表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
卑弥呼伝 〜最強の精霊使いが女王になるまでの物語〜  作者: 山本 正彦
第一部 倭国大乱編
22/29

第二十二話 開戦

 阿蘇山の西側に広がる広大な平地。この辺り一帯は三方を山に囲まれ、南は内陸まで入り込んだ海とつながり、天然の要害といった地形になっている。この地域に存在する三つの国々のうちの一角がこの春にヤマト国連合の傘下に入った。ヤヒコの故郷であるソナ国だ。ヤマト国は他の二カ国にも軍事的な圧力を加えようとしている。

 カナソナ国は海に面しており、その天然の要害の入り口に位置する。逆に言えば、カナソナ国さえ制してしまえば阿蘇山周辺国の首根っこを押さえたともいえる。


 ヤマト国の主力軍はこの辺り一帯を見渡せる小高い丘に陣を置いた。ヒミコは陣幕を出て地面に正座している。ひたすら精神を集中させる。ここから阿蘇山は目と鼻の先だ。その火山の底には脈打つような強大な地の神の力を感じる。


「おい、ここで変なのを呼び出したりするなよ」

「……」


 後ろに立つヤヒコが話しかけるが、まったく反応しない。おどろくべき集中力だ。


「ヒミコ?」


 ヤヒコがヒミコの肩に手を置くと、ヒミコはふぅーっと息を吐いて意識を自分のもとに戻した。


「うむ。地の王と対話をしておった。この戦いののちに神と引き合わせると言うておる」

「そうか。おまえは落ち着いたもんだなぁ。おれは胸がドキドキしてしかたねぇ」


 二人の会話を聞いてカグツチが笑いながら陣幕から出てきた。


「ははは、初陣なんてそんなもんだ。すぐに慣れる」


 ヒミコとヤヒコはカグツチの方へ目をやった。


「カグツチ様も初陣の時はそうだったのですか?」

「ああ。ヤヒコ、おまえと同じだ。足がガクガクして、何をやったか全く覚えていない」

「そういうものですよね。ヒミコ、おまえが落ち着き過ぎなんだよ」

「わらわも多少は浮ついておるわ。じゃが、慌ててもしかたあるまい」


 多少高揚する気持ちはあるものの、不思議とヒミコは落ち着いていた。それは巫術で自分の精神を周囲に広げて周辺の状況を把握しているからかも知れない。

 眼下にソナ国の軍勢が見えてきた。先頭に立つのはヤヒコの父、イワタツだ。その姿にヒミコはすぐに気がついた。


「イワタツ様じゃ。さすがはそなたの父上が率いる軍じゃ。整然としておる」

「なつかしい。兄上の姿も見えるぞ」

「ほぉ。まさしくソナ国の主力部隊じゃのう」


 その後方にはオオキタで陽動作戦を行っていたイワサクの先遣隊も付いてきている。彼らはクナ国の援軍よりもいち早く戦場にたどり着いた。どうやらヤマト国とクナ国の争いの緒戦はヤマト国が機先を制することになりそうだ。

 ヤヒコ親子はそれから間もなく陣内で対面した。イワタツはまずはヤヒコの前に立つヒミコに会釈をした。


「姫様、お久しぶりでございます。ヤヒコがご無礼をいたしておりませぬか?」

「いや、むしろ助けられております。護衛として頼もしい限りじゃ」

「それは良かった。ヤヒコ、少し背が伸びたか?」

「そうですか? 自分では気が付きませんでした」


 親子の会話を聞いて、ヒミコは改めてヤヒコの顔をみた。そう言われてみれば、初めて会った時よりも凛々しくなったような気がする。なによりもカナソナ国へ潜入したひと月ほどの間に経験したことが大きいのかも知れないと思えた。あの川での再会でヤヒコの背中にしがみついた時はこんなに大きな背中だったかと驚いたのだ。


「姫様もますますお美しくなられましたな」

「ありがとうございます」

「ははは、お美しくか……」

「茶化すな、ヤヒコ」


 ヤヒコと親しげに話すヒミコを見て、イワタツは意外だという顔をした。口説けと言ったのは自分だが、奥手と思われた息子がこんなにも早くヤマト国の姫君を口説き落としたことに驚いた。


「ヤヒコ、お父上の隣にいらっしゃるのは兄上か?」

「ああ。兄のオオヅヒコだ」

「オオヅヒコと申します。ヤヒコが大変お世話になっております」

「さすがはご兄弟。ヤヒコと似ていらっしゃる」


 カグツチも会話に参加してきた。


「オオヅヒコ殿、カグツチと申す。おいくつになられる?」

「十八です」


 ヤヒコよりも三歳年上だ。ヒミコは三年も経てばヤヒコもこれぐらいの雰囲気になるのかと思ってふたりを見比べた。ただ、ふたりは根本的なところで違う気がする。それは嫡男という責任の重さがあるのかもしれない。どこか三年の違い以上のものを感じさせられるのだ。

 カグツチはいつものような快活さで話を続ける。


「では、おれの一つ下か。今後とも仲良くありたいものだ」

「こちらこそ、よろしくお願いいたします」


 カグツチに頭を下げる姿にもどこか大人びた印象を与えられる。


「皆揃ったようだな」


 ミズヒを伴ってイザナギが入ってきた。その場の全員が一斉に立ち上がった。私語もぴたりと止み、全員微動だにしない。イザナギは右手を軽く上げて着席をうながした。自分もゆっくりと床几に腰掛けてからオオヅヒコに目を向けた。オオヅヒコはすっと立ち上がると軽く笑みを浮かべて自己紹介をした。


「ソナ国の第一王子オオヅヒコと申します。以後お見知りおきを」


 大国の王を目の前にしても堂々としている。イザナギも笑みを浮かべた。


「イワタツ、おまえが人質に出し惜しみしたのも解るな」

「恐縮です」


 イザナギの横に腰掛けたミズヒは冷めた表情でこの会話を聞いている。同じ嫡男という立場にある彼はどんな思いでいるのか。少なくともオオヅヒコに対しては良い感情は抱いていないようだ。

 イザナギはさらに会話を続けた。


「ヤヒコと剣を交えたらどちらが強いのだ?」


 これは皮肉を込めた問いだ。かつて、人質として兄を連れて来なかった理由をヤヒコはとっさに「自分のほうが強いから」と答えたからだ。


「弟には敵いますまい。あれの剣は猛獣のようだ」


 オオヅヒコは笑顔をたたえたまま答えた。陣中に笑い声が起こった。とにかく敵とは圧倒的な兵力差があるためか、陣中は割と和やかな雰囲気に包まれている。


「ただ、姫様のおかげか、ヤヒコもだいぶ穏やかになったように感じます」

「ほぉ。こいつは中々度量があるぞ。ヒミコ、おまえの婿にどうだ?」

「父上、わらわには過ぎたお相手かと存じます」


 ヒミコは軽くかわした。軽く目を伏せて、表情ひとつ動かさない。オオヅヒコはヒミコとヤヒコの関係を知ってか知らずかヒミコに話しかける。


「ご謙遜を。ヤマト国の王女様は大変なご器量だと我が国にも噂が流れてきております」

「いいえ。噂はあくまでも噂です。わらわなどまだまだ小娘……」


 ここまで聞いて、ずっと黙りこくっていたミズヒがすっくと立ち上がった。


「そろそろよろしいか? 軍議を始めたい」


 少し機嫌が悪いようだ。眉間にしわを寄せて臣下やイワタツ達全員の顔を見回した。


「状況を説明する。我が国の兵力は一万。それに加えてソナ国の一千。対するカナソナ国は二千。戦力差は十分大きい。また、我が国の密偵からの報告によれば巫術師が事故により死亡した。ただし、カナソナ国には食料の備蓄が十分ある。この状況から考えるに、敵は立てこもると予想される。ここまでは良いか?」


 ミズヒの甲高い神経質な声が響き渡る。一同はミズヒの説明にうなずいた。


「だが、敵はたかだか二千だ。包囲して力押しすれば落とせる。カナソナ国は東西南北に一つづつ門があり、それぞれに矢倉が二つづつ建てられている。ヒミコ、敵兵の配置について説明を」

「はい。守護霊を使役して偵察したところによると、兵は各門に五百ずつ。他の部分の柵は強固で土塁や堀も巡らされており、門以外の場所から破るのは困難と思われます。ですが、鬼神を用いて……」

「おまえは状況の説明だけでよい!」


 ミズヒは怒りを含んだ口調でヒミコの言葉をさえぎった。ヒミコは驚いた表情でミズヒに顔を向けた。説明が途切れたのを見て、カグツチが疑問を呈した。


「ヒミコ、クナ国の援軍はどうなっているんだ」

「クナ国の援軍はおよそ五千。率いるのは国王イサオシ。すでにクナ国を出発しています。ここまでは半日もあれば到着すると思います」

「早く落とさねばはさみ撃ちにあうぞ」


 ミズヒは二人の会話を受けて提案した。


「援軍は南から来る。当然南門には精兵を当てなければならないが……」

「その役目……」


 ヤマト国の武門の長であるミカズチが言葉を発しかけたのを制して、ミズヒはイワタツに向かって言葉を投げかけた。


「この役目をソナ国軍に任せたい」


 名乗り出るのを制止されたミカズチは意外だという表情を見せた。これまでどんな戦場でもミカズチが率いる精鋭部隊が切り込み役を担ってきたのだ。だが、そんなミカズチの思いをよそに、指示を受けたイワタツは引き締まった表情でミズヒに返答した。


「了解しました。必ずや南門を突破してみせます」

「ミカズチは西門を攻めよ。われらが西に陣を敷いた以上は敵の精鋭は西門の部隊だろう。他に回らぬように釘付けにするのだ」

「はっ!」


 さすがのミカズチも王から指揮を委ねられたミズヒの指示には逆らえない。しかも、敵が最も手厚い場所の攻略を命じられたのだ。面目も立てられている。異議を唱える理由もなかった。


「東門はイワサクが攻めよ。北門はシナガだ」


 方針は決した。イワタツは息子を伴って自陣に帰った。ヒミコはその姿を不安な表情で見送った。


「兄上。わらわもソナ国軍の支援に向かいたいと思います」

「ならぬ! おまえはここに残って陛下をお守りしろ」

「一刻も早く門を突破するならば鬼神の力で矢倉を壊せばよろしいではありませんか」

「巫術などいらん。いざという時に気を失っていては使い物にならんだろう」

「そのためにヤヒコという護衛が……」


 イザナギがヒミコの言葉をさえぎった。


「ヒミコよ。そう焦るな。おまえの活躍の場も作ってやる」

「わらわは活躍したいのではなく、イワタツ様の軍が心配でならないのです。挟み撃ちに合えば……」


 ヒミコはハッとした。ここまでしゃべったところでヒミコの脳裏にある考えが浮かんだ。もしかすると父と兄はあえてソナ国軍を危地に置こうとしているのか? 試している? いや、潰そうとしている? ここでソナ国軍が全滅すれば、ソナ国は国王と嫡男を同時に失う。その後を継いで国王となるのはヤヒコ。ヤヒコはもはやヤマト国の管理下。


「父上……」

「なんだ」


 言葉が浮かばない。そんな恐ろしいことを考えているのかと聞いたところでうなずくわけがない。どう問い詰めても本心は隠すだろう。


「わらわは味方の被害はできるだけ小さくしとうございます」

「そうか」


 ヒミコは無表情に言葉を発した父の顔をじっと見つめてみたが、その言葉の裏にある考えはうかがい知れなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

匿名での感想・評価

感想はこちら

※感想掲示板 雫封筒(外部)へ移動します

cont_access.php?citi_cont_id=186264557&s 小説家になろう 勝手にランキング
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ