第二十四話 死地
南門の目の前ではヤヒコの父、イワタツが兵を励まして奮戦していた。しかし、豪雨のように降り注ぐ矢によって次々と兵たちが倒れていく。後方からも敵の援軍が襲いかかってくる。千人いた兵力は二百人ほどに減っていた。この状況でまだ軍が崩壊しないのはソナ国軍の勇猛さとイワタツの采配によるものと言える。だが状況は厳しすぎる。このままいけば全滅は免れないだろう。しかし、退くわけにはいかなかった。ヤマト国の王が自分たちの戦いぶりを監視している。イワタツは兵に指示を送って、守りを固めさせる。
「散らばるな! 盾を並べよ! 怪我を負った者は防御に徹するのだ! まだ戦える者は俺のところに集まれ!」
息子のオオヅヒコが父に駆け寄った。
「父上、柵に弱そうなところは見当たりません。やはり門を突破するよりないようです」
「おまえは落ちのびろ」
「えっ?」
「二人とも死ぬわけにはいかない」
「ですが……」
「アカツキ、オオヅヒコを連れて戦場から離れろ」
「はっ!」
イワタツは副官に息子を託した。
「父上!」
「オオヅヒコ様、お父上の意志を無駄になさいますな」
「……」
オオヅヒコは覚悟を決めたように表情を引き締めた。副官が周りを見渡して状況を確認する。敵兵の少なそうなところを突破しようというのだ。
「父上、ご無事で」
「おお。死ぬなよ! 全軍、後方のクナ国軍に突撃をかけるぞ! 一瞬でもいい、ひるませろ!」
◇ ◇ ◇
ソナ国軍の苦境は本陣にいるヒミコの目からもはっきりと見て取れた。挟み撃ちを受けたソナ国の軍勢は水の中に投げ入れた泥玉のように溶けていく。
「父上、ソナ国軍がはさみ撃ちにあっています。救援に向かいましょう」
「俺は行く! 誰も止めるなよ!」
カグツチは駆け出した。
「よかろう。ソナ国の忠誠は見届けた。ミズヒ、総攻撃の命令をかけろ」
ついにイザナギが口を開いた。ミズヒは剣を鞘から抜き放つと、全軍に攻撃を命じる。
「行くぞ! 敵を皆殺しにせよ!」
地鳴りのようなときの声が沸き起こった。イザナギはヒミコの方を振り返ると命じた。
「カナソナ国の建物も人もすべて焼き払え。一人も逃がすな」
「はい……」
イザナギは軍を率いて丘を駆け下りた。ミズヒもそのあとに従った。
いち早く動いたカグツチの遊軍がクナ国軍のわき腹を突く。クナ国軍は混乱におちいった。守備兵と共にソナ国軍を挟み撃ちにしていたはずが、反転して猛然と突撃をかけてきたイワタツたちと沈黙を破って突進してきたカグツチの遊軍によって逆に挟み撃ちにされる形となったのだ。
ヒミコは丘の上から戦況を見つめながら呪符を取り出した。
「いける。この距離なら南門も壊せる」
南門の矢倉の真下の地面が大きく盛り上がった。そのまま巨大な泥人形が形作られて矢倉をなぎ倒した。ヒミコが召喚した土の王だ。土の王は強く脚を踏みしめた。すると、ズンという地響きが起こって大地が割れ、門や柵も倒れて国の防衛線が崩壊していく。
「突入!」「国王を探しだせ!」「抵抗する者は切り捨てよ!」
ヤマト国の全軍が一斉に殺到した。逃げ惑う守備兵たちをヤマト国の軍勢が追い回して首をはねていく。カナソナ国内部は地獄絵図と化した。攻撃側がかけたのか、それとも守備側が破れかぶれになったのか、あちこちの建物から火の手があがっている。
最後に戦場に突入したイザナギの軍は乱戦となっている南門の外側に押し寄せた。潰走しようとしているクナ国軍の後ろを制して殲滅を図ろうとしているのだ。王の方針は一貫している。一兵たりとも逃さず皆殺しにして、態度を決めかねている他国への見せしめとする。判断を誤れば、次はおまえたちがこうなるぞという威圧だ。
「勝ったな」
ヒバリは本陣から戦場全体を眺めながらつぶやいた。守備側の兵はほぼ全滅だ。逆にヤマト国軍はほぼ無傷。なぜか敵の援軍は巫術師を伴っていなかった。巫術師が二人いるヤマト国が圧倒的に有利だったことは火を見るより明らかだった。
ヒミコはその横で表情をゆるめずに戦況を見つめている。同盟国のソナ国軍の損害が大きい。今も敵の援軍との間で小さな戦闘が起こっている。
「ヤヒコ、われらも行こう。怪我人を治療するのじゃ」
「いや、おまえたち。待つのじゃ。まだ小競り合いが終わっておらん」
「くっ」
もどかしさがつのる。土の王を召喚したが、神の召喚に比べれば王の召喚は大きな体力の消耗はない。疲労感はあるが、まだ巫術を使うことはできる。しかし、部隊を率いていないヒミコにはその使いどころは大きく制限されている。
「ババ様、われらにできることはもうないのですか?」
「戦いが完全に終わるまでは待て」
「はい……」
ヒミコはこぶしを握りしめて歯噛みした
◇ ◇ ◇
ヒミクコ王子は馬の守護霊に乗って疾走していた。ミツハの体力はカエデに回復させた。だが、戦場に到達した時にはおそらく彼女の体力が尽きる。まして鬼神の召喚などは難しいだろう。こうなれば自分の腕で父を救い出すしかない。
率いている兵は国の留守を預かっていた兵から抜き出した二百ほど。自分が率いていた五百の兵たちはキクチヒコに任せて、途中の山に伏せて敵の襲来に備えさせている。
「見えた。ミツハ、ここでいい。守護霊を下がらせろ」
「はい。殿下、鬼神を召喚しますか」
「いや、味方に怪我人が多い。おまえは回復のために体力を残しておけ」
「はっ」
ミツハに鬼神を召喚する体力が残っていたことに驚いたが、戦況を見るに今から形勢を逆転させることはできなそうだ。それならば退路を切り開いて父を撤退させることに専念する。
「おまえたち、ときの声を上げろ! 腹の底から叫べ!」
突然現れたヒミクコ王子の軍勢はクナ国軍を包囲する態勢を敷きつつあったヤマト国軍に少なからず動揺を与えた。
「殿下、陛下のお姿も見えます」
「ああ、見えている」
父は乱戦の中で敵将と剣を交えていた。だが、敵将の方が力は上に見える。ヒミクコ王子はその場で弓を構えると大きく弦を引いた。
「殿下、ここからでは陛下に当たってしまうかも知れません」
「……」
しかし、ヒミクコ王子の表情は自信に満ちていた。弦を持つ手を離すと弓は一直線に敵将に向かって飛んでいき、その胸を貫いた。すると、どこからともなく叫び声が響いてきた。
「イワタツ殿!」
その声の方向に目を向けると、小高い丘の上に白装束の若い巫術師の姿が見えた。
「なるほど、鬼神を呼び出したのはこいつか」
ヒミクコ王子はもう一本矢をつがえて弓を構えた。ヤマト国の王女が巫術師として力をつけてきていることは聞いていた。
「ならば、早い内に芽を摘んでおく」
ヒミクコ王子はキリキリと弓を引き絞ると弓を放った。
◇ ◇ ◇
「イワタツ殿!」
ヒミコは思わず叫んでいた。乱戦の中でヤヒコの父親が弓で射たれて倒れた。このままでは首を取られてしまう。
「ヤヒコ! 助けに行くぞ」
「いや、間に合わねぇ」
「ならば……」
ヒミコは呪符を手にして呪文を唱えた。はるか遠くで大量の草のつるでできた巨体が現れた。周りの兵たちが斬りつけるが、その刀もつるで絡み取られて意味をなさない。巨体は地面に倒れているイワタツにゆっくりと歩み寄った。すると大量の草のつるが伸びていってイワタツの体を包んでいく。
「危ない!」
ヤヒコはヒミコの前に立って、いつの間にか飛んできた弓矢を剣で叩き落とした。矢を放った主をキッと睨みつける。主は余裕の表情を浮かべて高らかに宣言した。
「クナ国の王子、ヒミクコ。クナ国王イワタツを討ち取ったり! ヤマト国のヒミコと言ったか……おまえの命もいつか貰い受ける。だが、これ以上の戦いは無意味。クナ国軍、全軍退くぞ」
あれだけ浮き足立っていたクナ国軍が整然と引き上げていく。その大きな要因となっているのは最後尾で睨みを利かす若き王子であることは明らかだ。
「あれが、クナ国の王子……」
「あれが、ヤマト国の王女」
これから長い戦いを繰り広げるヒミコとヒミクコが始めて目を合わせた瞬間だった。




