぬ。ミツハの回復に努めよ」

「「はっ」」

「ミツハ、飲めるか? 水だ」

「は、はい……」


 もうろうとした意識の中でミツハはかろうじて返事をした。水を口にしたことで徐々に生気を取り戻していくのがわかる。ヒミクコ王子はそれを確認して安心すると、横に立つ重臣に顔を向けた。


「状況はどうなっている? 父上は出発なされたのか?」

「はい、陛下は殿下からのご連絡を受けて、すぐさま兵を率いて出発なされました。今日にもカナソナ国に到着されると思います」

「心配だ。ヤマト国の巫術師はかなりの実力者だ。カエデの力で抑えられなければ、更に多くの兵を送る必要があるかもしれない」

「か、カエデ殿は……」


 重臣は戸惑いの表情を見せて言いよどんだ。


「爺、カエデがどうした?」

「カエデ殿は出陣しておりません」

「何だと」


 ヒミクコ王子は耳を疑った。


「風邪をひいたとは聞いていたが、体調が悪化したのか?」

「いいえ。いたって元気ですが……」

「ならばなぜ!」


 当のカエデが戸口に現れた。そのまま膝まずいて、淡々とした口調で口上を述べる。


「殿下、ご無事の帰国なによりにございます」

「貴様!」


 ヒミクコ王子はカエデに歩み寄ると胸ぐらをつかんで起き上がらせた。


「なぜ、おまえがここにいる! 父上を敵の鬼神からお守りするのがおまえの役目だろうが!」

「陛下が留守を守るようにとお言いつけになりました」

「バカな。敵も巫術師を伴って出陣しているのに、兵のみでどうやって対抗するつもりだ」

「……」

「もういい。おまえはミツハを回復させろ。できるな?」

「はい。かしこまりました」


 ヒミクコ王子は腹をくくった。今もっとも優先すべきは国王の命。カナソナ国はヤマト国の軍門に下るかもしれない。だが、それはまた取り返せば良い。


   ◇ ◇ ◇


 ヤマト・クナ連合軍はカナソナ国の包囲を終えた。だが、ヒミコはそれに加わっていない。それを一望できる場所から眺めているしかなかった。それでも、いつでも巫術を使えるように心構えだけはしている。


「ヤヒコ」

「どうした?」

「いや、なんでもない」


(父上はヤヒコの父上と兄上を見殺しにするつもりかも知れない)

 ヒミコには自分の頭に浮かんだ恐ろしい予感をヤヒコに伝える勇気がなかった。伝えたところで、初陣の自分たちには何かをできる権限がなかった。ただ、巫術という力だけは持っている。いざとなれば父から叱責されようとも鬼神を呼び出してクナ国軍を救おうとだけ心に決めた。


「かかれ!」


 ヒルコの号令がかかると一斉に各部隊が動き始めた。あちこちで喚声があがる。ヒミコは戦況をじっと見つめている。

 ヤマト国軍は軍を二千ずつ、五つに分けて、東西と北の門に各一部隊ずつ配した。残りの二隊は王の護衛と遊軍だ。ソナ国軍千人は南門にかかっている。


 ヒバリは鳥の守護霊を飛ばして上空から戦況を偵察している。ヤマト国は青色に染められた鉢巻や甲冑を身に着けている。対するカナソナ国軍は赤だ。国全体を青の軍勢が取り囲み、柵と門で守られた国内を赤い軍勢が絶えず動き回っている様子は壮観だ。


「敵もなかなかやるわい。これは容易には門を破れんぞ。東門から南門に兵を移しておるようじゃ。ミズヒよ、配置を変えたほうが良いかも知れぬぞ」


 ソナ国は必死の抵抗を示している。門の両脇に建てられた矢倉からは大量の矢の雨が降り注ぎ、門に近寄る兵たちを血祭りにあげていく。焦れて門から離れた位置から柵をよじ登ろうとした兵は槍の餌食になっていく。

 しかし、ミズヒは全く遊軍を動かそうとしない。総司令官であるイザナギもまた一点を凝視したまま全く動く気配がない。一万の兵のうち、四千の兵が持ち場を与えられぬまま時間だけが過ぎていく。


「イワサク軍より伝令! 二千の兵のうち半分を南門の支援に回したいとのことです!」

「余計なことはするなと伝えよ!」

「はっ!」


 伝令が伝える言葉にも各司令官のいら立ちが伝わってくる。

 ヒミコもまた呪符を取り出した。宙に放り投げられた呪符は弾け散って小鳥の姿に変わった。ミズヒがそれを見てすぐにとがめた。


「ヒミコ! 何をする?」

「クナ国の援軍の位置を確認します」

「ちっ、好きにしろ」


 小鳥の霊が南に向かって飛んでいく。ヒミコの脳裏に戦場へ向けて海岸線を急行するクナ国軍の軍勢が写った。


「速い! 兄上、この分では半刻もかからず援軍が到着します」


 それを聞いてカグツチが床几から腰を上げた。


「兄者、俺は遊軍を率いてソナ国軍の支援に向かうぞ。南門を落とさないことには始まらない」

「まだだ。今は待て」

「なぜだ!」


 カグツチもいらだち始めた。急を要する状況なのになぜ全軍を投入しないのか。これはだれでも抱く疑問だ。ヒミコの言うように鬼神で矢倉を破壊するべきではないか。それに対抗する巫術師がカナソナ国にはいないのだ。崩壊した南門からソナ国軍と共に遊軍をなだれ込ませれば一気に勝敗がつく。

 ヒミコは懐からもう一枚呪符を取り出した。もはや許可を求めている間はないと判断した。


「地を震わせ、草を芽吹かす大地の王よ。我が求めに応じてその力を貸せ」


 ヒミコが呪文を唱えて呪符を口元に持って行こうとしたその瞬間、その頭上で二つの剣が火花を散らした。そしてヒミコの集中力が切れた途端に呪符は霧のように指の間から消え去った。


「ミズヒ様、何をなさるのです!」

「命令違反は許さん!」


 ミズヒの剣がヒミコに振り下ろされ、ヤヒコがそれを剣で受け止めていた。ヒミコは兄の思わぬ行動に凍りついた。目の前ではミズヒとヤヒコの間で言い争いが続いている。


「ご自分の妹君を殺そうとなさるのか?」

「殺しはせん。呪符を捨てさせようとしたのだ」

「このような乱暴なおふるまいは護衛として見過ごせません」

「生意気な!」


 二人が言い争っている間に戦場では大きなわめき声が響き渡った。戦況が大きく変わっている。イワタツが率いるソナ国軍が到着した援軍と打って出た守備兵の間で挟み撃ちにあっている。ヒバリが叫んだ。


「クナ国軍じゃ。来おったぞ! 陛下、もはや一刻の猶予もありませぬ」

「……」


 しかし、まだイザナギは一言も発しない。


「父上!」


 ヒミコは青ざめた顔で父に呼びかけた。考えたくもなかった予感が的中しようとしている。だが、認めたくない。まだ間に合うはずだ。ヒミコは自分に言い聞かせた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

匿名での感想・評価

感想はこちら

※感想掲示板 雫封筒(外部)へ移動します

cont_access.php?citi_cont_id=186264557&s 小説家になろう 勝手にランキング
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ